ねとらぼでやったこと

 2021年1月より経済専門のITmediaビジネスオンライン(IBO)に異動した。ねとらぼにはライターとして2年、編集者として6年半ほど在籍。どんなことをやったのか、この機会にざっくりまとめる。

 

2012年夏:外部ライターで参加

2014年夏:編集部入り

2016年春:「ねとらぼ生物部」立ち上げ

2019年秋:副編集長に就任

2021年1月:ビジネスオンラインに異動

 

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2021年3月期 第2四半期決算説明資料より

●編集部に入るまで

 ねとらぼで働くようになったきっかけは、友人に企画してもらった編集部との飲み会。そこでライターに興味ないか聞かれ、当時やる気のないフリーターで時間だけはあったので、「じゃあ何かやります」と言って、わたモテのインタビューをした。取材の段取りは全部担当にやってもらい、「編集者って便利……」と思った。

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 もう1本のコラムを経て、レギュラーライターになり、1日概ね4本、週5でこつこつ書くように。これはほぼ在宅作業で、編集部や他ライターと会うのは、東京ゲームショウやニコニコ超会議の取材など年に数回。

 12年夏~13年冬の編集部は、加藤さん、廣渡さん、宮本さん(現ヤフー)、池谷さんの4人だけで、14年春に太田さん(現慶大博士課程)が参加。当時たしか月間2500万PVだったのを、15年春に5000万PVにしなきゃとなって、14年夏~冬に、自分、たろちん、黒木くん(現ノオト)が編集部入り。以降、徐々にメンバーが増え、いつのまにか30人超の規模に。

 

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2020年3月期 第3四半期 決算説明資料より

●ねとらぼ生物部の運営

  15年~20年にかけて本体と別の「ねとらぼ○○」というサブブランドで伸ばす作戦がとられ、自分は動物担当に立候補。15年冬頃、猫ネタを集めたコーナー「ねこらぼ」が月300万PVほどあり、これをゆくゆくは月3000万PVにしようと16年4月に「生物部」を開設。当時は「そんな都合よく10倍になるわけがない」と思っていたけれど、猫は強かった。

 1年で2000万PV台が安定するようになり、4年後の20年4月に5000万PV、5月~11月は平均6500万PV超の規模に。その間、生物部メンバーは17年夏に西井さん、19年秋に加村さんが加入。どちらも編集未経験だったけれど半年後には凄まじい活躍をするようになった。

 運営にあたって重視したのは「持続可能性」。メディアは継続が大事という認識のもと、安定稼働できる仕組み作りに取り組んだ。とにかく無理はしたくない。ライターの2年間や編集部に入っての1年半で思い知ったのは「速度勝負は体力を消費する」こと。

 Webニュースも同じネタであれば、基本的にはいち早く掲載されたものが読まれる。ものによっては公になってから、15分以内に原稿を書き、タイトルを付け、画像を入れ、関連記事、リンクを入れ、アップロード&各ポータルサイトに配信を全てやらなければいけない。あるいは記者会見やイベントへ行き、即日で取材記事を出す。これらはシンプルに疲れる。だからなるべく付加情報や切り口の工夫により、速度から離れた記事作りをしたかった。その点、動物ネタは良かった。猫のかわいさと掲載までの速さはほぼ関係ない。

 記事の作り方が大まかにわかったら、次はそのノウハウを伝えて仲間を増やすのが定石。2015年春に0人だった担当ライターは、5年後には10人以上になり、常時ノウハウの改良と共有を繰り返えすことで、超強力なホームランバッターも何人か誕生した。18年頃からは自分たちで納得のいく記事(例)を日々載せられるようになった。

 生物部の掲載本数は1日4~6本。1本あたりの月平均PVは25万以上。量より質にこだわると、協力してくれる飼い主さん・作家さんが増えた。この協力者のネットワークと、約10人のライター陣が生物部の財産といえる。おかげで自分が異動しても変わらずチームは高いパフォーマンスを発揮している。

 

●PVについて

 ねとらぼは長い間「目標=PV」でシンプルだった。収益源であるADネットワークはimpとCTRに応じてお金がもらえる。だからPVは大事。赤字のメディアは長続きしない。一方で、Webメディア運営にかかわった人の誰もが経験するように「質の高い記事」とPVが比例するわけではない。1本のクオリティを追求すればするほど利益から遠ざかる。いい記事だけを作っていたら飯が食えないので、PVをとれる記事をたくさん作る必要がある。では、PVをとれる記事はどう作るか。ここにはテクニックの介在余地がかなりある。いろんな方法があるので詳細は省くが、生物部では幸い一定のクオリティを保ったまま数字を稼ぎ、それによって定期的に採算度外視の記事に取り組むことができた。

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2021年3月期 第3四半期 決算説明資料より

 

 ある時期より指標がPVから売上に変わり、「PV単価」と向き合うことに。当たり前だが1PVの単価が0.5円と0.05円では10倍違う。売上を増やすにはPVを倍にするのと単価を倍にするのとでは同じ効果がある。「PVの攻略」と「単価の攻略」は全然違うゲームだった。こちらも詳細は伏せるが、一つ言えるのはGumGumはすごい。

 PVにせよ、売上にせよ、それだけを追求するとメディアとしては微妙になる。数字とは別に各メンバーがどれだけこだわれるかで、それぞれの編集部の特色が生まれる。余談だが、「教育事業は資本主義と”善いこと”が噛み合う」という川上量生氏の話は大変興味深かった。

 

●Webメディア運営になって変わったこと

 3つあげるとしたら「他メディアの署名欄をチェックする」「揉め事は片方の意見だけで判断しない」「記憶力の低下」だろうか。記事については、ライターになる前は書き手や担当編集が誰なのかほぼ気にしたことがなかった。漫画や本などと違って、ある程度パターンが決まっていると思っていたが、実際は結構個性がでる。それを知ってからは、署名欄を見るようになった。ただ、担当編集明示されているケースはあまりない。ねとらぼでも「誰が編集したのか」は外部からはほぼわからない。

 記事で非常にまずいのが誤った情報を出すこと。事実誤認はとにかく回避しなければならない。それに伴って「揉め事」の扱いは慎重になった。SNSの普及により当事者の告発が増えたが、片方だけを情報源にすると食い違う可能性がある。これは8年間いろんな炎上を眺め、さらに編集部でも予想外の事態に遭遇した経験が大きい。飛鳥新社・KADOKAWAとの一件では 「話せば分かる」は編集者の共通認識だと思っていたけれど、そうではない編集者がいることを知った。

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 「記憶力」は悲しいことに大分下がってしまった。Webメディアではとにかく大量の情報に接する。リリースは1日2000通届くし、仕事とプライベートをあわせて1日の大半はネットに張り付いている。まともに蓄積していったら危険だと無意識で判断したのか、情報が入ってきても抜けていく。ニュースに関しては、受け取る側もそうした傾向がある。何かを文脈があるものとして捉えるのは常に少数で、大半のことを人々は驚くほど忘れる。だからこそメディアが商売として成立しているのかもしれないが……。政治・事件系のニュースは十三機兵防衛圏の究明編みたいなUIで更新できたら大分変わる気がする。あとTwitterの「みんなの忘れたニュースBOT」は秀逸だったので再開してほしい。

 

●ねとらぼ編集部のよかったところ

 組織がフラットで、メンバー間で相互にサポートすること。編集長(1人→3人→2人と変化)にはそれなりに権限があるが、それ以外では上下関係みたいのはあまりない。各メンバーで得意なことはわかれているので、それぞれが持ち味を生かすように動くと、いい記事ができる率が上がる。署名は1人でも、実際は複数人が関わっているケースは多々ある。特にタイトル案は複数で考えることが多い。

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 例えば漫画村の取材はKikkaさんの超人的なバイタリティで実現し、記事化にあたってはプレビュー確認で約200件コメントが付くなど、いろんなメンバーの手を経て公開されている。

 ちなみに、メンバーの一覧は何年か前からサイト上で公開中。外資系ネットメディアに比べると知名度はさほどないが、総合力の高い編集者で鬼のように働く廣渡さん、KODANSHAtech合同会社みたいな業務を1人でやってる岩田さんなどは、まず間違いなくどこでも活躍すると思う。

 

 ●ビジネスオンラインでやること

 異動先では何をやるのか。基本的にはねとらぼと同じく、記事を作って数字を穫る。IBOの収益源は広告(タイアップ記事など)で、ADネットワークの割合は低い。1人で2000万PVを稼ぐ必要はなくなったので、クオリティの追求をしやすくはなった。ただ、経済ネタは今までスルーしてきたので、対応できるかはよくわからない。5年かけて鍛えた武器を急に取り上げられてしまったので、どうしたものか……というのが正直なところ。それもあって、協力してくれるライターさんを大募集。もし経済系に興味がある方がいたら、ぜひTwitterのDM等で連絡してほしい。

 

●ポートフォリオ的なもの

※2020年に担当した漫画記事例

 昔から「趣味は漫画」だったので、生物部が軌道に乗ったのをいいことに、余力を漫画記事に費やすように。契機となったのが、2016年秋のドラマ版「プリンセスメゾン」の全話レビュー。小学館とNHK協力のもと無事完走でき、「丁寧な仕事は次に繋がる」のを学習。以降、月に何本かのペースで漫画記事を作っていった(2017年の記事一覧)。2020年に取材して印象に残っているのは以下。

  • 明日、私は誰かのカノジョ
  • バキ外伝 烈海王は異世界転生しても一向にかまわんッッ
  • 往生際の意味を知れ!
  • 九龍ジェネリックロマンス
  • 僕の心のヤバイやつ

 【企画・取材・編集・執筆】 「明日カノ」と「異世界烈」は、ホストの阿散井恋次さんと一緒に話を聞きにいった。恋次さんはにゃるら×カエルDXの座談会で出会ってから何度か遊んでいた。どちらも打診から収録まで時間が空いたので、ゆっくりと準備できた。

 

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  【取材・編集・執筆】「往生際」は、作者&担当インタビュー、DJ松永対談、宇垣美里対談と手厚く扱った。担当の金城さんと13年のジブリ特集以来の繋がりがあること、米代さんとライターのひらりささんが個人的に仲がよいことなど、やや特殊な条件が重なった結果でもある。

 

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 【取材・執筆】眉月さん×大熊さんという強力タッグの作品。2人の会話レベルが高く、濃い内容だった。『スペリオール』菊池さんのエピソードといい、一流の仕事を垣間見れた。

 

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  【企画・取材・編集】マシーナリーとも子とは「秘密のチャイハロ」「僕ヤバ(2本)」の3件をやった。桜井のりお先生のインタビューは、ちょうど担当交代の頃で、収録は先生の仕事場近辺の謎マンションの一室(レンタルスペース)で行った。「異世界烈」といい、秋田書店はやや無茶な企画でも快諾してくれる。

 

※2019年以前の担当記事例

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  【企画・取材・編集】大好きな漫画の誕生秘話を聞けた。担当編集がどちらも超優秀で勉強になった。にゃるらの記事は9割方担当し、共にレアな経験を積めた。

 

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 【企画・取材・執筆】美術界のあまりネットにでてない部分を出せたと思う。反響の大きさは予想外だった。

 

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  【企画・編集】カエルDXによるレポ漫画。「ねとらぼでなら堂々と画像使える」と勧誘して実現した記憶。「ゆるキャン△」は担当編集、アニメ製作委員会どちらも協力的でありがたかった。

 

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  【企画・取材・編集】生物部の骨太記事。スピリッツの博物館漫画「へんなものみっけ!」の取材から発展して、科博のアツいエピソードに意図せずたどり着けた。取材も楽しかったし、いろいろ幸運だった。

 

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 【取材・編集】にゃるら、小林銅蟲さんの持ち込み企画。いちからに打診したら岩永さんが即レスで対応してくれた。打ち合わせの際、VTuberのマネタイズ方法を聞くと「投げ銭だけでもけっこういける気がしている……」と言っててなるほどと思った。にしさんじは企画が動き出した3月上旬から猛スピードで伸びていき、掲載1カ月後のニコニコ超会議で再会したら岩永さん自身も人気になっていた。委員長にはその後1本だけなかよしの漫画を紹介してもらった。

 

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 【企画・執筆】正月の衝撃的な出来事。スケール的に大手メディアが出すかと待っていたら全然出てこなかったので、泣く泣く自分で書いた。AIとトップ棋士が互角なのはわずかな時間、人類史でこのタイミングしかないと「ヒカルの碁」の企画書を集英社に送ったら、おそらく担当にも届かず却下されてしまった。

 

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 【企画・取材・執筆】ねとらぼで多分一番縦長の記事。実際のインタビューはさらにエキセントリックで、諸事情により掲載できなかった部分もいくつかあった。

 

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 【執筆】14年~15年はTwitterの雰囲気もいまとは大分違った。公式アカウントが一歩踏み込むことに需要があった頃。Twitterまとめでも大きな反響があった。タイトルは何人かで考えた。

 

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 【企画・取材・執筆】Ingressは楽しかった。イルマーレさんとはその後も何度か会った。ここ数年連絡をとってないが元気だろうか。

 

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 【企画・執筆】あれから8年……。政治に関しては遠いところに来てしまったように思う。『一般意志2.0』と『ゲンロン0』は名著。

 

Netflixアニメ「日本沈没2020」 カイトの考察

 小松左京原作のNetflixオリジナルアニメ「日本沈没2020」が公開されてから1カ月たった。今日、8月9日は本来であれば東京2020オリンピックの閉会式が行われるはずだったと思うとどこか感慨深い。

 さて、「日本沈没2020」にKITE(以下、カイト)というキャラがでてくる。公式の説明はこんな感じ。「18歳、チャンネル登録者数700万人を超えるユーチューバー。世界中の秘境や危険地帯を冒険し、パラモーターによる空撮映像などをアップしている。自由人で、楽天家にして自信家」 湯浅政明監督も「カテゴリーからの束縛嫌う自由人」と説明している。CVは小野賢章。

 作品そのものの評価は横に置いて、カイトに限っていえばとんでもなく魅力的な存在だった。素直にかっこよく、10代前半で出会っていたら「将来の夢はカイトみたいなユーチューバー」になったかもしれない。そして、このカイトにまつわる「批判」がある。以下ネタバレ。

 最終10話、主人公の歩が「彼女も元気そうね」と英語で言う。カイトを「She」と呼んだのだ。初見時はその唐突さに驚いて「???」となったが、取りあえず「そういうキャラなんだ」と受け止めた。そして、ネットの反応を検索すると「Sheと呼んだ」ことに批判が少なからずあった。筆者は「やっぱりな」と思う一方で、「その批判は妥当なんだろうか」と思った。本記事ではそれについて考えを整理する。

●カイトを「She(彼女)」と呼ぶのは間違い?

 Twitterを「kite she」「カイト she」などで検索した一部を抜粋しよう。元投稿は記事後半を参照。

・「そこで「she」ですか?「彼女」ですか?作中KITEは男性性を選んでいるように思えましたよ。明らかに。「he」あるいは「they」でしょ」

・「安易な(しかも間違った)性の利用はしないでほしい」

・「流石にどうかしてない??」

・「最後の最後でトランスジェンダー差別か?」

・トランスジェンダーについて触れたかったのかもしれんけど問題に対する扱いが軽すぎ

・「2020年にトランスジェンダーに理解を示そうと務めた作品でも、真逆の言葉遣いを選んでしまっていたんだなあと後年見返す分には、これはこれで歴史資料として有意義なのかもしれない」

・「カイトの性自認は男だよ」

 これらは、カイトはトランスジェンダーなのだから、「She(彼女)」と呼ぶのは“間違い”という指摘だ。トランスジェンダーとは「生まれたときに割り当てられた性別とは異なる性別で生きる人/生きていこうとする人」のことで、あの描写からはカイトがトランスジェンダー男性(※)だと“推測”できる。7月上旬にハル・ベリーがトランスジェンダー男性役を「女性」と表現して、降板につながった騒動は記憶に新しい。

※女性から男性に性別を移行→FtM(Female To Male)
 男性から女性に性別を移行→MtF(Male To Female)

www.huffingtonpost.jp

 トランスジェンダー男性なら「He(彼)」、あるいは「They(あの人)」と呼ぶべき、という意見そのものは理解できる。日本沈没2020の制作陣がそのことを知らず、あるいは軽視して、カイトを「彼女」と呼んだ可能性も考えられる。しかし、重要なのはカイトがトランスジェンダー男性なのかどうか、本当のところは作品からは「判断できない」ということだ。

 

●カイトの性自認は明かされていない

  あらためて説明すると、それまで「男性」のようにみえたカイトの「女性」を連想させる描写があったのは10話の下記のシーン。

・幼少期にスカートをはいて凧を飛ばしている。風で凧が流されると、スカートを脱ぎ、凧を追いかける。
・ユーチューバーとして、富士山の高山植物を紹介している。髪が長く、若い。
・歩のセリフ「She looks well(彼女も元気そうね)」

 これだけしかない。作中でカイトが性自認(ジェンダー・アイデンティティ、自分をどう思っているか)を明かすことはない。とすると、カイトの性別が何なのかはわからない。そこで、「一人称に“俺”を使っているし、服装や行動も男性っぽい。だから性自認は男であり、トランスジェンダー男性だ」と決めつけるのは飛躍であろう。性自認は女性かもしれないし、あるいはそのどちらでもないかもしれない。

 

●なぜ歩はSheと呼んだのか

 なぜ主人公の歩が「She」と呼んだのか、それも同じくわからない。作品内では理由が描かれていない。視聴者は自分なりに判断するしかない。

  1. カイトは女性だった
  2. 制作陣が間違えた
  3. その他(気にしない含む)

 筆者の考えは、「1→ひねりがなさすぎてモヤる。女性と判断できる情報も不足している」「2→その可能性はあるが、わからない以上、意地が悪い感じがする」ということで、「3→歩がそう呼ぶべきだと考えたなら、それを受け入れる」だ。その根拠となるのが、10話における歩とカイトの強い信頼関係。

 歩とカイトは死と隣り合わせの旅をし、小野寺を救い、田所博士との研究予測を世界に公開することで復興に貢献した。2023年に歩と弟が共同で生き延びた記録を書籍化し、それは2028年までに52刷の大ベストセラーとなっている。その8年間にカイトと親交を深めた可能性はある。カイトはカイトで、チャンネル運営を小野寺たちに託し、より自由な身になってからも、歩の試合観戦をしにパラリンピック会場に来ている。これは、2人の間にしっかりとした関係性があることを示している。

 その歩が「She」と呼んでいるなら、それを尊重する。カイトの性別は女性? トランスジェンダー男性? Xジェンダー? 2020年と2028年で性自認が変化した? それはわからないので判断しない。なんであろうとカイトはカイトである。

 

●小説版カイトの記述

 アニメ配信前の5月に小説が刊行されているので、一応そちらも確認してみた。電子版を「彼」で検索すると「彼女」を含めて138カ所ほど表示された。そのうちカイトを「彼」と記しているところはゼロ。「トランス」という言葉も一つも出てこない。カイトは「KITE」表記で、性別にかかわる描写はこのへん。

・その女性は、ユーチューバーとしてデビュー間もないKITEだ。  (2931/3059)

・「彼女も元気そうね」 スマートフォンを見ながら前に進んだ。(2981/3059)

 小説版では単純に「1.女性」なのかもしれない……。ちなみに小説のカイトは「チャンネル登録者数2億人を超える日本一のユーチューバー」とより現実離れした存在だった。また小説を読んで気がついたが、アニメでも田所博士の名前が「田所雄美」になっていた(10話23分55秒あたり)。原作は田所雄介なので、改変している。

 

●カイトと飛鳥了

 筆者がカイトの性別を別になんでもいい、と思う一因となっているのが、「日本沈没2020」のカイトが「DEVILMAN crybaby」の飛鳥了に似ていることだ。飛鳥了とは、デビルマンの主人公・不動明の親友で、その正体はサタン。人間を超えた存在であり、男でも女でもない。デビルマン終盤の乳房がある姿は印象的だ。サタンは堕天使ルシファーでもあり、悪魔/天使の区分けも超越している。そのクラスになると「彼」「彼女」といった呼称は問題にならないだろう。

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DEVILMAN crybabyより飛鳥了

 

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日本沈没2020よりカイト

 飛鳥了は永井豪のさまざまな作品にスター・システムで登場している。これはやや強引になるが、湯浅作品でもスター・システム的なものが発動したかもしれない。少なくとも「DEVILMAN crybaby」の飛鳥了とカイトはキャラデザが似ており、既存の「枠」に囚われない雰囲気が共通している。

 

●まとめ

 湯浅監督は7月23日の週プレNEWSで「特に現代性を意識した部分は?」と問われて「人物描写ですかね。男らしいとか女らしいとか、昔ながらのステレオタイプではないキャラクターにしました」と答えている。カイトについては冒頭にあるよう「カテゴリーからの束縛嫌う自由人」ともいっている。作品で「わからない」状態になっていることは、「わからない」まま受け止めてもいいのではないか。むしろカイトをトランスジェンダー男性とカテゴライズすることこそ、カイトにとって不本意かもしれない。

 これまで書いてきたことをまとめる。

 ここ1カ月、少なくともWeb上では、制作側からトランスジェンダーという言葉は発されていない。繰り返しになるが、批判が成立するのは、カイトがトランスジェンダー男性だったときだ。そして、そうだった場合、昨今の流れからすると、「CV.小野賢章」も槍玉に上がりかねない。「トランスジェンダー役はトランスジェンダーの役者が演じるべきであり、人気声優のように“多くの機会がある人”が、“ない人“から奪ってはいけない」という考えがあるからだ。なお、筆者はこれには賛同しない。性別にかかわらず、誰がどんな役を演じてもいいと考えている。

 

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