百年文庫(17)
第17巻は「異」(江戸川乱歩「人でなしの恋」 ピアス・西川正身「人間と蛇」 ポー・江戸川乱歩訳「ウイリアム・ウイルソン」)
<並外れた美男子と結婚した「私」は、夫が夜更けになると床を抜け土蔵に行くことを怪しみ始める。闇の中、手探りで梯子段をのぼっていくと――隠さねばならなかったこの世ならぬ歓楽と哀しみを描いた「人でなしの恋」。自信に満ちた裕福な学者がベッドの下に光る二つの目に神経を掻き乱されてゆく「人間と蛇」。 放蕩の限りをつくす名門一族の「私」が同姓同名の同級生に追われる恐怖を描いた「ウイリアム・ウイルソン」。 背筋の寒くなる三編>
「人でなしの恋」は、「乱歩傑作選」で一度読んでいたせいか、最初からネタバレしていて、まわりくどく思えた。読者にも編集者にも評判は良くなかったが、乱歩自身は「気に入っている作品だという。乱歩らしいといえば「らしい」作品。
「人間と蛇」は、誇大妄想に陥った学者の悲劇を描いた作品だが、ラストのオチが何とも雑な感じ。初期の作品(1891年に出版された初の短編集に収録)という事情は考慮しなければならないのかもしれないが。
「ウイリアム・ウイルソン」は、読み進むうち「ドッペルゲンガー」(自分自身の姿を自分で見る幻覚の一種で、「自己像幻視」とも呼ばれる現象。自分とそっくりの姿をした分身)を扱った作品だとわかる。放蕩に耽る自分と、それを否定する良心との葛藤を描いている。ラスト、良心であるもう一人の自分を刺殺したあとの主人公の独白が哀しくも切ない。
<お前が勝った。そして俺は降参した。だが、今日限りお前もやっぱり死んでしまったのだぞ――現世から、天国から、希望から! お前は俺の内に生きて来たのだ――そして俺の死と共に、如何にお前が手際よくお前自身を刺し殺してしまったかを、お前自身にほかならぬこの姿でよく見るがいい>
<著者略歴
江戸川乱歩 えどがわ・らんぽ 1894-1965
三重県生まれ。本名は平井太郎。ポーやコナン・ドイルで探偵小説の面白さを知り、雑誌「新青年」に作品を発表して人気作家となる。戦後は探偵作家クラブを創立、初代会長を務めた。代表作に『押絵と旅する男』『怪人二十面相』など。
ビアス Ambrose Bierce 1842-1914 ?
アメリカの小説家、ジャーナリスト。南北戦争で北軍兵士として戦った後、ジャーナリストとして人気を博す一方で、短篇小説も数多く執筆。1913年、革命さなかのメキシコで消息を絶った。代表作に『悪魔の辞典』『いのちの半ばに』など。
ポー Edgar Allan Poe 1809-1849
19世紀アメリカ文学を代表する小説家、詩人。短篇小説の名手で、推理小説の分野を確立。詩人としてはフランス象徴詩に大きな影響を与えた。アメリカ文学史上最大の文豪だが、常に貧困に苦しみ、酒におぼれて早世した。代表作に『アッシャー家の崩壊』『モルグ街の殺人』など。