Netflixアニメ「日本沈没2020」 カイトの考察

 小松左京原作のNetflixオリジナルアニメ「日本沈没2020」が公開されてから1カ月たった。今日、8月9日は本来であれば東京2020オリンピックの閉会式が行われるはずだったと思うとどこか感慨深い。

 さて、「日本沈没2020」にKITE(以下、カイト)というキャラがでてくる。公式の説明はこんな感じ。「18歳、チャンネル登録者数700万人を超えるユーチューバー。世界中の秘境や危険地帯を冒険し、パラモーターによる空撮映像などをアップしている。自由人で、楽天家にして自信家」 湯浅政明監督も「カテゴリーからの束縛嫌う自由人」と説明している。CVは小野賢章。

 作品そのものの評価は横に置いて、カイトに限っていえばとんでもなく魅力的な存在だった。素直にかっこよく、10代前半で出会っていたら「将来の夢はカイトみたいなユーチューバー」になったかもしれない。そして、このカイトにまつわる「批判」がある。以下ネタバレ。

 最終10話、主人公の歩が「彼女も元気そうね」と英語で言う。カイトを「She」と呼んだのだ。初見時はその唐突さに驚いて「???」となったが、取りあえず「そういうキャラなんだ」と受け止めた。そして、ネットの反応を検索すると「Sheと呼んだ」ことに批判が少なからずあった。筆者は「やっぱりな」と思う一方で、「その批判は妥当なんだろうか」と思った。本記事ではそれについて考えを整理する。

●カイトを「She(彼女)」と呼ぶのは間違い?

 Twitterを「kite she」「カイト she」などで検索した一部を抜粋しよう。元投稿は記事後半を参照。

・「そこで「she」ですか?「彼女」ですか?作中KITEは男性性を選んでいるように思えましたよ。明らかに。「he」あるいは「they」でしょ」

・「安易な(しかも間違った)性の利用はしないでほしい」

・「流石にどうかしてない??」

・「最後の最後でトランスジェンダー差別か?」

・トランスジェンダーについて触れたかったのかもしれんけど問題に対する扱いが軽すぎ

・「2020年にトランスジェンダーに理解を示そうと務めた作品でも、真逆の言葉遣いを選んでしまっていたんだなあと後年見返す分には、これはこれで歴史資料として有意義なのかもしれない」

・「カイトの性自認は男だよ」

 これらは、カイトはトランスジェンダーなのだから、「She(彼女)」と呼ぶのは“間違い”という指摘だ。トランスジェンダーとは「生まれたときに割り当てられた性別とは異なる性別で生きる人/生きていこうとする人」のことで、あの描写からはカイトがトランスジェンダー男性(※)だと“推測”できる。7月上旬にハル・ベリーがトランスジェンダー男性役を「女性」と表現して、降板につながった騒動は記憶に新しい。

※女性から男性に性別を移行→FtM(Female To Male)
 男性から女性に性別を移行→MtF(Male To Female)

www.huffingtonpost.jp

 トランスジェンダー男性なら「He(彼)」、あるいは「They(あの人)」と呼ぶべき、という意見そのものは理解できる。日本沈没2020の制作陣がそのことを知らず、あるいは軽視して、カイトを「彼女」と呼んだ可能性も考えられる。しかし、重要なのはカイトがトランスジェンダー男性なのかどうか、本当のところは作品からは「判断できない」ということだ。

 

●カイトの性自認は明かされていない

  あらためて説明すると、それまで「男性」のようにみえたカイトの「女性」を連想させる描写があったのは10話の下記のシーン。

・幼少期にスカートをはいて凧を飛ばしている。風で凧が流されると、スカートを脱ぎ、凧を追いかける。
・ユーチューバーとして、富士山の高山植物を紹介している。髪が長く、若い。
・歩のセリフ「She looks well(彼女も元気そうね)」

 これだけしかない。作中でカイトが性自認(ジェンダー・アイデンティティ、自分をどう思っているか)を明かすことはない。とすると、カイトの性別が何なのかはわからない。そこで、「一人称に“俺”を使っているし、服装や行動も男性っぽい。だから性自認は男であり、トランスジェンダー男性だ」と決めつけるのは飛躍であろう。性自認は女性かもしれないし、あるいはそのどちらでもないかもしれない。

 

●なぜ歩はSheと呼んだのか

 なぜ主人公の歩が「She」と呼んだのか、それも同じくわからない。作品内では理由が描かれていない。視聴者は自分なりに判断するしかない。

  1. カイトは女性だった
  2. 制作陣が間違えた
  3. その他(気にしない含む)

 筆者の考えは、「1→ひねりがなさすぎてモヤる。女性と判断できる情報も不足している」「2→その可能性はあるが、わからない以上、意地が悪い感じがする」ということで、「3→歩がそう呼ぶべきだと考えたなら、それを受け入れる」だ。その根拠となるのが、10話における歩とカイトの強い信頼関係。

 歩とカイトは死と隣り合わせの旅をし、小野寺を救い、田所博士との研究予測を世界に公開することで復興に貢献した。2023年に歩と弟が共同で生き延びた記録を書籍化し、それは2028年までに52刷の大ベストセラーとなっている。その8年間にカイトと親交を深めた可能性はある。カイトはカイトで、チャンネル運営を小野寺たちに託し、より自由な身になってからも、歩の試合観戦をしにパラリンピック会場に来ている。これは、2人の間にしっかりとした関係性があることを示している。

 その歩が「She」と呼んでいるなら、それを尊重する。カイトの性別は女性? トランスジェンダー男性? Xジェンダー? 2020年と2028年で性自認が変化した? それはわからないので判断しない。なんであろうとカイトはカイトである。

 

●小説版カイトの記述

 アニメ配信前の5月に小説が刊行されているので、一応そちらも確認してみた。電子版を「彼」で検索すると「彼女」を含めて138カ所ほど表示された。そのうちカイトを「彼」と記しているところはゼロ。「トランス」という言葉も一つも出てこない。カイトは「KITE」表記で、性別にかかわる描写はこのへん。

・その女性は、ユーチューバーとしてデビュー間もないKITEだ。  (2931/3059)

・「彼女も元気そうね」 スマートフォンを見ながら前に進んだ。(2981/3059)

 小説版では単純に「1.女性」なのかもしれない……。ちなみに小説のカイトは「チャンネル登録者数2億人を超える日本一のユーチューバー」とより現実離れした存在だった。また小説を読んで気がついたが、アニメでも田所博士の名前が「田所雄美」になっていた(10話23分55秒あたり)。原作は田所雄介なので、改変している。

 

●カイトと飛鳥了

 筆者がカイトの性別を別になんでもいい、と思う一因となっているのが、「日本沈没2020」のカイトが「DEVILMAN crybaby」の飛鳥了に似ていることだ。飛鳥了とは、デビルマンの主人公・不動明の親友で、その正体はサタン。人間を超えた存在であり、男でも女でもない。デビルマン終盤の乳房がある姿は印象的だ。サタンは堕天使ルシファーでもあり、悪魔/天使の区分けも超越している。そのクラスになると「彼」「彼女」といった呼称は問題にならないだろう。

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DEVILMAN crybabyより飛鳥了

 

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日本沈没2020よりカイト

 飛鳥了は永井豪のさまざまな作品にスター・システムで登場している。これはやや強引になるが、湯浅作品でもスター・システム的なものが発動したかもしれない。少なくとも「DEVILMAN crybaby」の飛鳥了とカイトはキャラデザが似ており、既存の「枠」に囚われない雰囲気が共通している。

 

●まとめ

 湯浅監督は7月23日の週プレNEWSで「特に現代性を意識した部分は?」と問われて「人物描写ですかね。男らしいとか女らしいとか、昔ながらのステレオタイプではないキャラクターにしました」と答えている。カイトについては冒頭にあるよう「カテゴリーからの束縛嫌う自由人」ともいっている。作品で「わからない」状態になっていることは、「わからない」まま受け止めてもいいのではないか。むしろカイトをトランスジェンダー男性とカテゴライズすることこそ、カイトにとって不本意かもしれない。

 これまで書いてきたことをまとめる。

 ここ1カ月、少なくともWeb上では、制作側からトランスジェンダーという言葉は発されていない。繰り返しになるが、批判が成立するのは、カイトがトランスジェンダー男性だったときだ。そして、そうだった場合、昨今の流れからすると、「CV.小野賢章」も槍玉に上がりかねない。「トランスジェンダー役はトランスジェンダーの役者が演じるべきであり、人気声優のように“多くの機会がある人”が、“ない人“から奪ってはいけない」という考えがあるからだ。なお、筆者はこれには賛同しない。性別にかかわらず、誰がどんな役を演じてもいいと考えている。

 

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