第105回:夜のカメラマンはスクープのためにスピードを求める
『ナイトクローラー』
2015.08.21
読んでますカー、観てますカー
20年落ちのハッチバック
ジェイク・ギレンホールは、いわゆるイケメンの部類に入るのだろう。ナタリー・ポートマンやテイラー・スウィフトといった美女たちとの交際歴もあるし、キャリア当初は美青年キャラだった。しかし、どことなく陰がつきまとい、朗らかでお気楽なナイスガイという印象ではない。『ブロークバック・マウンテン』での鬼気迫る演技が決定的で、以降は作品ごとに別人になるカメレオン俳優の道を突き進んでいる。
『ナイトクローラー』では、約12kgの減量で撮影に臨んだそうだ。テーマは“パーフェクトな薄気味悪さ”である。イケメン性を押し隠し、ひたすら不気味さとうさんくささを前面に出した。観客は1ミリたりとも彼に共感しないだろう。アンチヒーローの爽快さもなく、ただただ不快なヤツなのだ。
ルイス(ギレンホール)は深夜を過ぎたロサンゼルスの操車場に侵入し、闇にまぎれてフェンスを切断している。盗んで業者に売るためだ。盗品を満載したハッチバック車は「トヨタ・ターセル」。20年落ちぐらいのぼろグルマだ。ルイスには定職がなく、カネに困っていることがよくわかる。せいぜい5万円ぐらいで買えるのではないかと思ってeBayを探したら、1985年モデルが305ドルで落札されていた。もしかするとその程度のカネもなく、盗んだクルマなのかもしれない。
交通事故を探して撮影するカメラマン
彼は獲物を業者に持ち込むが、安値で買いたたかれる。盗品なんだから当然だ。銅線50ポンド、金網100ポンド、マンホールのフタ2枚を売って、代金はわずか40ドルそこそこにしかならない。ガッカリした顔も見せず、彼は意外な行動に出る。業者の社長に自分を雇うようにと説得を始めた。「僕は勤勉で志は高く粘り強い人間だ。学生時代は自尊心第一で育って妥協は拒否した。勤勉は報われると僕は信じる」とまくし立てる。多弁だが、すべて口から出任せの言葉だ。もちろん、コソ泥だとわかっているのに採用するはずがない。
帰り道で偶然交通事故現場に遭遇したことが、ルイスの運命を変える。そこにはビデオカメラで惨状を撮影するカメラマンがいた。警察無線を傍受して事故現場に急行し、生々しい映像を映してテレビ局に売りつけるのだ。金網泥棒よりもうかるのは間違いない。ルイスは自転車を盗んで中古のカメラと無線機を手に入れ、即席のスクープカメラマンに転身する。現場に早く到着し、ずうずうしく撮影すればいいのだから、良心を持たない彼には適職である。
ミニバンに立派な機材を積み込んだプロの中で、家庭用ビデオカメラ1つだけ持ってターセルで駆けつけるルイスは場違いだ。しかし、素人だからこその大胆さが功を奏する。事故現場では警察や救急の邪魔にならないように動くのが最低限のマナーだが、彼はお構いなしだ。瀕死(ひんし)の被害者にカメラを近づけ、血まみれの姿を撮影する。警官に怒鳴られても、映像を撮ってしまえばこっちのものだ。
テレビ局に持ち込むと、女性ディレクターのニーナ(レネ・ルッソ)がどぎつい映像に食いついた。視聴率を上げるためには、刺激的であることが求められる。多少強引なやり方でも、惨状を生々しく撮影することが正義なのだ。彼女は映像を買い取り、これからもセンセーショナルな映像を持ち込むようルイスに依頼する。ただの事件では物足りない。視聴率を上げるニュースにはいくつかの条件がある。被害者が郊外に住む白人の富裕層で、犯人はマイノリティーであれば理想的だ。それが視聴者の望みなのだという。
スクープのために不法侵入
夜になると警察無線の聞き取りに集中し、事件や事故の現場に急行して無残な被害者の姿や凶悪な犯人を撮影する。ライバルはたくさんいるから、カネになる映像を撮影するのは簡単ではない。一番乗りできれば有利なのは確かだが、いいアングルを確保できるかどうかは運次第だ。交通事故現場で死体がクルマの陰にあるのを見て、ルイスは都合のいい場所に引きずってから撮影を始めた。事故原因の解明には障害となるかもしれないが、テレビ局が求める映像を届けることが彼の使命なのだ。
日本でも、行き過ぎた報道が問題になることがある。聞きこみで何度もドアホンを鳴らされて周辺住民が迷惑する例は多い。悲惨な事故の被害者にマイクを突きつけて取材するワイドショーは厳しい批判にさらされた。問題は、彼らが報道の自由をたてにそれを正当化していることだ。
筆者自身も以前週刊誌の記者をしていたことがあり、航空機事故の記者会見でカメラマンが生存者の少女に「こっちを見て笑ってください」と声をかけたのを目撃したことがある。事件被害者の顔写真を手に入れるために、家族の目を盗んでアルバムから写真をはがして持ってきたことを自慢げに語る同僚もいた。明らかに感覚がおかしくなっている。
ルイスの場合は、さらに常軌を逸している。スクープを手に入れるためには、ライバルを危険な目にあわせることもいとわない。いいアングルを得ようと不法侵入するのはいつものことだ。テレビ局も倫理的に問題があることを知りながら、ルイスの持ち込む映像を高値で買い取る。彼は要求に応えるために、取材手法を際限なくエスカレートさせていく。
排気量は4倍以上に
ルイスは手に入れた金で、機材をグレードアップさせていた。もちろん、もうターセルには乗っていない。「ダッジ・チャレンジャー」でさっそうと乗りつけるのだ。仕事には4ドアのほうが役立ちそうに思えるが、理性ではなく欲望を行動原理とする彼にとっては当然の選択である。
クルマの排気量は4倍以上になり、スピードは確実に増した。だからといって、スクープの数までが4倍になるわけではない。白人の富裕層がマイノリティーに殺される事件を探り当てるために、クルマの性能ではなく自らの狂気をバージョンアップすることが必要だ。センセーショナルな事件を独占取材するには、確実な方法が一つだけある。事件を作ることだ。
この映画には、クルマが疾走するシーンが多く登場する。1秒でも早く現場に到着するためには、信号の色など気にせずハイスピードで突っ走るしかない。通常のカーチェイスでは追いつ追われつの状況が描かれるが、ここでは単純にゴールまでのスピードが競われる。高度なドライビングテクニックを持っていなければ、事件カメラマンの仕事は務まらないのだ。
パトカーとのカーチェイスも最後に用意されている。ただ、追いかけるのはパトカーではなく、逆にチャレンジャーがパトカーについていくのだ。このことからも、ルイスがチャレンジャーに乗る資格のない人間であることがわかる。『バニシング・ポイント』では、コワルスキーが自由を求めてチャレンジャーで激走した。パトカーを蹴散らしながらアメリカを駆け抜けたのである。ルイスは自らのおぞましい欲望のために走り続ける。ジェイク・ギレンホールは、純粋な悪を体現したうつろな男を見事に演じきった。
(文=鈴木真人)
鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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