CA1979 – 動向レビュー:欧州の図書館と電子書籍-従来の公共図書館よ、安らかに眠れ? / ベンジャミン・ワイト,井上靖代(翻訳)

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カレントアウェアネス
No.344 2020年6月20日

 

CA1979

動向レビュー

 

欧州の図書館と電子書籍-従来の公共図書館よ、安らかに眠れ?

ボーンマス大学知的財産権政策・管理センター:ベンジャミン・ワイト
獨協大学経済学部:井上靖代(いのうえやすよ)(翻訳)

The Original (Written in English)

 

 図書館における電子書籍事情は、欧州においては難題であり続けている。若者にとって電子書籍は常に自然な書籍環境であり続けてきたが、比較的新しい現象であることは覚えておく価値がある。電子書籍は、1994年にインターネットが公に採用されてから数年以内に、科学分野の出版社と研究図書館の間で利用可能になり始めた。例えば、ElsevierのScience Directは1997年に発売された(1)。しかしながら、消費者を対象とした電子書籍はそれから10年ほどを要し、欧州において公共図書館で利用できるようになるにはさらに時間がかかった。

 図書館は1990年代に所蔵資料を電子化し始めたのだが(多くは手稿であり本ではない)、90年代後半あるいは2000年代初頭になってようやく電子書籍リーダーは消費者対象として販売が始まった。筆者は、この頃にドイツのフランクフルトのブックフェアで展示されていた電子書籍リーダーを疑問に思いながら眺め、紙の本ではないこんなものを誰が読むのだろうと考えたことを覚えている。その頃、電子書籍リーダーで読める資料は限られていたことも、人気を欠く要因になっていた。そのせいか、このベンダーはその後数年の間にブックフェアに参加しなくなっていた。2007年になって、Amazonが米国で、その2年後に欧州(2)や世界の他の地域で、Kindleを発売し、公共図書館で電子書籍を貸出して本格的に楽しめる可能性が立ち現われてきた。

 現在、公共図書館の電子書籍利用に関して、欧州全体では、かなり複雑な様相を見せている。図書館界の関与が見られたデンマークのような国々では、出版社からライセンスを得られる電子書籍の品揃えに比較的満足しているように見えるが、ハンガリーやルーマニアなど、利用者への提供タイトルが極めて限られているとされる国々もある。ここでは欧州で複数の国々での状況を調べ、いくつかの鍵となるテーマや課題に着目していく。

 

スウェーデンの場合

 全体としてみると、現在は比較的充実した電子書籍提供を行っているこの国においてさえ、はじめから順調に事が運んだわけではない。2012年にスウェーデン図書館協会(Swedish Library Association:SLA)は、電子書籍貸出についてスウェーデン出版社協会(Swedish Publishers Association)の関与不足に不満を表しており、政府に対して「新しい司書にあいさつを」というキャンペーン(3)を開始した。このキャンペーンは、7月初めにゴットランド島・ヴィスビューでのスウェーデンにおける例年の政治期間中に始まった。そこでは、あらゆる政党が集まり、演説・討論が行われる。その年、政治家やジャーナリストを含む1万7,000人が参加した(4)

 このキャンペーンで配布された冊子の表紙には、スーツを着た厳めしげで嫌な感じのビジネスマンが読者を見ている様子が描かれている。このメッセージは明らかである。図書館はもはや如何なる本も自由に購入し貸出できず、出版ビジネス界がライセンスを認めた電子書籍の販路の1つに過ぎなくなったことを示している。さらに、人気のあるタイトルを図書館が利用者に貸出できるようになるまでには何か月も待つ必要があることを強調している。その頃でさえ、事前通知なしに提供されなくなるタイトルがあったのである(5)

 問題はかなり深刻だった。当時、スウェーデンで図書館が貸出可能な電子書籍数は約5,000タイトルであり、公共図書館で100万タイトルほど利用可能であった米国のような国々と比べずっと数が少なかったのである。さらに、スウェーデンの図書館は1回の貸出につき20スウェーデン・クローナ(日本円で約225円)を出版社に補償金として支払っており、その高額なコストは図書館が貸出可能数を制限せざるをえないようにしていた。

 したがって、SLAは定額購読価格モデルを目指しており、貸出回数が少なくなれば、出版からの経過時期により書籍の価格を下げるようにと主張していたのである。また、人気のあるタイトルのみならず、図書館があらゆる書籍のプロモーションを行う役割を主張して、スウェーデンの出版社の電子書籍すべてに定額購読価格の適用を求めたのである。消費者向け電子書籍と図書館向け電子書籍の販売価格の隔たりという問題を提起し、そのような価格設定があらゆるタイプの出版物を広める公共図書館システムの役割といかに相容れないかを示すことで、SLAは図書館や図書館員の核となる機能や原則、価値といったものを守ろうとしたのである。このキャンペーンがスウェーデン語と英語で行われたことは、スウェーデンの図書館界がこの課題を世界共通のものと認識していたことを示している。

 このキャンペーンにより、出版から一定期間を経た書籍の価格が低下するという改善がみられたが、2016年時点での1回あたりの貸出に対応する補償金の価格は依然として高く、5スウェーデン・クローナ(約56.25円)から20スウェーデン・クローナ(約225円)となっていた(6)。この意味では、消費者が入手できるすべてのタイトルが図書館でも入手可能かどうかに関係なく、依然として高額な補償金の価格が新刊電子書籍を入手しようとする図書館の妨げとなっている。図書館は貸出ごとのコストを考慮して電子書籍貸出を制限し続けることになる。図書館利用者からみれば、利用できるタイトルの範囲が限定的であるため電子書籍貸出の魅力は薄れ、複数のアプリをダウンロードする必要があるといったような技術的な課題も重なって、図書館は十分に電子書籍利用に貢献できず、全体としてスウェーデンにおける電子書籍利用の成長が妨げられることになった(7)

 

オランダとEU裁判所

 欧州全体で提供に関する同様の問題が見られるものの、オランダで数年にわたり焦点となっているのは、利用可能性や価格の問題ではなく、著作権法に関連した課題である。最終的には、これについて2016年にEU司法裁判所(CJEU)により司法判断がくだった電子書籍貸出の課題である。

 この訴訟の背景には、オランダ教育・文化・科学省(Dutch Ministry of Education, Culture and Science)の委託によりアムステルダム大学によって実施された研究が関連している。この研究で、オランダの図書館が権利者の承認を求めずにEU著作権法のもとで電子書籍貸出を行うのは合法ではないと結論づけたのである。問題となった法律は貸出指令(Rental and Lending Directive(92/100/EEC))とその後の修正条項であり(8)、この指令では、欧州のEU加盟国において適切と判断された場合、公共貸与権(公貸権;PLR)として著者に支払われる適切な補償金の見返りに、公共図書館が人々に本を貸出することが認められている。

 このアムステルダム大学の法的所見に基づいて、オランダ政府は出版社からの電子書籍ライセンスに完全に基づいた電子図書館貸出プラットフォーム構築のための法律を作成しようとした。これに対抗して、オランダ図書館協会(Verenging van Openbare Bibliotheken:VOB)はオランダ国内の裁判所、最終的にはCJEUにおいて、新しい法律の法的前提に対して異議申し立てを行うことにした。その要点を挙げれば、VOBは既存の指令にそって市場で入手可能ないかなる電子書籍をも図書館が貸出することはすでに合法であり、この法律の改正は必要ないと主張したのである。

 このVOBとStichting Leenrechtとが争った訴訟の2016年の最終評決(9)では、VOBに軍配があがり、貸出指令は技術の発展を考慮しながら解釈されるべきであり、アナログの書籍のみの解釈に限定されるものではないとした。別の言い方では、この指令は図書館が法律のもとで電子書籍貸出を行うために、新しく修正する必要はないとなる。

 したがってこの司法判断は、消費者向け・図書館向けのいずれのライセンスであるかにかかわらず、潜在的にはアナログの書籍からデジタル化されるものも含めて、市場に出回っている電子書籍を図書館が合法的に入手した上で人々に貸し出すことへの許可を与えているように思われる。この判決自体は、図書館がどのように書籍を入手するかについては言及していないが、紙の書籍の状況に倣って、「1部1ユーザー」の原則で図書館のサーバーからダウンロードされ、合法的に入手されることを求めているのである。しかし、図書館による書籍の入手手段に言及していないために、重要な課題や疑問点はこの法律のもとでは不明なままである。

 図書館にとって、この判決の結果残されている疑問点は以下のとおりである。

 

  • 1) 出版社のプラットフォーム上での技術的な保護措置によって守られている電子書籍貸出を図書館はいかに行うのか
  • 2) この貸出に関するCJEUの判決と、ほとんど常に貸出を認めていない消費者向けライセンスとの関係はどうなるのか
  • 3) 「1部1ユーザー」の原則でサーバーから提供できるようにするために図書館が書籍をデジタル化できるのかどうか

 

 疑問点を残した判決にもかかわらず、図書館と利用者にとってこれは画期的な決定であった。この判決は、公共図書館が積極的に活用すれば、“controlled digital lending”と呼ばれる技術的保護手段を用いてインターネット・アーカイブ(10)が米国で行っているようにデジタル化により作成した電子書籍を「1部1ユーザー」の原則で貸出することや、出版社との交渉の場で法律の効力を最大限に利用することにより、独自のサービスを開始する新しい機会をもたらしうるものであった。

 しかし、実際には実現していないようである。筆者はこの判決の庇護下で、欧州内で“controlled digital lending”モデルによるサービスの開始を仄聞していない。図書館が一定期間の利用禁止を黙認し、Hachette社(後述)のような大手出版社がいくつかの国で図書館向けの電子書籍販売を拒否し、図書館で貸出可能な電子書籍と消費者向けに販売されている電子書籍には差があるという状況を考えると、欧州における図書館専門職はこの画期的な判決結果をその利益の最大化のためにほとんど何もしていないようである。

 例えば、オランダでは図書館からの貸出は、依然として出版社のライセンスに依存している。2018年にはオランダ政府からの資金増加もあり、図書館から入手可能な電子書籍数は増加しているのに対し、利用可能になるまで6か月から12か月ものタイムラグが残存している(11)。この判決は、オランダの出版社にとって図書館とよりいっそう緊密に協力するように圧力を加える効果はあったかもしれないが、図書館向け電子書籍数が増加した要因のほとんどは、出版社が自らのビジネスモデルへの自信を深めるにつれ、公共図書館で利用できるタイトルを増やしてきたことに帰することが出来る。本稿で扱う他の国々すべてで明らかにこの同様の動きが見られる。

 

英国の場合-EU司法裁判所を無視

 英国はこの貸出指令(Rental and Lending Directive)に沿って、公共図書館から電子書籍貸出を通じて公貸権の補償金を著者が受け取れるようにした、欧州で最初ではないとしても非常に早期に法制化した国のひとつである。2010年にデジタル経済法(Digital Economy Act)の一環として法改正され、EU法を国内法化した二次法となり(7年後の2017年に可決)、著者は電子書籍とオーディオブックの貸出ごとに補償金を受け取れることになった。

 公共政策の観点からは、これはいくつかの理由で実に興味深いものである。まず最初に、当時著者への二重支払いがあまり議論されなかったことである。著者がフランクフルト・ブックフェアで聞いたところでは、出版社によれば、十分に人気のある著者は電子書籍化する権利を出版社と再交渉して、紙媒体の書籍の場合よりさらに高いロイヤルティーを得る機会を有しているというのである。

 もちろん平均的な著者は一般的にハードカバーの書籍販売価格の10%以下ぐらいしか受け取れない(12)が、電子書籍化した場合、著者は出版社と平等に販売価格の半々にするよう再交渉することを奨励されている(13)(14)。したがって、英国の著者はデジタル・文化・メディア・スポーツ省(Department for Digital, Culture, Media and Sport:DCMS)から公貸権の補償金を受け取るのみならず、電子書籍に関して出版社の商業活動から平均すれば高めの支払いも受け取っているようである。これが意図的な文化政策であるかどうかは、この件について公に議論されていないために不明である。

 第2に、上で述べたように、著者に公貸権補償金支払いを実施する二次法は2017年に可決されたのだが、それは前に述べたCJEUの判決の翌年であったことである。このことは図書館が“controlled digital lending”モデルに基づき電子書籍貸出を行うことを合法化したにも関わらず、この二次法(15)は図書館での貸出対象を「(電子)書籍の購入あるいはライセンスの条件に準拠している」ものに限定するとした点で重要である。すべての電子書籍に利用規約が付随することを考えると、この文言は画期的なCJEUの判決を拒否するに等しく、英国の図書館に出版社が許可する電子書籍のみを貸出可とさせるものである。

 DCMSと著作者協会であるSociety of Authors(元専門弁護士であるCEOが代表者)とともに、英国図書館(British Library)やライブラリー・コネクテッド(Library Connected(正式には図書館館長協会(Society of Chief Librarians)))、英国図書館情報専門家協会(CILIP)といった図書館組織も法制化への議論に関わった。CJEUの判決にもかかわらず、これらの図書館組織は出版社による図書館での電子書籍貸出の制限に合意したため、いまや英国著作権法に定められ、近い将来に覆すことはかなり困難である。この状況は図書館の伝統的な権利と自由とを大きく損なうことになる。人々に貸出するためにどんな本でも購入することができる状態から、いまや出版社がライセンスを図書館に与えると決めた電子書籍のみを貸出する法律に制限されている状態に変化したのである。

 読者にとってこの変化がどの程度のものであるかは、図書館が制限なしに購入・貸出できるタイトルと、出版社が図書館向けの価格・条件により利用可能とするタイトルとの開きの大きさによるであろう。

 英国と他国の公共図書館における電子書籍貸出に関してオーストラリア・モナシュ大学の研究者らが行った最近の重要な調査研究(16)では、電子書籍の入手やアクセスの可能性について簡単な全体像を示している。この調査では、特に関心が高い546タイトルをサンプルとし、英国やカナダ、ニュージーランド、オーストラリア、米国といった異なる英語圏の公共図書館における利用可能性を調査した。英国はどの国よりも低い入手状況であり、公共図書館で入手可能なのはサンプルのタイトルのうち59%にすぎなかった。この調査研究論文の著者たちによれば、「英国の図書館での入手性の低さは現在の極端な財政緊迫、つまり2012年以来、英国の公共図書館の25%程度は閉鎖あるいはボランティアに運営を委託されていることによるのかもしれない」「国際的なデータを集約するアグリゲーターによれば、英国の出版社は他のどの地域の出版社よりリスクを回避する傾向にあり、電子書籍貸出への不熱心さにさらに説明がつく」となる。同様に、モナシュ大学の研究者らによる2回目の調査研究(17)では、10万タイトル近くの電子書籍という多数のサンプルが利用されたが、こちらでも英国は調査した他の国に比べ最も低い77.5%の入手可能率であった。

 1回目のモナシュ大学の調査研究(18)では、英語圏の5大出版社のうち、4社のみが複数の図書館貸出プラットフォームで電子書籍を広く提供していることがわかっている。サンプルとした546タイトルのうち、97%は少なくともひとつの図書館貸出プラットフォームから入手可能であった。しかし、Hachette社は公共図書館による電子貸出で入手可能なタイトルに関して他の4大出版社に比べ対照的であった。50タイトルのHachette社の電子書籍のうち、わずか4タイトル(8%)のみが図書館貸出プラットフォームで貸出可能であり、著者らの調査したすべての図書館貸出プラットフォームで共通して入手可能なタイトルはなかったのである。

 英国は4大英語圏市場で電子書籍の入手可能なタイトルがもっとも少ないだけでなく、1回あたりの貸出にかかるコストが最も高いことも判明した(19)。結論として、この調査研究では英国での状況は「全体として英国はライセンス条件に最も魅力がなく、最も高価であり、最も低い入手可能性を示している」とまとめている。したがって、これらの調査結果は、英国がCJEUの判決を活用せず、図書館による包括的な電子貸出モデルの発展に役立つ著作権法改正を推し進めなかったことの影響に焦点を当てたものになっている。この理由は推測するにすぎないのだが、グローバルな図書館コミュニティが法的・政策的な専門知識を持つことの重要性を強調しているといえる。これらの専門知識に関しては、この分野で出版産業が行っている投資と比べると欧州の図書館コミュニティ内では深刻な欠如がみられ、自らに不利益をもたらしている。

 

フランスの場合

 英国とは対照的に、フランスではCJEUの判決が政策レベルで広く議論された。当時のフランス文化大臣ニッセン(Françoise Nyssen)が電子貸出のためにフランスの著作権法に例外規定を導入することを拒否したこと(20)に対し、フランス図書館員協会(l’Association des Bibliothécaires de France:ABF)は一貫して公共図書館から電子書籍を利用できるようにするための入手手段とその適切なモデルが不足していると声をあげてきた。

 2019年6月に(21)フランスの文化大臣も出席していたABF年次大会席上で、会長のバーナード(Alice Bernard)は「われわれはすべての出版社の作品を読者から奪い続けるつもりか?」と当てつけるように問いかけて、図書館での電子書籍貸出周辺の進展欠如を嘆いたのである。これはその年の1月に、複数のフランスの図書館団体が署名したフランス出版社協会会長宛て公開書簡(22)が背景となっている。この書簡では、フランス電子図書館貸出プラットフォーム(Prêt Numérique en Bibliothèque:PNB)での電子図書館貸出システムの重要性を認めつつ、公的機関が運営する図書館で電子書籍提供が制限されていると批判している。また、中小規模の図書館にとってはその価格があわず、出版社が提供するメタデータの質の悪さが図書検索を妨げているとの事実を指摘していた。

 2017年のインタビュー(23)において前ABF会長も、CJEUの判決にそって著作権法を改正し図書館の電子書籍貸出を可能にすることについての文化大臣の拒否に反発を示した。ライセンス・モデルが中小および大規模図書館に応じて提案されていたとしても(実際はそうではなかったが)、消費者に販売されていた電子書籍の52%しか公共図書館で貸出できていなかったという事実は、現状が根本的にフランスの図書館に合っていないことを意味していた。電子書籍貸出が可能なタイトル数の増大は、主な出版社の書籍が欠落していることで停滞していると報告されていた(24)

 電子書籍提供への実務的な解決策を望むフランスの図書館は、電子書籍リーダーを購入し、そのなかに電子書籍をダウンロードし、人々にそのリーダーを貸出したのである。

 公貸権による支払いにより著者に安定的な収入を保障するという重要性も、なぜ電子貸出を奨励するべきかという重要な理由のひとつとしてABFによって強調された。これは重要な政策課題である。特に有名な著者は多様な収入を得ているが、ベストセラー作家ではなくそれほど有名でもない作家は、一般的に公貸権による補償金から現実的な収入を得ており、そういった支払いに概ね価値を認めているように見える(25)

 

デンマークの場合

 デンマークは本稿執筆時点では、公共図書館を通じての電子書籍提供では最良の事例の一つであるものの、ここまでの道のりは平坦ではなかった。デンマークの図書館が利用する電子書籍貸出プラットフォーム(eReolen)は2011年に、文化王室庁(Agency for Culture and Palaces)とデンマークの複数の公共図書館との共同出資により設立された。クリックするたびに支払うpay-per-clickモデルを採用し、複数の利用者が同時に同じタイトルにアクセス可能にするということで急速に広がっていった。2012年の夏までに4,200タイトルが4万1,000の利用者(デンマーク人口の0.75%)に8万8,000回貸出された(26)

 しかし、この人気がかえってあだとなり、eReolenが売り上げに悪影響を及ぼしたと述べて、2012年後半にデンマークの7つの大手出版社がこのプラットフォームから撤退した。これによりプラットフォームで利用可能なタイトルの60%が一晩で減少した(27)。さらに悪いことに、セキュリティ上の問題が発覚したために、2013年にeReolenは再構成され、プラットフォーム専用のアプリでのみ使えるようになり、図書館利用者から極度に否定的な反応を呼び起こしたのである。

 デンマークの7大出版社によるeReolenからの撤退につづき、出版社はEBIBと呼ばれる「1部1ユーザー」モデルによる図書館利用者向けの独自のプラットフォームを設立した。これは以前のすぐにアクセスできるモデルに慣れていた利用者を苛立たせた。このプラットフォームで利用できるタイトルは不十分で、2014年にはEBIBを利用していた中小規模の図書館群はこのサービスの契約中止を決定した(28)。出版社のプラットフォームであるEBIBの事実上の崩壊を受けて、図書館は大規模出版社と交渉を再開し、妥協できる解決策に達した。それは2015年の1月までに最大規模の出版社らのタイトルを、再びeReolenで利用可能にするというものだった。

 eReolenへ大手出版社に戻ってきてもらうために、図書館は最初の6か月間、出版社が望むなら、「1部1ユーザー」モデルの下、プラットフォームで電子書籍を利用可能にすることを認めた。6か月が経過すると、「1部複数ユーザー」モデルに変更するが、必須ではない。このサービス利用の再開により劇的に利用が増加し、再び大手出版社のいくつかが2015年後半にプラットフォームから撤退することになった。しかし、今回は国内第二の出版社が残ったことから、2012年に比べ人々への提供タイトルの減少幅は小さかった(29)

 このボイコットは2017年、CJEUの判決結果をもってデンマークの文化大臣が電子書籍貸出に関して法律で出版社に強く対応するまで継続した。その後、大手出版社はeReolenと再交渉し、いくつかの中小出版社を除きデンマークの出版社はこのeReolenに提供するようになったのである。

 現在では、このプラットフォームは書籍、コレクション、出版社に応じた3つの貸出モデルを運営しており、すべてのコレクションにアクセス可能な「無制限」モデル、「1部1ユーザー」モデル、それから「1部複数ユーザー」モデルである。以前は「1部1ユーザー」から「1部複数ユーザー」へと6か月経過後に移行するモデルであったが、現在は1出版社が提供するタイトルのうち「1部1ユーザー」のタイトルは40%以下に留めるというモデルに置き換えられた。デンマークで利用できる電子書籍のおおよそ60%がこのプラットフォームから利用可とされており、残りの40%は出版社から提供されなかったものと図書館がライセンスを要求しなかったものの組み合わせとなっている。2017年に25万6,000人の利用者数が2018年には53万5,000人の利用者数になり、それはデンマーク人口の10%にあたる(30)

 eReolenの発展にみる紆余曲折は、図書館の貸出に対する出版産業側の曖昧な態度とともに、電子書籍を消費者に販売する最良の方法について出版産業側に確信がないことを、一面において物語っている。2017年、CJEUの判決後にデンマーク政府が介入し、出版社に決断を強いたことは重要なことである。この事例のみならず、時によっては異なる状況で、欧州の出版社は政府による著作権改正という脅威にさらされてアクセスと著作権の問題に積極的に対応しているように見受けられる。デンマークの事例では、他にも政府の重要な役割を見ることができる。最初にeReolenを設立した際の、公共図書館と文化王室庁の連携である。

 

ほかの課題

電子貸出と研究図書館

 電子書籍は1990年代後半に研究図書館(大学図書館、国立図書館など)で利用可能になり始めたのだが、議論の焦点の多くは欧州においては公共図書館がいかに電子書籍にアクセスできるかというところにあった。しかし、電子書籍「問題」のもう一つの重要な側面は図書館相互貸借にあった。

 大学図書館や国立図書館は、自館内で見つからない際に利用者のために他の図書館から紙の書籍を借りて提供するが、たいていの場合電子書籍では可能ではない。技術的保護措置により、購入または法定納本により入手した電子書籍を別の図書館に貸し出すことが出来なくなっている。電子書籍をある図書館から別の図書館へと貸出できない場合、研究者には2つの選択肢しかない。所蔵している図書館まで出向いていくか、行っている研究の一部に関わりのあるそのタイトルを参照資料としてふれないか、である。明らかにどちらの選択も望ましくない。この件に関しては、図書館からの強い介入―図書館コミュニティが政策課題に対して見せる普段の弱い反応を踏まえるとなさそうなことであるが―または政府の介入なしでは、研究目的での電子書籍へのアクセスは紙の書籍に比べかなり制限された状況がつづくとみていいだろう。

 書籍がアナログであったかつては必要とされなかったにもかかわらず、インターネットの時代に電子書籍へのアクセスを求めて、その図書館へ出向いていく必要が生じてしまう。このことは、インターネットの出現が生み出した多くのアクセス関連の矛盾点の一つに過ぎない。

 

デジタル化による貸出用電子書籍の作成―最適のモデルか?

 電子書籍に関連して図書館が直面している上記のような数多くの課題を考えると、図書館が電子書籍貸出のプロセス全体を管理運用するのが一つの解決策かと思われる。上記で概観したように、米国におけるインターネット・アーカイブは、フェア・ユースという米国の著作権の原則を主張し、図書館との協力により紙の図書を電子化し、図書館が所蔵するアナログの図書冊数にあわせた数の貸出制限を行う技術的保護措置を設けて電子書籍の貸出を行っている。このシステムでは、独自の電子プラットフォームを運用して資料を貸出し、「返却」して、独自の技術で管理している。この技術は決してユニークというわけではない。英国図書館(British Library)も、2003年以来、技術的保護措置を使い、期限付きで論文記事を特定の利用者に電子的に提供している(31)

 こういった電子書籍貸出システムの利点は、1か所で安全に制御でき、理解しやすく、問題があればたやすく検証可能であることである。また、図書館が選んだあらゆる図書を購入し、電子的に貸出可能となる。これはすべての欧州の国々でできなかったことである。

 VOB対Stichting Leenrechtの判決について欧州の図書館界内での批判のひとつは、電子書籍貸出の制限をアナログの書籍の例と同じく、「1部1ユーザー」にしたことである。この電子書籍貸出技術は、複数ユーザーへの書籍貸出モデルを可能とするが、業務の基礎となる法律の観点からは、実用的でたやすく理解できる解決策に思われる。欧州の著作権法に導入された場合、基本的な基準を形作るものとなり、適切な追加ライセンスや公貸権による補償金を踏まえて改善がなされる可能性がある。

 

まとめ

 電子書籍は、公共図書館を通じて貸出してほしい人々にとっても、大学図書館や国立図書館から館内でアクセスできない電子書籍にアクセスしたい研究者にとっても、多くの深く考えさせるようなアクセスの課題をもたらしてきた。欧州の図書館では、広範囲のタイトルを入手しようと苦労していて、期間限定貸出禁止措置が珍しくない。価格設定や著者が受け取る補償金の割合についての懸念も広く図書館界で表明されている。図書館の貸出を規則化する著作権法からライセンスへの移行は難題であり続けており、人々にとって購入可能な電子書籍数と、図書館で貸出可能な数との間には非常に大きな差があるといえる。CJEUによる画期的な判決があるにもかかわらず、判決は欧州の公共図書館の運営者たちから無視され続けてきたように見える。つまり、図書館はいまや出版社の選択、すなわち、何を、いつ、どうやって図書館向けの電子書籍として提供することを認めるかに依存している。紙の書籍貸出に関しては図書館の権利と自由はまだ継続しているが、いまや電子書籍貸出は異なる例となっており、図書館の使命とは異なる出版社のビジネスとしての決定にほとんど完全に支配されているのである。スウェーデン図書館協会が2012年に出した声明のように「新しい司書にあいさつを」。


※ 本稿はベンジャミン・ワイト氏による“European Libraries and eBooks – RIP the Public Library as We Know It?”の全訳である。原文は以下を参照のこと。
https://current.ndl.go.jp/en/ca1979_en

 

(1) Giussani, Bruno. “Building the World’s Largest Scientific Database”. New York Times. 1997-03-04.
https://archive.nytimes.com/www.nytimes.com/library/cyber/euro/030497euro.html, (accessed 2020-03-07).

(2) “Amazon’s Kindle to launch in UK”. BBC News. 2009-10-07.
http://news.bbc.co.uk/2/hi/technology/8294310.stm, (accessed 2020-03-07).

(3) Swedish Library Association. “Say hello to your new librarian”. Yumpu.
https://www.yumpu.com/en/document/read/10267688/say-hello-to-your-new-librarian, (accessed 2020-03-07).

(4) Castell, Christina de; Whitney, Paul. Trade eBooks in Libraries: The Changing Landscape. De Gruyter, 2017, p. 67, (IFLA publications, 172).

(5) Bergstrom, Annika et al. Books on Screens: Players in the Swedish e-book market. Nordicom, 2017, p. 142.
https://www.nordicom.gu.se/sv/system/tdf/publikationer-hela-pdf/books_on_screens._players_in_the_swedish_e-book_market.pdf?file=1&type=node&id=38864&force=0, (accessed 2020-03-07).

(6) Ibid.

(7) スウェーデンの公共図書館における電子書籍(オーディオブックを含む)の年間貸出回数の推移は、2015年:150万4,646回、2016年:187万9,363回、2017年:179万5,501回、2018年:229万6,562回となっている。

(8) Commission of the European Communities. “Directive 2006/115/EC of the European Parliament and of the Council of 12 December 2006 on rental right and lending right and on certain rights related to copyright in the field of intellectual property (codified version)”. EUR-Lex. 2006-12-27.
https://eur-lex.europa.eu/eli/dir/2006/115/oj, (accessed 2020-03-07).

(9) “C-174/15 – Vereniging Openbare Bibliotheken”. CURIA.
http://curia.europa.eu/juris/liste.jsf?num=C-174/15, (accessed 2020-03-07).
(訳者注:Stichting Leenrechtはオランダの著作権使用料徴収団体)

(10) “Borrowing From The Lending Library – A Basic Guide”. Internet Archive.
https://help.archive.org/hc/en-us/articles/360016554912-Borrowing-From-The-Lending-Library-A-Basic-Guide, (accessed 2020-03-07).

(11) “Deal on eLending in the Netherlands: Interview with the Dutch Public Library Association”. IFLA. 2018-10-31.
https://www.ifla.org/node/91647, (accessed 2020-03-07).

(12) “FAQs for educational writers”. The Society of Authors.
https://www.societyofauthors.org/Groups/Educational-Writers/FAQs-for-educational-writers-(1), (accessed 2020-03-07).

(13) Flood, Alison. “Ebook deals ‘not remotely fair’ on authors”. The Guardian. 2010-07-12.
https://www.theguardian.com/books/2010/jul/12/ebooks-publishing-deals-fair, (accessed 2020-03-07).

(14) “Half of Net Proceeds Is the Fair Royalty Rate for E-Books”. The Authors Guild. 2015-07-09.
https://www.authorsguild.org/industry-advocacy/half-of-net-proceeds-is-the-fair-royalty-rate-for-e-books/, (accessed 2020-03-07).

(15) “Digital Economy Act 2017 Part 4 Section 31”. Legislation.gov.uk.
http://www.legislation.gov.uk/ukpga/2017/30/section/31/enacted, (accessed 2020-03-07).

(16) Giblin, R. et al. Available, but not accessible? Investigating publishers’ e-lending licensing practices. Information Research. 2019, 24(3), paper 837.
http://InformationR.net/ir/24-3/paper837.html, (accessed 2020-03-07).

(17) Giblin, R. et al. What can 100,000 books tell us about the international public library e-lending landscape?. Information Research. 2019, 24(3), paper 838.
http://informationr.net/ir/24-3/paper838.html, (accessed 2020-03-07).

(18) Giblin, R. et al. Available, but not accessible? Investigating publishers’ e-lending licensing practices. Information Research. 2019, 24(3), paper 837.
http://InformationR.net/ir/24-3/paper837.html, (accessed 2020-03-07).

(19) Giblin, R. et al. What can 100,000 books tell us about the international public library e-lending landscape?. Information Research. 2019, 24(3), paper 838.
http://informationr.net/ir/24-3/paper838.html, (accessed 2020-03-07).

(20) Gary, Nicolas. “Légaliser le prêt d’ebooks, sauver des auteurs”. ActuaLitté. 2017-10-27.
https://www.actualitte.com/article/monde-edition/legaliser-le-pret-d-ebooks-sauver-des-auteurs/85491, (accessed 2020-03-07).

(21) Heurtematte, Véronique. “Franck Riester face aux préoccupations des bibliothécaires”. Livres Hebdo. 2019-06-06.
https://www.livreshebdo.fr/article/franck-riester-face-aux-preoccupations-des-bibliothecaires, (accessed 2020-03-07).

(22) “Comment améliorer l’offre de prêt numérique dans les bibliothèques ?”. ActuaLitté. 2019-01-30.
https://www.actualitte.com/article/tribunes/comment-ameliorer-l-offre-de-pret-numerique-dans-les-bibliotheques/93093, (accessed 2020-03-07).

(23) Gary, Nicolas. “Légaliser le prêt d’ebooks, sauver des auteurs”. ActuaLittè. 2017-10-27.
https://www.actualitte.com/article/monde-edition/legaliser-le-pret-d-ebooks-sauver-des-auteurs/85491, (accessed 2020-03-07).

(24) Ibid.

(25) Cowdrey, Katherine. “Tony Ross tops ‘most borrowed illustrators’ list”. The Bookseller. 2017-07-14.
https://www.thebookseller.com/news/tony-ross-tops-plrs-inaugural-most-borrowed-illustrators-list-587301, (accessed 2020-03-07).

(26) Christoffersen, Mikkel. “Denmark”. Trade eBooks in Libraries: The Changing Landscape. Castell, Christina de; Whitney, Paul. De Gruyter, 2017, p. 114, (IFLA publications, 172).

(27) Ibid.

(28) Christofersen. op. cit, p. 116.
オーフス公共図書館とコペンハーゲン公共図書館はEBIBを利用していなかった。

(29) Christofersen. op. cit, p. 118.
2015年の出版社撤退による提供タイトルの減少幅は26%である。

(30) Christoffersen, Mikkel. “eReolen ? the Danish, national e-lending platform”. SlideShare. 2018-01-18.
https://www.slideshare.net/saintmichels/ereolen-the-danish-national-elending-platform-nordic-library-meeting-in-copenhagen, (accessed 2020-03-07).

(31) “Secure Electronic Delivery”. Wikipedia.
https://en.wikipedia.org/wiki/Secure_Electronic_Delivery, (accessed 2020-03-07).
“Secure Electronic Delivery (SED)”. British Library.
https://www.bl.uk/sed, (accessed 2020-03-07).

 

[受理:2020-05-26]

 


ワイト, ベンジャミン. 欧州の図書館と電子書籍-従来の公共図書館よ、安らかに眠れ?. 井上靖代訳. カレントアウェアネス. 2020, (344), CA1979, p. 21-27.
https://current.ndl.go.jp/ca1979
DOI:
https://doi.org/10.11501/11509689

Benjamin White
Translation: Inoue Yasuyo
European Libraries and eBooks – RIP the Public Library as We Know It?

 

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