道徳的動物日記

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素晴らしきVery Short Introductionの世界

 

 

 Xやnoteが差別や嫌悪を増幅・扇動する社会悪であるのと同程度にははてなも社会悪なので、もうあまり使用したくないのだけれど、先日に某オフ会に行ったところ数名の方から「ブログを更新しなくなって寂しい」「書評は役立っていたから再開してほしい」と声をかけられて、悪い気がしませんでした。

 

 今年は会社員としての仕事ががっつり忙しく、また夏までは『モヤモヤする正義』の執筆作業に追われていたので、はてなが社会悪だということを差し引いても、ブログを執筆する時間は元よりナシ。

 

 

 そんななかでも、本はいっぱい読んでいました。現在でも、Blueskyにて読んでいる本の感想を垂れ流し続けているので(書評というほどの内容でもないけど)、気になる方やわたしのファンの方はフォローしといてください。

 そして昨年に引き続き、今年もくちなしさんがまとめてくれたリストを参考にしつつ、オックスフォード大学出版会のVery Short Introductionの邦訳書を積極的に読んでおりました。

 

kozakashiku.hatenablog.com

 

 なお、くちなしさんも書かれているように、本邦におけるVery Short Introductionの翻訳には以下のような問題があります。

 

さて、このシリーズは当然ながら邦訳もたくさん出ているのだが、複数の出版社がそれぞれの形で刊行しているため、どれがVery Short Introductionの邦訳なのか分からないという問題がある。

 

 これは大変な問題です。というのも、「レーベル」や「シリーズ」とは読者が本を選ぶうえで重要な指標であり、それを重々承知しているはずの出版社が、その重要性をガン無視しているから。オックスフォード大学は世界大学ランキングで8年連続1位というとんでもない「権威」をもっており、そのオックスフォード大学様の肝煎りで「これぞ」という識者たちに依頼して作られているのがVery Short Introductionシリーズなのであって、その信頼性は錚々たるもの(なかにはダメな本もけっこう混ざっているんだけれど…)。

 それが、日本の読者が1冊読んで感銘を受けたとしても、同じシリーズの本が他にもいっぱい邦訳されていることを知らずじまいのままになる可能性がある。また、そもそも背景にオックスフォード大学様という権威に基づくVery Short Introductionというレーベルが存在することも知らされていないので、(わたしのように)本を選ぶ際に権威とレーベルを意識する読者にとっての指標が一つ失われる恐れがあり、とってもよくない。

 とくにひどいのは岩波書店。2000年代にカラフルでワクワクする装丁の「〈1冊でわかる〉シリーズ」として出してくれたのはいいけど、いつの間にか同シリーズはほぼ絶版状態。2010年代からは「哲学がわかる」シリーズをスタートしてくれたのはいいが、シリーズ名は同じなのに二種類の装丁が混在している。さらに、最近の『信頼と不信の哲学入門』(原題は"Trust")は邦題に堂々と「哲学」と書いているのに、なぜか「哲学がわかる」シリーズではなく岩波新書として刊行されるという有り様(新書の方が売れやすいとしたら、著者・訳者にとっては歓迎すべき事態なんだけれど…)。

 

 閑話休題。Very Short Introductionの邦訳は古いものだと絶版になっていて高騰しているものが多いので、くちなしさんのリストを定期的にチェックして新しいものが追加されているかどうかを確認しつつ、絶版になっているものも念のためにAmazonの値段を確認し、安くなっているタイミングですかさず購入……というのを繰り返し続けておりました。Amazonも社会悪なので本当なら利用したくないし、名著を独占しているようでなんだか欲張りかつ安く済ませようとしている点で吝嗇との誹りも免れないけど、背に腹は変えられない。ちなみに、よく勘違いされるけれど、このブログではアフィリエイトはほぼ行っておりません(Amazonのリンクは画像がすぐ出てきて本を紹介しやすいから貼っているだけです)。

 なにはともあれ、以下では、これまでにわたしが読了してきたVery Short Introductionの邦訳について、簡単に評価や感想を書いていきます。くちなしさんのリストでは律儀に日本十進分類を使って整理されているけれど、わたしは邦訳シリーズごとに雑多に紹介していきます。このブログで紹介済みのものには記事のリンクも貼っている。最近読んだやつについては、Blueskyに書いた感想を流用しています。文字数が多いので、誤字や脱字は見逃してください。

 

●「1冊でわかる」シリーズ

読んだものもまだ読んでないものも含めて、わたしが集めた「1冊でわかる(哲学がわかる)シリーズ」の本たち。『動物の権利』は京都の実家の本棚でお留守番しています。

『1冊でわかる 動物の権利』

 

 学部生時代に伊勢田哲治さんの授業を受講したとき、参考文献として挙げられていたので読みました。同時期、哲学や学問にあまり詳しくない友人が手に取って「こういう考え方もあるんだ」と面白がっていたのが印象に残っています。「1冊でわかる」シリーズは文系と理系やメジャーとマイナーがごちゃ混ぜになっているからこその出会いや発見があるのが良いですね(だから復刊しろ)。修士論文を書く際にもいちおう参考にしたような気がする。

 本書の内容はもうあんまり覚えていないけど、理論をサクッと紹介した後に畜産や動物実験などの話題を論じる、動物倫理の入門書としてオーソドックスな構成だった。現在となっては動物倫理の入門書もいっぱい出版されているけれど、翻訳本かつコンパクトで読みやすいのは意外とないので、この本にもまだまだ存在意義があると思います。

 

『1冊でわかる ヨーロッパ大陸の哲学』

 

 大陸哲学をバカにしている英語圏の連中に向けて、英語圏の学者が大陸哲学の考え方や意義を解説する、というのがポイントの本。今年からわたしは批判理論や大陸哲学の勉強をしているのですが、アメリカ人やイギリス人やオーストラリア人による“翻訳”や“輸入”を通じて入門していくのがちょうどよいと考えております。

 科学主義でも非明晰主義でもない中道の大切さを説くという内容で、おそらく指摘されている問題は一昔前のものであるように思えるけど(英語圏の分析哲学の扱いがやや戯画的であるように感じた)、それを差し引いても、実に面白く、タメになる内容でした。ただし、ハイデガーやニヒリズムの説明はちんぷんかんぷんだった。

 

『1冊でわかる プラトン』

 

 弁論術・文学と哲学の違いのくだりなんかは、手前味噌ながら『モヤモヤする正義』のレトリック論に通じるものがあると思いました。プラトンの大衆文化批判には共感できるところがある。訳者あとがきも、プラトンの「分析的」な読み方と「文学的」な読み方の両方の利点と欠点を指摘しているところが中庸でよかったです。

「徳」の章は同じ著者の『徳は知なり』(『21世紀の道徳』で紹介しております)における議論のプロトタイプな感じ。わたしは哲学は好きだけど形而上学や認識論にはあまり関心がない人間なので、魂と自己のくだりとかイデア論とかのくだりは「そうっすか」と思いながら流し読みで済ませました。

 

『1冊でわかる 古代哲学』

 

 過去に紹介しています。古代哲学が「時にはわれわれに直接関わりうる議論の一部となること」を強調している点がよい。

 

『1冊でわかる ハーバーマス』

 

 

 

 最初に読んだときはよくわからんかったけれど、『モヤモヤする正義』を書いていて「公共性」への関心が深まっていった段階で読み直してみたら非常に面白くて、感銘を受けました。批判理論の「袋小路」からハーバーマスが登場して風穴を開けたという流れがわかりやすいし、ハーバーマスの考え方の説明もしっかりしている。本書は『モヤモヤする正義』のなかでも引用しています。ちなみにハーバーマスに関心を持つようになったきっかけはロールズです。

 

『1冊でわかる ポスト構造主義』

 

 

 なんかお遊びみたいな議論ばっかりでおもしろくなかった。

 

『1冊でわかる フーコー』

 

 

 著者がテーマとしている対象から距離を取って冷静であったり批判的であったりすることも多いVSIにはめずらしく、フーコーの「ファン」が書いたという感じが漂っていて、フーコーへの著者の熱意や愛着がそれらを持っていないわたしにとってはノイズになった。ただ、後半ではフーコーによるギリシア哲学の扱いや人生論などについても触れられていて、パノプティコン云々や系譜学なんかよりもそっちのほうが興味深いなと思いました。

 

『1冊でわかる デモクラシー』

 

 

 お高くとまった性格の悪い老人によるつまんない嫌味や皮肉が混ざりまくった文章であるため、読み進めるのが苦痛。以前にブログで批判した。

 

『1冊でわかる 知能』

 

 

 学部生時代、なんとなく図書館で手に取って読んでみたけど、IQや「一般知能g」などの考え方を肯定しているのに衝撃を受けた。というのは、当時、現在以上にド文系であったわたしは社会構築主義的な議論とか科学批判的な議論ばっかり読んでいて、I Qについても否定論ばっかり読んでいたから「肯定論を堂々と書いてもよいんだ」ということを知らなかったのです。この本を通じて、文理が対決する分野があること、理系(?)側の議論にも言い分があったりおもしろさがあったりすることを知れて、ひいては進化心理学のような論争的な分野への興味を培う入り口になりました。

 社会人になってからも「また読んでみたいなあ」と思っていたけど、調べたら絶版だし中古価格も高騰しているし近所の図書館にも入っていないしで困っていたところ、つい最近にふと調べてみたらなんか急に中古価格が安くなっていたので慌てて購入して入手しました。

 

『1冊でわかる 政治哲学』

 

 

 アダム・スウィフトの『政治哲学への招待』やジョナサン・ウルフの『政治哲学入門』と同じく、国家が存在することの正当性や民主主義、自由に正義といったトピック別に論じていく構成。そして、どの本も構成は似ているのに、どの入門書もやたらと面白いというのが政治哲学のすごいところ。やはり「国家」や「民主主義」の是非を根本から考えるという営み自体がスリリングで刺激的であり、同じテーマでも別の人が書いたのを読むたびに発見があって新鮮な気持ちになりながら思索を繰り返し深めることができるのだと思う。……とはいえスウィフトのもウルフのも絶版?になっているなか、本書は『はじめての政治哲学』という題名で岩波現代文庫から再刊されているのが一安心ですね。

 岩波書店じゃないけど同じ著者の『ナショナリティについて』も読みたいのに高騰しているからなんとかしてください。

 

『1冊でわかる 感情』

 

 

 以前にブログで紹介しました。「感情の普遍性と合理性」という哲学味のあるテーマが論じられており、心理学者だけでなく哲学者も多々登場するところがおもしろいです。

 

『1冊でわかる 医療倫理』

 

 単に医療倫理を解説しているだけでなく「哲学的思考」や「倫理学の議論」とはなんぞや、というポイントにも多くページを割かれているのがよく、哲学・倫理学の入門書として一流です。いまは岩波科学ライブラリーから『医療倫理超入門』に進化して刊行されています。

 

『1冊でわかる 科学哲学』

 

 

 哲学に興味を持ち始めた学部生はまず科学哲学をかじりたがるというのが定番ですが、御多分に洩れず、わたしも学部生の頃に厨二病的な関心から読みました(その後に伊勢田先生の『科学と疑似科学の哲学』も読んだ)。科学哲学は入門書でも難しかったり面白みのなかったりするものが多いけれど、この本はしっかりわかりやすくて面白かったような記憶があります。現在は『哲学がわかる』シリーズから新版が刊行されています。

 

『1冊でわかる 法哲学』

 

 

 以前にブログで紹介しています。もともと法哲学が苦手なわたしにとってはこの本もなかなか難しかったけれど、ロナルド・ドゥオーキンの議論を紹介しているところは興味深く参考になりました。

 

 ……こうして並べると、なんだかんだで哲学系のものばっかり読んでいますね。

 

「1冊でわかる」シリーズについては、学部生時代に『グローバリゼーション』『暗号理論』『文学理論』『カフカ』『歴史』『ユダヤ教』『聖書』『古代エジプト』『ギリシア・ローマの戦争』『薬』『建築』などなどを読んだような記憶はありますが、なにしろどれも図書館で借りて流し読みしたものなので、内容はまったく覚えていないです。やっぱり、本というのは、中古でもいいから購入して赤ペンで線を引きながら読むべきものです。

 

●「哲学がわかる」シリーズ

 

『哲学がわかる 哲学の方法』

 

 

「常識から出発する」「議論する」「言葉を明確にする」「哲学史は役に立つか」などなど、まさに「哲学をする方法」が解説されているんだけど、抽象的でも難解でもなく、実におもしろかった。著者は論理学者のようであり、後半は論理学の話題も増えるんだけど、わたしは論理学には一切合切興味がないからこそ、こういった別テーマの本で間接的に広く浅く勉強できたのもちょうどよかったです。一方で、本書が想定している「哲学」は明らかに英語圏/分析哲学に偏っており、その偏りに対する反省や相対化が弱いの欠点でもあります。哲学史の本や『1冊でわかる ヨーロッパ大陸の哲学』と合わせて読むことをオススメ。

 

『哲学がわかる シティズンシップ』

 

 発売当初に購入してブログで紹介しました(全然読まれなくて悲しかった)。ざっくりまとめると「法的シティズンシップ(市民権)」と「政治的シティズンシップ(市民による活動)」を対比させつつ後者が擁護されていて、この本を読んで書評を書いた当初のわたしは前者のほうがずっと重要だと考えていて賛同しなかったんだけれど、その後いろいろあって考えを改めて、いまでは「やっぱり政治的シティズンシップも法的シティズンシップと同じくらい重要だな」という考えに落ち着いています。

 

『哲学がわかる 懐疑論』

 

 ブログで紹介しています。認識論の話に終始していたらつまらなくなるところ、「生き方」の話につなげているのが素晴らしい。

 

 

 

 ブログで紹介しています。哲学マニアが哲学マニアに向けて書いたような内容になっていて、『1冊でわかる 古代哲学』に比べると全然ダメ。

 

『哲学がわかる 自由意志』

 

 

 以前に図書館で借りて読んだけど、内容が興味深かったので購入して、また近日中に読み直す予定。自由意志は現代哲学でも盛んに論争されているテーマだけど、この本は哲学史的な議論が多いところが印象的でした。

 

●その他、岩波書店から刊行されているもの

 

『功利主義とは何か』

 

 

 

 自分でも忘れていたけど、2020年の正月にブログで紹介していた。言うまでもなく、功利主義の入門書として素晴らしいです。著者のラザリ=ラデクとシンガーは『The Point of View of the Universe: Sidgwick and Contemporary Ethics(普遍的な観点:シジウィックと現代倫理学)』も書いています。

 

『ファシズムとは何か』

 

 

 いかにも歴史学者が書いた本という感じで、ウンベルト・エーコによる「ファシズムは至る所にあり」のような議論をバッサリ切り捨てつつ、正確さや厳密さのこだわりがうかがえる。その一方でファシズムの定義論からはじまりながらも「厳密な定義を与えることはできない」という論調になったり、歴史パートの記述もやたらと慎重であったりと、研究書としてはともかく入門書としてはどうなの、と思わされる面が多々あり。読者のことではなく同業者の目を意識した結果、テーマの意義や面白みが伝わりづらくなっているタイプの本だと思いました。

 とはいえ、ファシズムとジェンダーの関係に関する議論など、面白い箇所もところどころにある。最後の章では、学者としての道義的・政治的役割について「政治的な意図を優先して学問的な定義を安直に行うべきではない」としながらも学問の民主性への信頼が表明されており、それこそがファシズムへの精神的な対抗手段であるみたいなメッセージも感じられてよかったです。

 

 

『「表現の自由」入門』

 

 

 

 2019年や2023年に取り上げている。『モヤモヤする正義』の第二章でも引用しております。

 

●白水社から刊行されているシリーズ

 

『フランクフルト学派と批判理論』

 

 2024年はわたしにとって「批判理論と出会った年」であり、本書は今年のわたしにとって象徴的かつ印象的な一冊、もちろん面白く読めました。新宿ブックファーストの「名著百選2024」にも選びました。明日までなので、関東にいる方は急いで行ってください。

 冒頭から「批判理論の意義」を提示したり「フランクフルト学派の人々のキャラクター」を紹介してくれるおかげでグッと興味を惹かしてくれるなど、入門書としての構成も良いです。世間では「フランクフルト学派を紹介する入門書なのにフランクフルト学派に対する評価が厳しすぎる」という評価もあるみたいだけれど、わたしは本書を通じてフランクフルト学派の人々と思想はかなり魅力的だな、と思わされました。環境や制度が意識や言説に与える影響の分析は参考にすべきところがあるだろうなとか、大衆文化に対するエリート主義的な批判や侮蔑もいまの時代にはむしろ必要だよな、とか。

 本書を読んだ時点では、ハーバーマスを除けばエーリッヒ・フロムが真っ当なことを多く言っているように思えていちばん好感が抱きました(その後、頑固で融通の効かないアドルノにも好感を抱くようになります)。

 

『福祉国家』

 

 福祉国家という地味だけれどなくてはならない制度を題材にして、ここまでタメになり考えさせられる内容を書くとができるのか、という名著。ブログで紹介しています。

 

『ポピュリズム』

 

 

 ポピュリズムについて書かれた本では逆張り的にポピュリズムが擁護されることも多いんだけど、本書はポピュリズムの特徴を「反エリート主義」と「反多元主義」と指摘し、きちんと分析したり利点も述べたりしながらも批判的な視点は忘れていなくて、それで読んでいるとリベラル・デモクラシーの意義なんかも考えさせられたりして、よい本でした。ブログ書いています。

 

『啓蒙とはなにか』

 

 過去にブログで書いた通り、読者に対して「啓蒙主義(とその時代)について学ぶ意義とはなにか」を伝えるという発想に欠けており、ただ歴史学者が近年の「啓蒙」ブームにうだうだ文句を言う内容で、まったく啓蒙的ではなく、ぜんぜん好きじゃない。啓蒙主義についての入門書なら岩波の「ヨーロッパ史」入門シリーズの『啓蒙主義』を読んだほうがいいです。

 

『脱植民地化』

 

 

 テーマがテーマだから仕方がないとはいえ、いかにも最近のアメリカ人歴史学者らしい“ポリティカル”な書き振りや扱う対象の広さ、小見出しの少なさも災いして、ダラダラ感を抱いきながら読みました。……とはいえ、第二次世界大戦後にも欧米諸国/旧帝国によるヤバい暴力は起こり続けていたことや国民国家への移行の複雑さみたいなのを学ぶことは重要だと思ったし、最終章における「忘却の政治」についての議論や、オーラル・ヒストリーや社会史を通じて個々の人々の記憶を残すことの重要さについて語っているところは印象に残りました。

 

『産業革命』

 

 地味で淡々としており、訳文もいろいろと不親切ではあるけれど、産業革命について成り立ちから意義と弊害まで「1冊でわかる」という感じでした。産業革命は「あった」という立場で「産業的啓蒙」と技術革新を強調する内容。訳者あとがきによると産業革命に関する議論には「悲観説」と「楽観説」があるらしく、本書は中立のようだけど、産業革命が土地所有階級と労働者階級との間や労働者階級の内部に格差をもたらしたことはキッチリ示されておりました。また、産業革命と民主主義の関係について章を割いて論じられていたり、マルクスやミルなどのお馴染みの哲学者の名前も出てくるけれど、あくまで経済学の本なので実質賃金とかインセンティブとかの概念でいろいろ説明しているところが逆に新鮮だった(そのために理解するのも難しかったけど)。

 経済史の本って「楽観説」のほうがストーリー・読み物としておもしろいから気を抜くとそういうのばかり読んじゃうけれど、そうしていると偏っちゃうので、意識的に「悲観説」の本も読むべきだなと思った。

 

●「シリーズ戦争学入門」+α

 

『第一次世界大戦』

 

 直前にちくま新書の『第一次世界大戦』を読んだせいで内容が被るところが多かったんだけれど(当たり前)、フランスの農民たちの諦め・社会ダーウィニズムと「男らしさ」の証明・ダックスフントはイギリスから姿を消し(かわいそう)、ジャーマン・シェパードはアルサティに改名されたというくだり・アメリカの参戦経緯などなど、諸々と印象に残るポイントはありました。最初の章と最後の章で、戦争前と戦争後に各国がどうなっていたかを国別に紹介することで戦争が与えた影響をわかりやすくして、最後の段落で第二次世界大戦を予言するような不穏さを提示して終わり、という構成も気が利いていると思った。

 

『第二次世界大戦』

 

 ややドイツを悪者にし過ぎた単純なストーリーになっているように思えるとか、日本の出番の少なさとか、気になるところはありつつも、第二世界大戦の流れや歴史における位置付けについて、しっかり学ばせてもらいました。

 

『核兵器』

 

 当たり前だけど、序盤は映画『オッペンハイマー』の登場人物たちの名前がいっぱい出てきた。過去から現代に近づいていく構成で、個人的には面白さはだんだん尻下がりしていったんだけれど(現生の政治よりかは歴史的な事象のほうが面白く読めるので…)、最終章の最終節でトランプ・ロシア・イラン・北朝鮮が出てくるのは最近のことを考えるとヒヤッとさせられるものがありました。

 

『国際関係論』

 

 

 第3章の「理論は友達」は、「だれもが理論に基づいて考えているからこそ、洗練された理論が必要である」として学問における理論の意義・役割を説明しており、個々の理論の説明以上にこの部分が面白い。国際関係ろんは「理論なんてなんの役に立つの?」と言われがちが学問であるからこそ、説明に工夫と気合が要されるのだとお察ししました。

 全体として、現代では当たり前のように思える主権国家体制はせいぜい1945年以降や1970年代にようやく確立したものであるということが何度か繰り返されており、「いまある世界の姿は当たり前のものではない」ということが強調されている。主に著者が「コンストラクティビズム」の考え方をしていることに由来しているけど、原著が2020年に書かれた本であることも影響していると思います。

 

 

●「14歳から考えたい」シリーズ

 

『ナチ・ドイツ』

 

 第一章の「ヒトラー神話」で本書のテーマ・目的・方向性を過不足なくコンパクトに提示されており、いきなり惹き込まれる。また、第二章以降は時系列に進んでいくんだけど、情報の提示の仕方が工夫されていたり社会状況や人物の描写が上手かったりして、この種の歴史系の本としては珍しいくらいに読みやすい。また、近年のナチス研究では「思想」や「文化」が重視されているんだな、ということも感じ取れます。ドイツ国民の過去との向き合い方、そしてナチスの経験が人類全体に突きつける課題について書かれた最終章は、昨今の国際状況により、良くも悪くも考えさせられるところがありました。

 

『貧困』

 

 ブログ書いています。テーマは「貧困」と広いけど、実際には経済学的な議論が主になっていて、タイトルは「貧困の経済学」にすべきだと思った。

 

『レイシズム』

 

 同シリーズの『セクシャリティ』や『優生学』とまとめてブログ書いています。レイシズム理論については学び直す必要があると感じているんだけど、本書がそうであるように、フェアネスやバランスに欠けていることが多いのが難しいところ。

 

●「サイエンス・パレット」シリーズ

 

『リスク』

 

 行動経済学の本とかで読んだことのあるような内容が多かったけど、まあ淡々とした筆致が参考になりました。

 

「サイエンス・パレット」シリーズについては『科学革命』『科学と宗教』『西洋天文学史』と、半分「文系」な内容のやつは中古で買い漁って入手済みなので、そのうち読む予定です。

 

●「サイエンス超簡潔講座」シリーズ

 

『動物行動学』

 

 

 タイトル通り、動物行動学の考え方や手法が超簡潔に学べました。

 

 このシリーズは『うつ病』や『感染症』も読んだけど内容あんまり覚えていない。『犯罪学』も入手しているので、そのうち読む予定。

 

 

●その他の出版社から

 

『ヘーゲル入門』

 

 

 ヘーゲルといえば難しいイメージがありますが、この本は異様に読みやすい。論理学に関する議論を大胆に省略する代わりに歴史哲学や法・倫理学に関するヘーゲルの主張を詳しく説明したりマルクスにつながる道を強調したり、ヘーゲルの「自由」論を重視したりと、読みやすくバランスがとれている一方でピーター・シンガーらしさも出ているのが印象的。訳者解説もやたらと充実しているしで、いい本です。

 

『マルクス』

 

 

 こちらもピーター・シンガーが書いた本。マルクスの思想について批判的に総括しながらもその現代的意義を評価するという内容で、やはり読みやすく、おもしろい。ブログ書いています。現在は入手困難になってしまっているのが、非常に惜しいと思います。

 

『人生の意味とは何か』

 

 

 甘やかされた大御所が与えられたテーマに正面から向き合わず、人生とか意味とかの単語から連想されるなんかをダラダラと書きつづっただけの内容で、読者の貴重な人生の時間を浪費させるダメな本です。ブログ書いてる。

 

『フロイト』

 

 著者はフロイトに対してかなり冷徹かつ批判的であり、それも著者自身が精神分析・精神医学の現場に立った経験にも裏付けされているが、一方で自身の分野の「始祖」であるフロイトに対する敬意もきちんと感じられ、「フロイトの思想は科学ではない」ときっぱり指摘しながらも先駆的な点はちゃんと評価する……という、実にバランスの良さが感じられて好ましい本です。フロイトのことを頭ごなしに否定してくるカール・ポパーのことが嫌いになる、という副作用はありますが。

「よほど忠実なフロイト主義者でないかぎり、宗教や人類学や芸術に関するフロイトの考えを受け入れることはとてもできない」(p.212)としながらも、精神分析という技法を開拓した時点でフロイトを評価しており、それも本人が自負していたであろう「分析の鋭さ」ではなく「苦しんでいる人に『適切な助言』を与えることは誰にもできる。そうした人びとの話をどうやって聞いたら良いのか、フロイトはそれを私たちに教えてくれたのである」と、医者としての「傾聴」の姿勢を評価するという結論が、現場に立っている人でなければ出てこないであろう発想で、意外かつ実に好ましく感じました。

 また、最終章における「フロイトの思想は何でもかんでも還元主義的に説明できる万能理論になろうとしていた(ダメ)」「フロイトのせいで西洋社会は利他主義や禁欲に対して冷笑的になった」「(ウィルソンに対する言いがかり本のように)精神分析理論にかこつけて気に入らない対象を攻撃するだけなこともあった」などの諸々の批判、すべて、現代における進化心理学にも当てはまり得るもので、耳が痛く感じました。

 いまなら大変お安く入手できるので、オススメです。

 

『リベラリズムとは何か』

 

 

 哲学や思想というよりも、制度やイデオロギーとしてのリベラリズムを、歴史的な視点をふまえながら解説する、という感じ。ただ、ロールズのようがガチ哲学系のリベラリズム思想に対する扱いの冷たさとか、ところどころ嫌味っぽく感じられる箇所があってあんまり好きじゃなかった。とはいえ、改めて読み直したいと思っています。

 

『移民をどう考えるか』

 

 

 プラグマティックな視点で分析されているからこその意外性や発見がある内容で、面白く読めました。ブログ書いています。

 

『性淘汰』

 

 

 ズックは学部生時代にも『性淘汰―ヒトは動物の性から何を学べるのか』を読みました。内容はさまざまな事例を取り上げながら、安易に一般化しないように注意を促す感じ。性淘汰というのはヘンな連中によって厄い方向に濫用されやすいテーマなので、こう言ってはなんだけれど、このテーマを女性研究者が書いているところはやはり重要だと思いました。

 

●これから読もうと思っている本たち

ここには映っていないけど講談社選書メチエの『ユング』と『ウィトゲンシュタイン』も入手済み。どちらも1円とか10円とか(送料込みで351円とか360円とか)で買えました。

 

『フロイト』が面白かったということもあり、この先しばらくは、諸々の出版社がバラバラに出ている個人をテーマにしたVery Short Introduction(実はその大半は同じくオックスフォード大学から出されていたPast Mastersというシリーズからの編入)を読んでいくつもりです。

『トマス・ホッブズ』については「ホッブズの思想っておもしろそうだけど日本人による入門書でおもしろいの読んだことないし…」と長年悩んでいたところ見つけて、でも中古で2800円となかなか高くてずっと踏ん切りがつかなかったけれど、ある日覚悟を決めて「えいやっ」と購入したので読む。『マキアヴェッリ』については『社会思想の歴史:マキアヴェリからロールズまで』を読んだおかげで俄然興味が湧いたので、値段そこそこしたけど入手。他の人らについては安くなっているタイミングで買いました。『ジョン・ロック: 信仰・哲学・政治』は読みたいけど図書館にはなかなかないし中古本も高いし……と迷っていたけど、引越し先の相模原市の図書館に収められていたので借りて読みます。

 

 こんなに他人の本について「高い」と連呼しながら自分の本が2860円(税込)するのはどうなんだ、と思われるかもしれませんが、560ページあるのでページで割るとむしろかなり安いほうの本だから買ってください。

 

 

 以下は、わたしがまだ読めていなかったり、いちど図書館で借りたけど手元に置いて読み直したいと思っている、Very Short Introdutionの邦訳本たちのリスト。および、色んな本などのリスト。先日はクリスマスで、そして1月2日(木)はわたしの誕生日なので、よかったら買ってください。『ヒューム入門』『メアリー・シェリー』『平和理論入門』、そしてまだ発売されていないけど『美学入門』なんかが、とくに気になっています。

 

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