「対岸の彼女」
「対岸の彼女」(角田光代)を再読してみて気づいたのだが、主人公は葵だとばかり思い込んでいたのだが、小夜子の方だった。そして対岸にいるのは、葵でありナナコであり小夜子でもある。小夜子に葵が言う。
「お友達がいないと世界が終る、って感じ、ない? 友達が多い子は明るい子、友達のいない子は暗い子、暗い子はいけない子。そんな風に、だれかに思い込まされてんだよね。私のずっとそう。ずっとそう思ってた。世代とかじゃないのかな、世界の共通概念かなあ。」
「けどさ、ひとりでいるのがこわくなるようなたくさんの友達よりも、ひとりでいてもこわくないと思わせてくれる何かと出会うことのほうが、うんと大事な気が、今になってするんだよね」
本作は、他人とうまく関わりあえない人たちの物語だが、それは普通の人だからそうなのだと思わせてくれる物語だ。ラストも良い。
<結婚する女、しない女。子供を持つ女、持たない女。それだけのことで、どうして女どうし、わかりあえなくなるんだろう。ベンチャー企業の女社長・葵にスカウトされ、ハウスクリーニングの仕事を始めた専業主婦の小夜子。二人の出会いと友情は、些細なことから亀裂を生じていくが……。多様化した現代を生きる女性の姿を描く感動の傑作長篇。第132回直木賞受賞作。>
ちなみに選評で私の感想と近かったのが平岩弓枝さん。
<「瞠目した。」「自由奔放に行きつ戻りつしているようで緻密に計算されている構成のおかげで作品の流れがよどむことはない。こけおどしの作為もないし、豊富な資料を使った重厚さもない代りに、登場人物の一人一人の表情がはっきり見え、その背景の現代に正確なスポットライトが当っている。受賞作にふさわしいと思った。」>
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