常磐津菊三郎とは? わかりやすく解説

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常磐津菊三郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/15 06:30 UTC 版)

常磐津菊三郎(ときわづ きくさぶろう 1897年2月1日 - 1976年9月27日)は、明治時代から昭和時代にかけて活動した常磐津節三味線方、作曲家。本名は倉井修一。

経歴

1897年、東京都港区に生まれる。1907年にワキ語りだった常磐津都太夫に入門して太夫として修業、のち三味線方に転向して1917年に立三味線に昇進した[1]。古典に忠実、堅実な芸風で常磐津節の第一人者として活動したが、一方でレコードへの録音や作曲にも積極的に取り組み、後世に貴重な音源を残した。晩年には常磐津協会会長、顧問を務めている。

1976年9月27日、腸閉塞のため東京都新宿区の自宅で死去。79歳[2]

受章歴

作品

  • 「菊の盃」
  • 「菊の栄」
  • 「鴛鴦容姿の正夢(鴛鴦)」:復曲
  • 「扇売高尾」:復曲

脚注

  1. ^ 常磐津 菊三郎”. 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」 (2010年). 2021年3月2日閲覧。
  2. ^ 訃報欄『朝日新聞』1976年(昭和51年)9月28日朝刊、13版、23面





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