Jリーグ百年構想 (じぇい――ひゃくねんこうそう) とは、1996年に定められた、地域におけるサッカーを核としたスポーツ文化の確立を目指す計画のことである。
百年構想の趣旨
収益性 / 公共性 / 経済効果 / 公金投入の妥当性
《各種コラム》
スタジアムとアリーナの違い
天然芝は本当に稼働できないのか
プロ野球の球場の公共性
プレミストドームとエスコンフィールドの検討
湘南ベルマーレ新スタジアム問題
- あなたの町に、緑の芝生におおわれた広場やスポーツ施設をつくること。
- サッカーに限らず、あなたがやりたい競技を楽しめるスポーツクラブをつくること。
- 「観る」「する」「参加する」。スポーツを通して世代を超えた触れ合いの輪を広げること。
組織概要 | Jリーグについて | 公益社団法人 日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)より引用, 2024/12/25閲覧
1996年、Jリーグチェアマン (当時) であった川淵三郎とヴェルディ川崎 (現:東京ヴェルディ) のオーナーであった読売新聞の主筆 (当時) であった故・渡邉恒雄との間に勃発した、かの『川淵・ナベツネ論争』を契機として、川淵がJリーグの理念を平易に伝えることを目的として、複数社の広告代理店に考えさせた中から決定したもの。最終的に博報堂と電通の2案から電通のものが選択され『百年構想』『あなたの町にも、Jリーグはある。』がメインのコピーとなる。
しかしその後後者の案は『スポーツで、もっと、幸せな国へ。』に変更され、2025年現在の『Jリーグ百年構想 〜スポーツで、もっと、幸せな国へ。』に帰着することとなる。
すなわち、野球のようないわゆる『企業の広告塔』としてのチーム、という立ち位置からの脱却を図り、かつJリーグによって得られた収益を地域に還元することでサッカーを始め他競技を含めた国民のスポーツ文化の振興に寄与していくという願いが込められたものとなっている。
さて、2025年現在、1996年に制定された本構想は30年を迎えようとしている。本構想を愚直に受け取るならば、Jリーグは収益を得、それによって国民のスポーツ文化の振興、そして広場・施設の拡張に寄与していく30年であったはずといえ、もはや構想初期というには長い長い時間が過ぎている。百年構想を数字的に受け取るならば「3/10」の期間が過ぎたわけである。
こうした中、実態としてJリーグは地域に根ざし、スポーツ文化の振興、施設や広場の拡張に寄与できているのだろうか?ここでは以下の4点の視点で語ってみたいと考える。すなわち、
の4点である。
Jリーグ百年構想を実現していくにあたって、夢物語を唱えていればよいというわけではない。当然、Jリーグは稼ぎ、その収益をチーム利益のみならず地域にも還元し、他競技も含めたスポーツ文化の振興に分配していく必要があろう。
では実態としてどうかということとなるが、ここでJリーグスタジアムの規定となる天然芝サッカーフィールドが大きな課題となる。実際、Jリーグはホーム&アウェー形式で年間1チームあたり38試合が実施される (J1リーグの場合) が、これはホーム試合が17試合ということとなり、この他にルヴァンカップなどのカップ戦が行われることとなる。野球は連日連戦することも可能であり、事実野球場では週6日も試合を行い多くの観客を集めており収益性が非常に高いが、サッカースタジアムはクラブライセンス規定である天然芝サッカーフィールドの保養に期間を取られてしまうという足枷のために月2 - 3日の試合しか開催できず、収益性に期待しがたい。
このJリーグの収益性の低さは、Jリーグびいきとも言えるスポーツライター・広尾晃の記事『収益額はプロ野球50億円、Jリーグ320億円と大差…WBC優勝でも「野球離れ」が止まらない根本原因 野球は「ローカルスポーツ」になりつつある』でさえこう指摘されてしまっている。
1993年に1リーグ10クラブで始まったJリーグは、2023年にはJ1からJ3まで3リーグ60クラブになっている。
これは1996年に発表された「Jリーグ百年構想」の「あなたの町に、緑の芝生におおわれた広場やスポーツ施設をつくること」に基づくエクスパンション(拡張)ではあったが、地方のJ3クラブは経済基盤も小さく、経営も厳しい。
1コロナ禍で試合開催もままならない中、経済基盤が弱いJ3クラブは困窮した。Jリーグからの配分金で命脈を保ったクラブもあったと聞く。
また、千葉ロッテマリーンズで捕手を務めていた元プロ野球選手・里崎智也もJリーグの収益性についてはこう指摘している。
【マック鈴木×里崎智也】16球団構想よりも現実的⁉︎開拓地は京都や岡山など…里崎が考える新リーグ案とは⁉︎ - YouTube
とはいえ、もともと大正期から民間の興行として発展してきた野球と、平成にはじまったJリーグの収益性を比較するのはあまりに酷であることは、読者諸賢らも大きく同意するところであろう。そこで、Jリーグと同じ程度に発展を遂げたプロスポーツと比較してみたいと思う。そこで持ち上がるのが、同じ川淵三郎が初代チェアマンとして始めたプロスポーツ、バスケットボールのBリーグである。
Bリーグは年間でホームゲームを30試合実施する (他、アウェーゲームで30試合が実施される) 。Jリーグのカップ戦を含めた数字と似た形になるが、ここでもうひとつ、重要な側面がある。それは「試合のない日はアリーナは稼働するのか」ということである。先にJリーグの天然芝サッカーフィールドは保養のために平日は稼働していないことを述べたが、アリーナは言ってしまえば『ちょっとかっこいい、そして大きな体育館』であり、数千から1万超の座席数を備えた体育館はライブ・コンサートを行うにあたって非常に都合が良い。そのため、Bリーグのアリーナは試合のない日にライブやコンサートが実施されることとなり、それによって来客数を非常に大きく増やすことができる。こうすることでJリーグと比較した際に「箱」に落ちる収益もまた大きくなることとなるのである。
もっとも、スタジアムへのイベント誘致を除外したJリーグ単体で見たときの収益性の低さは、Jリーグの急速なクラブ数増加に伴うものであるという指摘もある。実際、ANA総研はレポートにおいて、ビジネスとしての成功ではなく理念を優先しすぎた結果であると指摘している。
J リーグの危機は各クラブの経営が未熟であり、スタート時の J リーグ・バブルで自分 の立ち位置を見失ってしまったことも大きな要素であるが、実はもう一つの大きな要素がある。それは、J リーグの理念は J リーグがビジネスとして成功することに重点を置いておらず、崇高な目標を掲げていることである。ビジネスを優先するのであれば、発足時の10 クラブから急速な拡大をせずに、希少価値を保ちながらリーグ運営をしていけば良いのだ。実際に J リーグと同時期にスタートしたアメリカのプロサッカーリーグであるメジャーリーグサッカー(MLS)は、その手法を採ってきた。急速なクラブの増加や階層化を行わず、ゆっくりとリーグの成長を行ってきた。しかし、J リーグの目標はプロスポーツビジネスとしての成功ではなく、サッカーを通じた社会への貢献の色合いが強い。そのためには、限られた地域、限られたクラブによるリーグではなく、日本全国に展開せざるを得なかったのである。
J リーグは誰のものか - ANA総合研究所より引用, 2024/12/26閲覧
そもそもなぜサッカースタジアムとバスケットボールアリーナで同じスポーツ興行を行う「箱」でありながら差がつくのかというところだが、これは両者のフィールド部分に大きな差がある。
サッカースタジアムは再三述べていることであるが、天然芝であるため、興行を一つ行う事に芝が荒れてしまう。そのため、ライブやコンサートを誘致すると天然芝サッカーフィールドの保養が試合に間に合わなくなる恐れがあり、誘致が非常に困難となる。
天然芝の張替えの時期に合わせてライブを誘致するスタジアムが一部ある他、ジャパネットが運営する長崎スタジアムシティのように「福山雅治によるこけら落とし公演を行ったあと、そのまま芝を張り替えて無理やり試合に天然芝を間に合わせる (参考1 / 参考2 / 参考3)」強引な手法もあるが、前者のような「張替え時期」というのは限られるし、後者は民設民営でジャパネットが業績好調故に実現可能な荒業であり、多くのサッカースタジアムは公設公営である以上頻繁に芝を張り替えていられまい。
一方、バスケットボールアリーナの場合、乱雑な言い方をしてしまえば「ただの木の板1枚」貼ってあるだけである。そのため、そこにライブやコンサートのための重い機材をドシンと載せようがそれによる影響は軽微なものであり、実施にあたって課題が少ない。
なんなら LaLa arena TOKYO-BAY (東京とつくが船橋市に存在する)の場合、2024年9月7日には『ワンピース・オン・アイス~エピソード・オブ・アラバスタ~』、同月21日には『ディズニー・オン・アイス”Find Your Gift”』とフィギュアスケートのイベントまで行われている。残暑厳しい日本の9月にフィギュアスケートの設備まで設置可能というのはアリーナだからこそできることであろう。
ちなみに、いくつかのサッカースタジアムは陸上トラックを併設しているために、そこに機材を置くことでライブ・コンサートを実施することができている例もある。最も、Jリーグサポーターの多くは観戦体験を著しく毀損するとしてスタジアムにおいて陸上トラックが存在することに否定的であることには留意されなければなるまいが――。
本記事においては、「サッカースタジアムはクラブライセンス規定である天然芝サッカーフィールドの保養に期間を取られてしまうという足枷のために月2 - 3日の試合を除いて稼働させることが事実上不可能である」という説明を繰り返しているが、「天然芝は本当に月2 - 3回しか稼働できないのか」という疑義を持つ読者諸賢らもいるだろう。
実際、ニッパツ三ツ沢球技場のようなケースも有る。ニッパツ三ツ沢球技場は横浜にある三ツ沢公園の中にあり、2つのJリーグクラブのほか、女子サッカー (WEリーグ) やラグビー (リーグワン) などでも使用されており、月の使用回数は2桁に登ることもある (参考1)。このため、他の天然芝サッカースタジアムでもやろうと思えば稼働できるのではないかと考えるものもいるだろう。
しかしながら、では実際に稼働しているかというと、『Jリーグ開催期間につきお貸出しておりません』という案内をするスタジアム (例:大和ハウスプレミストドーム) や、そもそも貸出の案内がないスタジアムが大半であり、やはりスタジアム運営サイドは「芝の養生」を理由に事実上月2 - 3 回の稼働しかできないと考えていることがわかる。
また前述のニッパツ三ツ沢球技場も利用者数だけ見ると市民利用が盛んであるかのように見えるだろうが、日数に対しての利用者数が多いことからも分かる通り、ここで指している利用者数は他の項目の利用者数とは異なり、「行われている興行の観客数」のことである (テニスコートなどは興行はないため一般利用の利用者数となる) (参考2)。ニッパツ三ツ沢球技場は一般利用は行われていないのである (参考3) 。
また市民の一般利用ではなく、ライブ・コンサートの実施となると陸上トラックを併設した場合を除いては殆ど行われていないのが実情であり、前述のコラムのように張替え時期を利用したものがあるか、無理やり親会社の財力で張り替える等の荒業を使うほかない。
さて、収益性について語ってみたものの、これが実際に実施できるのは大都市や地方都市レベルではないかという批判もあろう。実際、バスケットボールアリーナも地方ではそんなに頻繁にライブやコンサートの需要が存在するわけではないことは確かである。しかしそれでも自治体はバスケットボールアリーナの公設公営に割と前向きであることが多く、対照的にサッカースタジアムの公設公営には渋い顔をすることが多い。
これは公設公営でありかつ収益性がないのならば、公共性が最低限あればいいという理屈である (民設民営であればそもそも公共性はどうでもいい) 。例えば読者諸賢らが住まう街にも図書館もあれば体育館もあり、野球場や公園もあろう。これらの施設が街に収益をもたらしているはずなど当然ないが、これらは市区町村による公共サービスとして住民に提供されているわけである。極端に言えば、サッカースタジアムそれ自体が試合のない日に住民によって使用できれば、それ自体が『あなたの町に、緑の芝生におおわれた広場やスポーツ施設をつくること。』という百年構想趣旨の第1節を実現できることとなる。サッカースタジアムといえば天然芝であり、芝生に覆われた広場・スポーツ施設であるからだ。
しかしサッカースタジアムの場合、だからこそ公共性が低くなってしまう――サッカースタジアムはクラブライセンス規定である天然芝サッカーフィールドの保養に期間を取られてしまうという足枷のために月2 - 3日の試合を除いて稼働させることが事実上不可能であり、住民に開放することができない。一方でバスケットボールアリーナを見てみれば、試合のない日には乱雑に言えば「でっかい体育館」である。このため、住民がバレーボールや卓球、体操教室や忍者教室など体育館を用いた公共サービスとしてそのまま使用できてしまう。更に体育館なので、災害大国日本においては「避難所としても活用できる」ことがなによりも公共性が高いと評価される点でもある。こうした点はANA総研のレポートでも評価が高い。
自治体にとってもバスケットボールアリーナの建設は用地面や費用面でもメリットがあり、建設後も 24 時間フル稼働することもできるなど収入面や住民サービス面でも優位である。自治体にとっては費用対効果の良い B リーグの支援を優先させる可能性は高い。
J リーグは誰のものか - ANA総合研究所より引用, 2024/12/26閲覧
またちょっと大きい話になってしまうが、新国立競技場に陸上トラックを置いた理由が面白い。元々国は国立競技場を改修するにあたって、陸上トラックを撤去する方針であり、完全な球技専用スタジアム化を考えていた。陸連はこれに対して異議申し立てをしていなかった。にも関わらず、その後計画は変更され陸上トラックを残す判断が取られたのである。これは陸上トラックを残した場合と廃した場合で収益性に差がないことから、世界陸上競技選手権大会の開催や東京マラソンの発着場所など陸上関係のイベントにも使える公共性や、陸上トラックを残すことでライブ・コンサートを以前のように誘致できるという理由から、陸連の異論がないにも関わらず国側が計画を翻したのである。
逆説的に言えば、陸上トラックを併設したスタジアムであれば公共性を担保できるということはできよう。最も、Jリーグサポーターの多くは観戦体験を著しく毀損するとしてスタジアムにおいて陸上トラックが存在することに否定的であることには留意されなければなるまいが――。
本項ではプロ野球については一切言及してこなかったが、例えば広島東洋カープの事例を見てみよう。広島東洋カープの本拠地であるマツダスタジアムは公設であるが広島東洋カープが指定管理者となっており、2023年度に関しては広島東洋カープは年間で1216万円の指定管理料をもらっているものの、収入を6億もあげ、広島市への納付額は3億円であり、広島市はマツダの2億のネーミングライツと合わせて5億超の収入を得ていることとなる。それでいながらアマチュア野球での使用実績は52日、他にも社会見学などを実施しており、収益性・公共性はどちらも高いと言わざるを得ない。
他にも、阪神タイガースの本拠地である甲子園球場も、本来であればかきいれ時である8月にまるまるひと月を高校野球選手権大会 (いわゆる『夏の甲子園』) に貸し出すなどの公益性を果たしつつも、阪急阪神ホールディングスの2024年3月期決算では (『優勝 』の影響もあろうが) スポーツ事業の営業利益は112億を叩き出している。
百年構想において、収益性・公共性がいずれも低いと言わざるを得ないことが上記の点で理解できたところで、実際のところよくJリーグサポーターの述べることとして、「サッカースタジアムは興行によって経済効果があるのだ」というものがある。
湘南ベルマーレが平塚市から移転してしまったら練習場も移転の可能性が出てきて、ホテルや居酒屋などの飲食店の経済的打撃は大きく、只でさえシャッター街になりつつある商店街が尚活気がなくなると思います。
平塚市パブリックコメント実施結果より引用, 2024/12/25閲覧
もしも、湘南ベルマーレが他市へ新スタジアムを建設した場合、試合による観客の移動がなくなります。平塚駅前の飲食店や、ショッピングモールの経済損失はいくらになるのでしょうか?
平塚市パブリックコメント実施結果より引用, 2024/12/25閲覧
なるほど、周辺地域に経済効果が期待できるのであれば、それによって潤った市民が自主的にスポーツ文化の振興に励んでくれるかも知れない。間接的にでもJリーグ百年構想につながるなら、喜ばしいところではないだろうか。
しかしながら、Andrew Zimbalist and Roger G. Noll (1997) によれば「スポーツ施設の建設によって雇用や経済効果はそれがなかったときと比較して有意には変わらない」という研究結果がある。
上記の研究によれば、スポーツ施設が経済効果をもたらすとすれば、それが輸出産業として機能すること (たとえば、アウェーゲームの相手チームのファンが試合を見るついでにレストランなどで食事をしたり、買い物をしたりすることや、放映権を販売することなど) であるが、研究では「選手や監督などが施設のある地域に在住しておらず、収入を自分の居住地で使用してしまうこと」「スポーツ施設などでは選手や監督などに人件費がより多く払われ、売店などで働くパートタイム従業員が増える程度で正社員雇用の増加は見込めないこと」「そもそも施設でのスポーツ観戦が映画鑑賞やその他のレジャーの代替支出の抑制につながってしまうこと」などから、地域経済にもたらす効果は僅かであり、場合によっては範囲を限定するとマイナスになってしまうことが指摘されている。
それでも、アウェーゲームのファンが来れば地域活性化にはなるだろうという話自体はしばしばマスメディアも経済効果として語るものであり、故に施設がある町の経済効果を主張したくなる気持ちはわかろうものではある。しかしそうすると気になる点が出てくる。つまるところ、「その施設はどれくらい稼働するのか?」という話である。
例えばバスケットボールアリーナであれば、Bリーグのホームゲームによるアウェーチームのファンの集客のみならず、試合がない日のライブ・コンサートの観客などを見込むことも可能である。しかしサッカースタジアムはクラブライセンス規定である天然芝サッカーフィールドの保養に期間を取られてしまうという足枷のために月2 - 3日の試合を除いて稼働させることが事実上不可能であり、集客を見込みにくいという点でどうしても難しい問題がある。当然、週6日稼働する野球場には到底及ばないだろう。更に、Jリーグサポーターのライト層の伸び悩みまで指摘されている状態であり、ANA総研のレポートでも以下のように書かれている。
現在 J1 の試合は、NHK BS の各節 1 試合の中継と地上波のローカル放送以外は、DAZN でしか見ることが出来ない。その DAZN の料金が高騰してしまっては、コアなサポーター以外は中継を見るチャンスが殆ど無くなってしまう。NPB と違い、応援しているクラブの試合は月に 4 回程度しかないので、かなりの割高である。これにより、J リーグにとっても新たなファン層の開拓が非常に難しくなってしまっているである。
J リーグは誰のものか - ANA総合研究所より引用, 2024/12/26閲覧
1つの解決策として、陸上トラックを併設したスタジアムであれば競技大会の参加者や観戦者を集客できる可能性はあるかもしれない。最も、Jリーグサポーターの多くは観戦体験を著しく毀損するとしてスタジアムにおいて陸上トラックが存在することに否定的であることには留意されなければなるまいが――。
1つの検討事例として、北海道札幌市にあるサッカースタジアム・大和ハウスプレミストドーム (旧称:札幌ドーム) と、同道北広島市にある野球場・エスコンフィールドHOKKAIDOについて検討してみたい。大和ハウスプレミストドームはもともと2002年の日韓共催ワールドカップのために建てられたサッカースタジアムのうち、唯一公金を支出せず黒字化できていたサッカースタジアムであった。
大和ハウスプレミストドームの最大の特徴はドーム型スタジアムでありながら、天然芝サッカーフィールドを保養するために電動式のホヴァリングサッカーステージが備え付けられており、サッカー興行のない日は外に出して天然芝サッカーフィールドを保養するというものであった。これが他のサッカースタジアムと異なり黒字化できていた要因でもあった。というのも、天然芝サッカーフィールドが外に出ているとき、ドームの中はただのコンクリートの床である。つまり、本来ならばサッカースタジアムはクラブライセンス規定である天然芝サッカーフィールドの保養に期間を取られてしまうという足枷のために月2 - 3日の試合を除いて稼働させることが事実上不可能という制約が、このサッカースタジアムにはないため他のイベントにも使えるというわけである。
こうしたことから、札幌市はプロ野球チームの1つ、日本ハムファイターズを誘致したことで、サッカー興行のない日にプロ野球を行うことで黒字化を達成していたのである。まあ最も前述のホヴァリングサッカーステージの都合上、野球の試合を開催する際は『ペラ芝』などと揶揄される程に薄い巻取り式の人工芝をしいた上で行っており、選手生命を縮めかねないとファンからは心配されるほどではあったのだが……(念の為付言すると、札幌ドームが使用していた人工芝は大塚製薬を中心とする大塚ホールディングスのグループ企業である大塚ターフテックが開発していた硬式野球専用の人工芝であり、福岡ドームとナゴヤドームも同時期に使用していた実績のあるものである。福岡ドームは2009年に変更したが、ナゴヤドームはファイターズが札幌ドームから移転を決定した5年後の2021年までこの人工芝を使用していた)。
しかし日本ハムファイターズと札幌市の間で使用料や指定管理者制度に関してなどさまざまな点で話が決裂したため、2023年に日本ハムファイターズは自前球場として新たに北広島市にエスコンフィールドHOKKAIDOを建て、本拠地を移転した。この際に大和ハウスプレミストドーム内の売店や飲食店は軒並み撤退し、近所のファミリーマートもあおりを受けて閉店するなどの影響が出てしまったうえ、シャトルバスも減便。
一方で北広島市の経済効果は2023年には211億円と試算され、更には北海道石狩郡当別町にキャンパスを置く北海道医療大学が2028年を目処に北広島市に移転することが決定したほか、マンション建設や新駅設置の機運まで出てくるなどの話が起きている。日本ハムファイターズが札幌市にいた際は北広島市はあまり目立たない市であったのがいきなりリアルシムシティのようなことが起きていることを考えても、北海道コンサドーレ札幌だけでは大和ハウスプレミストドームは経済効果を期待しにくいということが推察できよう。これでも他のサッカースタジアムよりはまだ他のイベントを多く実施できているだけ「マシ」だったりするのではあるが……。
最後となるが、すべてのスポーツ施設は民設民営ではない。中には公設公営や公設民営 (指定管理者制度) のスタイルをとるケースも有る。というより、とりわけサッカースタジアムはほとんどが自治体所有のスタジアムであり、中には花園ラグビー場を本拠地とするFC大阪のような事例もある。
基本的に、民設民営であれば収益性も公共性もなかろうがその運営主体が勝手にしろ、で終わるのだが、公設公営や指定管理者制度の利用となると自治体が公金、すなわち税金を投入することになる。その範囲は建設にあたってのイニシャルコストだけでなく、維持管理や修繕といったランニングコストにまで及ぶ。故に、「コストを回収するだけの収益性」か、「コスト相応の公共性」のいずれかが求められることは言うまでもない。
さてそうするとである。上記においてサッカースタジアムはクラブライセンス規定である天然芝サッカーフィールドの保養に期間を取られてしまうという足枷のために月2 - 3日の試合を除いて稼働させることが事実上不可能であるため収益性も公共性もなく、更には投じる公金相応以上の経済効果も見込みにくいとなると非常に自治体にとって頭の痛い「箱」となる。投じたコストを回収できず、そのうえ地域住民に開放できないものに税金を毎年垂れ流すことが許容されるほど多くの自治体は税収がないという問題に直面する。実際、自治体の職員がJリーグチェアマン (当時) の村井満に語った内容として以下のようなものがある。
「君たちは『ゼイリーグ』だ。どれだけ税金を使うんだ」。赴いた先の地方でなじられ、村井満・前Jリーグチェアマンは頭を下げた。「Jと関わると抜けられない。悪質商法みたいだ」と笑えない冗談を投げかけられもした。
Jリーグの価値、再定義の道 村井満・前リーグチェアマン - 日本経済新聞より引用, 2024/12/25閲覧
この「税リーグ / ゼイリーグ」という呼び名はまさに公金相応以上の収益性も公共性もないとされたJリーグの蔑称であるが、ネットの海のみならず公共の場でも度々使用されている。以下はサッカークラブ・町田ゼルビアの責任企業であるサイバーエージェント社の2024年株主総会での質疑応答である。
Jリーグが税リーグと揶揄されていることについて。自治体やスポンサーに依存し続けている状況をどう考えているのか
サッカーはこれだけ日本代表が強くなって、日本人のサッカーのレベルがアジアでたぶん一番になって、Jリーグもレベルも上がっているので、そろそろ税リーグも何とかしてほしいというのは正直あります。
上は株主の発言であり、下はサイバーエージェント社長 (2024年当時) の藤田晋の発言である。藤田の発言自体は株主に呼応するものでもあろうが、仮にも当時のシーズン (2024年) のJ1で3位に輝くレベルの強豪クラブの責任企業の代表取締役社長でさえ躊躇いなく「税リーグ」と呼称するまでに現在の状況は問題視されているといえるのだ。ANA総研のレポートでも、この点について指摘がなされている。
ある程度財政に余裕があり、市民の象徴的な存在として J クラブが有効に機能しているのであれば、市民サービスの観点でも悪くない投資になるのかもしれない。しかし、地方自治体は人口減少に苦しんでいるところも多く、重荷と感じているところもある。
J リーグは誰のものか - ANA総合研究所より引用, 2024/12/26閲覧
J リーグはカテゴリーごとに競技場に関しても明確に規定が定められており、基準を満たさないとライセンスが剥奪されてしまう。つまり、J1 の実力があったとしても J1 に残れないケースが発生するのである。そして多くの場合には、競技場整備の責任は自治体に委ねられるのである。自然芝の競技場はサッカーをするにも見るにも素晴らしい環境であるが、J リーグの基準を満たすためには屋根を設置するなどコストが掛かる。反面、専用球技場であれば芝の養生のために使用頻度は限られ、多くの収入を見込めないばかりか市民が使用する機会もかなり制限されてしまうのである。これでは本当に税金を投入する価値があるのであろうか。
J リーグは誰のものか - ANA総合研究所より引用, 2024/12/26閲覧
この点について議論するうえで面白い好対照な事例について語ってみよう――同じ秋田県に本拠地を置くサッカークラブ・ブラウブリッツ秋田とバスケットボールチーム・秋田ノーザンハピネッツがそれぞれ新本拠地となるスタジアムとアリーナを建設するにあたって公金の支出を要求した。
秋田ノーザンハピネッツの新本拠地とするアリーナ・新秋田県立体育館に関しては (元々県立体育館の建て替えを検討していたとはいえ) 非常に肯定的で、2022年には建て替え時期を早めるなど秋田ノーザンハピネッツにかなり肩入れを行った。これはアリーナの公共性の高さが故と言えよう。
他方で、ブラウブリッツ秋田に関してはJ2規格に沿ったスタジアムがないためにJ3からの昇格ができなかったという事情を抱えているにも関わらず、2017年から秋田県・秋田市を絡め揉めに揉めてしまい、2024年11月にようやく候補地が決まるという有り様であった。秋田県知事・佐竹敬久は度々ブラウブリッツ秋田に対しては苦言を呈しており、「サポーターが署名運動をするのであれば、各サポーターは1万円の支援をするべき」「新スタジアム建設はチームの責任」「チームが主体性を持つべき。再三クラブには資金調達の専門家を置くように何度も言っている」「ハピネッツは多額の使用料を払うと言っている。ブラウブリッツ秋田の経営感覚を問う」などといった発言を繰り返してきた。
上記のような事例は他にも現在でこそなんとか建設にこそこぎつけ開業もなんとかできたエディオンピースウイング広島を本拠地とするサンフレッチェ広島がある。サンフレッチェ広島の新スタジアムには広島市も「3度のリーグ優勝」を条件付けるなどかなり消極的であったのだが、バスケットボールチーム・広島ドラゴンフライズのアリーナ建設には「官民一体でやりたい」と非常に前向きということがあったのである。やはりここにもバスケットボールアリーナの公共性の高さを自治体が評価し、一方でサッカースタジアムには公共性が期待されていないことがうかがえよう。
収益性も公共性も満たしていない大多数のJリーグクラブの税金依存が問題視されている現状では、百年構想うんぬん以前の話になってしまうのではなかろうか。特に平成・令和と市民がいわゆる「ハコモノ行政」への批判意識を強めている中でのサッカースタジアムへの公金投入には、『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』でも有名な公認会計士・山田真哉もこう語っている。
世間の税金の使い道に関する目って10年前、20年前に比べたらめちゃめちゃ厳しくなってると思うんですよね。そんな中、地域のためなんだから自治体がお金を出すのが当たり前でしょという考え方がもしまだあるとしたら、それは相当時代がズレてんじゃないかなっていう気がしなくはないです。
【超難題】Jリーグ税金依存。プロ野球・バスケBリーグとの決定的な差。政府の解決策とスポーツの新会計【サッカースタジアム/放映権・地方自治体/広島・平塚・秋田・北海道・長崎・大宮・レッドブル】より引用, 2024/12/30閲覧
1つのアイデアとして、陸上トラックを併設したスタジアムにすることで、なんとか公共性と経済効果の主張はしやすく、スタジアム稼働率自体も上げられ自治体の財布の紐も幾分かゆるくはなりそうではある。最も、Jリーグサポーターの多くは観戦体験を著しく毀損するとしてスタジアムにおいて陸上トラックが存在することに否定的であることには留意されなければなるまいが――。
ブラウブリッツ秋田と並び、新スタジアム候補地すら揉めるほどの騒動に発展してしまっているのが平塚市を本拠地とする湘南ベルマーレである。
湘南ベルマーレのスタジアムはJ1のクラブライセンス基準である「観客席の1/3が屋根で覆われている」ことが満たされておらず、そのためクラブライセンス剥奪の懸念がなされていた。元々老朽化しておりトイレの故障が起きたり、車椅子のサポーターの観戦席がピッチ側にしかなく、メインスタンド側にないなどのことからも湘南ベルマーレはスタジアムを新設するため市側に平塚市総合公園の中に新スタジアムを建設する計画案を提出し、70億の支出を要求。
しかし2023年5月に平塚市長・落合克宏 (当時) は「何度も困難と伝えてきた。平塚市総合公園は市民に人気の場所でありこの案は受け付けられない」と発言。さらに、Jリーグスタジアム基準を税金で満たせないとして、困っている自治体で情報共有したい考えを述べたほか、Jリーグチェアマン・野々村芳和 (当時) との協議を行うなどのことを行った。こうした「Jリーグ側の事情を一方的に突きつけられた自治体の困惑」については、ANA総研のレポートでも指摘されている。
自治体としては、J リーグの基準を勝手に押し付けられて、その建設の責任を自治体に負わされることについて不満を持たざるを得ない状況である。
J リーグは誰のものか - ANA総合研究所より引用, 2024/12/26閲覧
一部市議会議員や自民党の河野太郎なども落合にスタジアム建設への働きかけを行ったり、サポーターもパブリックコメントでスタジアム建設を求めた (この際、「現在のスタジアムには陸上トラックがある」ことが問題視されているのも興味深い) ものの、落合は「市民の理解が得られない」などとして話はほぼ暗礁に乗り上げている事態となっている。落合としては「湘南ベルマーレはあくまで一民間企業である」という考えがあり、Jリーグクラブやスタジアムに公共性を見いだしにくいほか、クラブの語る経済効果などにも懐疑的である様子である。
まあ実際そもそも論、平塚市総合公園の中に新スタジアムを建設するという案を容れると百年構想の中の『あなたの町に、緑の芝生におおわれた広場やスポーツ施設をつくること。』という部分に抵触するという問題もあるのだが――。
上記4観点から見るに、現時点で3/10の期間が過ぎたJリーグ百年構想は、現状では破綻しかけてしまっていると言わざるを得ない。収益性が低く、責任企業からの赤字補填と自治体の税金投入でなんとか持っている状態であり、サッカースタジアム自体の公共性も見込めず、先細りするファン層によって経済効果も主張しにくくなっている。そして自治体からは公金投入の妥当性について懐疑的に見られてしまっている状況である。Jリーグ百年構想を実現していくにあたって、まず新たな「お金を落としてくれる」ファン層の獲得がJリーグには求められていることは言うまでもない。
そして、どうやってサッカースタジアムの収益性・公共性を向上させていくかといった点でも議論は続けられなくてはならないだろう。上記ではBリーグを中心に解説したので、バスケットボールアリーナとの比較が大きくなってしまったが、バレーボール (SVリーグ) のアリーナ、ラグビー (リーグワン) のラグビー場など、他スポーツの競技場等とも収益性・公共性で競い合う必要はある。
その中で、サッカースタジアムはクラブライセンス規定である天然芝サッカーフィールドの保養に期間を取られてしまうという足枷のために月2 - 3日の試合を除いて稼働させることが事実上不可能という点を、どうやって解決していくかについても、検討する時期が来てしまったと言えよう。野球やラグビー等、芝にかかる負担が大きい他の野外球技でも導入が進んでいる人工芝への移行や、公共性向上やイベント誘致などによる収益性・経済効果の増大を見込んでJリーグサポーターの多くが観戦体験を著しく毀損するとしてスタジアムにおいて存在することに否定的である陸上トラックの併設を図るなどさまざまな解決策について自治体・サポーターを含め広範な議論が求められる。
掲示板
42 ななしのよっしん
2025/01/08(水) 02:52:24 ID: HLWpAN8uuX
>>37
「月2 - 3日の試合しか開催できず」を何度も書く以上、その根拠というか、「実際これだけしか使えてないでしょ」というのを示す必要はあると思うんだ
ただ「周回遅れのデマ」だからそういう改善は無意味だと言い切って白紙化した挙句、デマである証拠として投げつけたリンクは全部切れてるとか何のギャグなのかというね
43 ななしのよっしん
2025/01/08(水) 04:05:46 ID: aocMBSvra7
最後の方の「スポーツ庁による令和5年度の「スポーツの実施状況等に関する世論調査」」のところ、元データ見たけど記事の記載はだいぶ恣意的というか不正確じゃない?
どうも結論ありきで都合のよさそうな数字だけ並べてるように見えるんだけど……
①記事中の「BリーグとNBAがまとめられている~」について、
「Bリーグ+NBA」みたいな書き方してるけど、調査の選択肢は「バスケットボール(Bリーグ・NBA含む)」なので、バスケであればインターハイもワールドカップも含まれる。
ちなみにサッカーは、Jリーグ、日本代表、海外サッカー、その他 の4つ。
②令和5年は日本でバスケのワールドカップをやった年なので、その影響も考慮しないといけないのでは?
(実際サッカー日本代表の値はワールドカップのあった令和4年に跳ね上がってる)
令和4年のテレビ・インターネット観戦はバスケ(9.1%)<Jリーグ(13.9%)なので、令和6年もバスケが上回ってれば記事のようなことも言えるだろうけど、現時点では早まった解釈じゃないですかね
(省略しています。全て読むにはこのリンクをクリック!)
44 ななしのよっしん
2025/01/08(水) 13:16:26 ID: lqfggiD9HD
>>40
>あなたの町に、緑の芝生におおわれた広場やスポーツ施設をつくること。
→クラブライセンス規定である天然芝サッカーフィールドの保養に期間を取られてしまうサッカースタジアムはこれに真っ向から反する存在
>サッカーに限らず、あなたがやりたい競技を楽しめるスポーツクラブをつくること。
→天然芝サッカーフィールドの保養に期間を取られてしまうサッカースタジアムではなく、もっと他の、それこそBリーグも出来る体育館を建てるべき
>「観る」「する」「参加する」。スポーツを通して世代を超えた触れ合いの輪を広げること。
→月2-3日しか出来ないサッカーでは一番目の機会が少ないので他のものの方がいい
天然芝サッカーフィールドの保養に期間を取られてしまうサッカースタジアムでは二番目と三番目も足かせになる
冷静に見たら終わってないかこの3項目も
急上昇ワード改
最終更新:2025/01/08(水) 15:00
最終更新:2025/01/08(水) 15:00
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