百年文庫(82)
第82巻は「惚」(斎藤緑雨「油地獄」 田村俊子「春の晩」 尾崎紅葉「恋山賤」)
<柳橋芸者に入れあげて、一人合点な恋に一喜一憂する書生・貞之進。若い男の自意識と、花柳界の恋のからくりを、明治文壇きっての批評家が描く「油地獄」。香気を含んだ春の雨が、幾重の情念をそっと揺り起こす。放埓で繊細な愛と性を描いた「春の晩」。白い指先、かぐわしい香り、都会育ちの娘は噂にたがわぬ美しさだった。いずれ叶わぬ山男の恋心を、春の情趣豊かに綴る「恋山賤」。甘く切なく、ほろ苦い。恋に焦がれる三篇>
「油地獄」は、青年が芸妓に一目惚れし「油地獄」を味わう物語。ユーモラスな語り口で、初心な青年の一方通行の恋の苦悩の描き方が秀逸。
「世間では、ちょいと見てちょいと惚れると云って可笑がるけれども、畢竟ちょいと惚れるのが後に能くほれるので、其の初めはちょいというより外に指す所がない」「遊びというものの味が真正に分かったなら、遊びは面白いことでなくて恐いことである。怖いことを知って遊ぶ者に過ちは無いけれども、其迄には一度面白いことを経ねばならぬので、過ちは其の時に於いて多く発生する。さりとて遊ばずに恐れる者が人間かと言えば、遊ぶ道のある間は、遊んで恐れる者の方が人間である」
青年は、「ちょいと惚れ」て、「面白いこと」を経て夢中になってしまうのだがその結果は…。
「春の晩」は、春の雨の夜の出来事を描いた、官能が匂い立ってくるような作品。冒頭の雨に気を取られる場面が良い。
<樹が雨に打たれながら、明るくぼやっとしていた。斜がいに見える軒燈の灯りが艶消しがらすの珠の中にほっかりと滲染んで、頬紅のような柔らかい春の宵の色を包んでいた。雨にむせてる丁子の匂いが甘くなまめいて窓のほとりを流れていた。幾重はしばらく立った儘で、灯りも花も緑も、蕩かすようにさっと霞めて降っている雨を見つめていた。しずかな、しっとりと強い雨の響きの中に、何か女の胸を甘やかすように咡く秘密なものが含まれていた。幾重はそのきにそそられながら、うっとりとした。>
主人公の女の心の動きを丹念に「説明」でなく「描写」している文章が美しく妖しい。もっと読んでみたくなる作家さんだ。
「恋山賤」は、著者の初期の作品で井原西鶴風の文体で描かれた、山男と身分違いの美しい少女との出会いの物語。短編と云うより掌編小説で、「こんなことがあったとさ」といった作品。本編は、斎藤緑雨の、講談風の芸妓に惚れた初心な男のドタバタぶりに笑い、田村俊子さんの情感に溢れた文章が楽しめる。
<著者略歴
斎藤緑雨 さいとう・りょくう 1868-1904
伊勢生まれ。本名・賢(まさる)。明治法律学校中退後、仮名垣魯文の弟子に。批評家・正直正太夫として文壇で認められ、小説と評論の両分野で活躍した。樋口一葉を高く評価したことでも知られる。代表作に『油地獄』『かくれんぼ』など。
田村俊子 たむら・としこ 1884-1945
東京・浅草生まれ。本名・佐藤とし。日本女子大学中退後、幸田露伴門下に入る。女優を経て、懸賞小説に当選して文壇デビュー。官能的な表現で男女の相克を描き、大正期を代表する女流作家となった。代表作に『女作者』『木乃伊の口紅』『炮烙の刑』など。
尾崎紅葉 おざき・こうよう 1868-1903
江戸・芝中門前町生まれ。本名・徳太郎。明治文壇の一大勢力となる硯友社を率い、1889年の『二人比丘尼色懺悔』で人気作家に。泉鏡花、徳田秋声など多くの弟子を育てて、日本近代文学の発展に大きな役割を果たした。その他の代表作に『多情多恨』『金色夜叉』など。