おそらく能格言語の話者も対格言語に対して「なぜ？」とまったく同じことを思うと思いますが、ここではあえて対格言語の目線で説明してみようと思います。 まず、典型的な他動詞（他動性の高い動詞）として、動作主が被動者に直接影響を与える「壊す」という日本語の動詞を例に考えてみましょう。 「太郎が花瓶を壊した」 という文において、動作の前後で状態が変化したのは花瓶だけであり、太郎は（多少心理的に興奮したりはするでしょうが）基本的に変化していません。少なくとも、太郎の状態変化は文の関心事ではありません。 いっぽう、「壊す」には「壊れる」という自動詞のペアがあるので、これらを比較してみます。 「太郎が花瓶を壊した」 「花瓶が壊れた」 という2文において、「花瓶」はそれぞれ異なる格標示を受けていますが、状態が変化したという点においては同一の意味特徴を示しています。対して「太郎」は変化を被っておらずむしろ変化を与える側で、能格言語はまさにこの他動詞の主語を能格として有標化しているのです。 参考）バスク語 Taro-k loreontzia hautsi du. 「太郎が花瓶を壊した」 Loreontzia hautsi da. 「花瓶が壊れた」 [Taro-k] 太郎, 能格 [loreontzia] その花瓶, 絶対格 [hautsi] 壊す/壊れる [du] 他動詞の活用に用いられる助動詞の過去3人称単数 [da] 自動詞の活用に用いられる助動詞の過去3人称単数 ここでは最も簡単で分かりやすい例として状態変化を伴う動作を表す動詞「壊す/壊れる」を用いましたが、この感覚を押し広げると「見る」「聞く」「理解する」などといった他動詞でも能格言語話者の感覚が少し理解できるのではないかと思います（もちろん一口に能格言語と言っても言語ごとに他動詞の振る舞いは違うと思いますが）。