「『失敗をゼロにする』のウソ」
飯野謙次著「『失敗をゼロにする』のウソ」、ソフトバンク新書、2006年。
これはいい。
いわゆる「失敗学」の本だ。著者は特定非営利活動法人失敗学会副会長。失敗学については、失敗学会会長でもある「教祖」畑村洋太郎氏の一連の著作を読まれた方も多いだろうし、そうでなくてもだいたい何かはわかる人はかなりいると思う。
私は「失敗学のすすめ」だけ読んだことがある程度なので、この本の内容が畑村氏の一連の著作とどのくらいかぶるかわからない。という前提でだが、いい本だと思う。とにかくわかりやすい。これなら大学生でも問題なく読める。もちろん社会人の方ならさらっと読めるにちがいない。
しかし、この本をさらっと読んではいけない。紹介されるひとつひとつの例を、自らの身になぞらえて考えてみなければ。「失敗原因のまんだら図」(84ページ)も、穴があくほどよく見て、自分のケースにあてはめて考えなければ。ちょっと新聞を広げてみるといい。テレビの報道番組を見るといい。著者のいう「『一件落着』でなく『一見落着』」は、私たちの日常のいたるところにある。
連想したことをいくつか。失敗学会のサイトには、法人会員各社のロゴが出ているページがある。少なすぎる。たったこれだけか。技術系の会社と保険会社しか見えないが、他の業種はどうした。そんな意識の低いことでどうするんだと声を大にして主張したい。掲載を希望した法人のみ、ということだが、掲載を希望しないなんてありうるのか。失敗にどう向かい合っていくかは、企業のリスクマネジメント戦略、ひいては経営戦略全体における重要なポイントではないか。IRの絶好なポイントではないか。
ゲーム会社の方は177~189ページに注目。この分野はシリアスゲームの重要な一領域になりうる。ゲームが単なる「娯楽」だったのは前世紀の話だ。映画に記録映画、教育映画があるのと同じように、ゲームにも娯楽以外の目的のものがあり、その市場は着実に拡大していくと思う。今すぐ失敗学会に入るべし。「ゲームと失敗学」分科会というのがあるらしい。
失敗学というと工学系をイメージする向きが多いだろうが、人間の意思決定がからむあらゆるジャンルが対象となりうる。私がぜひお勧めしたいのは行政分野だ。失敗の事例、失敗の取り扱いに失敗している事例、失敗を隠蔽してこれ以上悪くならないところまでこじらせた例等、枚挙に暇がないこの分野では、失敗学が最も大きな効果を発揮しうる。
それからマスメディアの皆さんも、不祥事とか事故の報道に際しては、事前にこの本を30回ぐらい精読していくといいと思う。単に社長が辞めればいいとか、逮捕されてよかったとか、誰それが一番悪いとか、そういうことだけを声高に伝えてすましていることがいかに社会をだめにしているかを痛感していただきたい。マスメディアの情報を受け取るわれわれの側にとっても、この本はメディアリテラシーのひとつの教科書になりうる。安直なつるし上げ報道には「ノー」といおう。
すべての社会人と、社会人をめざす学生の方々にお勧め。前に失敗学関連書を読まれた方にも、しつこくもう1冊くらい買って読むのも悪くない、とお勧めしておく。
ちなみに、失敗学に関する畑村氏の一連の著作はこんなにある。併せて。
「起業と倒産の失敗学」畑村洋太郎著、文藝春秋、2006年7月
「図解雑学:失敗学」畑村洋太郎著、ナツメ社、2006年7月
「決定版 失敗学の法則」(文庫)、畑村洋太郎著、文藝春秋、2005年6月
「『失敗学』事件簿 あの失敗から何を学ぶか」畑村洋太郎著、小学館、2006年3月
「失敗学のすすめ」(文庫)、畑村洋太郎著、講談社、2005年4月
「強い会社をつくる失敗学」畑村洋太郎著、日本実業出版社、2003年3月
「決定版 失敗学の法則」(単行本)、畑村洋太郎著、文藝春秋、2002年5月
「社長のための失敗学」畑村洋太郎著、日本実業出版社、2002年4月
「失敗を生かす仕事術」畑村洋太郎著、講談社、2002年3月
「東大で徹底検証!!-失敗を絶対、成功に変える技術」畑村洋太郎、和田秀樹著、アスキー、2001年7月
「失敗学のすすめ」(単行本)、畑村洋太郎著、講談社、2000年11月
「子どものための失敗学―人はだれでも失敗するもの」畑村洋太郎、いわしろいずみ著、講談社、2001年11月
「失敗に学ぶものづくり」畑村洋太郎著、講談社、2003年10月
「失敗の哲学-人間は挫折から何を学ぶか」畑村洋太郎著、日本実業出版社、2001年12月
「続々・実際の設計-失敗に学ぶ実際の設計選書」畑村洋太郎、実際の設計研究会著、日刊工業新聞社、1996年11月
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Comments
大ボス、最近「危険学」始めましたね(t/o)……タイトルじゃないですが。:p
Posted by: ゾフィ | September 17, 2006 12:44 AM
ゾフィさん、コメントありがとうございます。
「危険学」ですか。まあ自然な拡張ですね。より工学的なんでしょうか。
Posted by: 山口 浩 | September 17, 2006 03:31 AM