四次元ことばブログ

辞書と言葉に関するあれこれを、思いつくままに書き記しておくことにしました。

ぼくのかんがえたさいきょうの今年の新語2024

毎年恒例、勝手に今年の新語を選びます。今年は変な事件に巻き込まれたりしていてあんまり余裕がないので、さっさといきます。書式は『大辞林』風としました。グレーの部分は『大辞林 第4版』の既存の語釈です(語義を増やしたのに伴い一部改変した箇所があります)。


10位 横転

おう てん わう—[0]【横転・横▼顚】(名)スル ①横倒しになること。「列車が―する」②水平飛行中の飛行機が、胴体の前後方向を軸として右または左に回転する操縦技法。ロール。③俗に、非常に驚いたり、拍子抜けがしたりすること。「盗品が売られてて―」

びっくりして思わずすっ転んでしまうような状況をうまく言い表したネットスラングです。一般に広まっているとまでは言いにくいため下位としましたが、使いやすさから今後はさらに使用範囲が拡大していくことでしょう。用例は2010年代後半からあるようですが、「ニコニコ大百科」での立項は今年と、認知されたのは最近です。

 

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溝江八男太の足跡を辿る 国立国会図書館デジタルコレクションはすごいぜ

溝江八男太(みぞえやおた)という、知る人ぞ知る人物がいます。

溝江八男太(若越県友社編(1929)『御大典記念 福井県人之精華』若越県友社 p.65より)

溝江は、『広辞苑』の編者として知られる言語学者・新村出の教え子で、その『広辞苑』の前身である辞書『辞苑』(1935年)の実質的な著者であったとされる人物です。『辞苑』以前の編著書には、『青年文化読本 参考書』(1923年、金港堂)、『女子文化読本 教授資料』(1926年、永沢金港堂)、『公民文化読本 教授資料』(同)といった教師向けの指導書がありました。

 

新村出が著した『広辞苑』の自序にも「『辞苑』の出版改訂時代の〔中略〕忠実なる編集主任たりし溝江八男太翁」と実名が挙げられており、一般には無名でも、辞書好きの間ではよく知られた存在です。

 

溝江が『辞苑』の編集主任を依頼されたのは昭和6(1931)年4月以降と推定されており*1、すでに50歳を超えていました。ところが、それ以前の経歴については、だいたい以下のような程度しか明かされておらず、詳しい職歴について述べられることはありませんでした。

 

『辞苑』に百科項目をと主張した溝江八男太が長年中等学校で国語の教師をしていた
――倉島長正(2003)『日本語一〇〇年の鼓動 日本人なら知っておきたい国語辞典誕生のいきさつ』小学館 p.182

〈長く勤めていた女学校〉というのは、京都府立宮津高等女学校(現・府立宮津高校)である。溝江八男太はそこの校長として約一〇年五か月在任した。退任したのは昭和六年四月、五三歳のときだった
――石山茂利夫(2004)『国語辞書事件簿』草思社 p.223

溝江八男太の経歴は断片的に、東京高師を出て、福井方面で女学校などの教師をしていたこと、辞典編纂にかかわった時代は東京に居を移していたことなどがわかっていますが、あまり詳しくはわかりません。
――倉島長正(2010)『国語辞書一〇〇年 日本語をつかまえようと苦闘した人々の物語』おうふう p.203

京都府立舞鶴高等女学校の教頭を退いて福井に隠棲している溝江君
――新村恭(2017)『広辞苑はなぜ生まれたか 新村出の生きた軌跡』世界思想社 p.159

 

溝江は『辞苑』に携わる前、教師としてどのように過ごしてきたのでしょうか。

 

さて、話は変わりますが、2022年12月に「国立国会図書館デジタルコレクション」(以下「デジコレ」)がリニューアルされ、全文検索が可能な資料が5万点から247万点に爆増しました(その後も順次追加予定)*2。

 

「デジコレ」の検索画面

この「デジコレ」の全文検索を用いて、溝江の足跡を辿ることができそうです。なお、私は人物調査に関しては全くの門外漢でありますので、この記事は、「デジコレ」を使えば誰でもこれだけのことが調べられるというサンプルとしてご覧いただければと思います。

 

*1:石山茂利夫(2004)『国語辞書事件簿』草思社 p.223

*2:「国立国会図書館デジタルコレクション」をリニューアルします(令和4年12月21日)|国立国会図書館―National Diet Library https://www.ndl.go.jp/jp/news/fy2022/221202_01.html

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ぼくのかんがえたさいきょうの今年の新語2023

辞書出版社の三省堂が毎年実施している「三省堂 辞書を編む人が選ぶ『今年の新語』」をリスペクトし、辞書ファンの私が勝手に選んでいる「ぼくのかんがえたさいきょうの今年の新語」。幾多の困難(家事など)を乗り越え、今年も無事、実施される運びとなりました。

 

例年通り、選考基準は本家「今年の新語」に則っています。

 

なお、今年はヤシロタケツグさんの企画「シン・今年の新語2023」にシン・選考委員として参加しました。シン・選考の過程で、他のシン・選考委員のシン・意見に触れる機会があり、私のランキングもそれらのシン・影響を受けているものと思われます。本家とあわせて、「シン・今年の新語2023」との比較もお楽しみいただければと思います。

www.poc39.com

 

今秋には『三省堂現代新国語辞典』(以下『三現新』)第7版が刊行されましたので、語釈は『三現新』風にしてみました(ここで立項された語は同書から引用し、その旨を注記。多義語でグレーの部分も同書からの引用)。

 

さっそく10位から発表だ!

 

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寄稿記事一覧(随時更新)

 

寄稿・監修した記事をまとめています。新しい順です。

 

2023å¹´

エッセイ : 日本語の追っかけのすすめ 「いかつい」に注目して(ながさわ) - ことばの波止場 - ことば研究館

 

2021å¹´

【辞書マニア監修】小学生向け国語辞典の人気おすすめランキング13選|セレクト - gooランキング(監修)

【辞書マニア監修】国語辞典のおすすめ24選【小学生・中学生・高校生・ビジネスに】|セレクト - gooランキング(監修)

 

2020å¹´

https://eonet.jp/zing/articles/_4104376.html

「“聞いた風”なことを言うな」→正しくは「利いた風」……ってホント? 近年現れたとみられる「聞いた風誤用説」(1/2 ページ) - ねとらぼ

https://eonet.jp/zing/articles/_4104113.html

 

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ぼくのかんがえたさいきょうの今年の新語2022

早いもので、辞書のトップメーカー・三省堂が実施する「三省堂 辞書を編む人が選ぶ『今年の新語2022』」選考発表会が目前に迫るとともに、無関係の個人・ながさわが勝手に実施する「ながさわ 辞書を買う人が選ぶ『ぼくのかんがえたさいきょうの今年の新語2022』」ベスト10の選定が行われました。

 

今年は、ロシアのウクライナ侵攻や安倍晋三元首相銃撃事件といった重大な出来事があった一方、一般語としては、誰もが今年のことばとして想起する語句に乏しく、選考は難航をきわめました。しかしながら、ランキングとしては納得のいくものができたと、選考委員一同(一人)満足しています。

 

今年は『新明解国語辞典』のフォーマットで書いてみました。10位から発表します。

 

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三省堂国語辞典から「MD」や「コギャル」を削ってほしくない人はどの辞書を買えばいいか

辞書のトップメーカーである三省堂が刊行する数ある国語辞書のうちの一冊『三省堂国語辞典』(以下『三国』)の8年ぶりの改訂版である第8版が、まもなく発売されます(2021年12月17日販売会社搬入予定)。

 

 

辞書にはそれぞれ特徴がありまして、この『三国』は、新語にべらぼうに強いことで知られています。今回の改訂版でも、3500もの項目が新たに追加されるそうです。3500ってものすごくて、『三国』第8版の全体の項目数が84000ですから、全体の4%が新項目ということになるわけです。半端ねえ。しかも『三国』は『広辞苑』なんかとは違って固有名詞や難しい専門用語は基本的に収録しないので、この3500項目はだいたい「完コピ」「斜め上」みたいな日常語なわけです。それが全体の4%。凄すぎ。

 

『三国』は徹底した現代主義の辞書で、いまの日本語を忠実に写し取ろうとしています。そのため、「現代語」ではないと判定されたことばはとっとと退場させる方針で、改訂での削除項目が多いことでも知られています。報道によると、今回は約1100の項目が『三国』から削除されるそうです。この中には「コギャル」「MD」「テレカ」など、一昔前の世代には当たり前だったことばが含まれています。

 

私は辞書マニアで、『三国』が項目を入れ替えまくる辞書だと知っているので、「ほ〜ん、まあそうなるわな」という印象だったのですが、マニアの常識は世間の非常識、これに対する反発の声がそこそこ上がっているようです。

 

その声の一部と、『三国』の編集委員の一人である飯間浩明氏の解説が、togetterにまとめられています。

 

togetter.com

 

反発の声は要するに、死語になったからって消しちゃうのはよくない、辞書で引けないと困るだろう、記録としても大事だろう、という話です。この気持ちはよくわかります。ただ、『三国』は古いことばを残す方針の辞書ではないのですね。

 

そこでマニアはすぐ「それは『三国」の役目ではありませ〜んwもっと辞書のことを勉強してくださ〜いw」と非マニアを馬鹿にしますが、これはマニアの悪い癖です。人生いろいろ、辞書もいろいろ。我々辞書マニアに求められているのは、一昔前のことばでも載っている辞書を求める人に、優しく手を差し伸べることではありませんか。

 

これまでの報道でわかっている、『三国』第8版からなくなることばをリストアップすると、以下の通りとなります。

 

歌本/営団/MD/女さかしゅうして牛を売り損う/企業戦士/携帯メール/携番/厚生省/コギャル/スッチー/赤外線通信/着うた/着メロ/テレカ/テレコ/伝言ダイヤル/とちめんぼう/ドッグイヤー/トラバーユ/パソコン通信/ピッチ/プロフ/ペレストロイカ/ミニディスク/弱き者よ、なんじの名は女なり

 

これらの語が今でも収録されている国語辞書こそ、「死語を消さないでほしい」というユーザーの要望にこたえられる辞書だということになりましょう。ええ、最新版の辞書14種類*1を引いて、確認しましたとも*2。

 

果たして、上の25語のうち、最も多くのことばを載せている辞書は……!

 

*1:『日本国語大辞典』『精選版日本国語大辞典』『広辞苑』『大辞林』『大辞泉』『新選国語辞典』『旺文社国語辞典』『岩波国語辞典』『新明解国語辞典』『現代国語例解辞典』『三省堂現代新国語辞典』『集英社国語辞典』『学研現代新国語辞典』『明鏡国語辞典』の、2021年12月現在の最新版。『大辞林』『大辞泉』はデジタル版

*2:見出し語形が一致する場合のみ立項していると判断し、語例や同義語などとしてのみ掲げられている場合は除外した。句項目については、多少文言が異なっていても立項されているとみなした。また、アルファベット略語表などの付録は対象外とした

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ぼくのかんがえたさいきょうの今年の新語2021

俺的「今年の新語」を勝手に決める会が今年も脳内で厳かに開催され、厳正なる審議の結果、「ぼくのかんがえたさいきょうの今年の新語2021」ベスト10が選定されました。

 

なお、今年は12月に『三省堂国語辞典』の改訂版が発売されることが決まっており、前評判では「今年の新語」入選が有力視されていた「マリトッツォ」「デジタルトランスフォーメーション」などの新語が立項されることが明らかになっています。今回は、これら『三省堂国語辞典』第8版への収録が公表されている語は選考の対象外としました(本物の「今年の新語」がどういうルールで選考されているかは全然知りません)。

 

今年は、語釈のフォーマットは『大辞林』っぽくしてみました。多義語でグレーになっている部分は『大辞林』第4版からの引用です。

 

これが「ぼくのかんがえたさいきょうの今年の新語2021」じゃい!!

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