さっきの記事のおまけ。先日も紹介したタレブの「オプション性」理論についての論文を教えてもらったので、紹介しておこう。ここで彼は、派生証券のトレーダーが小さなリターンを取って大きなリスクを無視するモラルハザードについて論じているのだが、同じことがリフレ派にもいえる。

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上の図は縦軸に投資リターンの期待値、横軸にその分散(ボラティリティ)をとったものだ。CDSのようにめったに起きない出来事(倒産)のリスクをヘッジする証券は、通常は小さなリターン(保険料)を得ることができるが、金融危機で右端のように非常に大きなテールリスクが顕在化した場合には大損害をこうむる。

全体のリスクは図のような凹関数になっているが、個々のトレーダーの主観的ペイオフは逆に「もうかったら歩合給で大もうけ、損してもクビになるだけ」という凸関数になっているので、CDSを売りまくってリスクを取れば取るほどもうかる。これはラジャンが2005年に予告したリーマンショックの原因である。

安倍首相の主観的ペイオフも、このCDSトレーダーと同じく「うまく行ったら参院選で圧勝でき、失敗してもインフレにならないだけ」という凸関数になっているものと思われる。しかし今のように乱暴な金融政策を続けていると、まず起こるのはインフレではなく金利上昇である。本当のペイオフが上の図のようになっていたら、インフレ予想→金利上昇→国債の暴落→金融危機→財政破綻という大きなテールリスクがある。

リフレ派は「危ないと思ったら引き返せばいい」というが、リーマンショックでも明らかなように、暴落が始まったら2%で止めることはできない。日銀はすでに100兆円以上の国債を保有しているので、価格が1%下がっただけで1兆円以上の損失が出る。危ないと思って残高を減らすために国債を売ると、さらに価格が暴落して莫大な損失が出るので引き返せないのだ。この損失は、最終的には一般会計で補填されるので納税者が負担する。

要するに安倍首相は、インフレという小さなリターンのために金融危機や財政破綻という大きなテールリスクを取っているのだ。彼は単なる無知でやっているのではなく、これは納税者のリスクで選挙の票を買う合理的なモラルハザードである。