日経BOOKプラス編集部が初めて開催した読書会「『冒険の書』を編集者と一緒に読もう」は、著者の孫泰蔵さんのオンライン登場や担当編集者が語る出版裏話、参加者の意見交換などで終始盛り上がった。参加者から「本の魅力を再発見する機会になった」という声も多く聞かれた。

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著者がサプライズ登場!

 日経BOOKプラス編集部は6月26日、読書会「『冒険の書』を編集者と一緒に読もう」を開催した。日経BOOKプラス編集部員や書籍編集者らがモデレーターとして参加した第1回のテーマ本は、2023年2月の発刊以来、9万部を突破した『冒険の書 AI時代のアンラーニング』。

 本書はAIのスタートアップなどにも携わってきた起業家の孫泰蔵さんの著作だ。これまでの常識や価値観の抜本的な見直しを余儀なくされている今、いかに希望ある未来を創造すべきかを問う。主人公の「僕」が、「私たちはなぜ勉強しなきゃいけないの?」「世界を少しでも良くする方法は?」……といった現代社会が直面する混乱や未来への挑戦について、80の問いを通じて世界にちらばる冒険の書と共に、さまざまな時代の偉人と出会う過程で、探究する一冊だ。

 読書会の冒頭、孫さんがシンガポールからオンラインで登場。著者の参加を知らされていなかった参加者一同が画面にくぎ付けになる中で、孫さんが開口一番発した質問は 「皆さんは、なぜ読書会なんかに来られたんですか?」

 思わぬ問いかけに笑いが起こり、会場の雰囲気が一変、和やかなムードに包まれた。なぜ、自分がこの本を手に取り、読書会に参加して他の人の意見を聞きたいと思ったか、そこを考えることが、スタート地点ではないかという孫さんの示唆だ。

孫さんから投げかけられた思わぬ問いかけに参加者もびっくり
孫さんから投げかけられた思わぬ問いかけに参加者もびっくり
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遺書のつもりで書き切った作品

 孫さんは自分自身がかつて抱えていた問いを基に人と対話し、本を介して偉人と対話を通じて得た知見を『冒険の書』に記したと言う。「最初で最後の本を書くつもりで、自分が伝えたいことを全部書き切ろうと決めていました。遺書のつもりで書いた本」(孫さん)。

 「この本を手に取ってくださったということは、皆さん、世の中や人生に対して何かしらモヤモヤとした思いがあり、冒険をしたい心境や環境、状況におられるのかなと想像します。自分が変われば、世界は変えられると思うし、私自身がそういう経験をしてきたので、皆さんが冒険に出る何かのきっかけになればうれしく思います」(孫さん)。

 また、「なぜ、この本を読んで読書会に参加したのか? ここにいる皆さんで共有してみても面白いのでは」と、読書会の「お題」が提案された。

著者のSNS投稿にほれ込み、書籍化を熱望

 続いて、担当編集者の中川ヒロミが登壇。編集者だけが知る発刊までの裏話を明かした。書籍化のきっかけは、孫さんがSNS上で投稿していた文章を読んで「本にしたい」と考えたことだったと言う。

 「当時、息子を育てる親として、頭ごなしに勉強を押し付けてしまい、自己嫌悪に陥ることが度々ありました。そんな時に、孫さんの『現代は、能力を身に付ければ幸せになれると誰もが思い込んでいる能力信仰の時代』という言葉に救われました」

『冒険の書』編集担当の中川ヒロミ。刊行までの裏話に参加者も興味津々だった
『冒険の書』編集担当の中川ヒロミ。刊行までの裏話に参加者も興味津々だった
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 「効率化や生産性を追い求めるうち、人間まで機械と同じように考えてしまう能力信仰の時代。自分自身も息子がかわいいのに、機械のように扱っていたと気付き愕然としました。ただ、それは私だけがそうなのではなく、今の世の中の仕組みがそのようになっているからだということが、孫さんの文章で分かりました。同じように苦しんでいる親や子どもたちにも読んでもらいたいと思い、本にしたいと思いました」(中川)

 そこで、孫さんに書籍化したいと提案。一度は断られたものの、発行に至るまでの裏話が明かされた。中でも、「当初、大人向けに書かれていたものを、中学生でも読める内容にするため、著者が全面的に書き直し、発刊まで4年かかった」という完成までのプロセスには驚きの声が上がった。

思考停止状態という言葉にハッとした

 その後、4~5人ずつのグループに分かれて、グループワークを実施。ここでは、孫さん提案の「なぜ読書会に参加したのか」と、「『冒険の書』を読んでグッときたところ、ハッとしたところについて」という2つのお題に沿って読後の感想や意見を交換した。ディスカッションは白熱。どのグループでも、限られた時間いっぱいまで熱心に意見を交わす姿が見られた。

グループワーク終了後に、グループごとにどのような意見があったかを発表
グループワーク終了後に、グループごとにどのような意見があったかを発表
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 「なぜ読書会に来たのか」という問いかけに対しては、「読書への参加を機に、本を読み込むことができた」と答える参加者が多かった。ただ、本を読むだけなら一人でもできるはず。改めて著者の問いかけを深く考え、話し合ううちに、「『冒険の書』に出てくるアンラーンができるのではないか」という意見も出てきた。

 『冒険の書』には、こんな文章がある。

 「ラーニングは一人でもどこででもできます。しかし、アンラーニングは自分だけではなかなかうまくいきません。アンラーンしようとしている人と交わる中で、 対話を通じて初めてできるものです。ですから、わざわざ集まる意味はアンラーニングのため以外にないと思うのです」

 読書会に参加すると、他の参加者の意見を聞くことで自分の思い込みに気づき、アンラーニングが進むのかもしれない。

 次の「グッときたところ、ハッとしたところ」という問いかけについては、様々な意見が出た。とりわけ「常識にとらわれて社会のルールを疑うことをしない思考停止をやめれば、世界は変えられる」、「才能や能力は迷信で、AI時代には意味をなさない」という“能力信仰”の現代を真っ向から否定する内容や言葉にハッとさせられたという声が目立った。 

 「現状、世の中がどういうルールで動いているのか再認識できた」「世の中の常識だと思いこんで何の疑問ももたないのは、思考停止の状態であること。一度そのことを疑って、世の中の常識をアンラーニングすることで自由な考えや発想が生まれるのではないかと感じた」という声が上がった。

問いの立て方の秀逸さが最大の魅力

 その一方、「本書に書かれていることをそのまま実行したら、未来はユートピアなのか、デストピアなのか分からない」「既存のルールで生きてきた私たちはいまさらどうしたらいいのかと、ちょっとした怒りも湧いてくるけれど、なぜかこの本が好きなのが不思議」といった感想にも共感が集まった。現在の常識に縛られることをやめたいと思う半面、従来の価値観やシステムの中で生きてきた自分を変えることは本当に可能なのか。その思いの間で揺れる参加者の胸のうちが垣間見えた。

グループワークで参加者の意見をメモして、発表の参考に
グループワークで参加者の意見をメモして、発表の参考に
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気になったポイントに付箋を貼ったり、書き込んだり、みっちり「予習」をしてきた参加者も
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 また、孫さんによる問いの立て方が秀逸で、自分ごととして考えることができたという意見も複数上がった。「10年後、20年後という将来を見据えてベンチャーの仕事をしている孫さんが、過去とちょっと未来を行き来しながら、現在に対する問いを立てている。その問いに非常に説得力がありました」(参加者)

 読書会への参加が読書の動機になり、「他者と語り合うことで新しい発見ができた。まさにアンラーニングでした」。参加者からはそんな言葉も聞かれた。

終了後に日経BOOKプラス編集部員や書籍編集者と共に記念撮影
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取材・文/宇治有美子 構成/市川史樹(日経BOOKプラス編集部) 写真/佐々木睦

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