ピルサドスキー(Pilsudski)とは、1992年生まれの競走馬。1997年のジャパンカップ優勝などGI6勝を挙げた名馬である。
……が日本では、お茶の間に堂々と自らのアレを映し出させた剛の者として有名。
※注意☆ この記事には下品な表現が含まれています。苦手な人はお戻り下さい。
父Polish Precedent、母Cocotte、母父Troyという血統。父のPolish Precedentは一流のマイラーであったが、種牡馬としてはピルサドスキーが活躍するまでは目立った産駒は無く、母系もあまり派手とは言えない血統であった。
デビューしてしばらくは下級ハンデ戦でも惨敗するなど全く目立ったところが無く、同厩・同年齢のSingspielが中々勝てないながらも早くから重賞戦線で活躍しているのとは対照的であったが、そんな僚友の活躍に刺激を受けたか、3歳夏になってようやく初勝利を上げると、続くハンデ戦も制して2連勝を挙げる。
古馬になると充実の時を迎え、重賞初挑戦となったゴードン・リチャーズS(GIII)では僚友Singspielの2着。続くプリンスオブウェールズS(GII)こそ8着と惨敗してしまうが、ロイヤルウィップS(GIII)で重賞初制覇を飾ると、その勢いのままにドイツのバーデン大賞(GI)も制してGIホースに登り詰める。
続く凱旋門賞(GI)では7番人気の低評価であったが、後のGI4勝馬で前年の3着馬だったSwainや、96年英ダービー馬Shaamit、翌年ジャパンカップにも出走する名ステイヤーOscar Schindler、キングジョージVI世&クイーンエリザベスS(GI、以下「キングジョージ」)を制した*ペンタイアらを抑えて2着に入る。勝った*エリシオのパフォーマンスが凄すぎて目立たなかったが。
更にSingspielと共にブリーダーズカップ・ターフ(GI)に出走。凱旋門賞で2着したとは言え、この時点での評価はSingspiel>ピルサドスキーであり、主戦のウォルター・スウィンバーン騎手がアメリカの競馬場では上手くないと思われていたこともあって人気も6番人気であったが、前走下しているSwainよりも人気が下回ったことに怒ったか激走し、Singspielを2着に下して優勝する。
翌年も現役を続行するが、初戦のガネー賞(GI)はまたしても*エリシオに大きく差をつけられる3着。続くハードウィックS(GII)も格下相手に2着で、前年のジャパンカップを制して以降3連勝中ですっかり詰めの甘さが解消されたSingspielとは逆に、今度はピルサドスキーが詰め甘になってしまったのでは? と心配されたが、続くエクリプスS(GI)を貫禄勝ちすると、キングジョージに駒を進めた。
この年のキングジョージは、3歳勢の出走馬こそ寂しかったものの、古馬勢は*エリシオを筆頭に、ピルサドスキー、Singspiel、Swain、噛みそうな名前に定評のあるStrategic Choice等、稀に見る好メンバーが揃っていた。ピルサドスキーはここで3度目の対戦にして初めて*エリシオに先着するが、Swainに敗れて2着。
続く愛チャンピオンS(GI)は2着デザートキングに4馬身半差、3着の95年カルティエ賞最優秀2歳牡馬アルハースにはなんと18馬身差ぶっちぎっての圧勝。その勢いを駆り、今度は3番人気で凱旋門賞に出走するが、*パントレセレブルの圧倒的なパフォーマンスの前に、前年同様5馬身差の2着に敗れてしまった。
凱旋門賞こそ勝てなかったものの、続く英チャンピオンS(GI)はキッチリ勝利し、これでGI5勝。
レーティングでも134ポンドの高評価が与えられる、超一流馬の域に登り詰めたのである。レーティングはあくまで相対的な数値であるとはいえ、この134ポンドという数値は日本馬では1999年のエルコンドルパサーが並んだのみである。2014年にジャスタウェイが世界一となった時でさえその評価値は130ポンドであったことを思えば、いかにピルサドスキーの評価値が高いかがうかがい知れよう。
そんで、彼は最後のレースにジャパンカップを選んだのであった。なんとなればJRAが買って、日本で種牡馬になることが決まっていたからである。この年のJCは種牡馬としての彼のお披露目会をかねていたと言っても良い。
で、彼は張り切った。パドックで「みんな、見て見て!」とばかりに、
思い切り馬っ気を出したのである。ちなみに馬っ気とは要するに勃起のことである。
いや~、それはそれは立派な持ち物で。へぇ、馬のアレって、あんなに長いのね。とか。あの状態で歩けるんだね。とかみんななんかニヤニヤしながら話していたものである。
悪いことに、この時の彼は外国馬の一番手で、確か前日売りでは一番人気だった。なので、中継でもその姿を詳細に映さないわけにはいかなかった。つまり、その立派なあれをブラブラさせた姿を全国ネットで放映されてしまったのである。GIで馬っ気を出す馬なんてほとんどおらず、しかも人気馬がそんなアレになってしまうなど前代未聞の事であった。
しかし、馬券の常識では「馬っ気を出した馬は消し」というのがあり(レースに集中出来ていないのだから当たり前だ)、ピルサドスキーは一気にバブルガムフェローとエアグルーヴに馬券人気を抜かれ、3番人気にまで人気を落としてしまう。代わりにウホッと思った方々の支持を集めたかは定かではない。
ところがである。ピルサドスキーは直線、恐るべき切れ脚を繰り出してエアグルーヴを差し切ってしまうのである。エアグルーヴの武豊騎手は「完璧なレースをしたエアグルーヴをまさか差し切る馬がいるとは」と愕然としていた。
まぁ、強さどころかアレの見事さまで披露して、晴れて種牡馬入りしたピルサドスキー。当然、産駒に期待が集まったのであったが……。
ジャパンカップでGI6勝目、さらに1997年のカルティエ賞最優秀古馬のタイトルを手土産に引退したピルサドスキーは、ジャパンカップ後そのまま日本に留まり、JRAから日本軽種馬協会に譲られて北海道静内町にて種牡馬入りした。
ところが……産駒デビューの2001年、その2001年中に中央で勝ち上がった馬が0頭と、のっけから暗雲が立ち込める。産駒のJRA初勝利は翌2002年9月のスズカエーコー。つまり、鳴り物入りで海外から導入された新種牡馬が、中央での産駒初勝利まで1年かかったのである…。結局、その後も地方重賞馬が何頭か出た程度であった。数値を挙げておくと、相手となった繁殖牝馬のCPI(産んだ仔の、平均獲得賞金額に対する稼ぎ割合)は1.31。すなわち良い肌馬は集められていたのであり、その中には92年のエリザベス女王杯馬タケノベルベット、92年阪神3歳牝馬ステークス馬スエヒロジョウオー、94年オークス馬チョウカイキャロルらも含まれていた。が、それに対するピルサドスキー自身のAEI(産駒の平均獲得賞金額に対する稼ぎ割合)は0.36と、惨憺たる有様に終わった。
結局、2003年の種付けを最後にアイルランドのナショナルスタッドに再輸出されて、障害用の種牡馬となった。しかしこちらでも活躍馬は出ずじまいで、現在は功労馬となっている。母父としては豪メルボルンカップを制したFiorenteを出し、直仔もBMSでも全滅、という事態はどうにか免れた。
パドックで馬っ気を出していても消せる馬ばかりではないという教訓を与えてくれたピルサドスキー。もっとも、その後GIのパドックで馬っ気を出している人気馬を私は見た事が無い。
ところでこの馬の名前はピルサドスキーとされているが、正確にはPilsudskiという名前である。これは父の名前であるPolish Precedent(ポーランドの先例)からイメージしたユゼフ・ピウスツキ(ポーランドの初代元首)から取られたものであるとされている。このことはちょっとした騒動を引き起こした。
ジャパンカップにPilsudskiが出走する際、JRAは馬主(イギリス人のウェインストック卿)に「これなんて読むの?」と聞いた結果、「ピルサドスキー」として登録してしまった。モデルの名前からすると「ピウスツキ(あるいはピルスツキ)」と発音するのが正確であるが、単純に英語読みしてしまったせいでピルサドスキーとしてしまったのである。
例えるならこれはアメリカのレースに「イトウヒロブミ」という馬を出走させたら、馬名が「Itto Hiraubumi」になっていたというレベルのことであり、下手したら国際問題になるんじゃね? という議論が巻き起こった。
でも初代元首の名前を付けた馬が馬っ気出して話題になる方が国際問題になってた気もするんできっとこれでよかったんだよ。
さらに言えば、97年凱旋門賞の後にJRAの購入手続きは済んでおり、ジャパンカップ出走の際は元馬主のウェインストック卿に貸し出した形での出走となったが、これもまた議論となった。馬主間での所有馬のレンタル・リースなど認められるわけがないからである。しかもよりによって貸し主がレース主催のJRA自身となれば「新種牡馬の評価を高めるために、レースにあらぬ細工をするのでは」と勘ぐられることともなった。まあ、そうした疑念の目もピルサドスキー自身がパドックでの騒動と出色の末脚で吹き飛ばしてくれたと言えるが。
Polish Precedent 1986 鹿毛 |
Danzig 1977 鹿毛 |
Northern Dancer | Nearctic |
Natalma | |||
Pas de Nom | Admirals Voyage | ||
Peririoner | |||
Past Example 1976 栗毛 |
Buckpasser | Tom Fool | |
Busanda | |||
Bold Example | *ボールドラッド | ||
Lady Be Good | |||
Cocotte 1983 鹿毛 FNo.11 |
Troy 1976 鹿毛 |
Petingo | Petition |
Alcazar | |||
La Millo | Horn Beam | ||
Pin Prick | |||
Gay Milly 1977 鹿毛 |
Mill Reef | Never Bend | |
Milan Mill | |||
Gaily | Sir Gaylord | ||
Spearfish | |||
競走馬の4代血統表 |
掲示板
150 ななしのよっしん
2024/04/25(木) 09:33:39 ID: daXoY1erwc
種牡馬としてはアレでも実績的に訃報が出ないのはおかしいクラスの馬なのは確か
でもピルサドスキーに会いました的な投稿すら見かけないのも事実なんだよなぁ
どこかの牧場でひっそり長生きしてるなら良いけど行方不明だったら悲しすぎる
151 ななしのよっしん
2024/09/03(火) 20:34:19 ID: UAmRqWGctl
岩手競馬でデビューから8連勝・重賞6連勝したフジユージーンが母母父ピルサドスキー。残念な事に9戦目で中央のサンライズジパング(武豊騎乗)らに敗れたが…。
152 ななしのよっしん
2024/10/10(木) 19:42:40 ID: 6NZzCb5BGe
>>149
バブルガムフェローが育成ウマ娘化されたから、ウマ娘におけるピルサドスキーの今後の扱いについて間接的に分かるかもしれない。
まあ良くて代役かスルーされると思うけど。
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最終更新:2025/01/25(土) 15:00
最終更新:2025/01/25(土) 15:00
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