樋口真嗣の地獄の怪光線

第33回

これぞ立体音響。デノン「X4700H」×アトモス配信で10年遊べるじゃん!?

配信の新作映画を購入することも増えました

一体どんな風の吹き回しなのでしょう? 最初あれだけ忌み嫌っていた動画配信に対しての警戒感はすっかり氷解し、今では率先して先行配信の新作映画を購入している有様です。

とはいえその豊富なラインナップも、二子玉や代官山にあるシャレオツな本屋さんと同じく「手広く色々あるけど欲しいものはない」というジレンマに陥り、満足にはほど遠いのです。まあ自分の趣味が一般的じゃないといえばそれまでなんですけどね。

それにサブスクリプション的なものはいつまでもあると安心していると、ある日突然ラインナップからひっそりと姿を消す映画があるので油断も隙もありません。

油断も隙もといえば、1人でネットサーフィンならぬメニューサーフィンであれやこれやの映画をかじり見し散らかしていると、知り合いが来ている時になんか評判になってる配信ドラマが話題になってそれを見ようとして配信サービスのメニュー画面をうっかり開くとそれらの作品のサムネイルが ソリティアの札みたいにズラリと並んでかなり恥ずかしい目に遭うことがございます。

文句なしに恥ずかしいタイトルもあるし、ひっそり地味に恥ずかしいタイトルもお構いなしに並びます。昔カセットテープ全盛の頃にお金が無いから重ねどりしてたりして、友達んちでそれを聞いてたら、かっこつけたアンビエントなアルバムの最後に消し忘れのアイドル歌謡が途中から流れちゃうような体験が何十年ぶりに不意打ちです。穴があったら埋めてやりたい気分です。

――あれ隠せるようにならないですかね? めちゃくちゃプライベートな部分を見られるようで、とっても恥ずかしいのは人様にお見せできないような後ろめたい趣味を持っている俺に問題があるのでしょうか?

ヘッドフォンやサウンドバーでは代用できない世界においでよ

そして、アンダー20(万)のAVアンプ日本一決定戦も第3回目。

かつては群雄割拠の様相を呈していたこの世界も、御三家といわれるサンスイ、ケンウッド、パイオニアのオーディオ専門メーカーはそれぞれの運命に呑み込まれ、他のメーカーも合理化や生産調整の波が押し寄せてそのラインナップは縮小の一途を辿り、ハイエンドまでいかないアッパーミドルランクをラインナップしているのも今や3社。

何度も言うようだけど、ヘッドフォンやサウンドバーでは代用できない構築された音場は、体験しないとその良さは実感できません。その沼にハマるのであればもっと高みを目指すのも選択肢の一つだけども、その沼に思いっきりハマって身の程を越えた投資の返済のために好きだったはずの仕事を諦めることになった同窓会で噂になった中学時代の友人のことを思うと、自分の身の程はどのぐらいだろうか?

仕事場天井にある、4本のAtmos用スピーカー。すべて気合いで設置!

欲望は無限ですが、この辺かな? というのがエントリーモデルでは格好がつかないから、ちょっと良いぐらいのオーバー5~アンダー10あたりから始めたけど、そろそろ俺もといいながら各社が自信を持ってリリースしているフラッグシップに手を出すには身の程に合わないのではないかと中学時代の友人を思い出してしまうので、この辺かなと思うのがアンダー20なのであります。

高い機能の割には、がんばれば手を出せる価格帯でご家庭のリビングにイノベーションですよ。俺をしてでもそのぐらいの価格帯を選ぶのが悲しいなどとネットで陰口を叩かれるとナニクソコンニャローって頭に血が昇るけれどもグッと堪えます。

山は歩いて登るからその高さを実感できるのじゃよ。

Atmosに遭遇した頃の樋口監督(2018年撮影)

いざ、限界の向こう側へ! Dolby Atmosというか最新AVアンプすげえ

最終走者はデノン「AVR-X4700H」……でも繫いだら変な写りに!?

最終走者は日本初にして唯一の録音機製造専門会社、日本電音機製作所に端緒を発するデノン(DENON)の「AVR-X4700H」であります。

デノン「AVR-X4700H」(19.8万円)

録音機といっても光学式ディスクでもテープでもない。アセテートの円盤に溝を掘って録音し、溝を針で擦って再生する円盤録音機で、戦前から日本放送協会の技術部門と共に録音芸術の道を歩み、1945年8月15日の玉音盤を記録しました。

日本コロムビアに吸収合併され、ソフト、ハードの両面から戦後のオーディオを牽引してきましたが、実は民生機の参入は1970年代と遅く、もともと業務用中心だったので当時の子供には手の届かない本格的なものという印象がありました。それでも1990年代ぐらいからAVアンプを世に出し始めるとドルビー、DTSといった音声プロセッサーの新規格やルーカスの提唱するTHX規格にいち早く対応して、カタログには「世界初!」の惹句が踊り、最先端を切り開くファーストペンギンの座を不動のものとしていました。

そんなデノンも業界再編の荒波を受け、2002年には同業のマランツと共に、ディーアンドエムホールディングスの傘下に。前回試聴したマランツのAVアンプ「SR6015」は兄弟でありながらブランドの違う機種となりマス。バックパネルの配置とか、共通しているけど値段含めて別モノのようです。

これが俺たちのモノリスよ。9chアトモスで知覚アップデートだ!

ヤマハやマランツの時も、手持ちの機器をそのまま繋いでUHD BDとか、Apple TV 4Kを観ていたんだけど、デノンに繫いだら変な写りになるんですよ。画面が変な風にズレて奥村靭正さんのコラージュアートみたいになっちゃって大弱り。

何が原因なのか、探っているうちに実はHDMIケーブルにはさらに上位規格があって、今まで使っていたケーブルは「ハイスピード」。4K/HDRを楽しむには、「プレミアムハイスピード」と呼ばれるランクのケーブルでないとダメらしい。

近所の家電量販店に行くと……なんじゃこれは?

似たようなアイコンが多すぎる割にこれは高級なハイグレードモデルですよってアピールが強すぎて、もはや何が適したものなのかさっぱりわからないよー!

認証テストをパスしたケーブルのパッケージに付く、HDMIケーブルのカテゴリーマーク。4K60p伝送はプレミアムハイスピード(中央右)、8K伝送はウルトラハイスピード(右)が必要になるが、マークが似すぎて分かりにくい

とりあえず一番高いやつを選んどきゃ間違いないんだろうけど、一番高いのなんてそれこそプレーヤー買えちゃうようなお値段だからついなるべく安いのを探す貧乏性がこういう時は事態をややこしくするわけであります。

まあとにかく、一番いいけど一番高くない奴を選んで繋ぎ直したらことなきを得ました

まさかハイスピードよりも上の規格があって、それがきちんと伝わらないどころか、めちゃくちゃわかりづらくなってる(Amazonとか見てもこれがまたカオスなんですよ)のは、ただでさえ導入が億劫になってる人たちにとっては、めんどくさいからもういいやって思わせるキッカケになるのでなんとかしたほうがいいと思うんですよねえ……。老婆心ながら。

これぞ立体音響。ニューワールドにようこそ

で、無事に開通しましたデノンのAVアンプ、さっそく鳴らしてみます。

3台目ともなると心のヒダが摩耗してきてだんだん興奮や感動という次元の感想がなくなって来がちですが、冷静にこれだ! ってわかるぐらい音が鳴ります。回ります。これです。30年前にレーザーディスクに入っていたドルビーのマトリックスサラウンドを家庭で再生するためにシャープの29インチサラウンドテレビ(スピーカーを繋げばサラウンド音声が再生できるドルビー準拠のデコーダー付きテレビ)を買ってからずっと追いかけ続けてきた音が前後に、上下に回る世界です。

これぞ立体音響。耳で聞くのではなく五感で受け止めるのです。

ヤマハのような豊富な音場設定もそんなにありませんが、規格準拠を徹底的に掘り下げた結果、デフォルトで充分という哲学なのでしょう。明瞭でケレンもある。というかめっちゃくちゃ華やかです。

楽しくなります。ニューワールドにようこそ、って感じです。

ニューワールドにようこそぉお!!

今まで聴いてスゲーって感じたところを改めてこいつを通して聴いてみたくなります。しかも配信コンテンツのアトモス対応は日に日に増えています。

やべえ。あと10年は遊べるじゃん。

ただ、これはいずれ改善されるジェネレーションの個体差なのかも知れないし、もしかしたらメーカーのフィロソフィーの差異なのかもしれませんが、インターフェイスは新しく出たヤマハのものがダントツに良く、デノン、マランツ共々解像度含めてビフォアコロナ・平成末期の懐かしささえ感じる低解像でプリミティブなデザインでした。次のやつで良くなるんだろうなあ……こればっかりはタイミングですから。

デノンのインターフェイス。次のやつで良くなるとよいな?
樋口真嗣

1965年生まれ、東京都出身。特技監督・映画監督。'84年「ゴジラ」で映画界入り。平成ガメラシリーズでは特技監督を務める。監督作品は「ローレライ」、「日本沈没」、「のぼうの城」、実写版「進撃の巨人 ATTACK ON TITAN」など。2016年公開の「シン・ゴジラ」では監督と特技監督を務め、第40回日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞。