不定人称
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/02 01:40 UTC 版)
アイヌ語では不定人称を四人称と言うことがある。沙流方言では他動詞の主格接頭辞 a-、目的格接頭辞 i-、自動詞の主格接尾辞 -anによって表される。この人称は次のように様々な用法を持つ。 一般的に誰もが行うこと 「食べる時に使うもの」のように「一般に人が」の意味の場合、四人称が用いられる。逆に無標形は一般を表さず必ず三人称の意味となるのであって、四人称(不定人称)の方が有標の形で表される。また受身・自発のように解されることもあって、例えば「見る」という動詞に主格四人称を表す人称接辞a-のついたa-nukárは、「人が(それを)見る」つまり「(それが)見える」「(それが)見られる」の意味となる。 受身文の行為の起点 unuhu oro wa an-koýki. 「(彼の)母から(四が彼を)叱った」 ((彼は)母から叱られた) 「叱る」という動詞に主格四人称を表す接辞an-(石狩方言)のついたan-koýkiは「人が(彼を)叱る」つまり「(彼が)叱られる」の意味となる。 包括的一人称複数 「私もあなたも」の意で用いられる。勧誘の表現になることもある。 二人称敬称 沙流方言では「あなた様」のように話す時に用いられる。女性から成人男子に向かって話す時や、女性同士でも最高の敬意で待遇する場合に用いられる。包括的一人称複数との区別は形式上ないが、文脈や状況から判断される。 引用文中の一人称(自称) 民話や叙事詩をその伝承者が語る際、主人公の自称は四人称となる。一人称は語る(歌う)伝承者本人の自称を表す。但し神謡では神の自称は除外的一人称複数を用いるのが伝統である。“...'a-eyáysukupka oruspe a-ye hawe tapan na.” sekor síno katkemat hawean ruwe ne. 「(四が)つらく思った ことを (四が)話した の です よ」と 立派な 奥様が 言った の です uwokpare p uwepeker, tap, ku-ye wa k-ókere. 親不孝 者(の) 昔話を、今、(一が)語っ て (一が)終わった (「(私が)つらく思ったことを(私が)話したのです」と立派な奥様が言ったのです)[この「私」は主人公奥様] (親不孝者の昔話を、(私は)今、語り終わりました)[この「私」は説話の伝承者] また沙流方言では日常会話でも、他人の発言を引用して話す際、引用文中では一人称(k-など)が四人称(-anなど)に転換される。イントネーションや声の調子まで元発話者そっくりに引用するが、人称は転換する。春子:「káni k-arpa kusu ne.」 「私(一)が (一が)行き ます」 (春子「私が行きます」) 秋男:“asinuma arpa-an kusu ne.” sekor hawean. 「人(四)が (四が)行き ます」と (三が)言った」 (秋男「『私が行きます』と(春子が)言った」) この四人称のことを、金田一京助は「雅語の一人称」と解釈し、上述の一人称(k-)を「日常語の一人称」と解釈した。そのため、アイヌ文学は「一人称叙述」の文学であると言われることも多かった。しかし上述のように四人称には不定人称の用法もあり、英雄叙事詩の四人称についても、田村すゞ子は一つの話全体が長大な引用文で成り立っていると解釈した。このような解釈では、アイヌ語の四人称は「話し手とは一致しない叙述者」を表すことになる。但し、多くの方言では四人称に単複の区別がなく、複数形しか持っていない。そのため歴史的には四人称単数形の用法は新しいものであり、複数形による「不定人称」という概念が本来であるという可能性もある。つまり「……した人がいた」等の解釈がなされるべきものかもしれないと中川裕は指摘する。 不定人称を四人称と呼ぶことのある言語はアイヌ語のほかに北米ナ・デネ語族のトリンギット語や同語族アサバスカ諸語のナバホ語・チヌーク語にも見られる。
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