テレビも見せるな、本も読ませるな
政府の教育再生懇談会(座長・安西祐一郎慶応義塾塾長)が、5月17日の会合で、小・中学生の携帯電話の使用制限を盛り込む方針で一致したらしい(記事)。小・中学生に携帯電話を持たせない、機能を通話と居場所確認に限定する、有害サイトへの閲覧制限を法的に義務付ける、などの内容を盛り込むとか。
ふうん。
そもそもこの教育再生懇談会。件の教育再生会議がなくなったと思ったら、あっという間に輪廻転生しちゃった。メンバーもほぼ一新。見ると、2月の終わりにできて、2回ほど会合を開いていて、今回が3回目。で、この方針を打ち出した。6月初めにはもう報告書が出るらしい。早くしないと政権が終わっちゃう心配があるってことかね。あらかじめ結論が決まってない限りまず不可能ではないかとも思えるが、そこらへんの大人の事情はともかく、なかなか生産性が高いではないか。たいへんけっこう。
ま、それはいいとして、この方針、政府のえらい人も支持している。記事にはこうある。
町村信孝官房長官は会合で「携帯を使った犯罪に子供が巻き込まれている以上、ある程度の規制の検討も必要だ」と明言。
首相も
「子供の場合は携帯電話の必要性がそれほどあるとは思わない。むしろ有害情報の心配をした方が良い」
との見解。なるほど。有益な場合があるとしても、幣害が生じた事例が少しでもあるなら規制が必要だということか。さすが首相。日本中の個々の子どもやその家庭の事情をすべてお見通しなんだな。すばらしき慧眼である。携帯電話を持つかどうかは選択の問題ではなく必要性の問題なわけだ。いやまったくそのとおり。
子どもは一切の危険から守られねば。有害な番組をたれながすテレビを視聴することも、見るに耐えない雑誌の広告を堂々と載せる新聞を読むことも禁止すべきだ。どうせテレビなんてろくな番組をやってないし、新聞だってしょうもない記事がよくある。見る必要なんてないし、わずかでも有害な情報が含まれる以上見せてはならない。成人向け書籍を売り場に並べる書店やコンビニへの出入りもやめさせよう。そこらの本屋に置いてある本なんて、読む必要のないものが多いんだし。
固定電話も不安だから、触れさせないほうがいいな。子どもの電話なんか、糸電話で充分だ。あとは、学校で教員が生徒を毒牙にかける事例も散見される。学校なんて危ないところに子どもを行かせていいのか、真剣に検討すべきだろう。そういえば近所の公園とかも危ないよなぁ。全部閉鎖してしまえ。街で不審者に出会うこともあるから、外出を全面的に禁止するのがよい。あれっ!?家庭で家族の手にかかってしまうケースだって多いぞ。さあどうしよう。日本中の子どもを全員首相官邸に住まわせるか。首相官邸って「安全」なのか?
それから、教育再生懇談会の皆さんは、こんな心配もしておられる。
出席者からは「携帯依存症が懸念される」など携帯電話所持に否定的な意見が相次いだ。
そりゃたいへんだ。こんな調査もあるから、依存症は大人にとっても同様に重大な問題。無理やり取り上げられない分子どもより深刻といってもいい。子どもも大人も携帯電話なんか持っちゃいけない。まず率先して、国会議員の先生方から、携帯電話を打ち捨ててみてはどうか。議場でメールチェックなんてもってのほか、だな。
ちなみに、子どもに見せたくない番組のリストはこんな感じ。社団法人日本PTA全国協議会がまとめた子どもとメディアに関する意識調査による、子どもに見せたくない番組のランキング。
・ロンドンハーツ
・めちゃ2ケてるッ!
・クレヨンしんちゃん
・エンタの神様
・志村けんのバカ殿様
・はねるのトびら
・リンカーン
・ライフ
・クイズ!ヘキサゴン
・ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!
・ズバリ言うわよ!
・ぐるぐるナインティナイン
・恋のから騒ぎ
・K-1
・あいのり
個人的には、子どもが受け取る情報は政府でなく親ないし保護者がコントロールするのがスジだと思う。ただ、法制化を提言する懇談会の方々や政治家の皆さんは、親というか、大人全体を信用していないわけだから、この考え方に立つなら、親のコントロールなんて意味なしだ。これらのテレビ番組にせよ携帯コンテンツにせよ、子どものユーザーと少なくとも同じくらい大人のユーザーがいるんだろうし。
一応少しだけマジになっておくと、私はこれらの番組をほとんど見ないが、自分が「全員集合!」や「野球拳」を見て育った手前、どうこういえる立場には基本的にない。だいたいどんなものかは知っているから、「まあこの程度はいいか」と思えるものなら見るのを止めないし、「これはまずい」と思うなら止める。子どもがどう育つかにおいて、どんな情報に触れるかより、親がどう接するかのほうがずっと大きな影響力を持つと信じるし、そう振舞っていきたい。現時点でもそれなりの規制は既に行われているし、当該業界の方々もいろいろ努力をしておられる。あっという間に出てくる上から目線の「提言」とか、思いつきの法制化とかでばっさりやられるほうがはるかに怖い。
山口のたわごとはもういいという方向けにいくつか。
「高校PTA会長がネット規制法案に反対する理由」
「政治のネット規制議論を前にイノセントなネット市民」
「マスコミの振りまく仮想世論に振り回されるセンセイ方が、仮想現実に振り回される子どもたちを嗤えるのか」
「ネット規制の議論は次の段階に」
「 ガキにはケータイ持たせるべからず言う前に」
懇談会の皆さんがご存知かどうかは知らないが、開発すべきと提言に盛り込まれるらしい「機能を通話と居場所確認に限定」した商品はすでに市販されている。携帯電話を手放せない国会議員の皆さん、依存症脱却の第一歩として、これを使ってはいかがか。居場所を常に警察に知らせておけば安全・安心だよ。うっかり越後屋との密談を矢七に聴かれてしまうおそれもなくなるだろうし。
この話を「現実離れ」しているなんて言えるのは今のうち、かも。「図書館の自由」を真剣に考えておられる方々は、この問題をどうとらえてるんだろう?
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Comments
ちなみに、「子どもとメディアに関する意識調査による、子どもに見せたくない番組のランキング。」は、以下の質問から始まってたりします。
「現在放送されているテレビ番組の中で、あなたがお子様に見せたくない番組はありますか?」
小学5年生の保護者の場合
ある:34.4%、ない:60.5%、無回答5.1%
中学2年生の保護者の場合
ある:24.6%、ない:71.2%、無回答:4.2%
番組名ランキングは「ある」と回答した人の中から得られたものです。
つまり、この年代の子供の親の6~7割は、特に見せたくない番組は無いと回答しているわけです。
http://www.nrsquare.com/pta/book_kodomotomedia_h20/
↑これの50ページ目に載ってます。
Posted by: 匿名 | May 20, 2008 02:02 PM
匿名さん、コメントありがとうございます。
報告書はざっと目を通しておりますが、ご指摘ありがとうございました。
この記事では、「一部でも弊害があれば全体を規制すべき」という主張に着目していましたので、過半数の親がテレビ番組に問題を感じていないという点は捨象させていただきました。おそらくその立場からは、「問題意識を持っていないことこそが問題」ということになるのではないかと思います。
Posted by: 山口 浩 | May 21, 2008 04:55 AM