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戦時中、開拓団として満州に渡り、戦後の動乱の中、さまざまな理由で帰国がかなわず中国に残らざるを得... 戦時中、開拓団として満州に渡り、戦後の動乱の中、さまざまな理由で帰国がかなわず中国に残らざるを得なかった中国残留孤児たち。1972年の日中国境正常化以降、そのほとんどが日本に永住帰国した。慣れ親しんだ「異国」と、異文化の「祖国」の間で揺れ動く彼らのライフストーリーとは。中国残留孤児研究がご専門の、張嵐氏に伺った。(取材・構成/増田穂) ――そもそも「中国残留孤児」とはどのような人々のことなのでしょうか。 1932年3月、日本は中国東北地方で「満州国」という傀儡政権を作り上げました。以後第二次世界大戦の終結に至るまで、満州は日本の植民地支配を受けます。約13年間におよぶ植民地統治のなかで、日本は軍事的必要性と、世界恐慌以降の農村の惨状打開の施策を組み合わせて、満州に大規模な開拓移民を送り込みました。こうした移民は満蒙開拓団とよばれ、国策として全国から30万人以上の人々が満州へ送られました。
2017/09/04 リンク