政府は、福島第一原発の事故の評価をINES基準の「レベル7」に引き上げる方針を固めたようだ。産経によれば「放射性のヨウ素131換算で外部への放射性物質の放出量が数万テラベクレル以上」がレベル7の定義なので、今までの政府の発表からもこれは当然だろう。

しかしチェルノブイリ事故では数百万テラベクレル以上の放射性物質が放出され、半径数百kmにプルトニウムを含む大量の「死の灰」がばらまかれ、IAEAの保守的な基準でも4000人が死亡した(反原発派の推定では10万人以上)。その最大の原因は、チェルノブイリでは原子炉が運転中に暴走して爆発したからだ。

これに対して福島では原子炉そのものは停止しており、作業員以外は被曝限度を超える放射線を浴びていない。チェルノブイリに次いで悪いことは間違いないが、人的被害を基準にするとはるかに軽微である。これを政府が十分説明しないで「レベル7」と発表すると、「チェルノブイリと同じだ」というデマが一人歩きするおそれが強い。

私のように昔から原発を見てきた者が今度の事故にあまり驚かないのに対して、今回初めて原発を知った人が大騒ぎしているのは、このへんの常識が伝わっていないためだと思う。私が昔、NHKの番組で「最悪の事故」として紹介したのは、原子炉が全面的に崩壊するチャイナ・シンドロームによって首都圏で数万人が死亡する事故である。このような大事故が(いかに低い確率でも)工学的に起こる可能性があることは許容できない、というのが反原発派の主張であり、これは科学的に根拠がある。

だから福島のような超巨大地震でお粗末な設計の古いプラントがやられたのに、正常に運転が停止されたということは、George Monbiotもいうように、むしろ軽水炉の安全性を示したのである。私も、第一報をきいて「メルトダウン」(これは普通はチャイナ・シンドロームを意味する)が起こらなかったことに安心した。反原発派の主張は、今度の事故で反証されたといってもよい。

ところが政府は「炉心溶融」という言葉を正確に定義しないで使い、海外メディアにmeltdownと伝えられてから「炉心溶融はメルトダウンではない」などと混乱した発表をして、パニックを起こした。今度も「レベル7」という発表が過剰反応をまねいて「他の原発も止めろ」といったヒステリックな話にならないことを祈りたい。

追記:INESの基準では、レベル7の定義は“An event resulting in an environmental release corresponding to a quantity of radioactivity radiologically equivalent to a release to the atmosphere of more than several tens of thousands of terabecquerels of 131I”としか書いてない。これだと福島もチェルノブイリも同じになるが、人的・経済的被害を勘案しないで放射能だけで決める基準にも問題がある。