Up Cycle Circular’s diary

未来はすべて次なる世代のためにある

【連載:Z世代と循環】所有から「循環の制御」へ ― 新しい付加価値の形 : 物を持ちたくない世代が、なぜ「循環の輪」をコントロールしたがるのか?

 Z世代の消費スタイルを象徴する言葉に「脱所有」があります。 音楽はサブスクリプション、移動はシェア、服はリセール。彼らにとって、一つのモノを死蔵し続けることは、もはやステータスではなく「重荷」や「情報の停滞」に映ります。

 しかし、誤解してはならないのは、彼らがモノに無関心になったわけではないということです。彼らは、モノを「所有」する代わりに、そのモノが社会の中をどう流れていくかという**「循環の制御(コントロール)」**に、新しい価値と知的な愉しみを見出し始めているようです。

 

 

 

「所有」はコスト、「制御」はセンス

 かつて、モノを所有することは、豊かさの証(証拠)でした。しかし、あらゆるモノが溢れる現代において、所有し続けることは、保管のコストや廃棄の手間を抱え込むことを意味します。

 Z世代にとっての付加価値は、**「必要な時に、最適な状態でその価値を享受し、不要になったら最も鮮やかな方法で次のサイクルへ戻す」という一連のスマートな振る舞いにあります。モノという資源の「滞留(在庫)」を嫌い、「流動(フロー)」を最適化する「生活のエンジニア」**へと進化しているのです。

「回し続けること」への執着

 この価値観の変化は、企業のビジネスモデルに根本的な転換を迫ります。 例えば、良品計画(無印良品)が行っている「ReMUJI(染め直し)」や家具のサブスクリプションは、企業がモノの所有権を持ち続け、その「循環の質」を管理するモデルです。

 消費者は、モノを買うのではなく、その企業が提供する**「淀みのない循環システムに参加する権利」**にお金を払っています。「このブランドの輪の中にいれば、自分の生活は常に新しく、かつ地球を汚さない」という安心感と誇り。これこそが、脱所有時代の新しいブランドロイヤリティになるはずです。

 

 

次なるステージ:個人から社会の「OS」へ

「自分さえスマートであればいい」という個人の価値観は、今、より大きな社会の仕組みへの問いかけへと変わりつつあるのでしょうか。 自分がこれほどスマートにモノを回そうとしているのに、なぜ社会のインフラ(石化やエネルギー、都市設計)は、いまだに古い「使い捨て」のままなのか?

(画像:良品計画)

 次回から、この視点をさらに広げ、2025年万博が示した「日本館」のビジョン、そして航空産業を揺るがす「SAF」といった、**日本という国全体のワークシステムを書き換える「循環の巨大な実験」**の核心に迫ります。

次回予告:第5回:日本館が示した「循環」のビジョン ―― 万博の先にある未来
「日本の『もったいない』は、いかにして世界標準の経済システムへと昇華したのか?」

 

 

【連載:Z世代と循環】石化業界がZ世代を巻き込むための「情報の見せ方」~数字だけのカーボンフットプリントは、なぜ誰にも刺さらないのか?

 前回、メルカリやセカンドストリートが成功しているのは、消費者の手間を「利益」や「楽しみ」に変えているからだと分析しました。

「Z世代と循環」メルカリ・セカストが成功し、プラスチック回収が苦戦する理由 ―「売ればお金になる」と「捨てればゴミになる」の決定的な差 - Up Cycle Circular’s diary

 一方で、石油化学業界をはじめとする製造業は今、必死に「カーボンフットプリント(製品の製造過程で出たCO2量)」や「トレーサビリティ」を数値化し、開示しようとしています。しかし、正直に言って、その数字を見てワクワクするZ世代がどれほどいるでしょうか。

「CO2を20%削減しました」という数字は、企業の報告書には必要ですが、若者の心を動かし、行動を変えるための「情報の見せ方」としては、決定的に何かが欠けています。

 

 

スペック(事実)とストーリー(意味)の断絶

 石化業界が提示するデータの多くは、客観的な「スペック」です。しかし、Z世代が求めているのは、その製品を選ぶことが**「自分のアイデンティティをどう形作るか」という「ストーリー」**です。

  • 石化業界の提示: 「このプラスチックは再生材を30%使用し、CFPは〇〇kg-CO2eです」
  • Z世代の感性: 「それで、私の生活はどう変わるの? それを持っている私は、周りからどう見えるの?」

 アディダスの海洋プラスチックスニーカーが成功したのは、数字を誇ったからではありません。「海を汚すゴミを、最高にかっこいい靴に変えた」という劇的な価値の転換を、デザインという直感的な言語で伝えたからです。数字は、その物語を補強するための「証拠」に過ぎません。

「自己表現のツール」としてのトレーサビリティ

 Z世代にとって、消費は「自分は何者か」を示すタグのようなものです。メルカリで服を売買することが「賢い消費」としてクールに見えるように、プラスチックを循環させることもまた、**「クールな行動」として可視化(ゲーミフィケーション)**されなければなりません。

 例えば、ブロックチェーンを用いたトレーサビリティ技術を、単なる管理ツールで終わらせない方法があります。 自分が戻したペットボトルが、次にどのブランドの、どのジャケットに生まれ変わったのか。その「旅の軌跡」がスマホに届き、SNSでシェアできるとしたらどうでしょうか。

「数字」という無機質なデータを、「貢献」や「つながり」という情緒的な価値に翻訳すること。これこそが、石化業界に求められるマーケティングのイノベーションです。

「実証実験」から「日常のブランド」へ

 石化業界の「循環」の取り組みは、いまだに「実証実験」という言葉の陰に隠れ、消費者から遠い場所にあります。 しかし、Z世代を巻き込むためには、企業の裏側の努力を「ブランド」として表舞台に出す必要があります。

「このロゴがついているプラスチックは、海を救い、何度でも生まれ変わる魔法の素材である」。 そんな共通言語(ブランド)を業界全体で作り上げ、消費者がその「輪」に入ること自体に誇りを感じる設計ができるか。2000兆円の個人資産を動かす鍵は、エクセル上の数字ではなく、**スマホの画面越しに伝わる「納得感」と「ときめき」**にあるのです。

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(資料:アディダス)

 

 

情報の「接合」が未来を創る

 石化業界には、世界を救う素晴らしい技術とデータがあります。しかし、それが「誰にも刺さらない数字」のままでは、宝の持ち腐れです。

高度な管理エンジニアリングが弾き出した「正解」を、人間の「欲望」や「感性」といかに接合するか。この情報の翻訳作業こそが、サーキュラーエコノミーを実証実験から本物のビジネスへと引き上げる、最後のミッシングリンク(失われた輪)なのです。

次回は、この「循環」がもたらす新しい付加価値の形――**「所有から制御へ」**という、私たちの価値観の根本的な変容について考察します。

次回予告:所有から「循環の制御」へ ―― 新しい付加価値の形
「物を持ちたくない世代が、なぜ『循環の輪』をコントロールしたがるのか?」

 

【連載:Z世代と循環】メルカリ・セカストが成功し、プラスチック回収が苦戦する理由 ―「売ればお金になる」と「捨てればゴミになる」の決定的な差

 前回、アディダスの事例を通じて、サーキュラーエコノミーには「物語」と「技術」の接合が必要であることを見ました。しかし、私たちの日常を見渡すと、一つの奇妙な対照に気づきます。

 多くのZ世代が「プラスチックの分別回収」を面倒だと感じ、義務感でしぶしぶ行っている一方で、メルカリやセカストなどの「2次流通(リユース)」はこれほどまでに熱狂的に受け入れられているのか。同じ彼らが、不要になった服や小物を「2次流通」に流すのを、むしろ楽しんで、自発的に行っているようです。

 なぜ「プラスチック回収」は苦戦し、2次流通 リユースはこれほどまでに熱狂的に受け入れられたのか。そこには、循環をビジネスとして成立させるための**「インセンティブ設計」**の正解が隠されています。

 

 

 

「資源の供給者」という役割の再定義

 プラスチックの分別回収において、消費者の役割は「ゴミを捨てる人」のままです。どれだけ丁寧に分別しても、そこにあるのは微かな達成感と、分別を間違えてはいけないという手間だけです。この作業は生活者にとって**「付加価値を生まない作業」**です。

 対してメルカリは、消費者を「出品者(=価値ある資源の供給者)」へと一気に引き上げました。 「不要なもの」を「価値あるもの」として再定義し、それを他者に手渡すプロセスを**「自分の経済性を高める活動」**あるいは付加価値へと変換したのです。

  • プラスチック回収: 作業に対するリターンが「正しさ」という抽象的なもの。
  • メルカリ: 作業に対するリターンが「現金(またはポイント)」と「感謝のコメント」という極めて具体的なもの。

「面倒くささ」を価値に変えるプロの査定(ゲオの論理)

 セカストを展開するゲオHDの遠藤社長は、自社をあえて**「面倒くさい小売業」**と呼びます。 メルカリが「自分で写真を撮り、出品する」という手間をゲーム化したのに対し、セカンドストリートは、その手間すら惜しむ層に対し、「店舗に持ち込めばプロがその場で査定し、即座に価値(現金)に変える」というリアルなワークシステムを提供しました。

  • 面倒な真贋判定や値付けをプロが引き受ける。
  • 消費者は「持ち込むだけ」で、自分の持ち物が「資源」であったことを即座に実感する。

 これは、消費者の手間(コスト)を最小化し、利益(リターン)を最大化するという、極めて効率的な新たな生活システムです。

「2次流通」が消費者の購買行動を規定する

 現在、Z世代の消費は「出口(売るときのこと)」から始まっています。 「メルカリやセカストで高く売れるか?」が、新品を買う際の最大の判断基準になっているのです。2次流通市場が整ったことで、製品は「買って終わり」の消耗品ではなく、**「一時的に所有し、次の人へ回す資産(資源)」**へと昇華されました。これは、まさにエレン・マッカーサーが説いた**「最初から廃棄を出さない設計」を、消費者が自らの意志で行っている姿**そのものです。

 この「2次流通の成功」は、サーキュラーエコノミーにおける**「価値の維持」**を、消費者の欲望と直結させた形と言えるでしょう。

なぜプラスチック回収には、この「熱量」がないのか?

 ここで石化業界が直面するプラスチック回収を振り返ると、決定的な欠落が見えてきます。 2次流通には「値付け(プロの査定)」があり、「現金化」があり、「掘り出し物を探す楽しみ」があります。しかし、プラスチック回収には、その資源が次に何に生まれ変わり、どれほどの価値を生むのかという**「フィードバック」**が一切ありません。

「売ればお金になる(リユース)」と「捨てればゴミになる(リサイクル)」。この決定的な差を埋めない限り、プラスチックの循環は、Z世代にとっての「自分事」にはならないのかもしれません。

 

 

まとめ

 2次流通市場がこれほど好調なのは、「循環」が消費者の経済性と承認欲求を完璧に満たしているからです。

 では、石油化学業界は、2次流通のような「ワクワクする資源の循環」を作ることができるのでしょうか。 プラスチックを戻すことが、メルカリに出品するように「得」であり、セカンドストリートに持ち込むように「スマート」な行為として再設計できるのか。

 次回、そのヒントを握る、新しい**「情報の見せ方」とマーケティング**の戦略について深掘りします。

 次回予告:第3回:石化業界がZ世代を巻き込むための「情報の見せ方」
「数字だけのカーボンフットプリントは、なぜ誰にも刺さらないのか?」

 

「参考文書」

「セカンドストリート」が恵比寿に新コンセプト店 “オールドマネー&エッセンシャル”を軸に上質なアイテムを提案 - WWDJAPAN

ゲオHD遠藤社長「面倒くさい小売業に成長余地、リユースで世界一目指す」:日経ビジネス電子版

 

 

【連載:Z世代と循環】なぜ世界は「循環」を選んだのか? ― 絶望を希望に変えるサーキュラーエコノミー

 Z世代の若者たちが、企業の「環境への取り組み」を厳しくチェックするようになった背景には、単なるマナーの問題ではない、地球規模の「待ったなしの現実」と、それを打開しようとするイノベーターたちの挑戦がありました。

「リサイクル」から「サーキュラー」へ:バタフライ・ダイアグラムの本質

 かつて私たちが信じていた「リサイクル」は、使い終わったものを「燃やすよりはマシ」という事後処理の域を出ないものでした。しかし、エレン・マッカーサー財団が提唱した**「バタフライ・ダイアグラム」**は、その常識を根本から覆しました。

サステナビリティを考える 「サーキュラー・エコノミー」 - Up Cycle Circular’s diary

この本質は、**「設計の段階からゴミを出さない」ことにあります。 資源を「採掘→製造→廃棄」という直線(リニア)で終わらせるのではなく、蝶の羽のように円を描きながら、価値を維持し続ける。それは単なる環境運動ではなく、資源を使い倒し、富を生み出し続けるためのシステム」**への転換だったのです。

 

 

 逆転の発想: 2050年の海を救う

 なぜ、そこまで徹底した循環が必要なのか。その理由は、私たちの海にあります。 2050年には、海に漂うプラスチックの重さが、そこに住む魚の総重量を上回る――。この衝撃的な予測は、世界を震撼させました。

 しかし、先駆者たちは、この負の遺産を「ゴミ」ではなく、都市鉱山ならぬ**「海洋鉱山」**として捉え直しました。 現場での回収、洗浄、そして素材(ペレット)化。この泥臭く困難な「仕事のシステム」をいかに構築し、経済性と両立させるか。この難題に挑んだのが、アディダスとNGO「Parley for the Oceans」でした。

アディダスの衝撃:物語と技術が「欲望」を接合した

 2015年、アディダスが発表した一足のスニーカーは、世界を熱狂させました。素材はすべて、海岸で回収されたプラスチックゴミ。

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(資料:アディダス)

 このプロジェクトの真の功績は、海洋汚染という「絶望」を、若者が喉から手が出るほど欲しがる「クールな製品」という「希望(欲望)」へ接合したことにあります。 「環境に良いから買う」のではなく、「最高にかっこいい靴が、実は海を救っている」。この優先順位の逆転こそが、サーキュラーエコノミーがZ世代の心を動かすための「勝利の方程式」となったのです。

 

 

仕組みが「正しさ」を追い越す日

 アディダスの事例は、高度な「技術」と、人の心を動かす「物語」が噛み合ったとき、循環はビジネスとして成立することを証明しました。

 しかし、世界的な成功事例がある一方で、なぜ私たちの日常にあるプラスチック回収は、いまだに「面倒な義務」のままなのでしょうか? なぜ、理想は高いはずの私たちが、実際の行動では「循環」を後回しにしてしまうのか。

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(写真:アディダス)

  今、世界中の企業が「リサイクル」という言葉を超えて、**「サーキュラーエコノミー(循環型経済)」**という新しい旗印の下に集まっています。

 次回、そのヒントを日本で最も成功している循環プラットフォームの一つ、**「メルカリ」**の分析から紐解いていきます。

次回予告:第2回:メルカリが成功し、プラスチック回収が苦戦する理由
「『売ればお金になる』と『捨てればゴミになる』の決定的な差とは?」

 

 

【問われる透明化】SSBJが拓く日本経済の未来 ― 透明化の先にある「真の実力主義」

 全5回にわたり、2026年に義務化が迫るSSBJ基準と、それが日本産業に与える衝撃を深掘りしてきました。

【問われる透明化】食品・小売業界 ― 「循環」と「物流」の結節点。人を動かす情報の価値 - Up Cycle Circular’s diary

【問われる透明化】運輸・輸送業界 ― 「物流2024年問題」の先にある、移動の価値再定義 - Up Cycle Circular’s diary

【問われる透明化】石油化学業界 ―― 「循環」を事業の柱に据え、世界への復権を果たす - Up Cycle Circular’s diary

【問われる透明化】SSBJ基準義務化の全貌 ――「非財務情報」が企業の命運を握る時代へ - Up Cycle Circular’s diary

 最終回となる今回は、情報の透明化がもたらす「真の変化」とは何か、そして日本経済が向かうべき「実力主義」の正体を総括します。

 

 

「報告のための開示」から「経営のためのシステム」へ

 SSBJ基準への対応を、単なる法的義務や「見栄えの良い報告書作り」と捉えているうちは、企業価値の向上は望めません。

 本連載を通じて見てきたように、石化、運輸、小売の各業界で起きている変革の核心は、「仕事の仕組み(システム)」と「そこで働く人間」の再接合にあります。SSBJが求める開示データとは、いわば経営という複雑なワークシステムが、環境(E)や社会(S)という制約条件下で、いかに効率的かつ健全に稼働しているかを示す「計器」なのです。

 透明化によって、これまで「現場の頑張り」という言葉で覆い隠されてきた非効率や構造的欠陥が白日の下にさらされます。それは一見、痛みを伴うプロセスですが、そこから逃げずにシステムを再設計する企業こそが、真の競争力を手にできます。

2000兆円が「実力」を正当に評価する社会

 日本には約2000兆円を超える個人金融資産が眠っています。これまでの日本市場は、情報の非対称性ゆえに、この巨大な資金が成長分野へ十分に流れ込んでいませんでした。

 SSBJ基準による「情報の平準化」は、資本市場のルールを根本から変えます。

  • 「見せかけ」が通用しない世界: 実証実験どまりの環境対策や、多重下請けに依存した物流網は、開示を通じてリスクとして評価されます。
  • 「意志ある資本」の集中: 循環型社会の構築に挑む石化企業や、人的資本を核に据える物流企業に、銀行や投資家、そして消費者の資金が「意志」を持って集まるようになります。

 これこそが、本連載のタイトルである**「問われる透明化」**の真意です。透明性が担保されることで、真に変革に挑む企業が正当に報われる「真の実力主義」が到来するのです。

「人間中心のシステム」こそが最後の砦

 いかにAIや自動化が進もうとも、価値創造の源泉は常に「人間」にあります。

 SSBJが求める人的資本の開示は、企業が従業員を「使い捨てのコスト」ではなく「共に価値を創るパートナー」として尊重しているかを問い続けています。

  • 現場の創意工夫をシステムに組み込む柔軟性。
  • 変化を恐れず、新たなスキルを習得し続ける意欲。
  • 社会に貢献しているという誇り。

 これらの「人間中心のシステム」が健全に機能している企業こそが、不透明な未来において最も高いレジリエンス(復元力)を発揮します。

 

 

2026年、日本経済の「OS」が変わる

 SSBJ基準の義務化は、日本経済という巨大なシステムの「OS(基本ソフト)」を入れ替えるような作業です。

 2026年以降、私たちは「売上や利益」という結果だけでなく、その背後にある「プロセス(いかに作られ、運ばれ、人が関わったか)」を等しく評価する時代を生きていくことになります。

 この情報のインフラを使いこなし、社会全体のワークシステムの経済性を高めていくこと。それこそが、日本が再び世界の信頼を勝ち取り、豊かな未来を次世代(Z世代・α世代)へ引き継ぐべきものなのです。

「透明化」を武器に、日本企業はさらなる高みへ。私たちの挑戦は、まだ始まったばかりです。

💡 編集後記

 本連載をお読みいただき、ありがとうございました。

サプライチェーンの専門家として、またIE(インダストリーエンジニアリング)を思考の原点とする一人として、SSBJを単なる「制度」ではなく「変革のチャンス」として捉えてきました。 今後も、この「情報の透明化」が現場をどう変え、私たちの暮らしをどう豊かにしていくのか、具体的な企業の動きを分析し、発信し続けていきたいと思います。

また次のテーマでお会いしましょう。

 

 

「参考文書」

サステナビリティ関連の取り組みは本当に「財務」に効くのか? | Forbes JAPAN 公式サイト(フォーブス ジャパン)

2年後に迫るサステナ情報の基準開示義務、伊藤忠が600拠点にGXツール導入 | 日経クロステック(xTECH)

大義名分失ったサステナビリティ経営、上場廃止で「後退」は本当か。激変する“圧力”の正体 | Business Insider Japan

 

【問われる透明化】食品・小売業界 ― 「循環」と「物流」の結節点。人を動かす情報の価値

 これまで取り上げてきた「素材」を作り、物を運ぶ。そのすべての営みが最終的に合流するのが「食品・小売」という消費の最前線です。

 SSBJ基準の義務化は、この業界に「何を売るか」だけでなく、その背後にある「いかに作られ、いかに運ばれてきたか」というプロセスの透明化を厳格に求めています。消費の出口において、今どのような地殻変動が起きているのか。

 

 

サプライチェーンの「集約点」としての責任

 食品・小売業界にとって、SSBJ基準の義務化への対応は自社(Scope 1, 2)の取り組みだけでは語れません。その本質は、膨大な供給網全体の排出量や労働環境(Scope 3)をいかに管理・把握しているかという**「システムの統括能力」**にあります。

  • 情報の統合(コネクティビティ): 第2回で触れた石化業界の「資源循環」や、第3回の運輸業界の「物流改革」。これらが店頭の一個の商品にどう結実しているのか。バラバラだった情報を一つの「価値」として統合する力が問われています。
  • リスクの可視化: 異常気象による原材料の調達リスクや、不透明な労働慣行。これらを「見えないもの」として放置することは、もはや財務上の重大な欠陥と見なされます。

人的資本経営の最前線:店舗という「現場」の再定義

 小売業は、日本で最も多くの「人」が働く現場の一つです。ここでの人的資本経営は、単なる数字の報告を超えた、切実な**「システムの存続」**の問題です。

  • 「仕事」と「人」の不整合を解消する: 深刻な人手不足の中で、過剰なサービスや非効率な店舗運営を維持することは、もはや「経済性」を欠いたシステムです。
  • 「作業者」から「価値の伝道師」へ: 単純な作業(荷出しやレジ)を徹底的に省力化し、そこで生まれた余裕を「商品の背景にある物語を伝える」という、人間にしかできない高度な仕事へとシフトさせる。この**「人と仕事の再接合」**こそが、店舗の付加価値を左右します。

 SSBJ基準での開示は、従業員のエンゲージメントや教育投資が、いかにして「顧客の信頼」と「将来の収益」に繋がっているのか、その因果関係を証明する場となります。

「選ばれる理由」の透明化

 現在、日本の個人金融資産は約2000兆円を超えています。この巨大な資金の一部は、投資や消費を通じて「社会をどうしたいか」という意思表示へと変わり始めています。

 特に「SDGsネイティブ」のZ世代やα世代にとって、環境や人権に配慮しない企業からの購入は「リスク」であり、自分たちの未来を損なう行為に映ります。

  • 「正しい」が「価値」になる瞬間: SSBJ基準によってプロセスの透明性が担保されることで、消費者は「この商品は循環の一部であり、関わる人の人権が守られている」という確信を持って購入できるようになります。
  • 情報の非対称性の解消: 企業の「言いっ放し」の宣伝ではなく、法的責任を伴う開示データが、消費者の「選ぶ基準」を根本から変えます。

 

 

出口が変われば、すべてが変わる

 食品・小売業界の変革は、サプライチェーン全体に対する「逆流する圧力」となります。消費者が透明な情報を求め、それに基づいて行動を変えれば、上流の石化も運輸も、変わらざるを得ないからです。

 しかし、現実はまだ「価格競争」という旧来の引力に強く縛られています。「透明化」という手段を使い、いかにして「安さ」以外の納得感を作り出すか。それは、物理的な空間(店舗)とデジタルな情報(開示)をどう再設計するかという、壮大な社会実験でもあります。

 消費が「希望の入り口」に変わるのか、それとも旧態依然としたシステムの終着駅に留まるのか。SSBJ基準の義務化は、その審判を下す「情報の舞台」を用意したのです。

【付録:先駆的企業の視点】~ サプライチェーンを「一つのワークシステム」として再定義する

 SSBJ基準が求める「情報の透明化」を、すでに経営の核に据えている企業の事例から、未来の小売業の姿を読み解きます。

1. ファーストリテイリング:透明性がもたらす「究極の仕組み化」

ユニクロを展開する同社は、自社で工場を持たない「製造小売業(SPA)」でありながら、川上の原材料調達から川下の販売までを一つの巨大なワークシステムとして統御しています。

  • 情報の整流化: 全商品へのRFID(ICタグ)導入により、在庫の動きをリアルタイムで可視化。これは単なる効率化ではなく、過剰生産という「ムダ」を排除し、必要なものを必要なだけ作るという「循環」の前提条件となる情報のインフラです。
  • 責任の明確化: 主要な縫製工場だけでなく、さらに上流の素材工場までのリストを公開。SSBJが求める「Scope 3」の透明化を先取りし、不透明な労働慣行を排除することで、ブランドの信頼性(資本価値)を守っています。

2. 良品計画(無印良品):素材の選択という「思想」を付加価値に変える

 無印良品は、創業以来「素材の選択」「工程の点検」「包装の簡略化」という合理性をブランドのアイデンティティとしてきました。

  • 「循環」の生活実装: 廃プラスチックや古着の回収、そして「ReMUJI(染め直しによる再販)」など、消費者を「資源の供給者」としてワークシステムに組み込む設計をいち早く進めています。
  • 地域社会との接合: 店舗を単なる「売り場」ではなく、地域の生産者や住民が集う「コミュニティの拠点」として再定義。これは、効率一辺倒の「仕事中心のシステム」に、地域社会という「人間中心のシステム」を接合させる試みであり、SSBJが重視する「地域・社会(S)」への投資の具体例と言えます。

2. 良品計画(無印良品):素材の選択という「思想」を付加価値に変える

 無印良品は、創業以来「素材の選択」「工程の点検」「包装の簡略化」という合理性をブランドのアイデンティティとしてきました。

  • 「循環」の生活実装: 廃プラスチックや古着の回収、そして「ReMUJI(染め直しによる再販)」など、消費者を「資源の供給者」としてワークシステムに組み込む設計をいち早く進めています。

(画像:良品計画)
  • 地域社会との接合: 店舗を単なる「売り場」ではなく、地域の生産者や住民が集う「コミュニティの拠点」として再定義。これは、効率一辺倒の「仕事中心のシステム」に、地域社会という「人間中心のシステム」を接合させる試みであり、SSBJが重視する「地域・社会(S)」への投資の具体例と言えます。

💡 編集メモ:なぜこれらが「SSBJ対応」の正解なのか

 これらの企業に共通しているのは、環境や人権への配慮を「外付けの社会貢献」ではなく、**「ビジネスモデルというシステムの経済性を高めるための必須要素」**として捉えている点です。

「無駄を作らない(効率)」「現場の環境を整える(信頼)」「透明に公開する(投資)」。

 この一貫した論理こそが、SSBJを通じて投資家や消費者が最も見たい「戦略」の正体です。彼らの歩みは、2026年以降のすべての小売業が目指すべき、一つの到達点を示しています。

(写真:良品計画)

次回予告(最終回):総括
「SSBJが拓く日本経済の未来 ―― 透明化の先にある『真の実力主義』」

 

「参考文書」

ファストリ、売り上げ2倍と脱炭素の両立狙う サステナブル素材への転換道半ば:日経ビジネス電子版

無印良品、CM見直した化粧品が業績けん引 「お店自体が広告」をやめる:日経ビジネス電子版

無印良品、JERAと太陽光発電250カ所 ESG出遅れ反省し自ら投資:日経ビジネス電子版

「無印良品」が対馬に500坪の大型店 離島の買い物難民の課題に挑む - WWDJAPAN

ヨーカドーの跡地が「世界最大級の無印良品」に…過疎地の商業モールを復活させた「社会的品揃え」の魅力 地方出店で見つけた「生活圏」の新たな可能性 | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)

 

【問われる透明化】運輸・輸送業界 ― 「物流2024年問題」の先にある、移動の価値再定義

 日本経済という巨大なシステムの「血管」である運輸・輸送業界。今、この業界は「2024年問題」という労働力不足の深刻化と、脱炭素という二つの大きな制約に直面しています。

 SSBJ基準への対応において、輸送業界が問われているのは、単なる配送コストや脱炭素の議論ではありません。「人が動く」という最も人間的な営みを、いかにして最新のテクノロジー(仕事の仕組み)と接合し、持続可能なシステムとして再構築するか。その戦略的突破口を探ります。

 

 

「運べないリスク」を、システムの強靭さに変える

 2026年現在、物流の現場では「以前のように物が届かない」というリスクが現実のものとなっています。多くの荷主企業(製造業や小売業)にとって、物流は自社の「Scope 3(サプライチェーン全体の排出量)」の主要な一部であると同時に、事業継続そのものを左右する生命線です。

 SSBJの開示において、輸送業界に求められるのは以下の視点です。

  • 「移動の効率化」の可視化: 空車率の削減や共同配送の推進。これらはCO2削減(E)であると同時に、限られた人的資源を最大限に活かす「仕組みの経済性」そのものです。
  • 情報の透明化: 荷物がどこにあり、どのような状態で運ばれているか。このデータを荷主と共有することは、サプライチェーン全体の「無駄(停滞)」を排除する大きな力となります。

 人間中心のシステム:ドライバーを「システムの主役」へ

 この業界の最大の課題は、これまで「働く人」の負担によってシステムの経済性を維持してきたことにあります。しかし、SSBJが求める「人的資本」の世界では、ドライバーは削るべきコストではなく、システムを動かす最も重要な資本です。

  • 「仕事」と「人」の新しい接合: これまで、ドライバーの仕事には「長時間の待機」や「手作業での荷役」といった、機械的な非効率が数多く含まれていました。
  • 自動運転技術との共生: 現在、高速道路での自動運転トラックの導入が進みつつあります。これは「人を排除する」ためではなく、「過酷な長時間運転という仕事のシステム」から人を解放し、より高度な判断やラストワンマイルの効率的な配送といった「人ならではの仕事」に集中してもらうための接合です。

 SSBJの開示では、こうしたテクノロジーへの投資が、いかに働く人の安全と健康(S)を守り、結果として「安定した配送網」という財務的価値を生んでいるかを説明することが求められます。

「移動の価値」を再定義する:安さから信頼へ

 これまで物流は「安くて当たり前」のサービスとして扱われてきました。しかし、その歪みが2024年問題として噴出しました。

 石化業界が「循環」を付加価値に変えようとしているのと同様に、運輸業界も**「クリーンで、確実で、働く人が尊重されている移動」**を新たな付加価値へと変えていく必要があります。

  • 選ばれる物流: 「この運送会社は、自動運転やDXを活用して環境負荷を最小化し、同時にドライバーの労働環境を最高水準に保っている」。 そう開示によって証明された企業は、優秀な人材を惹きつける「選ばれる企業」へと変貌します。

 

 

「希望のインフラ」へ、問われる構造改革

 ここまで、物流システムの高度化と人的資本の重要性を説いてきましたが、現実との間には依然として巨大な溝が横たわっています。

 物流2024年問題は、単なる残業規制の問題ではありません。長年、この国の経済を支えてきた**「多重下請け構造」と、それによる「不当に低い運賃」という歪み**が、ついに維持不能な限界点に達したことを示しています。

 SSBJ基準による情報の透明化によって、すべての問題を解決されるわけではありません。むしろ、それは自社の配送網がいかに脆弱な基盤(下請け構造)の上に成り立っているかという「不都合な真実」を、投資家や社会の前にさらけ出すものになってしまいます。

「希望のインフラ」へと進化するためには、単なる言葉の遊びに終わらせないための、現実的な工程が不可欠です。

  • 重層下請け構造の解消・業界再編と集約: 零細企業が乱立し、生産性が上がらない現状を脱するための、意志ある再編。
  • 2026年問題: 2024年対応を定着さ、「物流の仕組み」そのものの根本的な再設計へ。

 人的資本の本質とは、こうした構造的欠陥を直視し、働く人間が正当に評価され、機能するシステムへと作り替える「覚悟」に他なりません。情報の透明化は、この変革を支える道具になるはずです。

次回予告:Case C 食品・小売業界編
「消費の出口で起きている変革。2000兆円の資産を動かす『選ばれる理由』とは?」

 

「参考文書」

トナミの自負守ったMBO 日本郵便、「穏やかに連携」で物流再編 - 日本経済新聞

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