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ぼくが住んでる近くは、特別変った史跡のようなものもないのだが、ひとつだけ立派な碑の立ってるところ... ぼくが住んでる近くは、特別変った史跡のようなものもないのだが、ひとつだけ立派な碑の立ってるところがある。 三義塚、というのがそれである。 http://www.yama-r.jp/nittyu/jomaku/index.html 1932年(昭和7年)2月、西村真琴博士は戦争で傷ついた人々を救援するため、奉仕団の団長として中国を訪れ、活動していました。 上海市を訪れた時、 戦乱で廃墟となった三義里街の一隅に、飢えて飛べなくなった鳩を見つけ介抱しながら日本に連れて帰りました。 鳩は「三義」と名付けられ、はじめは新聞社の鳩舎に入れましたが、他の鳩ともよく馴れたので、とくに仲のよい一羽とともに、豊中市穂積(現在の服部西町)の自宅で家族同様に育てました。 博士は小鳩が生まれたら、日本と中国友好の証しとして上海市に送るつもりでした。講演会のたびに仲のよいこの鳩を伴ない、鳩をとおして両国民の親善を説い
2009/04/03 リンク