背景の建物
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/02 04:03 UTC 版)
「東方三博士の礼拝 (フラ・アンジェリコとフィリッポ・リッピ)」の記事における「背景の建物」の解説
壮大であるが「崩れかけた異教の建物」は、ルネサンス期の「キリスト降誕」の場面では非常に一般的な特徴であり、しばしば廃墟自体が厩舎として機能している。これは一般に、モーセの律法と契約の時代が過ぎ去ったことを表しており、キリストの誕生時に新しいキリスト教の契約に取って代わられたことを意味する。しかし、廃墟はまた、キリスト誕生の夜に、フォロ・ロマーノの「平和の神殿」が倒れたという伝説をしばしば示唆するものでもある。アポロは、処女(聖母マリア)の出産までフォロ・ロマーノが立っているという予言をしたが、その予言が実現したというものである。アポロの予言は黄金伝説と他の書物にあり、おそらくロムルスの像を含んでいた。 15世紀に「平和の神殿」は、実際には西暦308-312年の建物であった隣のマクセンティウスの大聖堂と誤って同一視された。この建物の約3分の1が現存しており、北通路の3つの巨大な樽型の丸天井はフォロ・ロマーノに残っている最大のローマ建築である。大聖堂はまた、コンスタンティヌス1世の巨大な彫像を含んでいたが、その頭部、手、足、その他の断片は現在、カピトリーノの丘にあるコンセルヴァトーリ宮殿の中庭にある。ロンドンのボッティチェッリの円形画を含む、他の『キリストの降誕』の絵画は大聖堂の遺跡を描いており、リッピも同様に大聖堂の遺跡を描いているようである。建築史家は、大聖堂の建築はローマの大規模な公衆浴場を模したものだと述べており、おそらくこの類似性をある程度認識していたため、リッピは廃墟の裸体を入浴者として表現した。入浴者たちは、何の騒ぎが起きているか見ようと建築物の浴場から出てきているところだと想像することもできるかもしれない。
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