トランプよ、なぜ米国が核兵器を使ってはいけないかを教えよう

ドナルド・トランプが、なぜ米国は核兵器を使えないのかと外交政策アドヴァイザーに尋ねていたことがわかった。かの大統領候補者のために、核兵器を使ってはいけない理由を解説。
トランプよ、なぜ米国が核兵器を使ってはいけないかを教えよう

1964年の米大統領選で、対立候補の核に対する積極性を批判するためにリンドン・ジョンソン陣営が出した広告「Peace Little Girl(Daisy)」。

8月3日(米国時間)の朝、CNBCのテレビ番組「Morning Joe」で司会のジョー・スカボローは、ドナルド・トランプ候補の外交政策アドヴァイザーの1人から聞いた話として語った。曰く、少し前にトランプは「なぜ米国は核兵器を使えないのか?」と尋ねたのだという。

「(トランプは核兵器の使用について)3度質問し、うち1度は、核兵器をもっているのに米国はなぜそれを使えないのかと尋ねました」とスカボローが語ると、彼を囲んでいたパネルは沈黙した。

この報告を、核戦争についてトランプが発してきたコメントとともに見ると、彼の核政策がどのようなものになるのか、おぼろげながらも恐ろしい輪郭が浮かんでくる(もちろん、これがまったくの誤解である可能性もある。『WIRED』US版はトランプ陣営にコメントを求めたが回答はなかった)。

厄介な国家安全保障問題に関するトランプの発言の多くがそうであるように、核兵器に関する彼の公式発表にはしばしば矛盾があった。彼は、核の拡散に反対すると言ったかと思うと、続けざまに「(核使用は)どのみち起こることだ」と述べたりしている。

「日本が北朝鮮から自身を自力で守るようになれば、われわれの生活は向上する」。トランプはウィスコンシン州ミルウォーキーで開かれたCNN主宰のタウンホールミーティングで語った。「率直に言って、韓国が自分で自分を守るようになれば、われわれの生活は向上する」とも言っている。

トランプは、核は「世界が抱えている最大の問題」と『ニューヨーク・タイムズ』に語っているが、同じインタヴューで、より多くの国々が核をもつべきであるともほのめかした。「北朝鮮が核兵器をもつなら、日本も核兵器をもつべきではないだろうか。もしそうなれば、おそらく米国の暮らし向きはよくなるはずだ」

HiroshimaPHOTO: ABACA / AFLO

歴史上、最も広く核が使われることになる

トランプ候補が自らの政策をコロコロ変えるのは、彼のキャンペーンにとってごくあたりまえに見える。

しかし、大陸間弾道弾を扱うミサイルコンバットクルーの指揮官や、ジェブ・ブッシュ、ミット・ロムニーといった政治家たちの国家安全保障・外交問題アドヴァイザーを歴任してきたジョン・ヌーナンをはじめとする安全保障の専門家たちは、核戦争に関していえば、この種の「何でも言う」という姿勢は明白な危険だと指摘する。

「核兵器について語るとなると、発言そのものが政策となります」とヌーナンは語る。核武装できたとしても核抑止に対する米国の動きを理由にそれを見合わせてきた国々はたくさんある。そして、トランプの言葉はこうした国に対して、すでに影響を与えているはずだと彼は言う。

「いま起こっていることは、強固だった安全保障構造の著しい不安定化だけではありません。核の歴史において、最も広く核が使われるのを見ることになるでしょう」とヌーナンは言う。

核武装に関するトランプの議論の中心には、すべての国が核戦争から自らを守れるようになったほうが、米国がほかの国々の面倒を見るよりもいい、という考えがあるようだ。米国はこれまで、諸外国の核プログラムの解体に重要な役割を果たしてきたが、トランプはこうした歴史から手を引こうとしているように思える。

ヌーナンは、米国の核戦力は、国家間の交渉の切り札として使われるときに最大の力を発揮するのであって、ISなどのイデオロギー的テロ組織に対してはどのような効果をもつのかは不明だ、と指摘する。しかしトランプ候補は、ISとの地上戦において、核戦力を使用する構えを見せている。その計画は「見事に裏目に出る」だろうとヌーナンは言う。

「ソヴィエト連邦やモスクワ、中国といった外国勢力とのやりとりと、ISのような存在に対する核兵器の使用の間には違いがある」とヌーナンは言う。

こうしたすべてが、トランプ候補にとっては予測可能なスタンスなのかもしれない。トランプ候補は孤立主義者であることを誇り、この選挙戦を通して、米国は「世界のサンドバッグ」になっていると訴え続けてきた。しかし、核の脅威はあまりにも破壊的であるがために、勝者をもたない。かつてロナルド・レーガン元大統領が言ったように「核戦争に勝つことはできないし、行ってはならない」のだ。

このことは、われわれの大半にとってはあまりにも明白かもしれない。しかし、世界で最も大きな力をもつ人物の座を争っている男は、なぜ核戦争が悪いことなのかを知らなかったようだ。以下、彼にもわかるように説明しよう。


なぜアメリカはトランプを選んだのか? 連載「ザ・大統領戦」

ソーシャルメディア、ミレニアルズ、フェイクニュース…。2016年の大統領選を通して米国の、テクノロジーの変容を探る連載。全米を舞台に立ち現れるさまざまな事象を、デザインシンカー・池田純一が読み解く。


その1:米国の安全保障

文明全体と地球への核兵器の配備に関する倫理を論じる前に、トランプの「米国第一(America First)」という見解が示唆する、彼が最も反応を示しそうなロジックから始めよう。国家安全保障だ。

たしかに米国は、世界の核兵器をかなり高い割合で保有している。だが、核兵器を所有するのは米国だけではない。核脅威イニシアティヴ(NTI)によると、1万6,000発の核兵器が中国やインド、イスラエル、フランス、北朝鮮、ロシア、英国、米国に広がっているという。中東での不安が高まるなか、パキスタンの核備蓄も増加しつつある。

トランプはこうした事実をすべて把握しているが、彼は重要な点を見落としている。米国にとって、ほかの国々が核戦力を乱用しないようにさせるいちばんいい方法は、米国が自身の核戦力をひけらかさないことだ。「相互確証破壊(MAD)」として知られるこの原理は、核抑止政策のバックボーンであり、何十年にもわたって機能してきた戦略だ。さらにいうと、核兵器は初めから、使用されることではなく、決して出されない最後の切り札としての役割を果たすことを目的とするものだった。1983年の映画『ウォー・ゲーム』の有名な台詞が言うように「勝つための唯一の手は、勝負しないこと」なのだ。

トランプが言いたいのは、米国における核武装という脅威は、米国の外敵に恐怖心を与えるのではないかということだ。それは確かにそうだ。しかし、米国が第二次世界大戦で広島と長崎に原爆を投下したかつてよりも、いまは報復攻撃がはるかに可能になっている。

「こうした野蛮な力の行使に対して起こるであろう、同盟国と敵対国の両方向からの米国への反発、およびIS兵士の必然的増加は、米国にとって大きな戦略的損失になるでしょう。もしそんなことにでもなれば、ISの思う壺です」。ヌーナンはそう指摘する。

その2:モラルの問題

核兵器に対する倫理的議論は、いくら誇張してもしすぎることはない。実数は知りようもないが、推定によると、広島では原子爆弾により約8万人(おもに民間人)が即死したという。その後、10万人以上が放射線と後遺症で死ぬことになった。長崎への原爆投下でも、さらに7万人以上が死亡した。

米国と日本が共同で運営する放射線影響研究所(RERF)は、放射線被ばくの影響をいまなお研究している。また、赤十字国際委員会(ICRC)と日本赤十字社が2015年に発表した報告書から、原爆投下から約70年後のいまも、日本の病院は放射線に関係した病気および心的外傷後ストレス障害(PTSD)の患者に対して治療を行っていることがわかっている。

トランプに訴えるのは国家安全保障の議論かもしれないが、ヌーナン曰く、米国が核兵器を使用しない最大の理由は、この倫理的議論だ。「われわれが核兵器を使用しないのは、第一に、もしそんなことをすれば、それが倫理的難題を生むからです」と彼は言う。「道徳的に見て、米国と米国が大切にする価値観にそぐわないはずです」

もちろん、環境への影響という議論もある。専門家たちの研究によれば、広島サイズの原爆50発が爆発すれば、その威力で2,000万人が殺されるだけでなく、非常に大きな火災が発生する。

もしそんなことになれば、その煙が太陽を遮断して数週間以内に大規模な冷却プロセス(核の冬)が引き起こされるという。ルトガー大学環境科学部のアラン・ロボック教授は、2009年の『タイム』で(そんなことが起きれば)「空は青色ではなくなるだろう。灰色になるだろう」と語っている。

HiroshimaPHOTO: ABACA / AFLO

このシナリオで勝利する者は地球上にいない。米国であれ、ほかのどの国であれ。そんなことは周知の事実だ。

さらに、冷戦時代の終わりから30年近くが経過した現在、核兵器がテロリストらの手に落ちるリスクが空前の高まりを見せ、それゆえに健全な核政策が最重要事項になっている。そうしたなかで、このような記事が書かれなければならないという事実は、この大統領選がどれほど過去に類を見ないものであるかを如実に物語っている。

1964年の大統領選で、リンドン・ジョンソン候補が対立候補の核積極主義を批判するキャンペーン広告「デイジー」(冒頭に掲載)を放送して以来、対立候補が核兵器を選択するかもしれないとほのめかすことは政治的な切り札だった。いま、ドナルドに対して再び同じ批判をするときなのだ。


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TEXT BY ISSIE LAPOWSKY

TRANSLATION BY HIROKI SAKAMOTO, HIROKO GOHARA/GALILEO