回答受付終了まであと5日
回答(3件)
前者の「子供のコミュニティ」に大人が介入し、排他的な組織活動を含む、結論に導いていると捉えられる内容であり、社会では、排他的な組織活動を含まない新しいローカルコミュニティが、ネット経由で形成されつつある認識です。 そのコミュニティに対して「(配信を強制せず)自分でやってみる」という機会を、サービスとして提供し金儲けできていない社会である辺りに、その結論に到った者が抱える課題があるのではないかと考えられます。
その意見の前提は集団に属し、直接に人とのコミュニケーションがあることが幸福であると言う前提に立っていると思います。 個人的には価値観の変遷と共に、この前提は崩れてしまっていると考えています。 以前はそもそも直接に人とのコミュニケーションするしか、社会や居場所がなかったでしょうが、今は上記に挙げたようなSNSなどコミュニケーションの場、方法が多様化しています。 また活動的であることが善、そうでないことが悪と言うのは、そもそもなぜそれが善で、それが悪なのかの前提自体も、質問者様の言う陽キャの価値観に則ったものになります。 質問者様の言う陰キャの価値観に則れば、それ自体が逆転する以上、人々の幸福をこうであると決めるのは、違うように感じます。