文字
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/12 16:41 UTC 版)
概説
文字というのは、言語を、点や線の組合せで、単位(ひとまとまり)ごとに記号化するものである。言葉・言語を伝達し記録するために線や点を使って形作られた記号のこと。言葉・言語を、視覚的に記録したり伝達したりするために、目に見える線(直線や曲線)や点を使って形作られた記号のことである。
世界にはさまざまな文字があり、またさまざまな分類法がある。基本的な分類として、「音」だけを示している「表音文字」と、基本的に「意味」を示している「表意文字」がある。世界全体を見ると、主に表音文字ばかりが使われている地域と、主に表意文字ばかりが使われている地域と、基本的に両者を混合して使っている地域がある。
たとえばヨーロッパの英語やドイツ語やフランス語のアルファベットは表音文字であり(さらに詳しくいうと音素文字であり)、一文字一文字は音素(音の要素。音の一部分。特定の、舌の動き・唇の動き・口の形などで生じる音)を表しており、アルファベットが2〜3文字(やや例外的な場合も含むなら 1〜6文字ほどが)まとまることで音節(発音の小単位)を示している。表音文字の一文字一文字は、あくまで音を表すためのものであり、原則(※)として、意味が全く無い。たとえば英語の「proceed」という言葉に含まれる「p」の一文字だけでは全く意味を持たない。p,r,oと並べることで「pro」という音節になり、「pro」という組み合せになってようやく「前方へ」という意味を持つ。c,e,e,dの4文字の組み合わせで「ceed シード」という音節を示し「進む」という意味を示し、「proceed」7文字全体で、「前に進める。続行する」という意味になる。それに対して中国で使われるようになった漢字は表意文字であり、表意文字はひとつひとつの文字だけでも何らかの意味を表していることが多い。たとえば「明暗」という語は、2つの漢字「明」と「暗」からなるが、「明」一字だけでも意味がある。また「暗」一字だけでも意味がある。そして二文字を組み合わせて「明暗」という一語になっている。中国では主に漢字ばかりが使われる。一方、日本語で使われる文字は、漢字から形を独自に変形させたひらがなやカタカナがあり、漢字のほうは中国語同様に原則的に表意文字であるが、ひらがなやカタカナのほうは「表音文字」(詳しくいうと音節文字)であり、つまり現代日本語のありふれた文書に使われる文字は、表音文字と表意文字の両方を並行して使っている。たとえば現代日本語の「太陽、まぶしいね。」という一文に含まれる「太陽」は表意文字を2文字並べており(「太」および「陽」。二文字で一語(ひと単語)になっている)、「まぶしいね」は表音文字(音節文字)を5文字並べている(「ま」「ぶ」「し」「い」「ね」)。「ひらがな」は、通常の文章ではほとんどの場合、大和言葉の音を表記するのに用いられている。(残りの「、」や「。」は、意味の区切りや、間合い(ひと呼吸の間、短い無音の状態)を示すための記号である。)
- (※)なお、漢字もまれに表音文字(純粋な表音文字、あるいは主に音だけを示す文字)として使われることもある。たとえば英語が中国国内に入ってきて、それを外来語として使う場合は、何らかの文字でその発音を表記しなければならない、そして中国では漢字しかないので、漢字を表音文字のように使うことがある。またアルファベットも例外的に一文字で意味を持つことがある。たとえばアルファベットの「a」一文字だけで、英語の文章中では「ひとつの」「一個の」という意味を持ったり、あるいは「れっきとした〜」「まぎれもない〜」という意味になったり、また「A」はアルファベットを列挙する時にはいつも最初(一番目)に挙げられるので、象徴的な意味を持ち、「一番(の存在)」「トップ」「最上のもの」などという意味を持つこともある。
なお英語圏では、アルファベットのような単音文字をレター(英: letter)、それ以外をキャラクター(英: character)と区別することがある。いっぽう今から二千年ほど前に中国の許慎によって書かれた『説文解字』という書では、象形や指事によって作られる具象的な記号を「文」、形声や会意などによって構成される記号を「字」などと解説し、「両者をあわせたものが文字である」[2]などと解説されていた時代があった。だがこれは二千年前の主張にすぎず、たとえ今でもそれを真に受けてしまっている人が一部にいるとしても、現代の学者はこうは考えていない。(#「文字」という単語の語源の解説を参照)。
- 読み方が分からなくなった文字の解読
文字というのは、一旦その発音のしかた、読み方を知る人がこの世にいなくなってしまうと、解読が困難になってしまう。
古代エジプトの碑文を近代ヨーロッパ人は目にしたものの、何世紀にも渡って発音も意味も分からず、何世紀にも渡り解読が全然できなかったが、たまたま、同一の意味の文章をヒエログリフを含む3言語を並べて彫り込んだロゼッタストーンが発見されたことをきっかけにして、丸い線でぐるりと囲んだ部分は「王の名」が書かれているなどということがわかるようになるなどして、少しづつ解読され、やがてフランスのシャンポリオンが完全に解読することに成功した。
古代エジプトのヒエログリフは、実は、基本的にはヨーロッパのアルファベットと同様に「表音文字」である。一見すると、絵が並んでいて表意文字のように見えるが、実は、基本的には表音文字である。ただしヒエログリフは、文脈によっては、まれにもとの意味を表す表意文字として使われることもある。
マヤ文字も読み方が分からなくなってしまった時代がとても長く、1970年代まで世界の学者の誰にもほとんど読めず、1980年代ころからようやく解読が進んで、かなり分かってきた。
なお、インダス文字など、世界にはまだ読み方が分かっていない文字がいくつも残っている。最近(2020年代)では、人工知能を未解読文字の解読に役立てようとする動きが出始めている。
文字体系と表記体系
文字体系(英: script、書記系、用字系、スクリプトとも)とは、同種の表記に使われるひとまとまりの文字の体系のことを言う。特定の文字体系を指すときは、単に「〜文字」と称することも多い。また、同じ系統や同じ類型に属すると考えられる文字体系のグループを「〜文字体系」ないしは「〜文字」と呼ぶこともある。
一般に、言語と文字体系は一対一に対応しない。アラビア文字、漢字、キリル文字、デーヴァナーガリー、ラテン文字のように、複数の言語で表記に使われる文字体系は多い。逆に一つの言語で複数の文字体系が使われている場合もあり、日本語ではひらがな、カタカナ、漢字の 3 つの文字体系が言語の表記に不可欠なものとなっている。セルビア語やボスニア語等にはラテン文字、キリル文字の 2 通りの表記方法が存在し、このように同一言語に複数の文字体系が存在することをダイグラフィアと呼ぶ。
表記体系(英: writing system、文字体系、書記系、書字系、書字システムとも)とは、ある文字体系に加えて、正書法、句読法や、字体、文字、語句の選択基準などの種々の言語的慣習をも含む文字使用の体系のことを指す。同じ文字体系を用いていても、異なる言語では表記体系に違いが見られることもある。現実には、文字体系と表記体系との区別は曖昧であり、両者はしばしば混用される。
コンピュータによる文字情報処理の分野では、複数の言語を同時に扱う際に、文字体系や表記体系に範をとった概念が用いられる。用字系(英: script、スクリプト、または単に用字とも)は、特定の言語(一般に複数)のために用いるためのひとまとまりの文字や記号を指す。書記系(英: writing system)は、ある用字系(一般に複数)を用いて特定の言語を表記するための規則の集合を指す[注釈 1]。
字母と書記素
文字体系に含まれる記号の最小単位を字母(文字記号とも)と呼ぶ。字母は文字と一致する場合もあるが、文字体系、言語、民族によっては、文字より小さい単位を字母とみなす場合もあるし、補助的な記号(ダイアクリティカルマークやマトラなど)を字母に含めない場合もある。一方、学術的な用語では、ある文字記号を構成する部分のことを書記素(英: grapheme、文字素、図形素とも)と呼ぶ。表音文字では音声の音素(英: phoneme)、表語文字では意味の意義素(英: sememe)あるいは形態素(英: morpheme)に対比される概念である。何を書記素とみなすかは、研究者によって異なることがある。
「文字」と「文字でないもの」の線引き
視覚的なもの、眼に見える要素の少単位というのはさまざまあるが、学術的には、そのなかでもあくまで言語に直接結び付いたものだけを「文字」と分類している。
- やや特殊な文字
やや特殊な文字としては次のようなものがある。
- 句読点 : 文字の歴史の比較的初期から、語の間に間隔を空けたり線で区切ったりすることが行われていた。文字体系の発展とともに、語や文の意味の区切りを表すさまざま記号、すなわち句読点(約物とも)が使われるようになった。ただし、句読点をほとんど、あるいはまったく使わないで表記する言語もある。句読点は表記体系ごとに特有であるため、それぞれの文字体系の一部であると考えられることが多い。
- 指文字は、字母を指、手、腕の形で表すものであり、文字体系のひとつである。
- 点字は、視覚障害者が言語の読み書きに使うものであり、音、字母、文字などを紙の点状の盛り上がりの配列で表すものである。基本的に指先で感じ取るものであり、視覚で感じる目的のものではないが、あくまで言語表記のためのものであり、晴眼者の使う文字(墨字)と役割が同じなので、文字と分類されている。
- 微妙な位置づけのもの
- 絵文字(英: pictogram ピクトグラム)は、意味を表すために描かれた図像ではあるが、言語と直接結びついてはいないので、学者からは「厳密には文字ではない」とされる。だが広い意味では文字に入れる場合もある。つまり分類がゆらぐことがある。ピクトグラムは例えば、西部開拓時代以降のアメリカ先住民で、英語の文章が書けない人が絵文字の手紙をやりとりした例がある。現代では、絵文字はUnicodeに収録され、使いやすくなっているので、人によっては文章の中でまるで単語のように扱っている。たとえば「今日は🚙でピクニックに行きましょう。」のようにである。そして読む際は「今日は車でピクニックに行きましょう」などと声にしている。つまりこの文章中の「🚙」という絵文字は言語の記述に用いられているので、文字に分類したほうがよいだろう、ということにもなり、分類がゆらぐ。
- 文字ではないもの
- 絵画は、言語の構成要素ではないので、文字ではないと分類されている。絵画も通常「意味」をあらわし、しばしばその「意味」は、説明に数十ページもの文章が必要になるほどの密度になっているが、絵画はいわゆる通常の「言語」の構成要素ではないので、学術的には「文字ではない」と分類するのである。
- 音符は、楽音(音楽の音)を視覚的に示しているものであり、普通の「言語」と結びついているわけではないので、文字ではないと分類されている。なお音符と楽曲の関係は、文字と文章の関係に類似している。またアフリカのトーキングドラムはドラムの音を言葉として使っているので、もしトーキングドラムの音を音符として表現する場合は、その音符の位置づけは曖昧になる。また、言語音楽の教科書や音楽に関する記述では、音符が文字による文章の中に現れることはある。
- 国際音声記号は、あくまで、最初から音声を表すための記号としてつくられた記号であり、通常の「言語」と直接には結びついてはいないので、文字ではないと分類されている。
- 文字コード(文字符号とも)は、字母や書記素のひとつひとつを符号に重複なく対応させたもの、またはその対応のさせかたの取り決めのことであり、文字そのものではない。文字集合(符号化文字集合)と呼ぶこともある。
- 文字コードによって、電気通信や電子媒体で文字を扱うことができる。符号の順序や組み合わせかたに取り決めを設けることによって、文字体系や表記体系を扱うこともできる。一般に、文字コードは取り決めた文字だけを利用できるようにするもので、あらゆる文字を扱うことはできない。文字コードについては#電気通信、コンピュータと文字の節で見る。
字体と書体
字体(じたい)とは、ある図形を文字体系の特定の一文字と認識でき、その他の字ではないと判断しうる範囲のこと。これに対して、文字体系に含まれる特定の文字の、図形としての具体的な形のことを字形(じけい)と言う。
字体の基準は、文字体系や表記体系によって異なる。逆に言うと、異なる文字体系同士でよく似た文字があっても、それらは別の文字と見なされる。一方の文字体系から他方が派生した場合や、双方が共通の祖先を持つ場合には字形・発音ともによく似た文字が現れやすいが、たとえラテン文字の「A」とキリル文字の「А」のように字形・音価ともほとんど同じ場合でも文字としては別の文字である。漢字の「二」と片仮名の「ニ」のように関係があるとも無いとも言い難いものや、片仮名の「ユ」(弓の部分)とハングルの「그」(ㄱ(ꡂの部分)+ㅡ)のように全くの偶然の一致によるものも、別々の文字体系に属する別の文字である。字体の基準は、言語や時代によっても変化することがある。たとえば漢字で、「吉」の3画めを1画めより長めにするか短めにするかという違いは字体の違いとなることがあるが、現代の日本の常用漢字ではこの違いを区別しない。
文字コード(後述)では、個々の符号が表しうると考えられる字形を抽象して特にグリフ(英: glyph)と呼ぶことがある。
書体(しょたい)とは、ある文字体系で、字体を一貫した特徴と様式を備えた字形として表現したものをいう。漢字の手書き文字での篆書、隷書、楷書、行書、草書や、活字やフォントの明朝体、ゴシック体、ローマン体、セリフ、サンセリフなどは書体である。
注釈
- ^ たとえばUnicodeでの定義はThe Unicode Consortium (November 3, 2006). The Unicode Standard, Version 5.0 (5th edition ed.). Addison-Wesley Professional. pp. pp.1144, 1151. ISBN 0-321-48091-0 を参照。
- ^ 朝: 자질 문자
- ^ 作中では、中つ国第一紀のエルフ、フェアノールが、サラティを改良して作ったとされる。
- ^ 表音文字を、音素文字、音節文字、素性文字の3類型に分類する研究者もいる。Sampson, Geoffrey (1985). Writing systems: a linguistic introduction. Stanford University Press. pp. pp.38-42. ISBN 0-8047-1756-7などを参照。
出典
- ^ a b 『日本大百科全書』【文字】
- ^ 許慎『説文解字』、叙頁。
- ^ Champollion, Jean-François (1824). Précis du système hiéroglyphique
- ^ 山田崇仁「「書同文」考」『史林』91巻4号、史学研究会、2008年7月、pp. 681ff。
- ^ 司馬遷『史記』秦始皇本紀第六、始皇帝二十六年条。
- ^ 山田崇仁「「文字」なる表記の誕生」『中国古代史論叢』第5集、立命館東洋史学会、2008年3月、73-109。
- ^ プラトン『パイドロス』、274A-278C頁。
- ^ ルソー, ジャン-ジャック 著、小林善彦 訳『言語起源論 - 旋律及び音楽的模倣を論ず』現代思潮社、1970年、p.36頁。(原著 Rousseau, Jean-Jacques (1781). Essai sur l'origine des langues ou il est parlé de la mélodie et de l'imitation musicale)もっともルソーはこの後で、古代の有力な文明が必ずしもアルファベットを使っていたわけではないことを断っている。
- ^ 平㔟隆郎『よみがえる文字と呪術の帝国 - 古代殷周王朝の素顔』中央公論新社、2001年6月。ISBN 4-12-101593-2。
- ^ フェルディナン・ド・ソシュール 著、小林英夫 訳『一般言語学講義』岩波書店、1972年、p.47頁。ISBN 4-00-000089-6。(原著 Saussure, Ferdinand de. Cours de linguistique générale)
- ^ 中尾俊夫『英語の歴史』講談社、1989年7月、pp.18-27頁。ISBN 4-06-148958-5。
- ^ たとえば Gelb, I. J. (1963). A Study of Writing. University of Chicago Press 参照。
- ^ マルティネ, アンドレ 著、三宅徳嘉 訳『一般言語学要理』岩波書店、1972年、pp.12-15頁。(原著 Martinet, André (1970). Éléments de linguistique générale)
- ^ たとえば Sproat, Richard William (2000). A Computational Theory of Writing Systems - Studies in Natural Language Processing. Cambridge University Prress. ISBN 0-521-66340-7 参照。
- ^ Daniels and Bright (eds.), 参考文献. pp.4-5.
- ^ Daniels and Bright (eds.), 参考文献, p.4, 24. などを参照。
- ^ シュマント=ベッセラ、参考文献。およびSchmandt-Besserat, Denise. “Signs of Life” (PDF). Archaeology Odyssey 2002 (January/February): pp.6-7,63. オリジナルの2008年5月28日時点におけるアーカイブ。 .
- ^ 彭飛 (1992). “トンパ文字を訪ねて - 納西(ナシ)族居住地での現地調査から -”. 言語 (大修館) 1992年 (4月号-5月号) .
- ^ “イースター島で既知のどの文字体系にも属さない未解読の文字が刻まれた木板が発見される”. カラパイア. 2024年3月12日閲覧。
- ^ 柴田紀男 著「ラパヌイ文字」、河野六郎・千野栄一・西田龍雄 編著 編『言語学大辞典 別巻 世界文字辞典』三省堂、2001年7月、pp.1102-1104頁。ISBN 4-385-15177-6。
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