午前中は隣の長井市で理科教員の方々の前で講演。
演題も
子供の科学好きスイッチをONにする方法
ということで、1時間15分、日頃思うことをお話ししました。
で、
講演の最後に紹介したのが、
フリーターの君へ
という自分自身のブログ。
名古屋の予備校で講演させていただいた時に、
聴衆にフリーターしていた若者がいて、
そのことをブログで書いたら、
それを読んでいて生まれ変わったという内容。
だから、
ブログをやめられないんですよ。
子供が100人いれば、
100通りのスイッチがあります。
それを諦めずに押し続ける、
チャンスを与え続けるのが教育です。
と締めくくりました。
参考まで、
フリーター君から届いたメールを紹介します。
どうしてるんだろうなあ、
と、いまだに思うんですよね。
・・・・・・
2008年9月10日
こんにちは。講演会の終わりに生意気にもサインを要求した「フリーターの君」です(笑) 名前は、○○○○と言います。
あの講演の次の日、いつものようにアルバイトをして家に帰ってパソコンで先生のブログを見たら、自分のことが書いてあってびっくりしました。
それと同時に、教授という立場にある偉い先生が社会的身分の中では底辺に位置する自分のことを馬鹿にすることもせず、淡々とアドバイスをくださり、その文章を見たら目頭が自然と熱くなってしまいました。本当にうれしかったです。
自分のことを述べて大変恐縮なのですが、僕はその場その場がすぎればそれでいいといういたって無気力な人間でした。学校の成績はそこそこ良かったのですが、それは直前に追試になりたくないがために一生懸命勉強したためであって、総合的な学力を検査する模試ではいつも底辺をさまよっていました。そもそも勉強という二文字が昔から大嫌いでした。こつこつと勉強することが昔から嫌いで、勉強するのはテスト前であとは全くやらないという典型的な受身人間だったんです。
身の程知らずで、突然医学部にいきたいと思いそこを志望しようと思ったのですが、だからといって高校三年生になってからもそれほど勉強はせずまあ当然のごとく不合格。卒業後は代々木ゼミナールへ行って予備校生となるも、「アルバイトをしていくらかはお金を家に入れること」という条件があったのでアルバイトをはじめ最初は嫌々だったのですがどんどんそっちのほうに精をだすようになって九月くらいまでほとんど勉強せずアルバイトばかりやるようになりました。
このままではまずいと思って入試までの三ヶ月は必死こいて勉強するも付け焼刃的勉強で受かるはずもなくまた医学部不合格。すべりどめにしていた大学にもすべて落ち、現役浪人ともにひとつの大学も受からないという事実をつきつけられて、勉強しなかった自分がすべて悪いにもかかわらず「うつ病」の症状を引き起こして、病院へ行くうちにほとんどひきこもり状態になってしまいました。数ヶ月してなんとかたちなおったものの、もう医学部にも興味はないし、大学自体にも興味はない、もう勉強したくも無い、かといってこのままニートになるのは・・・・・・・・・・ということでアルバイトをし始めて、そのまま無気力に日々をすごして年がたち現在に至ります。振り返ると自分でもひどい人生だなと思います。
そんな中、インターネットで先生のブログを発見して毎日のぞくようになりました。先生が有機ELに対して熱心に研究をしているのを知り、そういえば昔自分はプラモデル作ったり、貯金箱や家財道具を作ったりいろいろ「ものづくり」が好きだったなあということを思い出しました。アルバイトが終わるたび家に帰ってから毎日読んでいくうち、別のサイトで先生が河合塾に来るということを知って、地元の岐阜から聞きにきたというわけなんです。
講演のなかで先生は最初有機ELの話をしてくださいましたが、いったい実物はどんな感じなのかと有機ELのテレビを見てみると、うちにある液晶テレビよりも比べ物にならないほどきれいでかつ薄いということで、思わず息を呑んでしまいました。また最後のほうで先生は、好奇心、創造力、やる気、この三つが大切だと言いましたが、今後この三つを頭にとどめ努力していきたいという気持ちも生まれました。
ブログの中で先生は就職してがんばってほしいと言いましたが、あのパネルのそばにいた修士課程の学生の人に「大学ってこんなにおもしろいんだよ!」という話を聞くうち、また先生の講演を聞いて、あれほど大学に対して嫌な感情があったのに今はそれがすうっと消えて「俺大学に行きたいかも」と思うようになりました。ずっと勉強していなかったので「一からのスタート」ということですが、山形大学の工学部を来年受験してみようと思います。
もう数年のブランクがあり今からやって間に合うのかわかりませんがもう一回死力を尽くしてあの嫌だった「勉強」をやってみようという気持ちになり、こういったチャンスをいかしたいからです。また山形大学には「山澤進奨学金」という、採用されれば四年間授業料入学金免除かつ月五万円支給というほかの大学にはないすばらしい制度もあるということを広報の先生から聞き、今まで散々迷惑をかけてきた母にもまたお金のことで迷惑をかけることなく無事学業がこなせるという理由もあるからです。それでも大学にいけなかったというのであれば、今度はちゃんと就職して、会社に貢献したいです。
もうなにに対してもなげやりな態度をいつもとっていた自分が今こうして「がんばってみよう」という気持ちになれたのは先生のおかげです。改めて御礼を言いたいです。ありがとうございます。もし大学にいくなら仕事に就くのではないということで、お祝いをもらえないことになってしまう(笑)のですが、いづれにしても将来に対して希望を持てたのは自分の中では小さいかもしれませんが一歩前進だと思っています。
これからも先生のブログを楽しみにしつつ毎日見ていくのでよろしくお願いします。また来年になったら近況のメールをするかもしれません。つたない文章でごめんなさい。先生もお体にお気をつけてください。それでは。
・・・・・・
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