図クリップ:条約・協定…「約束」の違いは?役割などで使い分け
2020年 02月 21日
外交を意味する英語「diplomacy」は、公文書を意味するラテン語「diploma」に由来する。外交と文書は切っても切れない関係だ。国と国との間では、条約や協定、共同声明、親書など様々な文書が交わされ、署名、調印される。どのような違いがあるのだろうか。
「アジアとインド太平洋、世界の平和を守り、繁栄を保証する不動の柱だ」。安倍晋三首相は1月、日米安全保障条約改定60年の記念式典で訴えた。都内の飯倉公館では、安倍首相の祖父・岸信介首相の署名が入った条約文書の原本も公開した。
日本が攻撃を受けた場合に米国は日本を防衛する義務を負い、一方の日本は国内で米国に基地などを提供する――。日米の同盟関係の根幹はこの条約で規定されている。
■拘束力強い国際約束
他国との間で結んだ拘束力が強い合意を「国際約束」と呼ぶ。破れば責任を追及され、元の状態に戻す原状回復や金銭賠償を迫られる。外交の世界ではこうした国際約束を広義に「条約」という。
「条約法に関するウィーン条約」では、条約を「国の間において文書の形式により締結され、国際法によって規律される国際的な合意」と定義する。「名称は問わない」とも記す。どんな名称だろうが国と国の合意で文書を作れば、条約として拘束力を持たせることができる。文中で「shall(しなければならない)」を使うと国際約束だと強調されるという。
とはいえ国際的な合意にも重みの違いがある。すべて条約と名付ければ実務上の混乱を招くため、外交では「条約」以外にも様々な単語を使い分ける。外務省幹部は「文書の名称と、その役割の関連を意識する」と話す。
その中で明示的に「条約(treaty)」と名付ける時は、国同士の基本的な関係を規定し、政治的に重い意味を持たせる例が多い。日米同盟の基盤である日米安保条約が代表的だ。条約は国会で批准するため、法律と同じような拘束力を持つ。
戦争状態を終わらせる合意は特に「平和条約」と呼ぶ。日本は1951年、サンフランシスコ平和条約に署名し、連合国による占領を終え主権国家の地位を回復した。
■協定、憲章、議定書
英語の「convention」も条約と訳す。こちらは主に多国間の合意で使う。海上での行動規範を定める国連海洋法条約、国境を越えた子どもの連れ去りに関するルールを定めたハーグ条約、子どもの権利条約などだ。
「協定(agreement)」も広義の条約だ。「条約」に比べると技術的な約束という意味が出てくる。例えば在日米軍の基地の範囲や犯罪発生時の対応を定めた日米地位協定がある。先に日米安保条約があり、同条約を前提とする合意のため、協定と呼ぶ。
国際機関の設立を定める文書などには「憲章(charter)」を用いる。国連憲章や世界保健機関(WHO)憲章が有名だ。800年前に英国民の権利を定めた「マグナカルタ(Magna Carta/the Great Charter)は日本語で「大憲章」だ。国際機関や国際合意などでは「規約(covenant)」「規程(statute)」も使う。国際人権規約、国際司法裁判所規程といった文書がある。
「議定書(protocol)」は気候変動枠組条約に関連する京都議定書のように、国際協力の条約に付随する形で具体的な対応を定める文書に使うのが一般的だ。
条約のように重要な国際約束は国会承認が必要だが、政府の権限で決められるものもある。例えば「交換公文(exchange of notes)」だ。政府開発援助(ODA)の無償資金協力や円借款はこうした文書で内容を確認する。
■感嘆符使ったトランプ氏
条約に比べて拘束力が弱い合意もある。「共同宣言(joint declaration)」「共同声明(joint statement)」「共同発表(joint announcement)」などだ。首脳会談や国際会議の成果を示すための政治的な文書としてまとめることが多い。
ただ56年の日ソ共同宣言は戦争状態の終了や賠償請求権の相互放棄などを盛り込み、国会でも承認した。平和条約に近い重要な国際約束といえるが、北方領土問題が未解決なため共同宣言にとどめた。
国同士が確認した事項をまとめた文書には「了解覚書(memorandum of understanding)」がある。「取り決め(arrangement)」は武器輸出を管理する国際的な合意「ワッセナー・アレンジメント」などに登場する。
「口上書(note verbale)」は外交当局間の事務連絡や相手への抗議に使う文書だ。多数の相手に同一内容で出す場合は「回章(circular)」とも呼ぶ。
首脳間が文書で意思疎通する際は「親書(personal letter)」を使う。昨年10月には、シリア侵攻を開始したトルコのエルドアン大統領に対し、トランプ米大統領が「強がるな。バカなことはするな!」と書いた親書を送った。口語調で感嘆符「!」を使うのは親書の形式としては異例で大きな話題になった。
■国が折り合う手段は様々
個人同士でも約束を守った、守らなかったでもめることがある。言語や文化が違い、政権や元首も代わる国同士であれば、なおさらだ。外交は多数の国民の利害を代表して行うため、簡単に譲ることもできない。文書でお互いの意思を確認することは個人同士よりはるかに重要だ。
国際社会では約束を破っても即座に処罰されるわけではない。かといって約束を守らない国は信用を失い、新たな約束を結びにくくなる。自国に不利な約束はできれば回避したいのが各国の本音だが、国際協調や他国との力関係を考えれば受け入れなければならないことも出てくる。各国との合意や文書には様々な名前や位置づけがあり、拘束力にも差があるのはなぜか。利害が対立しがちな国同士がうまく折り合うための知恵という側面もある。
(加藤晶也)