尾花沢代官時代
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1781年(天明元年)に出羽国尾花沢(山形県尾花沢市)の代官に任命され、1787年(天明7年)まで務めた。その間、1783年(天明3年)に天明の大飢饉を経験している。特に影響のあった東北地方にあって、飢饉を人災と捉え、正紀自ら唱えていた「6本の戒」により切り抜けた。「6本の戒」とは以下のとおり。 深酒をすごすは病を生ずる本なり 言を敬まざるは災いの本なり 思案せざるはあやまちの本なり 私慾深きは身をころす本なり 倹約ならざるは困窮の本なり 怒をこらえざるは争の本なり 正紀の考えは、凶作の対応に留まらず、百姓たちの生き方にまで及んだ。
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