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仙台赤十字病院

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仙台赤十字病院
情報
正式名称 日本赤十字社 仙台赤十字病院
英語名称 Sendai Red Cross Hospital
前身 日本赤十字社宮城支部常設救護所
日本赤十字社宮城支部診療所
標榜診療科 総合内科、腎臓内科、血液内科、呼吸器内科、消化器内科、循環器内科、糖尿病代謝科、禁煙外来、神経内科、外科、整形外科、歯科口腔外科、産科・婦人科、小児科、小児外科、泌尿器科、皮膚科、耳鼻咽喉科、眼科、リハビリテーション科、放射線科、麻酔科
許可病床数 389床
一般病床:389床
開設者 日本赤十字社
管理者 舟山 裕士(院長)
開設年月日 1982年4月
所在地
982-8501
宮城県仙台市太白区八木山本町二丁目43-3
位置 北緯38度14分13秒 東経140度50分21.8秒 / 北緯38.23694度 東経140.839389度 / 38.23694; 140.839389
二次医療圏 仙台
PJ 医療機関
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赤十字の標章

仙台赤十字病院(せんだいせきじゅうじびょういん)は、宮城県仙台市太白区八木山本町二丁目にある医療機関である。日本赤十字社宮城県支部設置の病院である。母体・胎児集中治療室(MFICU)6床、産科後方病床39床、新生児集中治療室(NICU)9床、強化治療室・回復期治療室(GCU)24床、母児同室病床 2床、院内出生軽度異常新生児病床 5床を備える。

沿革

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  • 1924年(大正13年)
    • 10月18日 日本赤十字社宮城支部常設救護所として仙台市北一番町に発足[1]
  • 1927年(昭和2年)
    • 2月 日本赤十字社宮城支部診療所に改称。
  • 1945年(昭和25年)
    • 7月10日 仙台空襲により病舎消失。広瀬村(現在の青葉区)の愛子に移転、また、青根温泉地区にあった分院に移転。
    • 10月 仙台市東八番町の片倉製糸工場の診療室などで診療開始[2]
  • 1956年(昭和31年)
    • 8月 仙台市清水小路(現在の五橋二丁目)に移転。
  • 1982年(昭和57年)
  • 2020年(令和2年)8月 - 宮城県は仙台赤十字病院、東北労災病院、宮城がんセンターに対し統合に向けた協議を開始した[3]
  • 2023年(令和5年)12月 - 宮城県立がんセンターと統合で基本合意[4]

診療科

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  • 総合内科
  • 腎臓内科
  • 血液内科
  • 呼吸器内科
  • 消化器内科
  • 循環器内科
  • 糖尿病代謝科
  • 禁煙外来
  • 神経内科
  • 外科
  • 整形外科
  • 歯科
  • 口腔外科
  • 産科婦人科
  • 小児科
  • 小児外科
  • 泌尿器科
  • 皮膚科
  • 耳鼻咽喉科
  • 眼科
  • リハビリテーション科
  • 放射線科
  • 麻酔科
診療協働部門
  • 看護部

医療機関の指定等

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交通アクセス

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仙台市地下鉄東西線の開業前は、宮城交通の八木山南団地線のうち長町駅東口始発便が日赤病院構内に乗り入れていた(第二羽黒台→日赤病院→八木山南団地)地下鉄東西線開業後日赤病院構内に乗り入れるバス路線は仙台市営バスの36系統のみとなった。

仙台医療圏の病院再編構想

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2020年(令和2年)8月から、仙台医療圏の病院再編について、日本赤十字社、独立行政法人労働者健康安全機構、宮城県立病院機構、東北大学、宮城県の5者協議が行われている[5]

仙台医療圏の病院再編構想のうち仙台赤十字病院に関しては、宮城県立がんセンター(名取市)と統合して名取市に新病院を設置する構想になっている[6]

関連項目

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脚注

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外部リンク

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