仁杉英
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仁杉 英(ひとすぎ ひで、嘉永6年8月23日[1](1853年9月25日) - 大正10年(1921年)11月10日[2])は、日本の衆議院議員(壬寅会)、東京市区長。弁護士。
経歴
[編集]江戸町奉行所の与力の家に生まれ、1866年(慶応2年)に与力見習となった[3]。明治維新後は市政裁判所、東京府などに出仕した[3]。1870年(明治3年)、東京府中学に入学し、翌年からは洋学第一校でドイツ語を学んだ[3]。1878年(明治11年)に代言人となり、のち弁護士の業務に従事した[3]。
1887年(明治20年)より東京府会議員、日本橋区会議員、東京市会議員、同参事会員を歴任した[3]。1897年(明治30年)、日本橋区長に任命され、翌年に浅草区長を兼務した[3]。
1902年(明治35年)、区長を辞して、市会議員に再選され[3]、議長に選出された[1]。また同年、第7回衆議院議員総選挙に出馬し、当選を果たした。
1903年(明治36年)、深川区長に任命され、さらに本郷区長、本所区長、麹町区長を歴任した[4]。
出典
[編集]参考文献
[編集]- 『新選代議士列伝』金港堂、1902年。
- 人事興信所編『人事興信録 第2版』人事興信所、1908年。
- 牛田義三郎編『大正東京府市名鑑』大正東京府市名鑑編纂会、1914年。
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