時間が解決する問題もなくはないが、時間が過ぎれば過ぎるほど、複雑さを増し、泥沼に陥る問題もある。この間、書き継いできた問題は、後者に属することは間違いない。そうした事態に至らしめている事情はいくつかあるが、何よりも、当事者が向き合うことを避け、「逃げ」ないし「自己弁護」に走り、結果、限りなく「居直り」に近い状態になりつつあることだ。
政治家や著名人が不祥事を起こすと、「体調不良」を訴えて病院に駆け込むケースがよくあるが、厚顔無恥を地でいく仕儀といわざるを得ない。ところが、あろうことか、問題を起こした側が、心身の不調を訴えたり、ポジションやそれにまつわる任務を放棄するといったことが臆面もなく行われ、許されている。
それが、問題を起こしたことの責任をとることであるなどと考えているとしたら、大いなる勘違いと言わざるをえない。引っ込んだり、退くことはいつでもできる。今、なすべきことは事実解明のはずだ。これにふたをして逃亡することは許されない。
既に足下に楔は打ち込まれている。時間稼ぎや悪あがきは何の足しにもならない。速やかに「事実」と向き合い、「結果」を受け入れるべきだ。そこからしか、「解決」への道はつけられない。いつまで穴蔵にこもるつもりなのか?
時々刻々、「被害者」はその身を、心を苛まれ、責め苦にあっていることに想いを馳せるべきだし、時々刻々、加害責任が積み重なっていっていることを自覚すべきだ。