「部下が自分で考えて動かない」「うちのメンバーは手取り足取り指導しないとダメなのか……」と、部下の「指示待ち」状態を嘆くリーダーは少なくない。でも、待ってほしい。指示待ちの原因は自分にあるという可能性を、あなたは考えてみたことがあるだろうか。
日経ビジネス電子版の読者の皆さん、こんにちは。IWNC/インスパイアマンの生田洋介です。私は様々な企業に対して組織の風土改革や人材開発、チームビルディングなどの支援を行っていますが、クライアント企業のリーダーやメンバーたちに何かを教え、ゴールに導いているわけではありません。彼らが自らの経験から学び、自分たちで課題を解決し、ゴールに向かって自走する手助けをしています。
ランニングレースに例えるなら、伴走者、あるいはペースメーカー。ときには沿道で声援を送ったり、コーチになって相談に乗ったり激励(インスパイア)したりすることもあります。レースは、自分の足で走ることに価値があります。それでこそ達成感を得ることができ、新たなチャレンジに立ち向かうための効力感を持つことができるからです。
部長や課長といった立場で部下やチームメンバーを率いている皆さんにも、人々を鼓舞しながらゴールの達成を陰で支える人、「インスパイアマン」になっていただきたい。そして、リーダーの皆さんが手取り足取り指導せずとも自発的に行動し、成果を上げていくことができる「自走するチーム」をつくり上げてほしいと考えています。
この連載ではそんな思いを込めて、私が組織開発の現場で経験したストーリーを基に、架空のヒーロー「インスパイアマン」とともにリーダーが自走する集団をつくるプロセスを“再現”していきます。どうぞ最後までお付き合いください。
都心のオフィス街。
部下たちと業務の進捗状況について確認している苗田課長。
苗田:松尾くん、その後、商談は進んでる?
部下・松尾(以下、松尾):あ、いや……。あのあと課長、特に指示なかったんで、別に何も。
苗田:「別に何も」じゃないだろう? 進捗状況を適宜、報告してと言ったはずだよ?
松尾:「適宜」って意味分かんないですよ。なんか曖昧すぎっていうか。あと、課長って常に難しい顔してるし。報告とか相談をしたくても、「今はまずいかな」っていう雰囲気があるんですよね。
苗田:……。
自席で途方に暮れる苗田課長。
そこへ突然、現れたインスパイアマン。
苗田課長の背後から忍び寄り、やにわに目隠しをする。
苗田:ちょっ! 誰だよ? 何も見えないよ!! あれ、何だこれ? 取れないぞ。
インスパイアマン:まあまあ、そう慌てないで(笑)。まずは私の言うことを聞いてくれ。今から少しの間、私の指示だけを頼りに行動してもらおうか。うまくできたら目隠しを外そう。
苗田:はあ……(しぶしぶ)。
ここからインスパイアマンの一方的な指示が始まる。
インスパイアマン:では、立ち上がって。横を向いて。そうじゃない、体ごと。右じゃなくて左。一歩前に。もう一歩。そこでしゃがんで。やっぱり立って。右にカニ歩き。だいたい5歩くらいかな。うーん、行き過ぎ。ちょっと戻って。
苗田:……。
少しイライラし始める苗田課長。それを尻目に指示は続く。
インスパイアマン:では、右手を上げて。上げたら、その腕を前に伸ばしたところにあるものをつかんで。
右手をおずおずと、頭の上あたりまで挙げた苗田課長。そのまま、腕を前に伸ばすと――。ゴトンと音を立てて、何かが倒れたようだ。少し離れた場所で、インスパイアマンが「はあっ」と少しわざとらしくため息をつく。
苗田:何なんですか? 「腕を伸ばしたところにあるものをつかめ」って言うけど、どこに、何があるのか見えないのに、つかめるわけがないじゃないですか。それに、指示が曖昧ですよ。手はどのくらい(の高さまで)上げればいいのか、腕はどこにどれだけ伸ばすのかとか、具体的に言ってくれないと!
一気にまくしたてる苗田課長。
インスパイアマン:(ニヤッと笑いながら)そうだろう?
苗田:そうだろうって……。
インスパイアマン:あなたの部下たちと同じ気持ちを味わってもらったんだ。
苗田:はぁっ!?
いぶかる苗田課長の目隠しを外し、インスパイアマンはその意図を明らかにしていく。
インスパイアマン:(部下の)松尾くんがあなたに言っていたことを思い出してみてくれ。
苗田:「曖昧すぎる」?
インスパイアマン:そうだ。今まさに、あなたが私に言ったことだ。松尾くんも今のあなたと同じように、(苗田課長からの)指示が「曖昧すぎる」と思っているんだよ。だから、あなたの指示で動かなければいけない部下の気持ちを、体験してもらったわけだ。
苗田:……。
インスパイアマン:ほかに何か、気づいたことはないか?
苗田:はじめに「何をやろうとしているのか」の説明がなかったですよね? それだと不安なまま動かなければならないし、めちゃくちゃストレスになります。
インスパイアマン:その通り。あなたは部下が自発的に動かない「指示待ち」であることを悩んでいるようだけど、それを解消するには、彼らを「目隠し状態」から解放してあげることが必要なんだ。
苗田:目隠し状態からの解放?
目的や目標が分からない。状況が分からない。今、自分にできること、すべきことがイメージできない。とにかく情報が少ない――。それが、目隠し状態である。
インスパイアマン:部下が動けない原因は、大きく2つある。1つは、スキルの問題。技術や経験不足で動けない。もう1つは、モチベーションの問題だ。アサインされた業務が、何のために行うものなのか分からない状況だと、モチベーションは湧き上がってこない。
【説明しよう】
モチベーションには、「内発的動機」と「外発的動機」の2種類がある。前者は「仕事そのものに楽しさを感じている」「仕事が何に役立っているかが分かる」という状態を指す。仕事に意義を感じられ、仕事をすることで自分の可能性も広がると思うことができればがぜん、モチベーションが高まり、自発的な行動や創意工夫につながっていく。後者は「お金や生活のために働いている」「怒られたくないからやる(感情的圧力)」といった状態が代表的で、「惰性」もその1つだろう。いわば「やらされ感」が根底にあり、「必要最低限の仕事だけこなせばいい」という考えから「指示待ち」に陥りやすい。
苗田:そうか。私は仕事を振るときに、その目的や意義を十分に伝えていなかったかもしれないですね。よし分かった! 早速、松尾くんに……。
部下にあらためて指示を出そうとする苗田課長に、インスパイアマンは待ったをかける。
インスパイアマン:いやいやいや、ちょっと待ってくれ。あなたはこのあと、部下にどう話していくつもりだ?
苗田:それは、アサインの意図や業務の意義を伝えて……。
インスパイアマン:「これこれこうだから、やってくれ。以上」か? 今までよりはマシかもしれないが、それで指示待ち問題を根本から解決できるかな。あなたはそもそも、部下にどうなってほしいんだ?
苗田:やっぱり、自分で考えて動けるようになってほしいですね。あ、それなら、私からすべて説明しないほうがいいのかな。まずはアサインの意図だけ伝えて、そこにはどんな狙いがあると思うか、質問してみるとか。
インスパイアマン:いいぞ。「まず、問う」というのは重要だ。
インスパイアマンに問われたことで、気づきを得ていく苗田課長。
苗田:アサインの意図や狙い、目的、それに、求められる成果も一緒に考えて共有しておきたいですね。数値目標や、それをどのくらいの期間で達成すべきかといったことも。
インスパイアマン:ますますいいね。
苗田:そうなると、「どうやってゴールにたどり着くか」も、話し合って決めておくといいんですかね?
インスパイアマン:いや、それには少し問題がある。
苗田:どうしてですか?
インスパイアマン:「Why(=なぜ、その仕事をやるのか)」と「What(=何を達成すべきか)」はしっかり“握る”ことが重要だ。ただ、「How(=どのように進めていくか)」は、ある程度任せて、裁量を持たせるといい。そのほうが、仕事をするうえでは面白いだろう?
苗田:なるほど。
インスパイアマン:あなたは「オーナーシップ」という言葉を聞いたことがあるか?
苗田:オーナーシップ?
【説明しよう】
「オーナーシップ」とは、個人が与えられた職務や任務に対して、主体性を持って取り組む姿勢やマインドを指す言葉である。部下のオーナーシップを高めるには、いかに部下を巻き込んでいくかがカギになる。上司が「指示するだけ」では、部下は「やらされ感」を持ってしまう。多少なりとも計画立案に加わるなど、部下が「自分の仕事」だと思えるようにしていくことが重要だ。
苗田:なるほど。(部下に)ある程度任せることが大切なのはよく分かりました。
インスパイアマン:ただ、気をつけなければいけないこともある。部下のオーナーシップを尊重する一方で、部下に抱え込ませないことだ。
「この仕事はあなたに任せるけれど、何か問題や困ったことがあれば助けるし、チームメンバーや周囲の人を頼ってもいいんだよ」ということを伝えて、互いに協力しあえる雰囲気をつくっていくことも、上司の重要な役割の1つだ。
今のリーダーはほぼ、プレイングマネジャーだといっても差し支えない。忙しい中で上司に余裕がなくなるとコミュニケーションが希薄になり、職場の雰囲気も殺伐としてくる。コロナ禍となってからはオンラインでのコミュニケーションが主体になっている会社もあるため、「日常のちょっとしたコミュニケーション」が失われがちだ。
コミュニケーションが薄れた「業務だけ」の関係では、相互の信頼感は醸成されない。上司がメンバーの状態を把握しにくくなり、適切なアサインも、その動機付けも難しくなる。そのような状況で、上司がただ「あれをやれ、これをやれ」と指示だけを飛ばしていると、部下は不安や疑問があっても相談できず、自分で抱え込んで進捗が遅れたり、ミスをしたりする悪循環にも陥りやすい。
苗田:部下たちは動かなかったわけではなくて、私の目隠し状態の指示や、コミュニケーション不足から「動けなかった」のかもしれないですね。まずは、部下に問い、一緒に考えるところから始めてみます! あれ、もういない……。
「指示待ち部下」への対策は、「まず考えさせる」こと。そして、自ら考え行動したことを認めていく。結果を褒めること以上に、この過程の承認が重要だ。特に、再現性をもたせたいポイントに注目して認めることで、部下のオーナーシップやパフォーマンスは上がっていくはずだ。
(構成:田村知子)
(次回のテーマは「目標設定」)
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この記事はシリーズ「「自走するチーム」って、どう作るの?」に収容されています。フォローすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。