広島ええじゃん紀行
「広島ええじゃん紀行」は、十四人の作家による広島紀行文。かなり古いものもあり、今も続いているお店が何軒あるか不明でこれから広島に旅行して美味しいものを、と思っている人には不向きかもしれない。本書で知ることができるのは「昭和の広島」だ。なるほど!と唸ったのは阿川佐和子さんのこんな文章だ。
<旅には未練を残しておくことが、大事である>
あれもこれもと詰め込みすぎると「もっとゆっくり見れば良かった」と思うのが常だが、それが旅の醍醐味というものだったのだ。気が付かなかったなあ、またここに来たいと思わせてくれるところが、旅の面白さなのだとは。
本書に広島駅南口にあった市場のことが紹介されていたので懐かしくなってネットで検索してみたら、この本では「愛友市場」となっていたが、「荒神市場」という名前だったのが分かった。露店に台を並べ野菜や魚、肉などを売っていて活気があり何やら「闇市」という雰囲気があった。私がそこに行ったのは、昭和45年の夏、大学時代の友人の葬儀の帰りだった。汽車の待ち時間(当時はまだ新幹線が新大阪までしか延びていなかった)があったので、その市場を冷やかし、すぐそばにあった映画館で東映のやくざ映画を観た。だが、この市場は再開発でなくなってしまったという。良い悪いは別にして、そういう話を聞くとなぜか記憶にあるその場所がどんどん美化され失われたものに対する感傷がどっと押し寄せてくる。そして、「思い込み」だけが増幅していくのだ。ま、こういうのを「年を取った」というのかもしれないが。
<目次 池波正太郎(厳島 岩惣) 阿川佐和子(未練の旅) 椎名誠(瀬戸内海カニ・エビ旅) 杉村春子(故郷の夏 広島のかき) 太田和彦(広島のカキに演歌がしみる) 嵐山光三郎(スパイは東京から) 佐々木久子(空前絶後の美酒) 内田百閒(鹿児島安房列車 抄) 井伏鱒二(在所言葉) 犬養孝(万葉の旅 抄) 村松友視(主に地尾道にさぐる“おいなりさん”の謎) 竹西寛子(尾道の寺) 林芙美子(田舎帰り 抄) 大林宣彦(ふるさと尾道 抄)>