12月6日午後11時23分、”稀代の悪法”特定秘密保護法案が参議院本会議で可決されました。
「採決撤回!」「独裁やめろ!」――
法案可決の一報が入った後も、国会周辺を取り囲んだ多くの市民からは、怒りのシュプレヒコールが上がり続けました。
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(岩上安身/翻訳:菊池魁人・佐野円)
特集 3.11から11年!『ウクライナ侵攻危機』で、IWJが警告し続けてきた『原発×戦争リスク』が明らかに!|
特定秘密保護法と防空識別圏騒動の裏で進む日本と米国の「戦争準備」の実態を徹底解説!
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12月6日午後11時23分、”稀代の悪法”特定秘密保護法案が参議院本会議で可決されました。
「採決撤回!」「独裁やめろ!」――
法案可決の一報が入った後も、国会周辺を取り囲んだ多くの市民からは、怒りのシュプレヒコールが上がり続けました。
記事目次
二転三転した森雅子担当大臣の答弁、これまでの国会の慣例を無視した地方公聴会の突然の開催、深夜になって立て続けに行われた民主党委員長の解任決議、そして、委員会での審議打ち切りと強行採決。特定秘密保護法案をめぐる与党の国会運営は、あまりにも横暴かつ強引なものでした。
政府・与党は、なぜこれほどまでに強引な手法を取り、特定秘密保護法の成立を急いだのでしょうか。ひとつの説明は、日中間の緊張が高まっているから、というものです。
特定秘密保護法は、単なる治安強化、国民への監視強化を目指した法案ではありません。日本を戦時体制に改造するための法律であり、その背景をなすのは、「台頭する中国の脅威」論であり、「不朽の日米同盟」が、固く手を携えあって、これを迎え撃つ、という物語です。
その同盟強化のために、秘密は保持されなくてはならない、だから秘密保護法は必要なのだ、という理屈になっているわけです。従って、「中国の脅威」を実感させる出来事が起これば、法案成立の追い風になりうる。
そんな「出来事」が、実際に起こりました。
<ここから特別公開中>
◆今号のポイント◆
①政府と自民党は、特定秘密保護法の可決を急ぐ理由として、中国が尖閣諸島上空を含む東シナ海に「防空識別圏」を設定したことをあげ、「台頭する中国の脅威」を強調した。しかし、近年の中国人民解放軍と日本の海上自衛隊の軍事力を比較すると、軍備増強を図っているのは、中国側ではなくむしろ日本側であることが分かる。
②日本国内における反中感情の悪化と悪性のナショナリズムが高揚するきっかけを作ったのは、2012年4月16日に行われた石原慎太郎前東京都知事による尖閣諸島購入宣言である。この講演が行われたワシントンの保守系シンクタンク「ヘリテージ財団」のブルース・クリングナー上席研究員は、2012年11月14日に発表したレポートの中で、「日本国民のあいだに中国への懸念が広がりつつあるという状況」は、「米国政府にとって、日米同盟の健全性維持のために死活的に重要な数項目の政策目標を達成する絶好の機会である」と記されている。つまり、石原前都知事の尖閣購入宣言、野田佳彦前総理による尖閣国有化、そして保守的な安倍政権の誕生などによる日中関係の悪化は、米国の描いたシナリオ通りである可能性がある。
③そもそも、尖閣諸島の主権(領有権)は、米国から日本に対して返還されていない。米国は1970年代初頭、冷戦の転換期を迎えるにあたり、中国との関係改善、そして「繊維交渉」における台湾からの譲歩を引き出すべく、キッシンジャーを中心に各国と熾烈な外交戦を行っていた。そのような中で、各国の面子を立てるための落とし所として、ニクソン大統領が「尖閣諸島に関して、米国は施政権は日本に返還するが、領有権については中立の立場を取る」という基本姿勢を決定。現在も米国は、この時の立場を引き継いでいる。
④米国は日本に「中国脅威論」を煽る一方、中国との間で、人的・経済的な交流を深めている。2000年と2010年を比較すると、日米間の貿易額(輸出入計)が2080億ドルから1783億ドルに減少する一方、米中間の貿易額は683億ドルから3753億ドルに急増するなど、東アジアにおける米国の最大の貿易相手国は中国であることが分かる。石原慎太郎前東京都知事が尖閣諸島の購入を宣言した保守系シンクタンク「ヘリテージ財団」でさえ、エレーン・チャオというブッシュ政権時の労働長官を介して、大量のチャイナマネーが流れこんでいる。
⑤2014年に再改訂される「日米ガイドライン」には、米国の「対中国海洋戦略」が盛り込まれる。対中国軍事戦略として米軍が立案した「統合エア・シーバトル構想」によれば、日本列島が米中戦争の戦場として想定されている。その際、中国の中長距離弾道ミサイルを回避するため、在日米軍は一時的に撤退し、本土からの援護を待って反撃の機会をうかがうとされる。しかし、この「統合エア・シーバトル構想」のどこにも、日本が54基もの原発を抱える、原発大国であるという事実が記載されていない。
⑥本号は、12月11日(水)に行ったトークイベント「山本太郎×岩上安身 特定秘密会談~(原発×戦争)×秘密=!?」の内容を含みます。当日の模様を収録したアーカイブ動画は、PPV(ペイ・パー・ビュー)にて販売しております。この機会に、ぜひ、お買い求めください。
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中国政府は、尖閣諸島の上空を含む東シナ海に、突如「防空識別圏(ADIZ)」を設定したと発表しました。11月23日、衆議院で強行採決が行われ、特定秘密保護法が可決したのが26日、そのわずか3日前という実に微妙なタイミングです。
防空識別圏とは、その国の領空に近づく航空機が敵か味方かを識別するために、各国が独自に設定するものです。他国の航空機が防空識別圏内に入り、「領空防護の必要性」があると判断されれば、戦闘機のスクランブル発進が行われます。
下図をご覧いただければわかる通り、従来の日本の防空識別圏に深く食い込み、しかも尖閣諸島を囲い込む形で、中国は新たな自国の防空識別圏の設定を宣言したのです。
※中国、尖閣上空に「防空識別圏」 日本と重複…空の緊張必至(共同通信、11月23日【URL】http://on-msn.com/1bdkNYP)
これを受け、日本政府は中国政府に対して、すぐさま厳重に抗議。外務省の伊原純一アジア大洋州局長が中国の韓志強駐日公使に対し、「尖閣を巡る状況を一方的にエスカレートさせる。現場空域で不測の事態を招きかねない非常に危険なものだ」と伝えました。
※政府、中国の防空識別圏設定に厳重抗議 「不測の事態招く」(日本経済新聞、11月23日【URL】http://s.nikkei.com/19Qp5yU)
この事態に対し、尖閣を巡る日中対立のドラマの、「第三の主役」ともいうべき米国が動きます。それもきわめて迅速に。騒動の第2幕の始まりです。
米国のケリー国務長官は、11月23日付けで、中国側に対し「強い懸念」を表明。「米国は、東シナ海に防空識別圏を設定したとする中国の発表を非常に懸念している。この一方的な行動は、東シナ海の現状を変えようとする試みである。事態をエスカレートさせる可能性のある行動は地域の緊張を高め、紛争のリスクを生むだけである」という声明を発表しました。
※東シナ海の防空識別圏に関するケリー国務長官の声明(駐日米国大使館ホームページ 【URL】http://1.usa.gov/1iGghTZ)
※「緊張高める」米が非難声明 中国、尖閣に防空識別圏(朝日新聞、11月24日【URL】http://bit.ly/1apBY39)
しかし、中国側はこの日米による抗議を突っぱねます。
中国外務省の秦剛報道局長は24日にコメントを発表。今回の防空識別圏の設定と、それに対する日米の抗議について、「釣魚島(尖閣の中国名)は中国固有の領土だ。主権問題で米側は特定の立場をとらないとの姿勢を貫き、不適切な発言を回避すべきだ」と反論しました。
※防空識別圏問題、中国側が反論 日米の抗議・非難受けて(朝日新聞、11月25日 【URL】http://bit.ly/19d4bKY)
これに対する米国の回答は、言葉ではなく、戦略爆撃機を飛ばすという、極めて強烈なものでした。26日、B-52が2機、中国が新たに設定した防空識別圏内を飛行しました。B-52は、古いタイプの爆撃機ですが、核弾頭を搭載することが可能な戦略爆撃機です。
その意味するところは重大です。「核の拳」を中国の眼前に突き出して見せたわけですから。
※米軍B52が防空圏飛行、中国の現状変更を拒否(読売新聞、11月28日 【URL】http://bit.ly/1b4abFs)
冷戦時、ソ連による核攻撃を防ぐため、共産圏に対する「戦略パトロール」を行う目的で開発されたB-52は、朝鮮戦争時には米韓合同軍事演習に導入され、北朝鮮側を牽制する役割を果たしました。また、1965年から始まった、ベトナム戦争で「北爆」を行ったのも、このB-52でした。言わば、冷戦時代における、「抑止力」の象徴です。
中国側は、B-52が悠々と防空圏内を一時間にわたって飛び回るのを黙認し、手を出しませんでした。こうして「防空識別圏騒動」の第2幕は、日中の「喧嘩」に米国が割って入って凄味をきかせ、貫禄を見せつけ、中国を黙らせた、という場面に終わったのです。
忘れてならないことは、米軍が中国を黙らせて、日本を守るかのように振る舞った、この同じ日に、衆議院では採決が強行されて特定秘密保護法が通過したことです。
審議を中継していたNHKは、採択の直前で中継を切り上げました。怒号の響く議場の様子は、「NHKこそが最も信頼に値するメディア」と信じて疑わない「お茶の間」の視聴者に届けられることは、ついにありませんでした。
傍聴していた市民が強行採決に抗議すると、衛士が数人がかりで力づくで議場から引きずり出しました。その模様を、11月28日付ニューヨーク・タイムズ紙が写真入りで大きく報じたことを、「お茶の間」の皆さまは、知る由もないでしょう。
※Secrecy Bill Could Distance Japan From Its Postwar Pacifism(N.Y Times 11.28【URL】http://nyti.ms/1gAhGtx)
「核の拳」を突き出して見せたのも米国、日本の新たな軍国主義化、ファシズムの台頭を世界中に報じたのも米国、そして、肝心のその特定秘密保護法案の制定を急かしているのも米国、その法案の9条には「特定の外国には特定秘密を提供する」と書き込まれていますが、その秘密献上先の「外国」というのも米国なのです。
防空識別圏の設定に見られるような「台頭する中国の脅威」を国内にアピールすることで、極めて不備の多い特定秘密保護法案の成立を正当化する。そして、TPP関係閣僚会合を前に、法案の成立を米国に対する手土産として献上する。こうすれば、「不朽の日米同盟」をよりいっそう深化させることができるだろう。これが、安倍政権が思い描く構図です。
事実、特定秘密保護法案の審議の過程で、自民党の議員は、この防空識別圏問題を繰り返し持ち出し、法案の必要性を主張しました。
例えば、12月4日に行われた埼玉での地方公聴会において、自民党の北村経夫議員は次のように発言しています。
「中国が防空識別圏を設定したことにより、東シナ海の安全保障環境は一気に緊張してきました。東アジアには、いまだに東西冷戦構造が残っているのです。
従って、安全保障の情勢の変化に対応するためにも、特定秘密保護法は必要であると考えます。情報を自衛隊が収集するだけでなく、米国や英国との共同作業が必要なのです」
しかし、安倍総理をはじめ、大多数の自民党議員が考える、「台頭する中国の脅威」対「不朽の日米同盟」という構図、東アジアにおける「新しい冷戦構造」という構図は、はたして現実のものでしょうか、その大前提が真剣に問われなければなりません。
特定秘密保護法案可決のタイミングで浮上した防空識別圏騒動。これをきっかけに、日本国内で再び急速な高まりをみせる「中国脅威論」。それを論じるに際しては、まず第一に、中国の軍事力がどの程度「脅威」であるのか否か、冷静に確認しておく必要があります。
この特定秘密保護法可決のタイミングでの中国の「軍事行動」は、防空識別圏の設定以外に、もう一つありました。
B-52による防空識別圏内での飛行が行われる直前、中国海軍初の空母「遼寧」(りょうねい)が山東省青島の港を出港して南シナ海に向かったという報道が流れたのです。一時、緊張が走りました。青島と南シナ海の間には、尖閣諸島があります。防空識別圏の設定とあわせ、この「遼寧」の出港は、尖閣に対する中国側の極めて挑発的な態度であると、日本側は強く反発しました。その後、「遼寧」の行先については、続報が見当たりません。
※中国空母「遼寧」出港 尖閣周辺通過の可能性も(毎日新聞、11月26日【URL】http://bit.ly/196RzbY)
「遼寧」とは、2012年9月25日に就役した、中国海軍が初めて保有する空母です。旧ソ連の空母「ヴァリャーグ」の未完成の艦隊を中国海軍が入手、改良したもので、50機もの戦闘機が搭載可能だと言われています。
遼寧が就役した際、日本では「北東アジアの軍事バランスが変わりかねない」など、強い警戒感をもって報じられました。
※初の空母「遼寧」が就役=国威発揚、周辺国に警戒も(時事通信、2012年9月25日、【URL】http://bit.ly/1aIcaiX)
中国が初めて空母を保有した、というニュースは、昨年来、大手メディアでも大々的に取り上げられてきました。戦略論でいえば、伝統的に「大陸型」国家だった中国が、「海洋型」国家を本格的に目指そうとする姿勢のあらわれであるとも報じられ、「中国脅威論」の象徴として扱われてきたわけです。
しかし、この「遼寧」は、実は「張り子の虎」ではないか、という指摘があります。
小河正義・国谷省吾著『空を制するオバマの国家戦略』(実業之日本社、2013.02)には、海上自衛隊幹部と米国防総省担当者の証言として、遼寧に関する以下のような記述が登場します。
「これは本当に空母といえるものなのだろうか。空母超大国のアメリカの評価は厳しいものだった。当時のニューヨーク・タイムズ紙はこう報じている。『中国は国家元首まで登場して初の空母保有を宣言したが、中国が誇る初の空母は外国向けの誇示に過ぎず、中身はない』。つまり周辺国を脅かすための『張りぼて』と喝破したのだ。
米国務省に至ってはもっとそっけなかった。『特に驚くべきことはない』(国防総省スポークスマン)。少なくとも日本のマスコミが報じたような『軍事バランスをただちに変える』ライバルの出現とは思っていないのは確かなようだ。
海上自衛隊の中には、『日本のヘリコプター搭載護衛艦(ヘリ空母)の出現におっとり刀ででてきた鉄クズ空母』との声まである。米国防総省の担当者は試験航海する『遼寧』の偵察衛星から送られた写真をみて吹き出したという。
『甲板に艦載機ゼロ。カタパルトも発艦装置もない』。「遼寧」は世上言われるような空母ではなく、ただの全通型甲板を持つ”輸送船”だったという。これでは短時間に艦載機を何十機も飛ばせる空母の姿に程遠いというわけだ」[91ページ]
この記述が事実ならば、「遼寧」は、日本国内で大々的に喧伝されているほどの実戦能力を持った空母ではない、ということになります。
日本側は「遼寧」の存在を過大に警戒していますが、ここ数年で軍事力の増強を図ってきたのは、中国だけではなく、実は日本もそうなのだと、小河・国谷両氏は、同書の中で明かします。
日本の海上自衛隊は、2009年3月、「ひゅうが」を、そして2011年3月には「いせ」を、それぞれ就役させています。
海上自衛隊は、この「ひゅうが」と「いせ」を、潜水艦による攻撃に備えるための「ヘリコプター護衛艦」だと称しています。しかし、「ひゅうが」と「いせ」の実態は、それぞれ11機のヘリコプターを搭載している「ヘリ空母」であるというのです。さらに、いざとなれば、簡単な甲板修復で、ハリアー戦闘機10機を搭載することも可能だと言われています。
※海上自衛隊ホームページ 「護衛艦」紹介コーナー(【URL】http://bit.ly/1bOoLHq)
このような「ひゅうが」や「いせ」のようなタイプの「護衛艦」は、海外では「STVOL空母」と呼ばれます。「STVOL」機とは、短距離での離陸と垂直着陸ができる戦闘機のことです。つまり、「ひゅうが」や「いせ」は、甲板修復を行い、戦闘機を搭載すれば、いつでも攻撃用の空母に様変わりすることが可能なのです。
前出の『空を制するオバマの国家戦略』では、さらに「ひゅうが」「いせ」を上回る「空母」の導入が綴られています。
「防衛省は海自最大のヘリコプター護衛艦『22DDH』を建造中だ。基準排水量一万九五〇〇トン、長さ二四八メートルの全通型飛行甲板を持ち、『護衛艦』と称するが外見は空母そのものだ。(中略)
将来は『F35』戦闘機も艦載機として運用できるよう飛行甲板の強度と耐熱度を強化した設計となっている。『日本が国内世論や中国の批判を恐れて護衛艦と強弁しても無理。世界の軍事常識からみれば22DDHは最強の空母の分類であり、仮に艦載機をオスプレイや対潜ヘリだけに限定してもヘリ空母と呼ばれる主役級の現代空母になる』とロシアの軍事専門家は警戒を隠さない」[85ページ]
この「22DDH」と、「いせ」「ひゅうが」そして輸送艦の「おおすみ」を加えると、日本は実質的には「空母」の機能を備える艦船を4隻保有することになる、といいます。
なお、「22DDH」は、今年8月6日、「いずも」として進水しました。就役は2015年3月の予定とされています。
※海自最大艦「いずも」進水 15年に就役 (産経新聞、8月6日 【URL】http://on-msn.com/1bqeQFg)
「いずも」の進水式の様子は、海上自衛隊が動画を公開しています。動画をご覧いただければ、非常に巨大な「空母」であることが、実感としてお分かりいただけると思います。この進水式には、麻生太郎副総理、石破茂自民党幹事長が参加していました(【動画URL】http://bit.ly/1jACYcW)。
「空母」を「空母」とあえて呼ばないことについて、小河・国谷両筆者は、「空母保有に対する周辺国の軋轢(あつれき)や、左翼や反日勢力の非難を考慮した賢明な対応といえるかもしれない」と記しています。
この表現からわかる通り、両氏は左派の人間ではなく、どちらかと言えば右派の論客であろうと思われます。小河正義氏は航空評論家で元日経新聞編集委員。国谷省吾氏は大手新聞(どこの新聞かは明記せず)で勤務後、アジア企業のコンサルタントも務める国際ジャーナリストであると、同書に肩書きが記されています。
彼らのような、どちらかといえば右寄りの論客の目から見ても、東アジアの海域で一方的な軍備増強を図っているのは中国海軍というよりも、むしろ米軍および海上自衛隊の方が先行しており、それが中国側に過剰な刺激を与えている、と映っているのです
私が12月5日にインタビューを行った、「有事法制」研究の第一人者の山口大学副学長の纐纈(こうけつ)厚氏も、次のように指摘しました。
「中国が『遼寧』という空母を保有したのは、実際の戦闘に使用するためではなく、中国人民解放軍が自らの軍事的プライドを担保するための装備です。この装備に、どれだけの軍事的な有効性、汎用性があるかは、非常に疑問です。
それから、『遼寧』に載っている戦闘機は非常に旧式です。ですから、例えば米国の第7艦隊などには、とてもではありませんが歯が立ちません。ですから、具体的な戦闘は、千歩一万歩譲っても、ないと思います」
こう指摘する纐纈氏は、ほとんど報じられることのない海上自衛隊の実態を明らかにしました。
「日本の自衛隊は、防衛省は大型護衛艦と言っていますけど、1万トンを超える空母があります。このたび、フィリピンにも行きましたよね(※フィリピン救援に海自最大艦「いせ」など3隻、1000人規模派遣 産経新聞、11月13日【URL】http://on-msn.com/IzrjwC)。
飛行甲板が左舷に集中配備されていて、135メートルあります。これは、ヘリ空母です。イギリスから技術を提供してもらって、飛行甲板ができたんですね。昔だったら軍艦と言われたものですが、それを護衛艦と言って作ろうとしているのです。
完全に、今の日本の海上自衛隊は『外征型』です。『専守防衛』などという言葉は、もはや彼らの中では死語です。自衛隊の幹部は、本音では『専守防衛』なんて思っていません。それは、海上保安庁に任せればいい、と思っています。『俺たちは外に出て行って、周辺事態に備える』、という腹なんですね」
その実態を糊塗され、日本国内で強調される「中国脅威論」。その声に後押しされ、着々と重武装化を進める日本の自衛隊。
「中国の脅威とそれに対抗する自衛隊」という「物語」に力を得て、安倍内閣は、今国会で可決した特定秘密保護法案と日本版NSCの創設、そして来年初頭にも行われるのではないかと懸念される解釈改憲によって、日本周辺の有事どころか、「地球の裏側でも、宇宙でも」(安保法制懇の北岡伸一座長代理)米軍につき従って戦争する体制を着々と整えつつあるのです。
もうひとつ、改めて検証しなくてはならないのは、ここまで日中関係が急速にこじれてしまったのはなぜか、どういう道筋をたどってのことか、という経緯です。
事の発端は、今から1年半前。2012年4月16日に飛び出した、以下の発言でした。
「東京都はあの尖閣諸島を買います。買うことにしました。たぶん、私が留守の間に実務者が決めているでしょう。
本当はね、国が買い上げたほうがいいんだけれども、国が買い上げると支那が怒るからね。なんか外務省がビクビクビクビクしてやがんの」
これは、昨年4月16日、当時東京都知事だった石原慎太郎氏が、東京都による尖閣諸島の購入を宣言した際の発言です。現在に至る日中関係の極端な悪化の、まさに起点となる爆弾発言です。
この発言以降、尖閣諸島を巡り日中関係がどのように悪化したのか、時系列で簡単に振り返ってみましょう。
4月16日の石原氏の発言に対し、中国外交部はすぐさま「日本側のいかなる一方的な措置も違法かつ無効であり、この島が中国に属するという事実を変えることはできない」との談話を発表、東京都による尖閣諸島購入の構えに強く反発しました。
それに対し、当時の野田佳彦総理は5月18日、中国政府の反発を和らげ「平穏かつ安定的な維持管理」をするためなどとして、政府関係者に尖閣諸島の国有化を指示、7月7日には、実際に国有化の方針を正式に表明しました。
そして9月10日、日本政府は、尖閣諸島の中から、魚釣島、南小島、北小島の3島の国有化を閣議決定。藤村修官房長官はその日の会見で、「所有者が売却したい意向を示した。第三者が買えば平穏かつ安定的な維持管理の目的が果たせなくなる」と国有化の必要性を強調しました。そして日本政府は、翌9月11日、3島を20億5千万円で購入し、日本国への所有権移転登記を完了させました。
しかし、野田総理のこの決断は、中国側の「反発を和らげる」どころか、実際には、逆に激しい反発を招くことになりました。国有化の方針が正式に表明されたその日、中国の漁船監視船3隻が日本の領海内に侵入。8月17日には、香港の民間抗議船が尖閣諸島に上陸します。
9月15日には中国27都市で大規模な反日デモが行われ、反日気運が毎年盛り上がる柳条湖事件の起きた日にあたる9月18日には、多くの日系企業がデモ隊に襲われました。
柳条湖事件とは、1931(昭和6)年、奉天(現・審陽)の郊外・柳条湖で、日本の関東軍が自らの手で南満州鉄道の線路を爆破しておきながら、張学良の東北軍による破壊工作によるものだと発表し、満州(現在は中国東北部)への武力侵攻を開始した、忌まわしい謀略事件です。
この柳条湖事件が満州事変の発端となったことは、戦後生まれの日本人の多くが忘れてしまっても、被害を受けた中国人は決して忘れてはいません。「石原発言」は、「ナショナリズム」という燃えやすい枯れ葉のような感情の山に、マッチをすって放り投げたようなものです。
かくて、日中国交正常化以来、積み上げてきた平和と信頼関係の構築、共存共栄に向けての努力は灰燼に帰し、日中間の怒り、憎悪、恐怖、敵対感情は、戦後最悪の状態にまで高まってしまいました。日本人にとっても、中国人にとっても、これは「悲劇」という他はありません。
ここで、注目しなくてはならないのは、日中関係悪化のきっかけを作った石原発言が飛び出したのが、日本ではなく、米国、それもワシントンの保守系シンクタンク「ヘリテージ財団」での講演であった、という事実です。
そのヘリテージ財団が、今から約一年前の2012年11月14日、すなわち、野田佳彦前総理と安倍晋三自民党総裁が芝居がかった党首討論を行い、衆議院の解散が决まったまさにその日、「米国は日本の政治的変化を利用して同盟を深化させるべきである」と題するレポートを発表しました。
執筆したのは、ブルース・クリングナー。ヘリテージ財団の上席研究員で、CIAの朝鮮半島分析官を務めた経歴を持つ人物です。
彼はこのレポートの冒頭でまず「安倍晋三元首相が日本の次期首相に選ばれることになりそうだ」と予測。そのうえで、「安倍氏の外交姿勢が保守的であり、日本国民のあいだに中国への懸念が広がりつつあるという状況は、米国政府にとって、日米同盟の健全性維持のために死活的に重要な数項目の政策目標を達成する絶好の機会である」と指摘したのです。
ヘリテージ財団レポート
(”BACKGROUNDER” 第2743号(2012年11月14日発行))
「米国は日本の政治的変化を利用して同盟を深化させるべきである」
ブルース・クリングナー(ヘリテージ財団アジア研究所北東アジア上席研究員)
【レポート原文はこちら(英文)】http://herit.ag/QGxuSz
●要約
保守系の自民党が次期総選挙で第一党になり、党首の安倍晋三元首相が日本の次期首相に選ばれることになりそうだ。安倍氏の外交姿勢が保守的であり、日本国民のあいだに中国への懸念が広がりつつあるという状況は、米国政府にとって、日米同盟の健全性維持のために死活的に重要な数項目の政策目標を達成する絶好の機会である。
Polls indicate that the conservative LDP will gain a plurality and choose LDP President and former Prime Minister Shinzo Abe as Japan’s next prime minister. Abe’s conservative foreign policy views and the Japanese public’s growing concern over China provide an excellent opportunity for Washington to achieve several policy objectives critical to the health of the U.S.–Japan alliance.
石原氏に「尖閣購入発言」の舞台を提供し、中国と日本の両国で憎悪と悪性のナショナリズムの炎が燃え広がる「悲劇」を見届けながら、右傾化する日本の政治状況をにらみすえて、この状況を米国の政治的目的達成のために利用しよう、とこのレポートはあからさまに述べるのです。
さらに、クリングナー論文は以下のように続きます。
米国政府は長きにわたって、日本が自国の防衛により大きな役割を担うこと、さらに海外の安全保障についてもその軍事力・経済力に見合う責任を負担することを求めてきた。日本が防衛費支出を増大させ、集団的自衛権行使を可能にし、海外平和維持活動への部隊派遣に関する法規を緩和し、沖縄における米海兵隊航空基地代替施設の建設を推進することになるとすれば、米国にとって有益なことである。
Washington has long pressed Japan to assume a greater role in its own defense while adopting overseas security responsibilities commensurate with its military and economic strength. It would be beneficial for the United States if Japan were to increase its defense spending, enable collective self-defense, adopt less restrictive rules of engagement for forces involved in overseas peacekeeping operations, and press forward on building a replacement U.S. Marine Corps airbase on Okinawa.
すなわち、日本が防衛支出を増やすことも、集団的自衛権行使容認という日本の憲法解釈にかかわる重大な問題も、普天間飛行場の辺野古への移転も、一見、日本の安全保障のために、日本政府自らが主体となって進めているかのように装いながら、実のところ、米国の利益のため、「米国にとって死活的に重要な政治的目的を達成するため」に進めている政策である、ということです。
現代の「軍機保護法」である「特定秘密保護法」が強行採決されたのは、まさにそのためなのです。
ちなみに、尖閣諸島の国有化を巡る野田前総理と石原前都知事の「攻防」を詳述したノンフィクション、春原剛著『暗闘 尖閣国有化』(新潮社、2013.07)によれば、ヘリテージ財団での石原氏の講演を設定したのは、アジア研究センターのウォルター・ローマン所長と、他ならぬクリングナーであったとされます。
「クリングナーによれば、演説の舞台設定をしたとはいえ、ローマンもクリングナーも当初、石原が何の目的で、どのような内容のことを話すのかといったことまでは『事前には一切、聞かされていなかった』とクリングナーは断言する。
ただ、東京でローマンが石原と面会した際、『今後、ワシントンで講演したいのでよろしく頼む』程度のことを言われたに過ぎなかった、とクリングナーは振り返る。後に米国をも巻き込む騒動となる石原の爆弾発言に一番驚いたのは、実はその場に居合わせたローマン、クリングナーの二人だった」[64ページ]
本書の記述が事実の通りだとすると、確かにクリングナーは、石原氏が2012年4月16日の講演で、東京都による尖閣諸島の購入を宣言するということを、事前に知らなかった、ということになります。その点について、この記述だけだと、クリングナー氏本人に春原氏自身が取材し、確認したのかどうか判然としません。
春原氏の記述をその文面通りに受け取れば、講演会での石原氏の突然の発表を聞いて、クリングナー氏は驚きつつも、「我が意を得たり」と思い、その半年後に「クリングナー論文」にまとめた、という可能性もありえなくはないでしょう。
しかし、奇妙なことにこの『暗闘 尖閣国有化』には、「クリングナー論文」は登場しません。春原氏は、元日本経済新聞ワシントン支局特派員で、日本経済新聞社と太いパイプを持つワシントンの保守系シンクタンク「CSIS(戦略国際問題研究所)」国際安全保障部客員研究員を務めた経歴を持つ、日本随一の「ジャパン・ハンドラー」通として知られる人物です。
その春原氏が、クリングナー氏の存在に言及し、同氏と面識があることまで明らかにしているのに、そのクリングナー論文にまったく触れないのは、いかにも不自然です。あえて避けて通ったと見るのは、うがちすぎでしょうか。
尖閣諸島を巡る日中間の緊張の高まりと、米国の意図を理解するためには、この「クリングナー論文」を抜きに語ることはできません。
ここまで順番に見てきたように、自民党を中心とする日本の保守系政治家は、「台頭する中国の脅威」と、それに対抗する「不朽の日米同盟」という構図をことさら強調します。特定秘密保護法と日本版NSCの創設、さらには解釈改憲による集団的自衛権行使容認を政府が強引に進めるのは、このような構図が前提となっています。
しかし、近年における東アジアの軍事的な「緊張」を作りだしているのは、中国政府の責任ばかりではなく、日本政府とその背後に控える米国政府の責任も軽くはありません。しかもそれは、CSISが発表した「第3次アーミテージレポート」や、上記の「クリングナー論文」が描いたシナリオ通りに進行しているのです。
日本と中国、そして米国にとって「躓きの石」として存在しているのが、尖閣諸島です。現在のように、日中関係が戦後最悪と言われるまでこじれた原因を理解するためには、尖閣諸島の領有権を巡る、日本、中国、そして本来は第三者であるはずの米国の外交戦略について、歴史的にふり返っておく必要があります。
尖閣諸島に対する日本政府の公式見解は、「尖閣諸島をめぐり解決すべき領有権の問題はそもそも存在しない」というものです(外務省ホームページ【URL】http://bit.ly/1j1XoxB)。
しかし米国は、尖閣諸島の施政権が日本に存在することは認めているものの、領有権については一貫して「中立」の立場を取っており、「当事者間で解決すべき問題だ」としています。つまり米国は、日本政府の公式見解とは異なり、尖閣諸島について日中間に領有権争いが存在していることを認めているのです。
このことは、今年1月18日に行われた岸田文雄外務大臣とクリントン国務長官(当時)の共同会見、そして4月14日に行われた岸田外相とケリー国務長官の共同会見において、両長官が”The United States, as everybody knows, does not take a position on the ultimate sovereignty of the islands.”(アメリカは、みなさんご存知のように、それらの島の最終的な主権についてはいかなる立場も取りません)と述べていたことからも明らかです。
※Remarks With Japanese Foreign Minister Fumio Kishida After Their Meeting(アメリカ国務省ホームページ 1月18日
【URL】http://1.usa.gov/1hQnS3z)
※Joint Press Availability With Japanese Foreign Minister Kishida After Their Meeting(アメリカ国務省ホームページ 4月14日
【URL】http://1.usa.gov/JlcYon)
日本の既存大手メディアが横並びで両長官によるこの発言を削除し、あたかも米国が一方的に日本に肩入れしているかのように報じたことは、「IWJ特報」第83号「国民を”愚民”化する日本のメディア~尖閣問題をめぐる米国首脳の発言を読み解く」ですでに指摘しました。
では、なぜ米国は、尖閣諸島の領有権について、「最終的な主権についていかなる立場も取らない」という戦略をあえて取っているのでしょうか。そのことを理解するためには、1971年6月17日に調印された、沖縄返還協定にまでさかのぼる必要があります。
日本と米国が沖縄返還協定の締結に向けて交渉を進めていた1970年代初頭、米国は、日本、韓国、台湾と「繊維交渉」を行っていました。「繊維交渉」とは、東アジア諸国からの安価な繊維輸出を脅威に感じた米国が、日本、韓国、台湾に対して輸出の自主規制を要求した、というものです。
1972年に大統領選挙を控えていた当時のニクソン大統領は、国内の産業界の支持を取りつけるため、この「繊維交渉」で成果をあげることを目指していました。
尖閣諸島の領有権を巡る問題は、この「繊維交渉」における、米国と台湾の駆け引きに起源が存在するのです。
1971年4月12日、台湾の周書楷(シュウ・ショカイ)駐米大使がニクソン大統領のもとを訪れ、尖閣諸島の問題を提起します。それは、「繊維交渉」での譲歩と引き換えに、第2次世界大戦における日本の敗戦によって帰属先が曖昧になっていた尖閣諸島の領有権を、台湾側が主張する、というものでした。
この台湾側の要求を聞いたニクソン大統領は、おおいに慌てます。というのも、当時、米国はこの「繊維交渉」と並行して、日本と沖縄返還交渉を進めていたからです。
1951年9月8日に調印されたサンフランシスコ平和条約では、尖閣諸島は沖縄県の一部であるとされていました。従って、沖縄だけを尖閣諸島と切り離して日本に返還し、尖閣諸島の領有権を台湾に与えるということには、日本側からの強い反発が予想されました。
かといって、米国は台湾の要求を無視するわけにはいきませんでした。当時は、1971年4月の「ピンポン外交」に象徴されるように、米中接近の真最中でした。米国からしてみれば、台湾(中華民国)が大陸(中華人民共和国)に呑み込まれた後のことも想定し、日本、台湾、中国、いずれの顔も立てる必要に迫られていたのです。
当時の状況を、よりマクロな視点で見てみましょう。1970年代初頭は、「冷戦前期」から「冷戦後期」への転換期にあたる時代でした。1969年3月、ウスリー江のダマンスキー島(中国名:珍宝島)で中ソ国境紛争が勃発し、ソ連と中国という東側陣営の両巨頭の間に亀裂が生じました。
そこで、当時、ベトナム戦争が泥沼化していた米国は、撤退への道筋をつけるために、ソ連と関係が悪化していた中国との和解を試みます。北ベトナムの背後にあって、ベトナムの支援を続けていた中国と折り合わない限り、この戦争の「出口」は見つからない、という判断が働いたのでした。
1971年、ニクソン政権で外交・安全保障を担当していたヘンリー・キッシンジャー大統領補佐官が2度にわたり中国を極秘に訪問。そして1972年2月21日、ニクソン大統領が北京を電撃的に訪問して、毛沢東主席と会談、全世界を驚かせたのです。
そして、このような米中接近のもと、国連における「中国代表権」が、それまでの台湾(中華民国)から大陸(中華人民共和国)に移ることになりました。
1970年代初頭の「繊維交渉」と沖縄返還協定交渉は、このような冷戦構造のダイナミックな変化において理解する必要があるのです。
「繊維交渉」において、台湾から譲歩を引き出すこと。沖縄返還協定交渉において、日本との関係を悪化させないこと。さらに、近く実現するであろう中国との関係改善を見越し、中国側の面子をつぶさないようにすること。
これらの条件を両立させるための方策として、「繊維交渉」特使として各国の窓口となっていたデーヴィッド・ケネディ前財務長官が考えだしたのが、尖閣諸島については「施政権」のみを日本に返還し、「領有権」に関して米国は中立の立場を取る、という、現在にまで引き継がれている「あいまい戦略」だったのです。
このケネディ特使の提案を受け、1971年6月7日、ニクソン大統領と、ヘンリー・キッシンジャー大統領補佐官、さらには経済分野を担当していたピーター・ピーターソン大統領補佐官の三人がキャンプデービッドで会談し、尖閣諸島の領有権に対する米国の立場が正式に決定されました。
『チャイメリカ』『尖閣問題の核心』『尖閣衝突は沖縄返還に始まる』などの著作があり、日米中関係に詳しい横浜市立大学名誉教授の矢吹晋(すすむ)氏は、私が12月10日にインタビューした際、そのキャンプ・デービッドでの合意の模様を、次のように説明しました。
「尖閣諸島を含めて日本政府に返すという方針は変えない。これが一つです。ただし、これは施政権であって、領有権ではない、と。
領有権については、日本と中華民国(台湾)との間で争いがあるから、当事国同士で解決してくれ、というものでした。日本の味方もしない、中華民国の味方もしない、ということです」
この事実は、米国側の記録としてはっきりと残っています。2001年11月、米国議会調査局が上下両院議員の法案審議用資料として作成した報告書「中国の海洋領有権主張=米国の利害への意味」には、次のような記述があります。
“the Nixon Administration removed the Senkakus from its inclusion in the concept of Japanese residual sovereignty. The Nixon Administration asserted that the United States took no position on the issue of competing Japanese and Chinese claims to sovereignty.”
「ニクソン政権は、尖閣諸島を日本の領有権の概念に含めることから除外した。ニクソン政権は、米国政府が日本と中国の領有権争いの問題に対していかなる立場を取らないと断言した」
※China’s Maritime Territorial Claims: Implications for U.S. Interests
【URL】http://www.hsdl.org/?view&did=446508
以上のように、尖閣諸島の領有権に関して「いかなる立場も取らない」という米国の基本姿勢は、1970年代の沖縄返還協定と「繊維交渉」という、日本、米国、台湾、中国による外交戦の中で米国が選択した、極めて戦略的なものでした。
しかし日本政府と日本のメディアは、尖閣諸島に関して米国は日本の味方であり、ともに手を携えて「台頭する中国」を迎え撃つという「物語」を喧伝しています。「ヘリテージ財団」で尖閣諸島の購入を宣言した石原慎太郎前東京都知事が、その典型例であると言えるでしょう。
ところで、野田内閣のもとで断行された尖閣諸島国有化の対象が、5つの島嶼のうち、魚釣島、北小島、南小島の3島に限定されていたことは、ほとんど報じられませんでした。もとより国有地であった大正島はともかく、他の3島と同じく個人所有である久場島が国有化の対象から除外されていたことは、ほとんど知られていないと思われます。
大正島、そして久場島は、1972年5月15日の日米合同委員会において、米軍が射爆撃場として利用することで日米が合意しました。以降、この2島は、米軍の許可なしには日本人が立ち入ることができない、排他的管理区域として設定されています。
石原前都知事は、2012年9月7日に東京都庁で行われた定例会見で、久場島の購入について記者から聞かれ、「米国も今まで爆撃演習に使っていたみたいでね、そのままでいいんじゃないですか」「これは私たちが口を出せる問題じゃない」と語り、購入の意図を否定しました。この発言から、石原前都知事が、久場島がアメリカの射爆場であることを理由に、購入の対象とすることを見送っていたことは明らかです。
奇妙なことに、海上保安庁第11管区海上保安本部のホームページには、久場島が「黄尾嶼(こうびしょ)射爆撃場」、大正島が「赤尾嶼(せきびしょ)射爆撃場」と記載されています(海上保安庁HP【URL】http://bit.ly/aivhqX)。
「黄尾嶼」「赤尾嶼」とは、中国側が尖閣諸島の領有権を主張する際に根拠に上げる文献『使琉球録』(1535年)の中に登場する名前です。なぜ、一貫して「尖閣諸島に関して日中間に領土問題は存在しない」という立場を取り続ける日本政府が、この呼称をなぜ訂正しないのか、実に不可解です。
IWJは、5月10日、安倍政権で領土問題を担当する山本一太内閣府特命担当大臣に対し、久場島と大正島が米軍の射爆撃場として提供され、日本人の立ち入りが禁止されていること、そして海上保安庁のホームページに、両島がそれぞれ「黄尾嶼射爆撃場」「赤尾嶼射爆撃場」と記載されていることについて質問していました。
しかし、山本一太特命担当大臣の答えは、次のような、実に歯切れの悪いものでした。
「いや、今の話は、色々と外交上の話、安全保障上の話、防衛省の立場等々もあるので、これはちょっと私のほうからコメントする話ではないと思います」
山本大臣は「外交上の話、安全保障上の話、防衛省の立場等々もある」とだけ述べ、言葉を濁しました。しかし、それも無理なからぬ話しなのかもしれません。
というのも、「黄尾嶼射爆撃場」と「赤尾嶼射爆撃場」の設置は、この「繊維交渉」における米国と台湾による激烈な交渉の中で、日本の頭越しに決められたことなのですから。米国の事実上の「保護国」の「大臣」が口をはさむことではない、ということなのかもしれません。
先述したように、1971年6月7日、キャンプデービッドでのニクソン、キッシンジャー、ピーターソンによる三者会談により、尖閣諸島について「施政権のみを日本に返還し、領有権に関しては中立の立場を取る」という米国の基本方針が決まります。すると、その報を聞いた台湾の蒋経国(しょう・けいこく)が、その案を受け入れる代わりとして、一つの要求を米国側に出します。それが、黄尾嶼(久場島)と赤尾嶼(大正島)に、米軍の射爆場を残す、というものでした。
台湾(中華民国)にしてみれば、大陸(中華人民共和国)からの侵攻に備えるための防波堤を築いておきたいという思惑がありました。
矢吹氏は、以下のように説明します。
「なぜ蒋経国がこのような要求をしたかというと、そこ(黄尾嶼と赤尾嶼)から米軍がいなくなった途端、中国の人民解放軍がそこを占拠する恐れがあったからです。
この二つは、大陸から一番近い島、ということになります。大陸が台湾を征服する時には、黄尾嶼と赤尾嶼を経由して、島伝いに来る可能性があるのです」
尖閣諸島に現在も残る「黄尾嶼射爆場」と「赤尾嶼射爆場」は、「繊維交渉」の過程において、台湾が防衛のために深く打ち込んでいた楔(くさび)だったのです。
さて、安倍氏や石原氏といった日本の保守政治家を巧みに操り、日本のナショナリズムを高揚させて対中関係の悪化を作り出したヘリテージ財団が、実は日本を飛び越えて、中国との間に太いパイプを築いているという、驚くべき証言があります。
国際ジャーナリストで早稲田大学大学院客員教授の春名幹男氏は、私のインタビューに応じ、ヘリテージ財団と中国とのコネクションについて次のように語りました。
「最近、ヘリテージ財団の友人と話していたら、中国本土からお金が入るようになった、と言っていました。エレーン・チャオという、ブッシュ政権で労働長官にまでなった人物が、ヘリテージ財団の上級研究員になっているのです。
このエレーン・チャオの父親であるジェームズ・チャオは、上海交通大学で江沢民元国家主席と同級生だった人物であり、中国の政界と強いパイプを持っています。さらに、海運業で財をなした大富豪でもあります。
エレーン・チャオは、父親のコネクションを使って、中国本土で集金活動を行いました。このコネクションを介して、ヘリテージ財団をはじめとする米国の保守層に、かなりのチャイナマネーが流れていることは間違いないでしょう」
台湾出身のエレーン・チャオ(趙小蘭)は、8歳の時に一家で渡米し、ハーバード大学経営大学院で経営学修士号(MBA)を取得したエリートです。1984年から86年の2年間、ハンク・オブ・アメリカで副社長を務めた後、1989年に発足した父ブッシュ政権では運輸副長官を、そして2001年に発足した子ブッシュ政権では労働長官を務めました。夫は共和党の大物、ミッチ・マコーネル上院議員で、夫婦ともども共和党に大きな影響力を保持しています。
春名氏によれば、このエレーン・チャオの父親であるジェームズ・チャオは、あの「反日愛国主義政策」で知られた江沢民とも深いつながりのある大富豪であるといいます。このエレーン・チャオを介して、莫大なチャイナマネーが、ヘリテージ財団、ひいては共和党に流れている、というのです。
伝統的に民主党は中国びいき、共和党は反共色が強く、中国より日本びいき、などと言われてきましたが、それはせいぜい10年前までの話にすぎません。人脈的にも、金脈的にも、中国は米国で大きな政治的影響力を持つようになっているのです。
日本におきかえて、想像してみてください。
両親とともに8歳で移住してきた外国人の子供が、日本で成長し、日本国籍をとり、高学歴エリートになって、出自を隠すことなく、本国との政治的・経済的なパイプも維持しつつ、政治家になり、移民一世にして大臣にまでなる。想像できるでしょうか? ほとんどありえない話です。
これは、エレーン・チャオという一人の移民一世のサクセスストーリーであるばかりでなく、米国社会が、中国人を受け入れ、しかも支配階級への参入も認め、さらにその母国・中国との結びつきの深まりをも「歓迎」している、ということに他ならないでしょう。
米国において、中国人移民は一時滞在の「ゲスト」扱いされているわけではないのです。
もちろん、中国との関係を深めているのは、ヘリテージ財団のような、米国の共和党を中心とする保守派だけではありません。
2009年、中国の輸出総額は2020億ドルに達し、世界第一位に踊り出ます。そして、まさに「世界の工場」から「世界の市場」へと変貌を遂げた中国の最大の貿易相手国は、米国なのです。2000年と2010年を比較すると、日米間の貿易額(輸出入計)が2080億ドルから1783億ドルに減少する一方、米中間の貿易額は、683億ドルから3753億ドルに急増しています。
このように、米国にとって太平洋における主要な貿易相手国は、日本ではなく中国なのです。
※中国の台頭で変貌する世界貿易(独立行政法人 経済産業研究所 2011年11月30日【URL】http://bit.ly/tCqHlw)
早稲田大学現代中国研究所所長の天児慧氏は、オバマ政権は、日本を抜き、世界第2位の経済大国になった中国に対し、いかにして対立の構図を作らないようか戦略を練っている、と指摘します。
「現在の中国の指導者は、非常に慎重に戦略を練っています。それは、かつての米ソ対立のような構図を作らないようにする、ということです。
習近平政権が発足した時、中国国務院のシンクタンクとIMF(国際通貨基金)が、合同の研究プロジェクトを作り、『2030年の中国』というレポートを作成しました。IMFの実体は、実質的には米国政府です。
このレポートの内容は、驚くべきことに、いかに中国市場の自由化を徹底させるか、というものでした。中国の国営企業は、これまで手厚い優遇を受けていて、それが今の中国経済の飛躍に貢献してきました。しかし、習近平は、国営企業を既得権だと見なして、2030年までには徹底した自由主義社会を作ろうとしています。
このように、どうすれば米中対立を避けることができるかということを、米中の要人は一生懸命考えています。これは、米ソ対立の二の舞いを避けようというものです」
米中の接近を象徴する例がもう一つあります。元外務省国際情報局長の孫崎享氏は、米国人学生の留学先として、日本ではなく中国が選ばれている現状を説明しました。
「現在、米国から日本に留学する学生は約3000人だと言われています。一方、中国に行く米国の学生は、なんと13万人です。そして、中国から米国に行く留学生は、26万人にものぼります。
こういう人的交流を見れば、日米より米中のほうが、関係が太いに决まっているでしょう」
天児氏や孫崎氏が指摘するように、米中は対立するどころか、互いにさらなる接近の道を模索しているのです。
ここで、「防空識別圏騒動」に対する、日米の対応の違いについて改めて確認しておきましょう。
中国による防空識別圏の設定を受け、日本政府はすぐさま、日本の民間航空会社に対し、中国の求める飛行計画書を提出しないよう呼びかけました。その一方で、米国務省は11月29日、米民間飛行機会社に、「中国側の要求に従うべきだ」との見解を発表しました。ユナイテッド航空、アメリカン航空、デルタ航空の米航空会社大手3社が、中国当局に飛行計画を提出したと発表したのです。
※「米民間機は中国の要求に従って」、防空圏問題で米国務省 (11月30日、AFP【URL】http://bit.ly/IlT1x1)。
※米民間航空3社、中国に防空圏飛行計画を提出(12月2日、ロイター【URL】http://bit.ly/1cU0s7t)
ケリー国務長官が緊急の声明を発表し、さらに戦略爆撃機B-52を飛行させるなど、政治的・軍事的なレベルでは、米国は中国をしっかりと牽制するかのような装いを見せ、日本側を安堵させました。しかし、いざ経済上の実利が絡むと、このように米中はしっかりと落とし所を作るのです。
米中接近の先にあるのは、一体何でしょうか。言うまでもなく、日米同盟だけを盲信し、米国の戦略通りに対中感情を悪化させている、日本の孤立化です。
「孤立化だけでは済みません。日本は米国の『雇い兵』になるのです」と警鐘を鳴らすのは、私が12月5日にインタビューした、山口大学副学長の纐纈(こうけつ)厚教授です。
10月3日、来日した米国のケリー国務長官、ヘーゲル国防長官と、岸田文雄外務大臣、小野寺五典防衛大臣との間で、外務・防衛担当閣僚協議委員会(2プラス2)が行われました。この2プラス2で合意された共同発表には、2014年末までに、1997年に定められた日米ガイドライン(日米防衛協力のための指針)の再改訂が盛り込まれています。
※外務省資料 「日米安全保障協議委員会(「2+2」) 共同発表 <より力強い同盟とより大きな責任の共有に向けて> 」(【URL】http://bit.ly/1bnapaQ)
纐纈氏は、この2014年末に行われる日米ガイドライン再改訂の核心を、「対中国海洋戦略」にあると指摘します。先に指摘した通り、米国は経済面では中国としっかり手を結んでいます。しかし、軍事面では、日中間の対立を煽っている、というのです。
「今、米国と日本の位置関係は、盾と矛です。日本が盾で米国が矛という関係なんですね。しかし、日米ガイドラインの再改訂により、その関係が逆転するんです。
つまり、日本が矛になり、米国が盾になる、ということです。日本の自衛隊が鉄砲玉になり、最前線に投入される部隊になる、ということです。
つまり、日本はこのままでは、米国の『雇い兵』になる、ということです」
悲しいかな、日本側がいくら切望しようとも、米国はもはや日本を組むべきパートナーと本気では見なしていません。それどころか、尖閣諸島を巡って日中の対立を煽り、日本に米国製の武器弾薬を大量に売りつけ、そしていざ戦争となったら、自衛隊を真っ先に戦場へと押し出そうとしているわけです。
10月3日の「2プラス2」のために来日したケリー国務長官とヘーゲル国防長官が、その足で、東京都千代田区の千鳥ヶ淵戦没者墓苑に献花を行いました。
千鳥ケ淵戦没者墓苑とは、第二次世界大戦で死亡した日本の軍人や民間人のうち、身元不明や引き取り手のない遺骨を安置するための施設です。A級戦犯の合祀によって中国や韓国から批判が出ている靖国神社に代わる、国立の追悼施設として定めてはどうか、という議論が、これまでも浮上しては遠のくという繰り返しをしてきました。
IWJが千鳥ケ淵戦没者墓苑の担当者に電話取材を行ったところ、米国の要人が墓苑を訪問して献花を行うのは、墓苑設立以来はじめてのことだといいます。安倍総理は今年の5月、「フォーリン・アフェアーズ」のインタビューに応え、「日本人が靖国神社を参拝するのは米国人がアーリントン墓地を参拝するのと同じ」と語っていました(東亜日報 5月21日【URL】http://bit.ly/1gxE89c)。
ケリー国務長官とヘーゲル国防長官による今回の献花は、靖国神社をアーリントン墓地になぞらえた安倍総理に対する、はっきりとした批判に他なりません。米国は、戦前の日本から引き継ぐ「靖国」の伝統より、中国への配慮、第二次世界大戦の歴史を優先する、というまぎれもない政治的なメッセージです。
私が10月4日にインタビューした軍事評論家の前田哲男氏は、ケリー国務長官とヘーゲル国防長官の行動について、次のように説明しました。
「これは、『靖国はノーだ』という、米国のはっきりとしたメッセージだと思います。日本政府は、相当ショックを受けているのではないでしょうか。
安倍総理の復古主義的な姿勢は、韓国からの強い反発を招いています。米国の東アジアにおける軍事戦略は、日本と韓国に存在する米軍基地を基礎にしています。したがって、米国にとって、日韓関係必要以上にこじれることは、好ましいことではありません」
日本に対し、中国との戦争をけしかけているのも米国。他方、日本の右傾化に釘を差しているのも米国です。この、アクセルとブレーキを同時に入れるという巧みな米国の外交戦略に対し、日本はアクセルの部分だけを都合よく解釈し、国益のための主体的な判断をすることなく米国の要請を唯々諾々と受け入れ、特定秘密保護法を可決し、日本版NSCを設置して、戦争の準備に邁進しているのです。
では、纐纈氏が指摘する米国の「対中国海洋戦略」とは、具体的にどのようなものなのでしょうか。その内実の一端が、ここにきて明らかとなり始めています。
2009年9月、米海軍作戦部長と米空軍参謀長が、「統合エアシーバトル構想」(Joint AirSea Battle Concept:JASBC)に関する覚書に署名しました。「統合エア・シーバトル構想」とは、冷戦期から湾岸戦争までの米陸軍で主流だった「エア・ランドバトル」(Air land Battle)からの転換を図るために考えだされた、米軍の新しい戦争コンセプトです。
「エア・ランドバトル」とは、前線で機動的に動く地上戦力と、敵軍への後方から補給路を断つ航空戦力とが有機的に補完し合いながら、敵軍勢力を撃破していくという戦略です。この「エア・ランドバトル」は、冷戦期にはソ連による西ドイツ侵攻の阻止に貢献した他、湾岸戦争における米軍の「砂漠の嵐」作戦にも適用されました。
しかし、米軍はこの「エア・ランドバトル」からの転換を余儀なくされます。それは、中国人民解放軍が、米中間における軍事的衝突を考慮した「A2/AD戦略」(Anti-Access/Area Denial)を構想していたことが明らかとなったからです。2009年、米国防長官官房が議会に提出した年次報告書「中華人民共和国の軍事力・2009」で、初めてその存在が報告されました。
※ANNUAL REPORT TO CONGRESS~Military Power of the People’s Republic of China 2009 【URL】http://1.usa.gov/1gB2U8r
「A2/AD戦略」とは、1982年に鄧小平が打ち出した「第一列島線・第二列島線」による対米国防計画をより具体化したものです。
「A2」(Anti-Access)すなわち「接近禁止」とは、弾道ミサイルや長距離爆撃機を整備することによって、グアムやサイパン、テニアンといった米軍の前方展開基地への米国本軍や同盟軍の接近を拒否することを意味します。
「AD」(Anti-Denial)すなわち「領域拒否」とは、特定の地域における敵軍の行動の自由を制限することを意味します。
この中国人民解放軍による「接近禁止/接近拒否 戦略」に対抗するために米軍が立案したのが、「統合エア・シーバトル構想」でした。
「統合エア・シーバトル構想」では、中国人民解放軍の「A2」(接近拒否)と「AD」(領域拒否)を打ち破るため、「エア・ランドバトル」のような陸軍と空軍の合同作戦ではなく、地上領域、航空領域、海洋領域、さらにはサイバー領域、宇宙領域の5つの領域において、ネットワーク化された統合部隊が攻撃を行う、とされます。
では、この米国による対中軍事戦略「統合エア・シーバトル構想」において、日本の位置づけはどのようになっているのでしょうか。
中国は、「縦深性」の深い国土を有しています。攻めこまれても、退却が可能で、容易に屈服しないですむ懐の深さをもっているのです。仮に前線を突破され、沿岸部の主要都市が陥落しても、拠点を奥地に移すことで、長期戦化に耐えることができます。
上海や南京を陥落したにも関わらず、内部の重慶に首都を移した国民党政府を攻めあぐね、戦闘が長期化し、泥沼に陥ってしまった日中戦争がその例です。
さらに、中国はすでに3000kmの射程距離を有する中距離弾道弾や巡航ミサイルを有しています。これらを奥地に構え、前線の敵軍を狙い撃ちすることが可能なのです。縦深性の深い中国に、米軍が攻め入ることは容易ではありません。
そこで「統合エア・シーバトル構想」が想定しているのが、沿岸部、もっと言えば、おそるべきことに、日本列島を戦場として限定した「制限戦争」であることです。
事実、2011年7月1日に発表された、「統合エア・シーバトル構想」をもとにした日米合同軍事演習のシミュレーション「ヤマサクラ61」では、日本全土が「バトルゾーン」として設定されています。
元宜野湾市長の伊波洋一氏は、4月2日に私のインタビューに応じ、この「統合エア・シーバトル構想」について次のように説明しました。
「『統合エア・シーバトル構想』とは、日本を戦場に仮定した、米軍による対中国戦略です。
今までのような前方展開基地の抑止力は、もう中国のミサイル攻撃に対して役に立ちません。米軍は、攻撃の予兆を察したら、まず、日本の前線基地から一時的に撤退させます。そして、米国本土から長距離爆撃機などで応戦しつつ、日本本土から南下。琉球列島をバリアにして中国と戦います。その時に、辺野古の基地が必要になってくるのです」
※2013/04/02 [IWJ日米地位協定スペシャルNo.4]伊波洋一氏インタビュー
http://iwj.co.jp/wj/fellow/archives/5083
日本本土を舞台とした米中の戦争が勃発した場合、本来は日本を防衛するために駐留している在日米軍は、中国の中長距離ミサイルを恐れて、一時的に撤退する、というのです。そして、米国本土からの長距離爆撃機などの援軍が整い次第、中国との全面的な戦争に突入します(しない可能性も、もちろんあります)。その際も、想定されている戦場は、日本列島全域です。
ところで、この「統合エア・シーバトル構想」には、決定的に欠けている視点があります。それは、日本列島に54基ある、原発の存在です。
以下の図は、先述した「ヤマサクラ61」の中の一部です。
この図によれば、中国人民解放軍が、若狭湾から日本本土に上陸することが想定されています。若狭湾は、大飯原発や敦賀原発、高浜原発など、14基の原発を抱える「原発銀座」です。このような原発の密集地帯で戦闘を行えば、日本だけでなく、地球規模での放射能汚染につながります。「狂気の作戦」と言う他ありません。
このように、現在の米軍の対中国戦略とは、日本の自衛隊を「雇い兵」にするだけのものではありません。日本の国土そのものを戦場にし、多くの日本人の犠牲を払うだけでなく、原発への攻撃による放射能汚染によって、日本を二度と人が住めなくなる土地にしてしまうものなのです。
「対中国脅威論」を唱え、特定秘密保護法や日本版NSC、さらには集団的自衛権の行使によって、日本を米国とともに戦争のできる国家に作り変えるということは、この「統合エア・シーバトル構想」にのっとって、日本の自衛隊のみならず、日本の国土と国民を、米軍の、米軍による、米軍のための戦争に差し出すということを意味します。
そして、戦争の後に残るのは、放射能に汚染され、もはや誰も住むことができなくなった日本列島です。それはすなわち、日本という民族と国家の消滅を意味します。
日本にとって、この戦争に「勝利」はありません。中国の陸上戦力を列島の外に叩き出すことに成功したとして、それが「勝利」と言えるでしょうか? かつて、第二次大戦に敗れた際には、「国破れて、山河あり」ということが可能でした。しかし、今度は「国、勝とうと敗れようと、山河なし」となるのです。
「あっ、Xバンドレーダー!」
12月11日に参議院議員の山本太郎氏と行ったトークイベント「特定秘密会談~(原発×戦争)×秘密=!?」で、中国人民解放軍が若狭湾から上陸することを想定した前掲の図を示すと、山本氏はこのように声をあげました。
※山本太郎×岩上安身 特定秘密会談~(原発×戦争)×秘密=!? PPV(ペイ・パー・ビュー)での動画アーカイブはこちらからお買い求めください。
http://iwj.co.jp/info/whatsnew/?p=18721
「Xバンドレーダー」とは、中国や北朝鮮などからの弾道ミサイルを想定し、これを探知、追尾するための高性能レーダーです。先述した10月3日の「2プラス2」で、日米両政府は、米軍のXバンドレーダーを、京都府京丹後市の航空自衛隊経ヶ岬分屯基地に配備することで合意。そして12月12日、日米両政府は、Xバンドレーダー用地として、経ヶ岬分屯基地の一部と、隣接する民有地を米軍側に提供することで合意しました。
※米軍にレーダー用地提供=合同委(時事通信、12月12日【URL】http://bit.ly/1bZWhJl)
京丹後市経ヶ岬は、若狭湾に面した場所に位置しています。ここに米軍がXバンドレーダーを設置するということは、「ヤマサクラ61」が示す通り、日米両政府は若狭湾から中国人民解放軍の地上部隊が上陸することを想定しているのだと考えざるをえません。
そもそも、「原発銀座」の異名を持つ福井県若狭地方が脆弱な交通インフラしか持っていないことは、「IWJウィークリー」21・22号で、原佑介記者が実際に現地入りしルポとしてお伝えした通りです。
若狭地方一帯が9月半ばに発生した台風18号による水害に見舞われた際、もんじゅに通じる唯一の道が土砂崩れにより封鎖され、もんじゅは一時孤立状態に陥りました。
日本政府は、「原発銀座」のインフラ整備はさておいて、この若狭地方に米軍のXバンドレーダーを設置するための土地の提供を決定してしまったのです。
この京丹後市へのXバンドレーダー設置に関しては、計画が浮上した当初から、地元住民による抗議デモや学習会の様子を、IWJは継続的に取材・中継してきました。
11月15日に滋賀県内で行われた学習会で、「米軍Xバンドレーダー基地反対近畿連絡会」共同代表の大湾宗則氏は、Xバンドレーダーが設置されることで現地住民に生じる危険性について、次のように指摘しました。
「レーダーは『敵状を調べる』という意味で、相手が一番嫌がる行為です。イラク戦争で米軍は、三沢基地からF18を出し、まずイラク国内のレーダーサイトを潰しました。
昔の戦争と違い、今は飛行機、軍艦など、あらゆるものがレーダーで誘導されて動いています。レーダーがやられたら、今の近代兵器は鉄くずとなり、役に立ちません。そのために迎撃ミサイルを開発している、というのが現状なのです。
ということは、敵国からすれば、もっとも最初に攻撃しなければならないのは、沖縄米軍基地でなく、(Xバンドレーダーが設置される)経ヶ岬ということになります。つまり、京都が真っ先に攻撃対象になる、ということです」
京丹後市への米軍によるXバンドレーダーの設置は、「統合エア・シーバトル構想」にもとづいた、米軍による中国に対する戦争準備の一端であると考えられます。大湾氏が指摘するように、一度戦端が切られたとしたら、最も危険にさらされるのは、レーダーが実際に設置されている、現地の住民です。
戦場が日本になるということは、戦闘行為を行う米軍と中国人民解放軍、日本の自衛隊に加え、現地で生活する日本人に多大な犠牲が出る、ということなのです。
Xバンドレーダーが、他でもない若狭湾沿岸の経ヶ岬に配備されることからも分かるように、米軍の「統合エア・シーバトル構想」の作戦計画「ヤマサクラ61」は、もはや机上の仮想シミュレーションではなく、現実に動き出しています。現在の日本は、まさに戦争「前夜」なのです。
中国に対して突っ張り続ける一方、米国には唯々諾々と盲目的に追従し続ける現在の安倍政権。今の日本政府には、未来に、このような結果が待ち受けているという自覚はまったくみられません。
(了)
<付録>
IWJでは、今号で取り上げた「ヘリテージ財団」の「クリングナー論文」を、独自に翻訳しました。「まぐまぐ」で「岩上安身のIWJ特報!」をご購読中の皆様に、その全文を付録としてお届けします。
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ヘリテージ財団レポート
(”BACKGROUNDER” 第2743号(2012年11月14日発行))
「米国は日本の政治的変化を利用して同盟を深化させるべきである」
ブルース・クリングナー(ヘリテージ財団アジア研究所北東アジア上席研究員)
【レポート原文はこちら(英文)】http://herit.ag/QGxuSz
●要約
時期は定かでないが、来年、再び日本国民に政界再編の機会が訪れる。3年前に民主党が政権を握った時、多くの国民は、そうした改革がすぐに行われると思っていた。しかし、民主党は選挙公約を具体的に実行して改革を実現することができず、結果的に、政権交代を求めた日本国民の要求は満たされないままとなっている。
世論調査に従えば、保守系の自民党が次期総選挙で第一党になり、党首の安倍晋三元首相が日本の次期首相に選ばれることになりそうだ。安倍氏の外交姿勢が保守的であり、日本国民のあいだに中国への懸念が広がりつつあるという状況は、米国政府にとって、日米同盟の健全性維持に死活的な数項目の政策目標を達成する絶好の機会である。
Abstract: On December 16, the Japanese people will once again have an opportunity to reshape their nation’s political landscape. To many, such reform seemed imminent three years ago, when the Democratic Party of Japan (DPJ) swept into power. Yet the DPJ was unable to turn campaign promises into concrete reforms, and as a result, the Japanese public’s desire for political transformation remains unsatisfied. Polls indicate that the conservative LDP will gain a plurality and choose LDP President and former Prime Minister Shinzo Abe as Japan’s next prime minister. Abe’s conservative foreign policy views and the Japanese public’s growing concern over China provide an excellent opportunity for Washington to achieve several policy objectives critical to the health of the U.S.–Japan alliance.
●キー・ポイント
①2009年の総選挙によって日本の政権交代は実現したが、民主党は選挙公約を具体的に実行して改革を実現することはできなかった。結果として、政権交代を望む日本国民の声は根強く残っているが、どの政党も国民の信頼をほとんど得ていない。
①The 2009 elections may have changed Japan’s political leadership, but the DPJ was unable to turn campaign promises into concrete reforms. Consequently, the Japanese public’s desire for political transformation persists, and there is little public confidence in any political party.
②日本の次期首相は、景気の低迷、膨れあがる公債残高、少子化、高まりつつある中国と北朝鮮からの安全保障上の脅威、そして薄れゆく国際的影響力など、いくつもの難題に直面する。
②The next Japanese leader faces several daunting challenges: a stagnant economy, staggering public debt, deteriorating demographics, growing security threats from China and North Korea, and fading international influence.
③中国の地政学的な挑発が続いていることを受けて、日本国内にナショナリズムが台頭しつつある、その影響は、日本の政界再編に、またおそらくは来る総選挙にも及ぶ可能性がある。
③China’s continued geopolitical aggression is fueling a rising nationalism throughout Japan, reshaping the Japanese political landscape and, potentially, the coming election.
④世論調査に従えば、保守系の自民党が次期総選挙で第一党になり、党首の安倍晋三元首相が次期首相に選ばれることになりそうだ。
④Polls indicate that the conservative LDP will gain a plurality and choose former Prime Minister Shinzo Abe as Japan’s next prime minister.
⑤安倍氏の外交姿勢が保守的であり、日本国民のあいだに中国への懸念が広がりつつあるという状況は、米国政府にとって、日米同盟の健全性維持に死活的な数項目の政策目標を達成する絶好の機会である。
⑤Abe’s conservative foreign policy views and the Japanese public’s growing concern over China provide an excellent opportunity for Washington to achieve several policy objectives critical to the health of the U.S.-Japan alliance.
●本文
3年前、民主党は、50年間続いた自民党政権がもたらした政治的停滞に対する国民の怒りに乗じて政権を奪取した。しかし、その喜びもつかの間だった。民主党は、財政の実情からその非現実的経済公約を放棄せざるを得ず、中国と北朝鮮からの脅威の高まりを受けて、甘い外交姿勢を転換させるに至った。経験不足と不祥事に悩まされ、民主党は自民党と同様に政治的無能をさらけ出し、矢継ぎ早の首相交代という轍を踏んだ。実際、民主党初の首相は1年を経ずに辞任し(後任は15か月しかもたなかった)、有権者は民主党に背を向け、自民党の参議院での復権を許した。
Three years ago, the Democratic Party of Japan (DPJ) swept into power, riding a wave of public anger over the political stagnation created by 50 years of uninterrupted rule by the Liberal Democratic Party (LDP). The euphoria was fleeting, however. Fiscal realities forced the DPJ to abandon its unrealistic economic promises, and growing threats from China and North Korea promoted the party to reverse its naïve foreign policy. Plagued by amateurism and wracked with scandals, the DPJ proved to be as politically inept as the LDP and suffered a similarly rapid turnover of prime ministers. Indeed, within a year, the DPJ’s first prime minister had resigned (the second prime minister lasted only 15 months), and voters turned on the party, returning control of the upper house to the previously discredited LDP.
民主党はその失策によって、次期衆院選で総理大臣のポストと衆議院の過半数を失うことがほぼ確実である。選挙の日程はまだ確定していないが、2013年8月末までには実施されるはずである(訳注:本稿の発行日は11月14日)。野田佳彦首相は、解散日の設定を可能な限り先延ばしにして、瀕死の民主党をどうにか立て直そうとするだろう。自民党は、このような時間稼ぎに対抗して、立法府運営の膠着を武器に選挙の早期実施を余儀なくさせようとするはずである。
As a result of its failed agenda, the DPJ will almost certainly lose the lower house and prime ministership during the next lower-house election. Though the exact date of the election remains uncertain, it must be held before the end of August 2013. Prime Minister Yoshihiko Noda will avoid setting a date as long as possible, hoping to―somehow―resurrect his moribund party. In response to such delay, the LDP will threaten legislative stalemate to force an earlier election.
世論調査に従えば、保守系の自民党が次期総選挙で第一党になり、党首の安倍晋三元首相が日本の次期首相に選ばれるという見通しが強い。安倍氏の外交姿勢が保守的であり、日本国民のあいだに中国への懸念が広がりつつあるという状況は、米国政府にとって、日米同盟の健全性維持に不可欠な数項目の政策目標を達成する絶好の機会である。
Polls indicate that the conservative LDP will gain a plurality and choose LDP President and former Prime Minister Shinzo Abe as Japan’s next prime minister. Abe’s conservative foreign policy views and the Japanese public’s growing concern over China provide an excellent opportunity for Washington to achieve several policy objectives critical to the health of the U.S.–Japan alliance.
米国政府は長きにわたって、日本が自国の防衛により大きな役割を担うこと、さらに海外の安全保障についてもその軍事力・経済力に見合う責任を負担することを求めてきた。日本が防衛費支出を増大させ、集団的自衛権行使を可能にし、海外平和維持活動への部隊派遣に関する法規を緩和し、沖縄における米海兵隊航空基地代替施設の建設を推進することになるとすれば、米国にとって有益なことである。
Washington has long pressed Japan to assume a greater role in its own defense while adopting overseas security responsibilities commensurate with its military and economic strength. It would be beneficial for the United States if Japan were to increase its defense spending, enable collective self-defense, adopt less restrictive rules of engagement for forces involved in overseas peacekeeping operations, and press forward on building a replacement U.S. Marine Corps airbase on Okinawa.
●日本の有権者は依然として強力なリーダーシップを求めている
2009年の総選挙によって日本の政権交代は実現したが、民主党は選挙公約を具体的に実行して改革を実現することはできなかった。結果として、政権交代を望む日本国民の声は根強く残っているが、どの政党も国民の信頼をほとんど得ていない。依然として、最も支持を集める候補者は「無所属」である。こうした幻滅から生じた政治的空白に乗じようとしているのが、橋下徹大阪市長の「日本維新の会」である。
●Japanese Electorate Still Longing for Leadership
Although the 2009 elections may have changed Japan’s political leadership, the DPJ was unable to turn campaign promises into concrete reforms. Consequently, the Japanese public’s desire for political transformation persists, and there is little public confidence in any political party: The most popular candidate remains “none of the above.” This disenchantment has created a political vacuum that Osaka Mayor Toru Hashimoto is seeking to exploit with his Nippon Ishin no Kai (Japan Restoration Party―JRP).
●民主党
野田首相が党首を務める民主党は破滅寸前である。まもなく奈落に真っ逆さまとはつゆ知らず、空中に立つコヨーテ(訳注:漫画のキャラクターWile E. Coyote)のようだ。民主党は存続するだろうが、マスター・プランが大失敗であることが判明して足かせとなるのも、コヨーテと同じである。
尖閣諸島を巡る日中の対立が問題となったのは2010年だが(※4)、その頃には、すでに民主党は公約に掲げていた外交および安全保障政策を放棄していた。例えば、民主党はもはや日米同盟を批判することはせず、対中融和、米国抜きの東アジア・コミュニティの創設(※5)、そして米海兵隊の普天間飛行場の沖縄県外移設も提唱しなくなっていた。民主党は、対抗すべき自民党の外交政策を事実上受容してしまったのである。
民主党の経済公約も似た運命をたどった。例えば、2009年の選挙戦で民主党は高齢者への年金および医療給付の増額、ならびに4年間の増税回避を公約に掲げたものの、選挙に勝利した後に給付の約束を反故にしたばかりか、野田首相は2011年にならないうちから消費税を5%から10%に倍増することを提案するようになっていた。また、追加徴税分は全額社会保障制度の安定化に充当し、政府部門を拡大する目的には使用しないことを約束した。
不人気の増税法案を推し進めることで、野田氏は民主党政権の墓穴を掘った。川内博史民主党議員が述べたように、「[自民党政権下での]年金問題と社会保障に対する国民の不信と民主党の提案があったから、民主党は政権に就けた。[それが今や]民主党が自民党と化してしまった」のである。
●Democratic Party of Japan.
Like Wile E. Coyote standing in mid-air, blissfully unaware of his impending plummet, Prime Minister Noda is ruling over a party teetering on the brink of disaster. The DPJ will survive, but the party, like Wile E., will be hobbled with its master plan, which has proven to be a colossal failure.
By the time of Japan’s confrontation with China over the Senkaku Islands in 2010, the DPJ had jettisoned the foreign and security policies on which it had campaigned. For instance, the party no longer criticized Japan’s alliance with the United States, nor did it advocate embracing China, creating an East Asian Community without Washington, or moving the U.S. Marine Corps airbase at Futenma off of Okinawa. The DPJ, for all intents and purposes, had embraced the foreign policy of its LDP rival.
The DPJ’s economic promises would meet a similar fate: During the 2009 campaign, for example, the DPJ pledged that it would increase pension and medical benefits for the elderly and avoid any tax increases for four years. Yet after winning the election, the DPJ abandoned its benefits pledge, and by 2011, Prime Minister Noda was proposing to double the consumption tax from 5 percent to 10 percent. He also promised that all of the additional revenue would be devoted to stabilizing the troubled social security system and not to increasing the size of the government.
By pushing the unpopular tax, Noda dug the DPJ’s political grave. As DPJ Diet Member Hiroshi Kawauchi stated, “the public’s distrust of pensions and health care [under the LDP] and our proposals were what brought us to power [but now] the DPJ has turned into the LDP.” Aside from its continued loss of public support, the DPJ is also suffering from defections in its ranks: Over 70 lawmakers have fled the party, citing differences with Noda over raising the consumption tax or resuming operations at the Oi nuclear power plant.
●野田首相の驚くべき大胆さと有能さ
野田首相の支持率は急落しているが、皮肉なことに、野田首相が、実際に指導する勇気を持った日本の指導者として例外的な存在であることは明らかである。野田首相は、自民党・民主党の5人の前任者よりはるかに有能だった。
野田首相が2011年3月の地震、津波、そして原発事故という3つの惨事の直後に就任したことを考慮すると、その業績は見事と言わざるを得ない。国民がさらなる原発事故の発生を恐れたため、日本の電気消費量の30%を供給していた原発のすべてを停止することになったのである。
野田首相の政治的手腕もまた予想をはるかに超えていた。例えば、2012年初頭に、日本のメディアは彼の政治的短命を予測したが、野田首相は政敵に打ち勝ち,物議を醸した法案の採決を押し切ることができた。さらに、民主党内部からの激しい抵抗と野党の議事進行妨害に直面しながらも、消費税増税法案を成立させることに成功した。また、日本が以前から約束していた武器輸出原則の緩和を実現し、米国政府を説得して二国間防衛協定を改定して米海兵隊普天間飛行場代替施設建設問題の進展という在沖縄米軍5基地返還の前提条件を切り離すことができた。
●Noda: Surprisingly Bold and Effective.
Noda’s plummeting approval rating is ironic since he has proved to be an anomaly: a Japanese leader with the courage to actually lead. He has been far more effective than any of his five predecessors from either major party.
Noda’s accomplishments are even more impressive considering that he assumed office shortly after the March 2011 disaster trifecta of earthquake, tsunami, and nuclear catastrophe. Public fear of additional nuclear disasters led to the shuttering of all Japan’s nuclear reactors, which had supplied 30 percent of the country’s electricity.
Noda also proved to be far more politically adept than expected. In early 2012, for instance, the Japanese media predicted his imminent political demise, yet he was able to outmaneuver his political opponents and push through controversial legislation. Furthermore, despite fierce opposition from within his own party as well as an obstructionist opposition party, Noda won approval for the consumption tax increase. He also implemented Japan’s long-promised relaxation of arms export principles and convinced Washington to alter a bilateral defense agreement by delinking required progress on construction of the Marine Corps’ Futenma Replacement Facility prior to the United States returning five military bases on Okinawa.
●不人気なポピュリスト、小沢
日本の政治の未来を語る際に驚くほど言及されない人物が、元民主党代表の実力者、小沢一郎氏である。「壊し屋」の異名を持つ小沢氏は、昔から、自らの当選確率を上げるためには自らが参画した政党や政策を見捨てることも厭わなかった。事実、小沢氏の唯一の一貫したイデオロギーは、その時点で有権者に最も人気がある選択肢であれば、中身がどうあれ頑なに信奉するということである。
しかし、小沢氏の人気も、選挙への影響力とともに、衰弱の一途を辿っている。現時点でもなお49人の国会議員の支持を得ているとはいえ、この取り巻きの多くは次期衆院選で落選すると見られている一年生議員である。そのため、小沢氏は目下資金と支持集めに奔走している。同氏が新たに結党した「国民の生活が第一」は、次の選挙では10議席しか獲得できないかもしれない(※9)。
●Ozawa: The Unpopular Populist.
One political name that is surprisingly absent from discussion of Japan’s political future is former DPJ leader and kingmaker Ichiro Ozawa. Known as “the destroyer,” Ozawa has a long history of abandoning parties or policies he once championed if doing so increased his electability. In fact, Ozawa’s only consistent ideology has been to believe strongly in whatever is most popular with the voters at the moment.
But Ozawa’s popularity, along with his ability to influence elections, is dwindling. Although he still boasts the support of 49 Diet members, many of these allies are first-term lightweights expected to lose their seats in the coming election. Consequently, Ozawa is now scrambling for money―and relevance. His newly formed People’s Life First Party may end up with only 10 seats after the next election.
●自民党
先月の総裁選の結果、自民党は安倍晋三氏を新総裁に選出した。世論調査では、石破茂元防衛大臣、石原伸晃自民党幹事長に次ぐ3位であったため、安倍氏の勝利は驚きを持って迎えられた。第一回投票の結果、安倍氏は、地方支部役員や党員にはるかに高い人気を博す石破氏に次いで二位となった。国会議員のみが投票する決選投票で、安倍氏は派閥政治と人間関係のあやによって勝利を収めた。
石破氏が自民党総裁に選出されていたとしたら、来る総選挙での自民党の勝算は高まっていたかもしれない。安倍氏は国民には依然として非常に不人気である。有権者は、安倍氏が総理在任わずか1年で突然無責任とも取れる辞任の仕方をしたことに、まだ怒っているのだ。実際、2007年の参院選と2010年の衆院選における自民党の惨敗の責任を彼に求める声も大きい。
2012年の総裁選における勝利の後、安倍氏は、尖閣諸島に関して中国に対して毅然とした態度を取ること、米国との同盟を強化すること、そして日本がより大きな安全保障上の責任を引き受けることを宣言した。これらの問題に対する安倍氏の姿勢は、日本国内におけるナショナリズムの広がりと同調するものである。しかし、一部の有権者は、日本の最大の貿易相手国である中国に対して、安倍氏が度を超した対決姿勢を取ることを懸念している。
こうした懸念に道理がないわけではない。安倍氏は、前回の首相任期中、第二次大戦において日本軍がアジア女性を慰安婦として強制連行したことを否定し、また歴史教科書への日本の戦中行動の過小表記を可能とする法案成立を強行したことで、中国および韓国との関係に緊張を招いている。しかし一方で、安倍氏は、前任者の小泉純一郎氏がしたような靖国参拝を行わず、自身の最初の公式訪問先を中国とすることで自制を示している。
2012年の総裁選で勝利を収めた後、安倍氏は前述の懸念を和らげようと、次のように発言している。
「尖閣を巡る中国の様々な動きに対して、我々は、まずは、この尖閣、領海をしっかりと守っていくという意思を示していきたいと思います。その上において、私は6年前に総理に就任した際、最初の訪問国として中国を選びました。それは日中関係が極めて重要であるからです。日本は中国に投資をし、輸出をし、利益を上げています。中国の成長は日本の成長に必要です。同時に、中国も日本の投資によって、雇用を作り、日本から日本しかできないような資本財、半製品を輸入して、それを加工して、輸出をしています。言わば、お互いに切っても切れない関係ですね。そのことを認識しながら、両国は国境を接しています。世界中どこもそうですが、国境を接している国、様々な国益がぶつかる場合がありますね。国益がぶつかっても、今言ったようにお互いがお互いを必要としているという認識、これは戦略的に考えながら、そういう事態をコントロールしていこうと。この考え方に今も変わりはありません」
●Liberal Democratic Party.
During last month’s party elections, the LDP selected Shinzo Abe as its new president. Abe was a surprise victor since he had been third in the polls behind former Defense Minister Shigeru Ishiba and LDP Secretary-General Nobuteru Ishihara. Abe came in second in the first round of voting behind Ishiba, who was far more popular among local party officials and members. During the run-off election―in which only Diet members could vote―Abe won due to a combination of factional politics and personal chemistry.
Had the party chosen Ishiba as its president, the LDP might have bolstered its prospects in the forthcoming general election. Abe remains very unpopular with the public; voters remain angry about his abrupt and perceived irresponsible resignation as prime minister after only one year in office Indeed, many blame Abe for the party’s poor showing in both the 2007 upper-house and 2010 lower-house elections.
After his 2012 selection as party president, Abe pledged to stand up to China over the Senkakus, to strengthen the alliance with the United States, and to have Japan assume a larger security role. Abe’s positions on these issues are attuned to a growing Japanese nationalism. However, some voters are concerned that Abe could go too far in pushing confrontation with China, which is Japan’s largest trading partner.
Such fears are hardly irrational: During his tenure as prime minister, Abe strained relations with China and South Korea by denying that during World War II, Asian women were forced into sexual slavery by Japanese imperial forces and by pushing legislation that enabled school textbooks to downplay Japan’s wartime actions. Yet Abe showed restraint by not going to the controversial Yasukuni Shrin[5] as his predecessor, Junichiro Koizumi, had and by making his first official visit to China.
Following his victory in the September 2012 LDP elections, Abe sought to allay such concerns, remarking:
We must show our will to firmly protect our territorial waters and the Senkaku islands in the face of China’s actions. That said, when I took office as prime minister six years ago, I visited China first because the Japan–China relationship is very important. Even if our national interests clash, we should acknowledge that we need each other and control the situation while thinking about things strategically. My stance on this has not changed
●日本維新の会
政府の停滞と効率の悪さに対する国民の怒りを追い風に、橋下徹市長率いる日本維新の会が日本の政治システムに揺さぶりをかけている。カリスマ性のある橋下市長は、決断力と、地方行政レベルではあれ、真の改革を遂行する能力を持ち合わせている。赤字財政を克服し、教員の業績要求水準策定にあたって労働組合の抵抗を乗り切るなど、橋下氏の業績は華々しい。国政進出に照準を定めた今、橋下氏は日本の政治体制の抜本的改革を公約している。
橋下氏の政策構想は、多くの点でティー・パーティーに類似している。米国におけるティー・パーティー運動と同じく、橋下氏は既成政党に対する民衆の反感とまでは言えないとしても、民衆の幻滅の波に乗っている。ただ、米国のティー・パーティー運動が非公式組織の下からのつながりを原動力としていたのに対し、橋下氏の場合は、大部分は1人の人間の個人的訴求力に頼って支持を集めるトップダウン方式を取っている。実際、政治評論家は、橋下氏のことを「日本のロス・ペロー」と呼んでいる。
政党が政策やイデオロギーの違いを鮮明にしない日本の澱んだ政治体制を混乱させることで、橋下氏は変革者として歓迎されるかもしれないが、より具体的な外交および内政の問題について詳細な説明を余儀なくされた場合、彼の評判はどのように変わるだろうか?ある政治評論家の言うように、「今は目新しさも手伝って旬の人としてもてはやされているかもしれないが、実際にやらせてみたら、国民はどう反応するだろうか?」
来る選挙に向けてどの程度有力な候補者を立てられるかが、橋下氏にとって大きな試金石となるだろう。自身のアウトサイダーとしてのイメージを損なわないために、自民党や民主党から離反した議員を多数迎えることはできないが、かと言って候補者に選挙資金を自ら賄うように求めている以上、“アウトサイダー”候補者を300人も探すには大変苦労することだろう。
東京から地方への政治的権限の移譲という橋下氏の分権化方針は地元大阪においては人気を博していても、その他の地方で共感を得ているとは言い難い。民主党や自民党に対する支持は低いものの、政府機能を東京から地方に移管することで問題が解決すると考える有権者は少ない。さらに、特に改憲など、橋下氏の政策の中には非現実的と見られるものもある。
●Japan Reformation Party.
Driven by public rage against a stagnant and ineffective government, Mayor Horu Hashimoto’s upstart party is rattling Japan’s political system. The charismatic mayor is decisive and capable of implementing genuine change, albeit at the local level. Hashimoto’s record is impressive: As mayor, he reduced deficit-burdened budgets and overcame labor union resistance to impose teacher performance requirements. Now, with his sights set on the national political stage, Hashimoto is promising a radical overhaul of Japan’s political system.
In many respects, Hashimoto’s initiative is akin to a one-man Tea Party. Like the U.S. Tea Party movement, Hashimoto is riding a wave of popular disenchantment, if not disgust, with the established political parties. But whereas the American Tea Party was driven by a bottom-up amalgamation of informal organizations, Hashimoto is offering a top-down plan that is gaining converts that are due, for the most part, to the personal appeal of one man. In fact, pundits have referred to Hashimoto as the “Japanese Ross Perot.”
By disrupting the stagnant Japanese political system―a system in which parties do not provide ideological or policy differences―Hashimoto could be a welcome change, but how will Hashimoto be regarded once he is forced to articulate more detailed foreign and domestic policies? As one pundit opined, “he may be the popular new flavor of the month, but how will people react once they taste it?”
A major test for Hashimoto will be how strong a roster of candidates he can field for the election. He cannot include too many established politicians defecting from the LDP or DPJ, lest he risk his “outsider” image, but he could be hard-pressed to find 300 viable “outsider” candidates, particularly as he is requiring all candidates to provide their own funding.
Hashimoto’s decentralization theme―shifting political power from Tokyo to the prefectures― though popular in Osaka, has not resonated with the rest of the country. Though there is little public support for either the DPJ or the LDP, few voters see problems being remedied by transferring governmental responsibilities to the countryside. Moreover, some of Hashimoto’s proposals―notably, changing the constitution―are seen as unrealistic.
●支持の薄れ
2012年中頃の時点では、日本維新の会の支持率が民主党と自民党の両方を凌駕している世論調査もいくつか見られたものの、夏以降の調査の結果は、日本維新の会が近い将来において国政の場で大きな役割を担う能力を備えているかという点に疑念を抱く有権者が増えていることを示唆している。
また、橋下氏と他党から維新の会に合流した国会議員のあいだに摩擦も生じている。自民党から日本維新の会に移った松浪健太衆院議員は「橋下氏の独裁は許されない」として同党の外交および安全保障政策の策定は所属国会議員が主体となって行うべきだと主張したが、これに対し橋下代表は「僕が方針を出す」と発言して同党の政策決定を一手に担う考えを示した。
最近発表された橋下氏の外交方針のいくつかは世論の批判を浴びている。日本人の国民感情と相容れない政策がいくつもあることを考えれば、そのような批判は驚くに値しない。例えば、現在日本が主権を主張する竹島(独島)に関しての韓国との共同管理や、日本が管理する尖閣諸島における領有問題の存在を認めて国際司法裁判所で解決するべきという主張はひどく不人気である。
党内の不和に、物議を醸す橋下氏の姿勢が相まって、日本維新の会の当初の勢いは失速し、支持率は減少に転じている。直近の世論調査によれば、日本維新の会は民主党とほぼ並んでいるが、両党は自民党の後塵を拝す状況となっている。同様に選挙予測も当初の100~130議席から70~100議席に下方修正され、直近では40~70議席に留まっている(※11)。
●Fading Enthusiasm.
Some mid-year polls had the JRP surging ahead of both the LDP and the DPJ. Since the summer, however, polls have indicated that an increasing number of voters harbor doubts about the JRP’s near-term ability to become a major player on the national stage. Furthermore, there has been friction between Hashimoto and some of the Diet members who defected to the JRP. Kenta Matsunami, who left the LDP to join the JRP, advocated that Diet members should take the lead in setting the party’s foreign and security policies, declaring that Hashimoto’s “dictatorship won’t be tolerated.” Hashimoto fired back that he retained sole control over the party’s platform.
Several of Hashimoto’s recent diplomatic positions have drawn public criticism. Such disapproval, however, is hardly surprising, as several proposals are out of step with popular Japanese sentiment. For example, Hashimoto advocated taking joint control, along with South Korea, of the disputed Dokdo/Takeshima Islands; Japan currently claims sole sovereignty over this territory. Hashimoto’s view regarding the Senkaku Islands is equally unpopular: The mayor has argued that the Japanese-controlled Senkaku Islands should be declared a territorial dispute with China and taken to the International Court of Justice for resolution
As a result of both intra-party friction and Hashimoto’s controversial positions, the party’s initial momentum and popularity first slowed and is now declining slightly. Most recent surveys put the JRP roughly even with the DPJ; however, both parties trail significantly behind the LDP. Similarly, election predictions have fallen dramatically: Initial estimates predicted that the JRP would win 100–130 Diet seats, numbers that were subsequently revised downward, first to 70–100 seats and most recently to only 40–70 seats.
●政治の震源地は大阪か北京か?
日本維新の会は衆院選に大きな影響を及ぼすだろうが、はるかに大きな要因となりそうなのは中国の強硬姿勢である。自民党、とりわけ安倍総裁は中国に対して毅然とした態度を取る可能性が高いと有権者に見られているため、日中関係の緊張が高まる状況は、自民党に恩恵をもたらすものと考えられる。したがって、野田首相は総選挙を可能な限り先延ばしして、中国と韓国との対立関係を改善しようとするだろう。
尖閣問題では、橋下氏もメディア露出の機会を奪われ、また外交面での経験不足がさらされた結果、損害を受けている。橋下氏は安倍自民党総裁を凌ぐような強硬姿勢を取れないため、日本国民のナショナリズムが台頭する状況は、橋下氏に不利に働く。また、橋下氏には、より具体的な外交政策を策定するために年長の政治家を助言者として迎えるつもりもないようである。
●A Political Tsunami from Osaka…or Beijing?
Although the JRP could have a major impact on Japan’s lower-house election, Chinese assertiveness is likely to be an even greater factor. Specifically, high bilateral Japanese–Chinese tensions could benefit the Liberal Democratic Party, as the electorate regards the LDP, and Abe in particular, as more likely to stand up to Beijing. Therefore, Noda will attempt to delay calling the general election as long as possible, in part to calm Japan’s confrontations with China and South Korea.
The Senkakus dispute has also hurt Hashimoto, as it took media attention away from his campaign and highlighted his lack of foreign policy experience. A growing Japanese nationalism puts Hashimoto at a disadvantage since he cannot “out-Abe Abe.” Nor does Hashimoto appear to be interested in drawing in elder statesmen as advisers to define a more detailed foreign policy.
●ナショナリズムの台頭
中国の地政学的な挑発が続いていることを受けて、日本全国にナショナリズムが台頭しつつある。その影響は、日本の政界再編に、またおそらくは来る総選挙にも及ぶ可能性がある。ただし、このような変化はほぼ対中国に限定されており、より広い意味での軍国主義の復活を示すものではないことに注意するべきである。
事実、中国の好戦的な態度は日本を従来の自己満足から目覚めさせ、戦後の極端な平和主義を放棄しようとする機運を有権者のあいだに拡大する契機となっている。こうした変化は、世代交代の産物でもある。戦禍を直接体験し、軍国主義を最初に拒絶した戦中世代が少なくなっているのだ。
結果的に、日本政府は、中国の領土拡張主義に対抗し、軍備を増強しようという機運を強めている。2010年の尖閣事件における中国政府の強硬で傲慢に映る態度を受けて、日本は新たな防衛戦略を採る方向に傾いた。世論調査によれば日本国民の70~80%が中国に対して否定的なイメージを持っていると答えたという。民主党は、政権の座に就いてから、外交および安全保障の分野でより保守的な政策を取り入れており、今や主要政党はすべて米国との強固な同盟関係を支持している。
ナショナリズムの覚醒する過程で、日本の軍事的脆弱性に対する国民の懸念が膨らんでおり、今や有権者は中国に対抗しうる強い指導者を求めている。世論調査によると、回答者の25%が軍備増強を支持しており、2009年の14%、1991年の8%から増加を見せている。防衛費支出の増加や集団自衛権および部隊派遣に関する法規解釈の緩和といった長年の懸案事項についても、大衆の姿勢は受け入れようとする方向に以前より傾いているかもしれない。
しかしながら、こうした改革が実施されたとしても、日本は、同盟国が攻撃を受けた場合に同盟国の防衛に参加できるようになるだけであり、アジア地域のメディアはまくし立てるように警告を発しているが、軍国主義の復活ののろしを意味するものではない。世論の右傾化は、日本国内では前例のない水準であるが、広く認識されているほどには、重大かつ危険なものではない。「ナショナリズム」ということばから大日本帝国の負のイメージが呼び起こされるが、日本は、他国が既に有する標準的ナショナリズムを獲得しているに過ぎず、それも最近中国において広範に見られた暴力的な反日抗議行動に比べれば、はるかに非好戦的なものである。
少数派を除けば、日本を軍国主義化し、米国との関係を絶つことを提唱する政党は国内に存在しない。安倍氏は、むしろ日本の安全保障政策を規定する法規に適度な改変を求めるとともに、引き続き日米同盟を堅持しようとするだろう。安倍氏は好んで中国と対抗しようとする姿勢を見せるが、中国政府と良好な関係を維持する重要性も理解している。
さらに、日本のナショナリズムに関して論じる場合、安倍氏の政治家としての経歴を切り離して考えることが重要である。日本の戦中行動に関する安倍氏の修正主義的発言は実に厄介であり、同氏がそうした発言に基づいて行動したり、首相として再びそのような発言をしたりすれば、不必要に地域の緊張を煽ることなるだろう。日本がアジア太平洋地域で有力な指導的地位を築くためには、断つ必要のある政治的関係もあるだろうが、安倍氏は無神経に乱暴を働くような行動は慎むべきである。
ただ、安倍氏は、前回の首相任期中にはおおむね挑発的行動を慎んだ実績があるので、米国政府としては、不必要に歴史を書き換えることに政治力を費やすことがないよう、非公式に助言するのが賢明だろう。
●Rising Nationalism.
China’s continued geopolitical aggression is fueling a rising nationalism throughout Japan, reshaping the Japanese political landscape and, potentially, the coming election. It is important to note, however, that this shift is occurring almost exclusively with regard to China; it does not signal a broader return of Japanese militarism. Indeed, China’s bellicose actions have snapped Japan out of its usual complacency and triggered a greater willingness among voters to abandon the nation’s post-war extreme pacifism. This shift is also the product of generational change, as the wartime generation that knew first-hand the ravages of war and first rejected militarism is passing away.
Consequently, Tokyo is now more willing to confront Chinese expansionism and strengthen its military. Beijing’s assertiveness and perceived arrogance during the 2010 Senkakus incident led Japan to adopt a new defense strategy. Polls show that 70 percent–80 percent of Japanese now have a negative view of China. Since assuming power, the DPJ has adopted more conservative foreign and security policies, and all major parties now support a strong alliance with the United States.
As part of its nationalistic awakening, public concerns about Japan’s military vulnerability are increasing, and the voters now favor a strong leader willing to push back against China. Polls show that 25 percent of respondents support increasing Japan’s military strength, up from 14 percent in 2009 and 8 percent in 1991. The populace may also be more amenable to long-overdue changes such as increasing defense spending, and adopting a less constrictive interpretation of collective self-defense and military rules of engagement.
Those changes, however, would merely enable Japan to defend its allies if they were attacked; despite breathless warnings from regional media, such reforms would not constitute a green light for resurgent militarism. The public’s shift to the Right, though unprecedented by Japanese standards, is less significant and dangerous than widely perceived. Though “nationalism” conjures up negative images of Imperial Japan, the country is simply adopting more of the standard nationalism of other countries―and certainly a far less aggressive strain than was exhibited by China during recent widespread violent anti-Japanese protests.
Fringe elements aside, no domestic party is advocating for the creation of a militaristic Japan that severs its ties with the United States. Abe will instead seek modest changes in the rules governing Japan’s security policy while remaining committed to the alliance with the United States. Abe favors standing up to China, but he also understands the importance of maintaining good relations with Beijing.
Furthermore, it is important to decouple Abe’s prior political history from any discussion of Japanese nationalism. Abe’s revisionist historical statements on Japan’s wartime actions are indeed troubling and would needlessly exacerbate regional tensions―if he acts on them or restates them as prime minister. If Japan is to become a more effective leader in the Asia–Pacific, some political crockery needs to be broken, but Abe should refrain from acting like a bull in the geopolitical china shop.
During his term as prime minister, however, Abe did largely refrain from provocative actions, and the United States would do well to counsel him privately not to expend his political capital on needlessly rewriting history.
●予想される選挙結果
与党民主党は次期総選挙で大敗を喫し、その敗北によって権力の座を追われるだろう。2009年に下野した自民党が第一党に躍り出る。自民党の選挙運の大逆転劇は、野党時代に成し遂げた業績ではなく、民主党の政権運営の失敗によるところが大きい。
自民党は第一党になるものの過半数には届かず、連立相手の確保に奔走しなければならないだろう。結果的に、弱小政党が政策決定に関して議席数に不釣合いな影響力を行使しうる状況が生じる。鳩山政権においては、社民党が民主党に大きな影響力を及ぼすことができたが、その時と同じようなシナリオが展開されることになる。自民党が公明党との協力関係を維持することは間違いないだろう。しかし、自民党が行動を共にするのは、民主党か(不満を抱えて離党した者が対象になるか、あるいは左派分子を排除し、その分規模を縮小した中道政党が対象になるか)、それとも橋下氏の日本維新の会と連携するかという重要な点は、依然としてはっきりしていない。
2012年前半の時点では、安倍氏が橋下氏との蜜月関係を強調していたため、自民党と日本維新の会の連携は確実だと思われていた。7月には、橋本氏が、阿部総裁誕生の暁には維新は自民党と連携することになるだろうと発言している。しかし、9月下旬になると、橋下氏は会見で、来る選挙において安倍総裁および自民党と対決する考えであると発言した。将来の連立の可能性を否定する意味であるのか、それとも最終的に連携した場合の見返りを釣り上げようとしているだけなのか、その真意はいまだ謎である。
橋下氏が自民党との連立政権に参加するとしても、改革を提唱するアウトサイダーとしての彼のイメージを損なうことがないような立ち回りが必要になるだろう。自民党と日本維新の会は政策が一致していない。自民党は原子力発電および消費税増税の両方を推進する立場であり、維新の会はその両方に反対する立場である。したがって、連立政権の最終的な構成がどうなるかは、各党の獲得議席数次第である。
●Likely Election Results.
The ruling DPJ is poised to lose big in the next election―a defeat that will knock the party out of power. The LDP, discredited in 2009, will become the largest of Japan’s political parties. The LDP’s dramatic reversal of electoral fortune is due less to anything positive the party has accomplished during its time in opposition than it is to what the DPJ has failed to do during its time in office.
Though the LDP will have a plurality, it will not win enough seats to secure a majority, thereby forcing it to scramble for coalition partners. Consequently, minor parties could secure disproportionate influence on policymaking―a scenario similar to the one that unfolded during Hatoyama’s stewardship, where the Social Democratic Party was able to wield considerable influence over the DPJ. The LDP will certainly retain its partnership with the Komeito Party. One major question, however, remains unclear: Will the LDP join with the DPJ―either disaffected defectors or a slimmed-down centrist party that jettisoned its leftist elements―or with Hashimoto’s JRP?
Earlier this year, an LDP–JRP coalition had seemed assured because Abe had highlighted his special relationship with Hashimoto. In July, Hashimoto said, “If Mr. Abe is elected party president, [the JRP] would join a coalition with the Abe LDP.” But in late September, Hashimoto told reporters that due to policy disagreements with the LDP, “when elections come, we will do battle with [Abe and the LDP.]” Whether he was signaling no potential future alliance with the LDP or simply raising the price for an eventual coalition remains another mystery.
If Hashimoto joined a coalition with the LDP, he would have to do so in a way that does not compromise his image as an outsider advocating reform. The LDP and JRP have policy differences: The LDP favors nuclear power and the consumption tax, while JRP opposes both. Therefore, the final composition of the coalition will depend on the number of legislative seats that each party wins.
●政策実行力が上向く可能性
日本の次期首相は、景気の低迷、膨れあがる公債残高、少子化、高まりつつある中国と北朝鮮からの安全保障上の脅威、そして薄れゆく国際的影響力など、いくつもの難題に直面する。
予想通り自民党が総選挙で勝利すれば、衆参両院における優位を確定し、過去数年にわたって民主党と自民党とが各院を支配することで生じていた「ねじれ国会」の状態を解消することができる。そうなれば、次期首相は政治的駆け引きに邪魔されずに政策を実行できるようになる可能性が高くなる。しかし、どの程度成功するかは、安倍氏が有能な人材を登用できるか(前回のような「お友達内閣」ではなく)、ならびに明確な政策ビジョンを策定できるかどうかにかかっている。
民主党が既に当初の計画を破棄し、自民党の政策を採用しているので、安倍氏が総理就任後に日本政府の政策方針を変更することはないだろう。新たな指導者の誕生によって、政策の変更ではなく、むしろ政策の加速がもたらされるだろう。この違いは重要である。
●Potentially Improved Policy Implementation.
The next Japanese leader faces several daunting challenges: a stagnant economy, staggering public debt, deteriorating demographics, growing security threats from China and North Korea, and fading international influence.
If the LDP wins the general election as expected, it could have authority in both houses of parliament, eliminating the “twisted Diet” of the past several years where control was split between the LDP and DPJ. This scenario improves the potential for the new prime minister to implement policies without being hindered by political gamesmanship. The degree of success, however, depends on Abe’s choosing capable people (and not a “cabinet of cronies” as he did during his first term) and defining a clear policy vision.
Once in office, Abe would not alter the direction of Japanese policies, since the DPJ already reversed its original plans and adopted LDP policies. Rather than a change in policy, the new leadership could bring about an acceleration in policy―an important distinction.
●米国政府の行動指針
日本が安全保障分野で新たに採用したプラグマティズムの効果を高めるため、米国は以下のような行動をとるべきである。
1.他国に頼るばかりでは、日本が自国の海外利権を守り続けることは不可能であるということを明確にすること。日本政府は、国際的安全保障上の責任の負担を、大国としての地位に見合った水準まで引き上げるべきである。例えば、日本はシー・レーン(海上交通路)防衛の取り組みを強化することが可能である。
2.自国および同盟国の安全保障上の要求を十分に満たせるように、防衛費の増額を日本政府に促すこと。
3.日本が緊急時において同盟国を防衛することができるよう、集団的自衛権の解釈を緩和することを勧告すること。日本の自衛隊海外派遣隊が同盟国の資源をいたずらに消費するのではなく、効果的な貢献を行うことができるよう、日本政府は海外派遣についてもより現実的な法規を採択するべきである。
4.沖縄の普天間飛行場代替施設の建設について具体的な進展を見られるように日本政府に圧力をかけること。次期首相は支援を約束するだけでなく、日本政府の公約の履行に取りかかるべきである。
5.日韓の軍事・外交分野での協力拡大を奨励すること。例えば、情報共有に関する二国間協定である軍事情報包括保護協定(GSOMIA)を締結すれば、共通の脅威に対する同盟国の抑止力および防衛能力を強化することができる。
6.日米韓三国間の軍事協力を拡大すること。三国は平和維持作戦、テロ対策、核兵器拡散防止対策、麻薬対策、対潜水艦軍事行動、地雷除去、サイバースペース防衛、ならびに人道的支援および災害対応作戦について合同遂行の可能性を模索するべきである。
7.西太平洋地域において米軍の強力な前方展開兵力を維持すること。当該兵力は日本および韓国の軍事組織と緊密に統合するべきである。それによって同盟国共同の防衛力が調うだけではなく、日本の軍国主義の復活に歯止めがきかなくなるのではないかという韓国の懸念も和らげられる。
8.太平洋において米国の同盟国を確実に支援することを表明すること。米国政府は、引き続き相互防衛条約の不可侵性を確認するだけではなく、中国の不安を取り除こうとする取り組みを強調することをやめ、その代わり、米国が行動を起こすのは、中国の脅迫の試みが度を増すことに不安を覚えるアジア諸国から要請があった場合であることを中国側に明確に伝えるべきである。
9.安倍氏に、自身の修正主義的歴史観を押し通そうとしないよう非公式に助言を行うこと。安倍氏が提言するように、日本の戦中行動に関する過去の政府声明を撤回するようなことがあれば、東アジア地域に長きにわたってくすぶっている反感を不必要に刺激する事態になるだろう。むしろ日本政府は、韓国人の感情を満足させ、戦略地政学的な利益のためにこの地域にくすぶる憤りを利用しようとする中国の活動を終息に向かわせるような内容に、その償いと謝罪の声明を見直すべきである。
●What Washington Should Do
・The United States should reinforce Japan’s new national security pragmatism by:
・Making clear that Japan cannot continue to rely solely on others to defend its overseas interests. Tokyo should accept greater international security responsibilities commensurate with its status as a major nation. Japan could, for example, enhance efforts to defend sea lines of communication.
・Urging Tokyo to increase defense spending to fully meet national and allied security requirements.
・Recommending that Japan implement a less restrictive interpretation of the theory of collective self-defense to enable it to defend allies in times of crisis. Japan should also adopt more realistic rules of engagement to enable overseas Japanese security deployments to make effective contributions rather than draining allied resources.
・Pressing Tokyo to make tangible progress toward building the Futenma Replacement Facility on Okinawa. The next leader should go beyond mere words of support and instead begin to fulfill Tokyo’s commitments.
・Encouraging greater South Korean–Japanese military and diplomatic cooperation. For example, implementing the bilateral GSOMIA intelligence-sharing agreement would enhance allied deterrence and defense capabilities against common threats.
・Increasing trilateral U.S.―South Korea―Japan military cooperation. The three countries should explore the potential for joint peacekeeping missions, counterterrorism, counterproliferation, counternarcotics, anti-submarine warfare, minesweeping, cyberspace protection, and humanitarian assistance and disaster response operations.
・Retaining robust forward-deployed U.S. military forces in the Western Pacific. These forces should be closely integrated with their South Korean and Japanese counterparts. This not only provides for common allied defense; it would also quell any South Korean fears of unconstrained resurgent Japanese militarism.
・Expressing unambiguous support for U.S. allies in the Pacific. Washington should not only continue to affirm the inviolability of our bilateral defense treaties, but also de-emphasize efforts to reassure China and instead make clear to Beijing that the United States is taking steps at the request of Asian nations that are worried by greater Chinese attempts at intimidation.
・Privately counseling Abe not to push his revisionist history agenda. Retracting previous Japanese government statements on Japanese wartime actions, as Abe has recommended, would needlessly inflame long-simmering regional animosity. Instead, Japan should revise its statements of atonement and apology in ways that will satisfy Korean sensitivities and end efforts by the PRC to exploit regional resentments for geostrategic gain.
●結論
皮肉なことに、中国および北朝鮮はうかつにも地政学的状況を自らの不利な方向へ導いてしまったようである。中国が「平和的台頭」の体裁を取り繕わなかったこと、また北朝鮮がオバマ大統領の差し伸べた対話の機会を拒絶したことから、日本国民は、民主党政権の外交政策の甘さに嫌気を催すようになった。その結果、日本政府と国民のいずれもが、この地域の脅威に対する国の無防備さを強く自覚するようになった。
この無防備さに対処する第一歩は、日米同盟の再評価という形ですでに進行中のようである。次の段階としては、日本が自国の防衛のみならず、国際安全保障問題への取り組みについてもより大きな責任を負担する意欲を強めることである。こうした新しい動向は、米国の安全保障上の目標と合致するものであるから、米国としてもこうした動きを後押しするべきである。
日本の直面している難局を次期首相が切り抜けられるどうかは、アジア太平洋地域における米国の権益にとって極めて重要な問題である。近年の日本は、力の弱い指導者が続いて身動きが取れない状況に陥っている。日本の次期首相が主導権を握って、大胆な改革に着手しなければ、日出ずる国は黄昏を迎えることになるだろう。
●Conclusion
Ironically, China and North Korea have inadvertently altered the geostrategic landscape to their disadvantage: By allowing the façade of a “peaceful rising” to slip and by rejecting President Barack Obama’s extended open hand of dialogue, Beijing and Pyongyang, respectively, have soured the Japanese public on the DPJ’s naïve foreign policies. As a result, both the Japanese government and the Japanese people perceive a greater national vulnerability to these regional threats.
The first step in addressing this vulnerability seems already to be underway in the form of renewed appreciation for the U.S.–Japan alliance. The next step would be a greater willingness by Japan to assume greater responsibility for its own defense as well as addressing international security concerns. The United States should encourage this new trend, as it is consistent with America’s own national security objectives.
Whether the next prime minister can weather the storms facing Japan is a question of critical importance to America’s interests in the Asia–Pacific. In recent years, Japan has been hamstrung by a series of weak leaders. Japan’s next leader must take charge and institute bold reforms, lest the land of the rising sun fade into the sunset.