ユリウス‐れき【ユリウス暦】
ユリウス暦
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ユリウス暦(ユリウスれき、羅: Calendarium Iulianum、伊: Calendario giuliano、英: Julian calendar)は、共和政ローマの最高神祇官・独裁官・執政官ガイウス・ユリウス・カエサルにより紀元前45年1月1日[注釈 1] から実施された、1年を365.25日とする太陽暦である。もともとは共和政ローマおよび帝政ローマの暦であるが、キリスト教の多くの宗派が採用し、西ローマ帝国滅亡後もヨーロッパを中心に広く使用された。
- 1 ユリウス暦とは
- 2 ユリウス暦の概要
ユリウス暦
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グレゴリオ暦へ改暦する以前にラテン(カトリック)教会が使用していた標準的な「計算上の」満月の算出手段は、ユリウス暦と並行した未修正のメトン19年周期であった。上記で述べられたエパクトで、*(数値0)から開始してまったく修正されない単純なエパクト表を有効的に利用していた。エパクトは教会が認める最も早い復活祭日、3月22日のものを計算していた。単純に19年繰り返すだけなので、3月21日以降の満月の日は19通りしかなかった。 19年周期の年には黄金数という通し番号がついている。黄金数という言葉は、1200年アレキサンダー・ヴィラ・デイによる復活祭計算の詩『マッサ・コンポティ』で最初に使われた。後の著述家が988年にフリュリのアッボ(英語版)が作成した表に黄金数という言葉を付け加えたのが下のメトン19年周期表である。 ユリウス暦でのメトン19年周期黄金数1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 復活祭の満月5A 25M 13A 2A 22M 10A 30M 18A 7A 27M 15A 4A 24M 12A 1A 21M 9A 29M 17A 満月の日付のMは3月、Aは4月。 それぞれの年の満月の日の次にくる日曜が復活祭日とされた。 1つの満月につき1週間の曜日、つまり7通りの復活祭日があったわけだ。しかし日曜記号は7年ごとに繰り返さない。4年に1度の閏年があるため、曜日がまったく同じ順番で繰り返すのは、閏年を含む4年×7曜日=28年、いわゆる太陽暦周期である。復活祭日も、4年×7曜日×メトン周期19年=532年ごとに繰り返すものだった。これは復活祭周期、あるいはこの表を西暦457年にローマに持ち込んだアキテーヌのビクトリウス にちなんでビクトリウス周期と呼ばれた。5世紀初頭にアレクサンドリアのアニアヌス(英語版)が利用したのが最初だと言われている。誤って西暦532年に復活祭日表を発表したディオニュシウス・エクシグウスにちなんでディオニュシウス周期と呼ばれることがある。しかしディオニュシウスは95年周期表の不正確さを知っていたが、自分の編み出したアレクサンドリア計算法式が532年周期だとは気づいていなかった。初めて太陽暦周期に気づき、メトン周期と太陽暦周期の観点から復活祭周期を導きだしたのは、7世紀の尊者ベーダだといわれている。
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