「シン・今年の新語2023」は先出しじゃんけん!大賞から選外まで、とことんアレ!【選評】

ちょうど1年前に

来年また来てください。おれが本物の「今年の新語」を教えてあげますよ。

こんな山岡士郎ばりの煽りをかましていました。

三省堂「今年の新語2022」選考委員の30+1語完全レビューですYO!
苦しかった \ベスト10選び/ ほころび始めた \選考プロセス/

その時が来ました。

能書き含めて合計20000字超えてます。クレイジーですね。どうぞごゆっくり。

  1. 発表:三省堂の辞書を引く人が選ぶ「シン・今年の新語2023」
    1. 「シン・選考委員」紹介
    2. 「今年の新語」フアンの不安
    3. 「シン・今年の新語」の構成要件
    4. 選考プロセスダイジェスト
  2. 選外の2語
    1. アレ
    2. 蛙化現象
    3. AIに描いてもらった(1)「アレ」な「蛙化現象」
    4. シン・選考の自慢ポイントは「話し合いレス」
  3. 「シン・今年の新語2023」トップ10総評
    1. 投票スコアについて
  4. 大賞:ハルシネーション(hallucination)
    1. 天然ハルシネーションの発見
  5. 第2位:グルーミング(grooming)
    1. きっかけはBBCのアレ
    2. groomingの語誌
    3. 新旧の境界面で起きていること
    4. 富山市の小学生が危ない!?
    5. 年の差のアレ、その視線の変化
  6. 第3位:ダル着
    1. 昭和・平成・令和のJ-POP「ダル着」小論
    2. 「今年の新語」警察、二度見するの巻
    3. AIに描いてもらった(2)トップ3
  7. 第4位:オーバーツーリズム(overtourism)
  8. 第5位:生成AI
    1. さらなる「AIのアレ」はランク圏外
  9. 第6位:全振り
    1. ながさわシン・選考委員からの声明【追記】
  10. 第7位:いかつい
  11. 第8位:ポイ活
    1. 隠れた「優良銘柄」だった
    2. むしろ「活」を称えたい
  12. 第9位:撮影罪
  13. 第10位:殴る
    1. 新しい日本語の「殴る」
    2. エビデンスで殴る@2019
    3. 新旧「殴る」の境界面で起こっていること
    4. 英語kickとの類似
  14. ジャッジペーパー
    1. ノミネート
    2. 第1回投票
    3. 第2回投票
    4. ノミネート語・スコア集計シート
    5. シン・選考委員の「ソロ活動」紹介
  15. まとめ

発表:三省堂の辞書を引く人が選ぶ「シン・今年の新語2023」

トップ10から選外まで、一気に発表します。

シン・今年の新語2023

三省堂の辞書を引く人が「シン・選考委員」となって選びました。三省堂「今年の新語」のファンアートみたいなものです。

個々の選評に入る前に、少し長めの能書きです。

「シン・選考委員」紹介

「シン・今年の新語2023」選考にあたり、「今年の新語」に高い見識を持つ次の方々に協力をお願いしました。※順不同・敬称略

後出しじゃんけん企画「今年の新語2022を選び直す」

三省堂の辞書を引く人が選び直した「今年の新語2022」が後出しすぎると話題に【講評】
三省堂 辞書を編む人が選ぶ「今年の新語」を12倍楽しんでいきたい。そんな2022年の後出しじゃんけん企画は「今年の新語2022を選び直す」です。

に続き、ご協力をいただいたことにあらためて謝意を表します。

上記のお3方に、当記事の筆者ヤシロを加えた4人が「シン・今年の新語2023」の「シン・選考委員」です。

2023年ブレイクの4人組にあやかって、今年は「新しい国語辞典のリーダーズ」でもいいです。リーダーズはrのreadersでお願いします。

「今年の新語」フアンの不安

オヤジギャグめかせば、ファンは「不安」な存在でもあります。事実、「今年の新語」フアンは、2022の選考結果から次の不安を覚えました。

  1. 昔の新語問題
  2. それもう載ってるやん問題
  3. 得票数ないがしろ問題

そこで選考規程とプロセスを設計し直し、

  • 1.2.については、「選考委員の携わる三省堂の辞書に未掲載であること」を選出語の条件とすることで、
  • 3.については、ボルダルールによる投票を採用することで、

それぞれ問題解決を図りました。と同時に、まずい兆候の

  1. 順位決定プロセスの不透明さ
  2. ベスト10圏外ノミネート語の品質低下

もまた解消されたと自負します。

こうして「今年の新語」が抱える問題点を改善した「シン・今年の新語」を、「今年の新語」発表前日に公表することにしました。いつまでも後出しじゃんけんと思ってたら大間違いですからね。

前日にぶつけるこのスタイルを「今年の新語 -1.0」とも言います(いわない)。

「シン・今年の新語」の構成要件

そもそも「新語」ってなんだろう?と改めて考えてみました。

問題は「新」の方です。「新しい」ってなんだろう?

せんじつめると、「新しい」とは主観的な現象です。たとえば筆者には古く懐かしい部類に入る昭和の歌謡曲が、時と所が変われば「新しい」になります。そんな、究極には主観に根ざす「新語」の客観性を担保するために、レギュレーションをこう定めました。

「シン・今年の新語2023」にノミネート可能な「新語」とは、「今年の新語」選考委員が編集に携わる各辞書の最新の版に「載っていないもの」とする。

各辞書とは、

  • 『三省堂現代新国語辞典』(以下「三現国」)
  • 『三省堂国語辞典』(以下「三国」)
  • 『新明解国語辞典』(以下「新明国」)
  • 『大辞林』

です。でもって「最新」の基準日を「今年の新語2023」の募集開始日=2023年9月1日としました。「載っていない」の定義はもう少しありますが省略。

4つの辞書のうち『三現国』は基準日以後の10月に第七版が出ています。『三現国7』での新規項目を「シン・今年の新語2023」ノミネート可としたのがポイントです。

選考プロセスダイジェスト

再設計した選考プロセスを簡単に紹介します。前後半に分かれます。

  • 前半で、候補となる語のショートリストを作成しました
  • リストは最初から「トップ10」と「選外」の2部門に分けてます

この結果作られたショートリストが全部で45語、選外が6語でした。

  • 後半は、ショートリストからの絞り込みと、順位確定です

順位確定のため第2回投票を設けたなど、調整も2,3発生しました。選考プロセスの話にニーズがあればまたどこかで。

では選評です。選外の2語から始めます。こちらは投票1回で確定しました。

選外の2語

  • アレ
  • 蛙化現象

の2つが選外です。6つの候補から選出されました。

選にはいらないこと。〔捨てがたい場合もある〕
『三国8』|選外

いい語釈です。『8』で追加された後半に実感がこもってます。

アレになぞらえて、監督語録ふうの語釈を付けていきます。

アレ

アレのアレです。

今季、15年ぶりに復帰就任したNPB阪神タイガース監督の語録に由来します。

アレを面白がる動きは就任当初の早い時期から始まっており、タイガースの地元兵庫県下では3月の段階でアレなコラボ商品が発売されています。

シーズンに入ると、アレよアレよとアレした末に、アレがアレでアレしてもうたのは、周知のとおりです。

『三国8』の「あれ」⑥です。

口にしにくいことを、遠まわしにさすことば。

ふむ。もしも『三国8』も『7』と同じく阪神タイガース仕様が出るんなら、ここの例文にアレが載るのは事実上確定ですね。

けれども当面は上の語釈で十分に事足ります。よく練られてますから。

新語要件を満たさないアレは選外、という話でした。

蛙化現象

心理学風味のアレです。デジタル大辞泉|蛙化現象 は掲載済みです。

筆者自身は、年始の「上田と女が吠える夜」新春2時間SP(2023/01/04 OA)が取り上げたのがTwitterトレンドになったことで、この語を知りました。ですので「今年」感高いです。

実際世間的にも、「蛙化現象」は2023年の流行語・トレンドワード系リストの常連となるほどの売れっ子にもなっています。

といった世情を加味し、筆者は初回ノミネートの10語に入れました。9位10位なら入っててもいいかなとの判断です。しかし第1回投票で「国語辞典に載せる語なのか」を悩んだ末、他の語と比較考量のうえで最終的に外しました。なぜなら学術的なエビデンスの蓄積がまったく弱いためです。

レファレンス協同データベースでも、2019年のレファレンス事例 「蛙化現象」あるいは「リスロマンティック」について書かれている文献の検索方法が知りたい。 が「学術的資料は確認できなかった」としていました。

「国語辞典に載せる語なのか」をマジに考えていくと、じゃあ類似のアレはどうなんだとなります。具体的には、1996年の著作タイトルに由来する「HSP」や、2016年のテレビ放送をきっかけに知名度を高めた「共感性羞恥」などです。どれも学術的なエビデンスの不十分さは似たり寄ったりです。

ならば他の学術分野とでは?他ジャンルとの比較だと?と疑問はどんどん深まります。いや、現状このジャンルの掲載語数って、これで妥当なのか?もしかすると不当に少ない/多いのでは?と、辞書全体の掲載ラインの再考を迫られもします。

話が流行語なら、全然ランクインしていいんですけどね。アカデミックな風味が流行りのミソなんだとも思います。どこかしら賢そうにも聞こえるし。けれど「蛙化現象」の置かれた立ち位置を考えると、「シン・今年の新語2023」で選外となったのは穏当な結果に思えます。『三現国7』でも掲載外でした。

と、そんな議論など一切していないのに、たった1回のノミネートと投票でこの位置へ収まった「シン・今年の新語」のレギュレーションがすごい!自画自賛でも、すごい!

AIに描いてもらった(1)「アレ」な「蛙化現象」

座興として、BingのImage Creatorに「アレ」「蛙化現象」の2語にまつわるプロンプトをぽちぽち与えて描いてもらいました。AI大喜利の答えのうち、いちばん「ぽい」画像がこちらです。

s2023-sengai

ぽいっちゃぽい。

蛙要素もう少し強めにほしかったとか、細かな注文は多々あります。けれども絵を描く趣味のない筆者が自力でなんとかする力量に比べれば、全然上等です。

シン・選考の自慢ポイントは「話し合いレス」

AIだのみの自画自賛ついでに自慢します。

「シン・今年の新語」選考プロセスの大きな特徴は、全体を通して「話し合い」がほぼゼロであることです。選考初期に次のような疑義照会のやり取りがあったぐらいで。

\「トップ10」と「選外」は別々に集めるで~/

  • →両部門に同じのノミネートしてええの?
    •  →ええよ。でも両方に入選したら選外は無効やで~
  • →選外の選考も非公開にせーへん?あちらさんに影響すんで
    •  →せやね。そないしますわ

似たスタイルのものをひとつ挙げると、M-1グランプリ決勝の審査です。アレ、審査員それぞれが点数付けてて、全然話し合いしませんよね。「シン・今年の新語」も話し合い「しない」に振った設計にしました。

全45語となったショートリストを含め、選考に使用したデータは、ほぼ選考時そのままの形で別途まとめています。選考プロセスの件もあります。興味があればそちらをご覧ください。

【シン・今年の新語2023】シン・選考委員ノミネート語一覧と、発表までの連絡事項
このブログ投稿ページを連絡事項共有の手段とし、発表まで随時編集していきます。時系列はいろいろ前後してます。「シン・今年の新語」投票集計シート「シン・今年の新語」レギュレーション選考プロセスの概略前半:候補となる語のショートリスト作成(トップ...

ではトップ10です。総評に続いて大賞から始めます。

「シン・今年の新語2023」トップ10総評

あらためて、「シン・今年の新語2023」トップ10です。カッコ内の数字は投票スコアです。

    1. ハルシネーション(33)
    2. グルーミング(28)
    3. ダル着(27)
    4. オーバーツーリズム(24)
    5. 生成AI(22)
    6. 全振り(21)
    7. いかつい(18・カットオフ9)
    8. ポイ活(18・カットオフ7)
    9. 撮影罪(15)
    10. 殴る(14)

過半数が他のオンライン辞書等に既に立項済みのものとなりました。けれども基準日時点での三省堂の4つの辞書にはまだ載ってないはずです。

回転寿司店でたとえると、三省堂テーブル席がスルーして流れていった寿司の皿を、下手(しもて)から「よろしおすな」と愛でたり「これよろしおまっせ。取りまへんの?」とトイメンから三省堂席へからんだり。そんな趣のする顔ぶれです。

具体的には個別の選評でふれてまいります。

投票スコアについて

簡単に説明します。

  • 設計上の最高スコアは40です。シン・選考委員4名全員が1位投票すると、40になります
  • 最低は0です。ただし「10語から10位まで投票」方式なら、4です。第2回投票がその方式でした
  • 同スコアのときは、最高最低をカットした残りで比較します。7位8位はそのカットオフ値で順位を付けました

大賞:ハルシネーション(hallucination)

AIのアレが大賞です。オンラインのデジタル大辞泉|ハルシネーション はありました。

発信源の英語圏でも、Cambridge Dictionaryが「hallucinate」を2023年のWord of the Year(以下WOTY)に選出しています。

選評記事 The Cambridge Dictionary Word of the Year 2023 を見ますと、「コーパス見てると最近じゃ人だけでなくAIがhallucinateするようになってておもろい。だからWOTY」(大意)みたく書いてました。

筆者自身には、今年どこかで「ハルシネーション」の文字列を見て「へー、アレをそういうんや。おもろいな」となった記憶だけが残っています。

Collinsが11月1日に発表したWOTYも「AI」でした。

Just a moment...
The acceleration of AI and other 2023 trends - Collins Dictionary Language Blog
The Collins Word of the Year 2023 is… AI. Find out more about #CollinsWOTY2023 and read about the full list of shortlist...

さらに年を取って振り返ったとき、2023年は「AIの年」として思い出す気がいたします。

AI分野の完全トーシローな筆者に伝わってくる情報からだけでも、界隈の技術の進歩にはめざましいものを感じます。そんな時流にも乗っかり、筆者もシン・今年の新語2023として最も高く評価しました。

天然ハルシネーションの発見

加えて、極めて私的な点からの発見があったのも大きいです。というのは、ちまたにあふれる偽情報、たとえば

ネギトロのでたらめな由来や

追跡・ネギトロ嘘語源:始まりは、葱のない「ねぎとろ」の方便説
2007年7月以前に「ねぎる」または「ねぎ取る」を聞いたことがある。と推定できる証言から 葱のない「ねぎとろ」を提供するときの方便だった を、「ねぎ取る」の始まりに関する新たな仮説として示します。

ぐっとマイナーなところで「さらなるは誤用」とかいう珍説

日本語警察が「さらなるは誤用」とかいう珍説を「超」丁寧に供養しました
なわけない 要約すればこの5文字で済む話を、5500倍以上に引き伸ばして語ります。 供養レベル1からレベル5まで5段階の供養プランを取りそろえました。好きなところまでお楽しみください。

どれもその正体は、天然の知能が生んだハルシネーションであったかと、あるとき腑に落ちたのです。人工知能がハルシネートするなら、天然知能もハルシネーションを起こして何ら不思議はありません。

学習能力のさらなる向上を果たした人工知能が、「AI50年、下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり」とか舞い始めるのも時間の問題でしょう。森田和郎の「森田オセロ」を起点とするなら、あと10年弱です。

そんな夢まぼろしのごとき大賞に負けず劣らず、第2位以下も熱盛(今年の新語2017選外)です。

第2位:グルーミング(grooming)

第2位は年の差のアレです。大賞と同じく、舶来もののランクインです。

筆者は初回ノミネートの10語に入れてませんでした。「うん、知ってた」からです。しかし第1回投票のところでトップ10に入れました。集約したショートリストを眺め、グルーミングたしかに今年やなとなったので。

「グルーミング」は第1回投票で唯一、シン・選考委員の4名全員が票を入れた語でもあります。

きっかけはBBCのアレ

2023年の今年、一般人のあいだで「グルーミング」の知名度が大きく高まった発端は、3月7日に英国BBCで放送されたドキュメンタリー番組「Predator: The Secret Scandal of J-Pop(J-POPの捕食者 秘められたスキャンダル)」でしょう。ドキュメンタリーは、2019年に87歳で死去した芸能事務所創業者による、生前の性加害を取り上げたものでした。

加害が明るみに……それでも崇拝され 日本ポップス界の「捕食者」 – BBCニュース(2023/03/07付)

番組中「グルーミング」も出てきます。すみません、間接的な情報での確認です。直接視聴しての確認はキツいのでしてませんごめんなさい。

その後の一連の経過で、事務所と取り巻く周辺のいびつな姿も浮き彫りにされた感もあります。

groomingの語誌

複数の辞書を総合すると、グルーミングのingなし形「groom」は、「若い男性」を意味する中世の英語「grom」がルーツぽいです。13-14世紀あたりまでさかのぼれ、growと同根だとの記述もありました。そこから

  • groomが「花婿」や「馬の世話をする人」となり、
  • 「groomってる」さまのgroomingが「身だしなみ」や「馬の毛並みを整えること」となり
  • さらに展開して「動物が行う毛づくろい」や「(スキー場などの)整地」もgroomingというようになった

ことが読み取れます。とてもよく理解できます。

「シン・今年の新語2023」第2位のグルーミングは、この延長上に現れます。掲載済みのオンライン辞書も複数ありました。筆者の見た中ではMerriam-Websterでの他動詞「groom」3 b:の解説がいちばんしっくりきました。

to build a trusting relationship with (a minor) in order to exploit them especially for nonconsensual sexual activity

【拙訳】特に、同意のない性的行為を目的として食い物にするために、(未成年者と)信頼関係を築くこと

Merriam-Webster|groom

という話です。

dictionary.com|grooming のoriginには、First recorded … in 1985-90とありました。

1985年ゆうたら、前にタイガースがアレした年やんね。おーん。

新旧の境界面で起きていること

さらに「グルーミング」の評点の高いポイントは、「グルーミング」をめぐる勢力図が、今まさに、現在進行形で塗り替わっているさまが観測できることです。

ほどほどに普及した既存の語に新しい意味が付け加わるタイプの新語であるがために、旧来の用語法を知る勢力との境界面にさまざまな軋轢が生まれています。

界面からの声の一例です。「御意」となったので選びました。他意はありません。

ですよねえ。

こういったさまを観測できることが、「シン・今年の新語」の醍醐味とすら言えます。

富山市の小学生が危ない!?

「グルーミング新用法の急激な勢力拡大に困惑する人々ランキング」があったら上位入りが確実なのは、富山市の公益財団法人が運営する「富山市ファミリーパーク」でしょう。なにせ、季刊で発行している広報誌のタイトルが「グルーミング」ですから。

およそ1年ちょい前、2022年秋号の告知はこうでした。

これを2023年現在の「グルーミング」勢力図を基準にして読むと、とたんにきな臭い話となります。「グルーミング」「見どころが満載」「富山市内のすべての小学生に配布」といった文字列を雑につないで、富山市内の小学生はみなグルーミングされているとの物騒な誤読も生じかねません。

事実、直近の2023年冬号ではこんなことに。

おわかりでしょうか?

「グルーミングとは本来」で始まる一文が入りました。前述のような懸念や、斜め上(2015第10位)からのイカれたクレームがあってかどうかは知りません。言えるのは、1年前になかった一文が2023年冬号の告知にはあるということです。

ひとつ些末な点を。先ほど見たgroomの語誌からすると、その「本来」も後発組です。一般人の「本来」に学術的な厳格さはなく、単に「ワテら、ずっとこの意味で使うてきましたさかい」を指すワードであることに注意は必要かもしれません。

もっと大規模だった類例には、2020年の「コロナ」があります。ただコロナの場合、勢力図の塗り替えがあまりに短期間で完了してしまい、ロクな観測もできませんでした。

どちらもネガティブな用法が席巻しつつある/しただけに、浮かれてるように取られるのも不本意なのでこれぐらいで。

ただネガティブな意味あいへ育つ語は、不用意に扱えば傷つき苦しんでいる人をさらに傷つける事態を招くこともある反面、苦しむ彼ら彼女らの力にもなり得る二面性があることは、今一度強調しておきたいです。筆者はそれを「モラルハラスメント」「精神的DV」の2語から学びました。

年の差のアレ、その視線の変化

関連して世の中の変化を感じたのは、とある芸能人カップルの「年の差婚」を報じるニュースに反応して、「グルーミング」がTwitterトレンドになっていたことです。なんか2023っすよね。過去の年の差カップルへの視線も変わってきている雰囲気も感じます。

紹介が遅れました。こうしたハードめなゾーンも『三現国7』はカバー済みです。

③犯罪や性的な目的で、特に未成年者を、ことば巧みに懐柔して信用させる行為

『三現国7』|グルーミング

sangenkoku7-obi-se

さすがの2023最新版です。帯の背に掲げる「密着型辞典!」「新科目に対応!」の文字も誇らしげです。

具体的なバックグラウンドを一切知らぬゆえ、年の差婚ケースには何も言えません。何も言わずともどう考えたものかとなった筆者が最初に取ったアクションは『源氏物語』検索でした。若紫や源典侍との年齢差ってどれぐらいやったっけ?と確認するためです。

と、光源氏へ/光GENJIへ ダブルミーニングにぶん投げて、次。

第3位:ダル着

いつものアレが、第3位です。

『三現国7』掲載を記念してエントリーされ、他のシン・選考委員の支持を集めました。

筆者もその事実を知り、第1回投票の10語に含めました。

[俗に]ルーズな室内着(・服装)。

『三現国7』|ダル着

ダル着の掲載は、国語辞典界初ではないでしょうか。その意味で、ご祝儀含みの順位でもあります。そんな内輪ノリを除けば「今年」感は比較的弱め。

実際、Twitter検索からは、2010年代前半以降コンスタントにダル着の用例を拾えました。2010年代には定着していたものとみられます。

2023要素を探してみると、4~5月に放送されたNHKの夜ドラ「おとなりに銀河」の主題歌に「ダル着」が出てくるというのはありました。有華「HAPPY DATE」Music Video(Yuka Ver.)(2023/04/16付)

昭和・平成・令和のJ-POP「ダル着」小論

歌詞サイトを見ますと、2020年以降「ダル着」入りの楽曲が散見されます。

中でも筆者にとって最も面白く、へぇーと感じ入ったのは、ヴァンゆん《ラ・ラ・ランデヴー!》(2020)でした。
【MV】ラ・ラ・ランデヴー! / ヴァンゆん (Official Music Video)|YouTube(2020/11/05付)

ダル着は曲の冒頭に出てきます。歌詞テキストは UtaTen|ラ・ラ・ランデヴー! からです。

夜になったらノリで集合 いつものダル着がドレスコード

ポジティブです。あ、そういう感覚なんですね。となりました。

ここでの「ダル着」は、気の置けない人間関係を表す記号となっています。飾らない、文字どおりの「普段着の自分」でいられる、そんな関係です。

昭和平成的な感覚で「ダル着」をとらえていたら、時に誤るなと知らされました。

前「ダル着」時代のJ-POP 2選

筆者自身の当初の感覚を説明するために、昭和平成のJ-POPから、2人の主人公を紹介します。

1人目は、〈いつかは みかえすつもりだった〉から〈どこへ行くにも着かざってたのに〉〈今日にかぎって安いサンダルをはいてた〉、松任谷由実《DESTINY》(1979)の主人公です。

松任谷由実 DESTINY|YouTube Music

《DESTINY》が描くのは、主人公の敗北の物語です。「安いサンダル」は「負け」を表す記号になっています。なんでそれが「負け」かというと、主人公の思想が「服装のランク=自分のランク」だからです。「勝負服」なんて言葉もあります。服装というのは、どこかで勝負の感覚とつながっているようです。


2人目は、〈新大阪駅までむかえに来てくれたあなた〉の〈いつもはいてるスウェット〉に〈今日も家へ直行か…〉となった、DREAMS COME TRUE《大阪LOVER》(2007)の主人公です。

DREAMS COME TRUE 大阪LOVER|YouTube Music

ここでの「いつもはいてるスウェット」は、「あなた」の素っ気なさを表す記号となっています。

主人公にとって、これはサゲ要素です。そりゃ、迎えに来てくれたのはうれしいよ。でももうちょっと格好ってもんがあるでしょ。今からどっか行く気ゼロじゃん。代弁するなら、こんなところでしょうか。

なぜそうなるかというと、思想が「自分に会いに来るときの相手の服装のランク=自分のランク」だからです。そこへ「いつもはいてるスウェット」で来られたら、会えたうれしさも半減するってもんです。

そうしたディテールと、ランドマークの数々を盛り込むご当地ソングの手法とを駆使して、愛憎があい半ばする主人公の心情を描くところが上手いですよね。そういえばこないだ、嫁を新幹線ホームまで迎えに行ったら、嫁のしていたイヤホンを片耳に突っ込まれてこの曲聞かされましたわ。なんでやねん。

それはそれとしまして、「今日に限ってダル着」「こんな時にダル着」のような用例が、Twitterには数多くありました。あえて対比させるなら、これらは昭和平成的な感覚での用法です。「いつものダル着がドレスコード」の感覚とは、大きく異なります。

さらに議論を深めるには、ミシェル・フーコーとかジュディス・バトラーとか、国内だと鷲田清一さんとかが何て言ってるか、またそれらにどんな反論があるかを参照しないといけませんので、ここはこれぐらいで。

「今年の新語」警察、二度見するの巻

それ以上に「今年の新語」警察(筆者のことです)の耳目をひいたのは、《ラ・ラ・ランデヴー!》中間部の歌詞です。引用しますね。

めっちゃ尊いよ俺らしか勝たんよ優勝
どうだ?大分わかりみが深いと感じるかバディ
ありえん レベチでえぐい そんなんキュンです
ぴえんこえてぱおんdeath

おぉ?お、おう…

全部乗せの勢いで、「今年の新語」勢におなじみのワードたちをぶっ込んできてます。

これへのレスポンスもさえてまして、

いや、ちょっと何言ってるかわからないです…

なるほどそっちへ落とすんですね。今年の新語2020大賞も形なしです。ぴえん

強調したいのは、このくだりに「ダル着」が入っていないという事実です。

くり返しますと、ダル着は曲の冒頭に出てきました。この曲での「ダル着」は文字どおり、彼ら彼女らの身についた存在なわけです。


さて、ヴァンゆんの2人を初めて知ったので最近の動向を探してみますと、今年(2023年)9月に解散を発表されていました。

ヴァンゆん に関するご報告|太田プロダクション(2023/09/09付)

人の世は無常です。芸術は長く、人生は短し。

AIに描いてもらった(2)トップ3

BingのImage Creatorに、今度は「シン・今年の新語2023」トップ3「ハルシネーション」「グルーミング」「ダル着」にまつわるプロンプトをいっぺんに与えて描いてもらいました。AI三題噺のうち、最も「ぽい」画像がこちらです。

s2023-1st-to-3rd

ダル着お題だけが強めで他の2題どこ?ですが、全体の雰囲気としてはわからんでもない。

第4位:オーバーツーリズム(overtourism)

第4位は観光地のアレです。デジタル大辞泉|オーバーツーリズム には掲載済みです。対応する漢語の「観光公害」もありますが、露出度としては劣勢です。

ちょっとした観光地でもある地元も、週末に出かけると駅改札にインバウンド客とおぼしき集団を多く見るようになりました。体感ではCOVID-19以前より増えてます。

筆者自身は2010年代後半に「オーバーツーリズム」を見聞きするようになりました。コロナ禍で一度なりをひそめたのが、今年になって再び興ってきたという、まるでシン・ゴジラのストーリーのような経過をたどったワードです。

そこを鑑みると「今年」でいいかな、というのはあります。『三現国7』にも掲載済みでした。

簡単に語誌を追ってみました。

Wikipedia|Overtourismは、「…used frequently since 2015,」としていました。

国会会議録ですと平成30年(2018年)、当時の観光庁長官の答弁に出てくるのが初出です(第196回国会 衆議院国土交通委員会 第5号 平成30年3月20日 023)。

Googleブックスの検索では、1990年前後までさかのぼれました(『The Interspecies Newsletter』(1988)、Allen Bechky『Adventuring in East Africa』(1990))。

和書は渡部幸男編『日本と東アジアの産業集積研究』(2007)が早かったです。

国内の進行ルートは大きく、学→官→民 かなと取っておきます。上陸地点は蒲田です。嘘です。

第5位:生成AI

これも人工知能のアレです。「Generative AI」の訳語として定着した感があります。『三現国7』にも掲載済みです。

条件に応じて、文章・画像・音声などのさまざまなコンテンツを自動生成するAI(人工知能)。

『三現国7』|生成AI

ですが筆者自身はノミネート外、かつ、投票時の評点も低めでした。

むろん認知はしていました。でもAI分野から「ハルシネーション」出したしそれが代表でいいかなと考えたためです。生成AIからは言葉としての面白さもさほど見いだせなかったのもあります。

しかし第1回投票で9位タイにすべり込み、順位決定の第2回投票で4つ順位を上げました。面白みは今ひとつな反面、堅実なセレクションではあります。これがシン・選考委員の総意です。受け入れなければいけません。

年間ベストテン上位にチェッカーズの《涙のリクエスト》があるのを理由に、《哀しくてジェラシー》や《星屑のステージ》を外してはいけなかったのです。たとえがいちいち古いのは仕様です。

個々のバイアスを補正する「シン・今年の新語2023」のレギュレーションすごい!自画自賛でも、すごい!

さらなる「AIのアレ」はランク圏外

もうひとつ「AIがらみのアレはどうなんだ」となる向きもありそうですので触れておきます。2023年前半は、OpenAIが前年の11月にリリースした「ChatGPT」が、一般人をも巻き込んでシーンを席巻しました。『三現国7』も新規項目に採用しています。

ヒット商品には類似品がつきものです。世間には「チャットGDP」なるものまで現れました。

「チャットGDP」な人たち2023【Tweetまとめ】
近ごろは「チャットGDP」なるものがあるといいます。 私の知るGDPは「国内総生産」Gross Domestic Productの略語なんですけど、それなんでしょうか。 話題の「チャットGDP」について調べてみました!

候補となる資格は十分です。

しかし今回、筆者含めてシン・選考委員から「チャットGPT」のノミネートはありませんでした。固有名詞ですし、他のサービスまでそう呼んでもいないし。世の中的にも、そういうアレ全体の呼称は「生成AI」へ収斂されてきてもいます。さりとてGPT単独はテクニカルターム過ぎます。

「たられば」を語ると、もし6か月前に選んでいたら、「チャットGPT」の大賞ないし上位へのランクインも十分あった気もします。哀しくてジェラシー。

第6位:全振り

ゲーム発のアレです。ゲームから転じて

俗に、一つのことに専念すること。

デジタル大辞泉|全振り

の意で使われていることも承知しております。

けれども正直なところ、筆者には全振りが2023年の「今年」とフィットしてると、ほとんど感じられなかったんですよね。

上述のゲームから転じた用法も、2010年代後半の文献から比較的さくっと採集できます。用例をGoogleブックスから見つくろいますと、まだゲームの世界観に近いですが

2023-11-25_19-11-02

「支援全振り」「防御全振り」―ようこ『黙示録アリス 3』(2015)p.5

がありました。さらに次の例になると、直接のゲーム要素はなくなります。

2023-11-25_19-01-34

「見た目全振りで問い合わせ殺到」―家電批評 2018年12月号 p.077

ダメ押しとばかりに、こんなアーリーアダプターもおみえでした。

こんな具合で「シン・今年の新語2023」に入れるのってどないよ?って、筆者はなりました。

あるいは後述する「ポイ活」ですと、検索ボリュームが過去5年にわたり一貫して謎の上昇トレンドを描いてます。対して「全振り」はそういうわけでもありません。

さらに、筆者にとって「いい新語」の重要な構成要件である、新旧の境界面で生じる軋轢も観測できていません。たとえばの例ですが、

  • 聞きかじった誰かが生半可な理解で「全振り」を使って炎上とか
  • 特殊詐欺グループのコードネームとか、アレな企業や団体のスローガンが「全振り」だったとか
  • 「全振りなどという珍妙な言葉・表現を使うとはけしからん。国語を大事にしない国民が繁栄できるはずはない」みたいな寝言とか

今年、そういう類のなんかありましたっけ?

そこがしっくりこず、いちばん評点が低かったです。

それでも新語要件は満たしているので、三省堂テーブルがスルーした皿を「こんなんもおまっせ」と提案している、そんな位置づけのランクインと受け止めておきます。2023らしさの評は、他のシン・選考委員に委ねます。

といった具合に、筆者単独では決してランクインしないワードも入ってくる「シン・今年の新語」のレギュレーションがすごい!自画自賛でも、すごい!

ながさわシン・選考委員からの声明【追記】

第1回第2回とも「全振り」を1位投票されたながさわシン・選考委員より、ぼくのかんがえたさいきょうの今年の新語2023にて次の声明が出されました。

個人的に今年身の回りでめちゃくちゃ聞いたから

了解です。その体験は唯一無二のプライスレスです。まさに「辞書にも推したい21世紀のことわざ」第2位(筆者調べ)

推しは推せるときに推せ

です。なお第1位はこちら【PR】

辞書にも推したい21世紀のことわざ「困った人は困っている人」
困った人は困っている人 私の推したい「21世紀のことわざ」です。 今はまだローカルアイドルぐらいのその知名度を、全国区の国民的レベルへと押し上げたいのであります。

第7位:いかつい

いかついアレです。

選出理由は、ながさわシン・選考委員による次の記事に集約されています。

エッセイ : 日本語の追っかけのすすめ 「いかつい」に注目して(ながさわ)|ことばの波止場|ことば研究館(2023/04付)

昨今の「いかつい」は、「やばい」「えぐい」の使い方に近く、品詞分類的に感動詞の成分がそうとう入ってきてるように思います。

しかし率直なところ、関西育ちの筆者にとって、そこの「新語」感は低かったです。中学高校時分を思い返せば、選出対象となっている「いかつい」も、数は少なかったですけれど周囲に飛びかっていたような気がします。

それでも第1回投票の10語に入れました。シン・選考委員からのノミネートを集めて作ったリストを見たときに、思わず「いかついなオイ」となったからです。

牧村史陽編『大阪ことば事典』から補足しましょう。まず「いかつい」が

イカツイ(形) いかめしい。角立つさまにいう。(イカイの項参照)

となっていて、イカイを見ますと、

イカイ【厳い】(形) 大きい、または、大変な・沢山・多量・大仰など、種々の意味に用いる。イカル(中略)から、イカメシイという形容詞を生じ、さらに略してイカイとなったものであろうか。

となっています。江戸期の文献から引いた「いかい」のコンテキストは、実に多彩でした。最も使い方の近い現代語をあてるなら、「超」でしょうね。

多義語化してしまった「いかい」から原義にフォーカスするべく「いかつい」が生まれ、その「いかつい」が近年、かつて「いかい」がたどったのと同様の多義語化を果たしつつある。

ここ300年ぐらいのスパンで「いかつい」に起こっていることを簡潔にまとめると、こうなります。まるでサケが生まれた川に帰るかのような、はるかなる言葉の旅路です。いかついやん。

『大阪ことば事典』、時代時代の大阪ことばを切り取った優れたアンソロジーとなっていて、レファレンスにおすすめです。

第8位:ポイ活

節約術のアレです。

Twitter検索結果では、2018年頃から新語として認知するツイートが出現します。「今年の新語2019」大賞を知らせるツイートにも、ハッシュタグ #ポイ活 が付いていました。

なので筆者にとって「今年」感は弱いです。「断捨離の新しい名前と思いがち」も、ポイ活あるあるとしておなじみです。トータルの評価も低めでした。

投票時には、次のような加点要素に気づいてませんでした。さーせん

まず当記事のレビューで、〈7三現新の「活」の用例に「ポイ活」が追加されています。〉と、ながさわシン・選考委員より指摘を受けました。

ポイ―(=店のポイント集め)

『三現国7』|活

見落としてました。いかんです。『三現国7』掲載は「今年」ポイントですね。

隠れた「優良銘柄」だった

それからどういうわけか、Googleトレンドで見る「ポイ活」5年チャートは、右肩上がりでした。まるで優良投資銘柄のような値動き(ではない)を見せています。

2023-11-25_14-23-35

比較用に、これも右肩上がりトレンドの「生成AI」と並べてみました。

余計なお世話ですが、生成AIの赤いラインが示す値動き(ではない)を見て、買い!と飛びつくのは、はっきり言って素人です。そんなことでは遅かれ早かれ痛い目見ます。くれぐれもご注意ください。

青いラインの「ポイ活」のチャートアクションは、派手さには欠けますが、堅いです。5年トータルでのリターン(ではない)も、「生成AI」を上回っています。

けれども何ゆえこのトレンドなのか、筆者には見当がついておりません。第1回投票で1位推しだった西練馬シン・選考委員も「私もよくわかりません」とのことでした。謎の解明は読者とウォーレン・バフェットの叡知に委ねます。

見当がつかないのは、ポイ活の根幹である世の「ポイント」に対して関心が薄いのもありそうです。もちろん、アマゾンやヨドバシで買い物したり、セブン-イレブンでnanaco払いしたりすれば、筆者のアカウントにもポイントついてきますよ。けれどもそれは筆者の生活の一部であっても、ポイ活ではないので。

むしろ「活」を称えたい

致し方ない面があるのは重々承知なんですが、「ポイ活」形での入選もモヤる(2018第2位)んですよね。接尾辞の「活」の功績がどこかないがしろにされてるようで。

今年の新語2021第2位の「○○ガチャ」や、同2022第2位の「○○構文」のように、短期集中型で用法用例が育てば造語成分での入選も果たせますが、むしろたいていの場合、ある語の造語力は、もっと長いスパンでついてきます。

『三国8』をひもとけば、従来の学活部活があったところへ1990年代に就活、2000年代に婚活が加わり、そこから2010年代に入ってさまざまな○活が百花繚乱となったことが読み取れます。アプリで後方一致検索すると、「独活」がうっかり婚活の反対語に見えてしまうほどです(これも○活あるあるです)。植物なのに。

掲載語も旧版から4つ増え、見出し語・用例の通算で計10個になりました。『三国8』の○活10個答えよってネプリーグに出題されて、残り6つ答えられますか?

ここまで「活」が育つのに、おおよそ20年少々を要しました。その点で「○○ハラ」も同じくです。大ざっぱに見て、その時期も「活」と重なっています。

ランキングと無関係となってしまいますが、個人的に筆者が称えておきます。

「活」えらい!

「ハラ」、以下同文!

第9位:撮影罪

法改正のアレです。

2023年7月13日から施行された法律にて、新設された罪です。正式名は「性的姿態等撮影罪」。

根拠法令は「性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律」です。

といった動静はニュース等から見聞きしておりました。

法務省のページに概要がまとまっていました。

法務省:性犯罪関係の法改正等 Q&A

撮影罪が新設されたのは、撮影機材の小型化・高性能化が進んだことで、従来の法規で取り締まりきれないゾーンが出てきたのもあるのかな、との雑な感想です。

加えて、デジタル化により簡単に共有・複製できますし、動画も含め「現像」がほぼ無用です。今日びは誰も、お正月をフジカラーで写さなくなりました。水曜日のダウンタウンに「マジで0人説」を検証してほしいぐらいです。

撮影罪、筆者は次の2つの理由で低評価でした。

理由1つめ。マジな話、撮影罪まるごとの立項ってある?との疑念があったからです。Android端末を買い換えてストレージ容量が増えたんで、2つの辞書を入れて探しました。

『三国8』の場合、個別具体的な罪名を「ほにゃらら罪」までフィーチャーして立項した語はありませんでした。マジで0件です。罪名になっている行為ならありましたよ。「窃盗」「詐欺」「受託収賄」などなど。

だったら『新明国8』もかなと見ると、あに図らんや、ありました。「強制性交等罪」「騒乱罪」の2つです。どちらも、旧来の罪名が改称されたものでした。#今年の新語2023 に「撮影罪」を投稿してた方は、『新明国』ファンかしらん?

しかし撮影罪は新設の罪名です。傾向どおりなら『三国8』は立項なし、『新明国8』の立項も微妙です。

撮影罪を入れるなら、「撮影」の用例に入れるのが落としどころでしょうか。この世のあらゆる「撮影」のうち、時と場合によって罪になるものがある、といった事実関係の記述もそれで満たせます。載るは載るですが、広義の載るです。

2つめ。総じて、法改正をはじめとする社会制度の変化によって出現した新語は、好かんです。もっと正確に言うと、こうしたランキングに選出することが、好かん。なぜなら、その新語としての圧倒的な正しさ、文句のなさが、つまらないからです。

少し話はそれますが、筆者はゴルフをやりません。なぜかというと、ゴルフが面白いからです。やって面白いとわかってるゴルフをやって面白いと感じる、こんなつまらないことはありません。だからやりません。

この種の新語に対して筆者がいまいち乗り切れないのも似た心理があるように思います。その根底に、なんで官発の新語をわしらが奉らにゃならんのや、といった差別意識があることは否めません。

ついでのくだらない話です。「性的姿態等」が最初「性的したい党」に変換されました。変換オヤジギャグにふふっと笑わされ、想像がふくらみました。日本国憲法では思想信条も結社も自由です。けれども性的したい党のマニフェストを落とし込んだ政策を実行する段階で、きっと法的にアウトでしょうね。

ちなみに撮影罪の罰則は、3年以下の懲役又は300万円以下の罰金です。

第10位:殴る

物理じゃないアレです。

筆者だけが高く評価した語です。第1回投票で9位タイでしたが、他のシン・選考委員からさほど支持を得られず、第2回投票での最低スコアでした。

この場を使い、しばし「推薦の辞」を述べます。

新しい日本語の「殴る」

筆者は今年、こういうタイプの「殴る」に目が留まるようになりました。

ビジュアルで殴るってこういうことだよな(@rny87sd

世の中札束で殴るタイプの趣味が多すぎる(@_i_meg

意味の近い語でそれぞれ言い換えるなら、前者は「圧倒する」、後者は「(物量によって)問題解決を図る」でしょうか。

重みのあるもので、からだを強く打つ(三国8)をイメージとして踏襲してはいますが、かなり抽象化されています。投げやりにものをする(大辞林4.0)のとも違います。

新語やん?

感触としては、これもゲーム発の用法ぽいです。デッキをそろえて対戦する系での攻撃ターンに「殴る」がよく使われていたからです。そこから他分野へ進出してきた様子がうかがえます。

「物理で殴る」までありました。

男性の人生攻略法の王道は今も昔も「レベルを上げて物理で殴る」なんですよ。(@hikarin22

旧来の感覚ですと、殴るといったら物理の話に決まってます。

ただ「攻略法」と共起していることからも、この種の用法もゲーム由来の臭いがします。何かのゲームに物理でない「殴る」があっての「物理で殴る」なのかな。知らんけど。


限定公開での事前レビューで、シン・選考委員のアンゼさんからご教示いただきました。2010~2011年のネットミーム「レベルを上げて物理で殴ればいい」に由来するとのこと。

「ラストリベリオン」というRPGゲームの戦闘バランス調整が悪く、「この敵には◯◯属性の魔法が効く」といった工夫をするよりも、レベルを上げて物理攻撃をする方が早いありさまから出てきたフレーズです。

クソゲーオブザイヤー2010の大賞にラストリベリオンが選ばれ、総評の最後に「レベルを上げて物理で殴ればいい」が使われたことで、話題になり広まった気がします

出典:「殴る」についていくつか(2023/11/26付)

ブルートフォースな攻撃が全能の、クソなゲームデザインだったわけですね。ありがとうございます。

ゲーム戦闘において物理攻撃をすることを「物理で殴る」と表現すること自体はおそらくそれ以前から使われていることには注意が必要です。どこまで遡れるかは調べていません。

出典:同上

了解です。

戦闘時に魔法を使うのと武器を使うのと、ゲームの上で違いはあっても、プレイヤーの身体感覚として大差ないから「物理で殴る」の表現が出てきたんでしょうかね。ご教示への感想です。

エビデンスで殴る@2019

「今年」に不都合な要素として、2019年付でこんなタイトルの記事も。

「エビデンスで殴る」というやり方は、なぜうまくいかないのか(斎藤 清二)|現代ビジネス(2019/08/29付)

記事の存在そのものが、以前からあったエビデンスです。いかんです。

本文にもこうありました。

SNS上で、少し前から「エビデンスで殴る」という表現をみかけるようになってきた。

探すと確かにあります。2013年付のツイートが残っていました。

新旧「殴る」の境界面で起こっていること

そこで、推す理由の2つめ。

第2位のところでもふれました、旧来の用法との境界面で生じる軋轢がいくつか観測できたからです。その1。

いいフリクションです。

その2。10月から11月にかけて炎上していたこちらです。

「エビデンス」がないと駄目ですか? 数値がすくい取れない真理とは:朝日新聞デジタル
何をするにも合理性や客観性が求められ、数値的なエビデンス(根拠)を示せと言われる時代。そのうち、仕事でもAI(人工知能)が導く最適解に従うことになるのかもしれない。なんだか自分の感覚や経験則には、な…

「エビデンス」がないと駄目ですか? 数値がすくい取れない真理とは|朝日新聞デジタル(2023/10/31付)

ワーディングやら煽りスキルやらはおいて、ここでは論点を「殴る」に絞ります。

記事中にこんなくだりがありました。24時間有効のリンクをシェアしてくださった方がいて有料部分まで全文を読めました。ありがとう富裕層。

ある人は「エビデンスに殴られているような感じがする」と言っていました。政治や大企業はエビデンスを振りかざし、彼らの恐怖を無視している。不安の声をふさいで、一人ひとりを無力化しているのではないかと思います。

ヘッドラインと「エビデンスに殴られている」を見た(または、見てもいない)ネット民の大半の反応を集約すると、「ないと駄目です。エビデンスとは殴るためのものです。以上」でした。これは新しい「殴る」です。「圧倒する」「問題解決を図る」ニュアンスを持っています。

それで筆者も何度かくり返し読んでみました。ほんで思うんですが、引用したこれって、旧来の「殴られ」じゃないんですかね。すなわち「重みのあるもので、からだを強く打つ(三国8)」方の殴られです。もちろん比喩的にではありますが。それが正しそうであるがゆえ、ひどく暴力的なやり方に感じてしまうってことやないの?

アンジャッシュ並みにすれ違ってます。

そして先掲の「エビデンスで殴る」というやり方は、なぜうまくいかないのかよりも、議論が退化しています。人の世は無常です。

英語kickとの類似

「殴る」が多義語化するさまは、手と足の違いはありますが、英語のkickに似ています。

OALD|kick からピックアップしますと、kick oneselfは「(自身に)いらつく」、kick the canは「遅らせる」、alive and kickingは「活動的」です。また、kickの後ろに長年の悪い習慣が続くと「やめる」です。たとえばkick the drugは「ドラッグをやめる」の意です。

どれも、シンボリックに意味を残してはいますが、足で蹴ってはいません。その類似性も面白く、推しました。

ジャッジペーパー

ジャッジペーパーを公開します。時系列順です。

ノミネート

再掲です。「シン・選考委員の45語」含め、そのほか選考に使用したデータはこちらにまとめています。

【シン・今年の新語2023】シン・選考委員ノミネート語一覧と、発表までの連絡事項
このブログ投稿ページを連絡事項共有の手段とし、発表まで随時編集していきます。時系列はいろいろ前後してます。「シン・今年の新語」投票集計シート「シン・今年の新語」レギュレーション選考プロセスの概略前半:候補となる語のショートリスト作成(トップ...

第1回投票

2023-11-25_22-24-04

第2回投票

2023-11-25_22-24-50

ノミネート語・スコア集計シート

シン・今年の新語2023選考

シン・選考委員の「ソロ活動」紹介

シン・選考委員各自による、シン・旧(旧?)「今年の新語2023」に関する記事へのリンク集です。あわせてお楽しみください。

ながさわシン・選考委員:

アンゼシン・選考委員:

以下は筆者の関連記事です。

私のバカせまい史:三省堂「今年の新語」選考発表会の歴史2015-2023
「今年の新語」選考発表会の「恒例」はいつから? には、「2018年」「2020年」2つの答えがあります。
「シン・今年の新語2023」入りを逃した11語:選考委員セルフ解説
選からもれた言葉を取り上げ、推した私がセルフ解説します。選外1語を含め、全部で11あります。

当たりまえですが、ソロ活動の規定は「ご自由に」です。

まとめ

以上、「シン・今年の新語2023」選外とトップ10の選評でした。

再設計したレギュレーションのもと、シン・選考委員各位のご協力も得てひとつの視座を提示できたかと存じます。

仕事終わりと週末の多くの時間を「シン・今年の新語2023」の事務局作業と結果レビューにあてた11月は、大変楽しく過ごせました。笑い飯のWボケ漫才よろしく、「代われ」ゆうていつでも代われるで。少なくとも筆者は、それぐらいのアングルで臨みました。

今年の新語LOVERは、年末まで旧?今年の新語2023も肴にしつつ、11月ほぼほぼ(2016大賞)放置していた大阪LOVERな嫁と楽しく過ごします。

散開コンサートの思い出とともにお別れです。

PERSPECTIVE(1983)
YELLOW MAGIC ORCHESTRA

芸術は長く、人生は短し。

ほな!

コメント

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