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運命の再会!常連だったパン屋の女主人は、生き別れた実の母親だった

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(著) (編集)

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 常連として通っていたパン屋の店主が、生き別れになっていた自分の実の母親だった!そんな奇跡のような再会劇が、アメリカのシカゴで実際に起きた。

 50歳のヴァマー・ハンターさんは、10年来自分が通っていたお気に入りのパン屋の女主人が、生まれたばかりの時に別れた生みの親だと知らされて驚愕した。

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 2人は感動の再会を果たしただけでなく、ヴァマーさんは母親と一緒にパン屋を切り盛りすることになったそうだ。

10年通い続けたパン屋からの電話

 シカゴのサウスショアに住むヴァマーさんのもとへ、近所のパン屋「Give Me Some Sugah」から電話がかかってきたのは、2022年春のことだった。

 友人と話をしていたヴァマーさんは、なぜパン屋から電話がかかってきたのかいぶかしく思ったという。

 ヴァマーさんはこの店のパンケーキやレモンバーがお気に入りで、10年間毎週かようほどの常連だったため、スマホの連絡帳にパン屋の番号を登録していたのだ。

 電話をかけてきたのは、パン屋の女主人、レノア・リンジーさんだった。そして彼女はヴァマーさんに、自分が彼の産みの母だと告げたのだった。

 ヴァマーさんお気に入りのレモンバー。

遺伝子系図を辿って親子関係が判明

 話は少し前に遡る。ヴァマーさんは35歳の頃、自分が養子だということを知った。ヴァマーさんは多くを語らないが、養子として育った彼の幼少期は、かなりつらいものだったようだ。

 2022年3月、テレビで家系図に関する番組を見たヴァマーさんは、何とかして実母を探し出したいと思い、遺伝子系図学者のガブリエラ・バルガスさんに依頼して、自分のルーツをたどる決心をした。

 遺伝子系図とは、採取したDNAから父系・母系のルーツを特定し、系譜をたどって家系図を作成するものだ。

 もしも遠い親戚の誰かがかつてDNA検査をし、そのデータが残っていた場合、そこから失われた血縁関係を再発見できる可能性がある。

彼の遺伝子は、先祖との一致率が非常に高かったので、家系図を作成してそこから解明するのは簡単でした

 ガブリエラさんは、ヴァマーさんの母親探しについてこう語っている。彼女はヴァマーさんの母親がレノアさんであることを突き止めると、彼の電話番号を渡して連絡するように勧めた。

 実はガブリエラさんはヴァマーさんから、もしも母親が判明したら、自分の電話番号を渡してくれるよう頼まれていたのだ。

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常連客が自分の息子だったことを知り驚く母

 この知らせを受けた時、レノアさんは乳がんの手術を終え、化学療法並行する準備をしているところだった。

 自分の体調に不安を感じながらも、彼女はその日のうちにヴァマーさんに電話をかけた。これが冒頭にヴァマーさんが受け取った、パン屋からの電話だったのだ。

 この時点では、レノアさんはヴァマーさんが自分の店の常連だとは知らなかった。そのため、「体調が良くなったら、いずれ会えたらいいわね」と提案して電話を切ろうとした。

 だがここで驚きから立ち直ったヴァマーさんが、実は自分は店の常連であり、レノアさんのこともよく知っているとを告げたのだ。

 レノアさんは驚き、混乱し、泣き始めた。そして一週間後に再会することを約束して電話を切った。

彼が誰なのかわかったとき、私たちは電話越しに叫び始めました。2人とも気が狂いそうでした

 レノアさんはその時の状況をこう語る。実は1974年にヴァマーさんを産んだとき、レノアさんはまだ17歳で、赤ん坊を育てられない事情があった。

 そこで生まれてすぐにヴァマーさんを養子に出すことにし、泣く泣く息子を手放したのだ。

本当に悲しかった。家族にとってつらい時期でした。息子が連れていかれたとき、髪の毛がフサフサだったのを覚えています。いっしょにいた母が、美しい赤ちゃんだったと教えてくれました

 改めて再会を果たした2人は、すぐに親子としての関係を構築していった。ヴァマーさんはリンジーさんを「お母さん」と呼び始め、化学療法にも付き添うようになった。

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この話は本当に信じられないものでした。彼女は彼にとって、既に母親のようなものだったのです。これは映画にするべきだと思うわ!

 2人の再会の橋渡しをしたガブリエラさんは、この「奇跡」にかかわれたことに素直に感動しているようだ。

母親の後を継ぎパン屋の経営に携わることに

 だが彼らが母子として再会した直後の2022年6月、レノアさんは脳卒中を起こして倒れた。

 ヴァマーさんはレノアさんの身体が回復するまで、パン屋の経営を手伝うことに。夜勤もこなしつつ、必死に働いた。

 2008年から「Give Me Some Sugah」を切り盛りしてきたレノアさんにとって、この店は大切なものだった。だがこのままでは、パン屋を閉める選択肢も出てきてしまう。

 そこでヴァマーさんは2024年4月に仕事を辞め、フルタイムで「Give Me Some Sugah」を継ぐことに決めた。

 レノアさんには40歳になる娘のレイチェルさんがいたが、ヴァマーさんは初対面とは思えないほどすぐに家族に溶け込み、兄妹として協力し合うようになった。

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私は母を愛していますし、母と過ごす時間が大好きです。私にとって、母の日はずっとつらいものでした。

私はずっと実の母を探していただけでなく、自分が属する場所も探し求めていたんです。それは私の中で欠けていた部分でした。この再会は、私たち2人を大きく変えました。

今は毎日、一分一秒を楽しんでいます。(パン屋としての生活は)私にとってかなりの癒しになっているんですよ

 ヴァマーさんにとって、この奇跡の再会は文字通り、人生を変えるものだった。レノアさんも息子との再会は大きな喜びだったと語っている。

私の人生のあらゆる部分が、ここまで私を導いてくれたような気がします。お互いを見つけられた事実は素晴らしく、何物にも代えがたい大きな喜びです。

私は息子を愛しています。まさに神の御業であり、神は愛です。私は信じられないほど満たされており、この贈り物をくださった父なる神にとても感謝しています。そう、これは贈り物であり、神なしにはありえなかったことなのです

 ヴァマーさんは母親と一緒にパン屋を経営し、一緒に過ごす時間を大切にしている。そして将来的には、自分の子供たちにこの店を譲りたいと考えているそうだ。

SWEET REUNION: Chicago man discovers long-lost mother is owner of local bakery, helps run business

References: US Man Discovers Owner Of His Favourite Neighbourhood Bakery Is His Birth Mother

本記事は、海外の記事を参考に、日本の読者向けに重要な情報を翻訳・再構成しています。

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この記事へのコメント 12件

コメントを書く

  1. 養子として辛い幼少期を過ごしたとあるけど、実母に対する恨みみたいなものは全く無かったのかな……?
    「実の親に捨てられた」と感じてしまっても仕方がない境遇だと思うけど。

    1. 当然、そういう思いもあったでしょうね。
      でも、それ以上にお母さんに会いたかった。そして、のちの関係性を見るからに最高の関係を築くことができた!

      他人事ながら嬉しいです。

    2. 産んで養子に出してくれるだけ愛情があったのよ
      ろくに育てられないのに手元に残した末
      何故養子に手放してやらなかったと言われるような事件がどれほどあったことか

      1. 日本の場合、養子に出したくてもどこに相談すれば良いかわからないって事情が大きいだろう。
        周知がされてない、そういう制度が整備もされてない、もっと言えば推奨もされてない、ってことが一番の問題。
        母親の愛情のせいにしてはいけない。

  2. くそっ、このパン屋では厨房で玉ねぎを刻んでいやがるのか
    目にしみるじゃねぇか

  3. 親子ならパン職人に向いた適性も遺伝的に受け継いでるかもね。
    (常連だったって事は、味覚に関しては遺伝してるのは確実だよね。)

  4. >実はガブリエラさんはヴァマーさんから、もしも母親が判明したら、自分の電話番号を渡してくれるよう頼まれていたのだ。

    これってつまり、母親が自分に会いたいかどうかわからないから母親のほうに判断を委ねたってことなんだよね。そうした彼がなんか切ないし、幸せな展開になってよかった おかん長生きして

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