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大学教員「1600万貰えるから海外移籍」から考える頭脳流出問題 -- このエントリーを含むはてなブックマーク

一橋大学の川口康平氏が香港科技大のビジネススクールに移籍するにあたり、

研究環境面で一橋が特別負けているとは思いません,
じゃあ何が違うのかというと,あれですね,給料です.

具体的にいうと,一橋の給与は昨年,各種手当を全部ひっくるめて634万円でした.
科技大のオファーはというと,USD144K,日本円で1500-1600万円です.
最高税率は15%らしいので,手取りの変化率は額面以上になります.


等とツイートして話題になっている(ツイッターアカウントはこちら)。

そこで日本の伝統的な職場の外資・外国への人材流出について
いくつか類型を分けて何が問題なのか考えてみたいと思う。


(1)官僚の人材流出

上位官庁に国家公務員総合職で入省する若手官僚の間では、20〜30代のうちに
見切りをつけて外資のコンサルや金融、ITなどに転出するケースが後を絶たない。
もちろん給料は最低でも2倍以上になるだろうし、仕事の内容も枝葉末節や建前でなく
より刺激的なものになる。逆に官庁は政策立案をする上で優秀な人材を失ったことになる。

しかし、こうした人材流出は問題かと言えば必ずしもそうとは言い切れない面がある。
そもそも90年代末以降に官僚になった人達の多くは
初めから労働時間や報酬の面で待遇がよくないことを知っていて、
「社会のため」あるいは「社会を動かすため」に官僚を志しているからである。
2倍以上の給料は、必ずしも彼らが辞職する主因とはなっていないだろう。
そうした志の高い人達が、なぜ官庁に見切りをつけるかといえば、
「社会のためにならない」あるいは「社会を動かすことができない」
と感じるからに他ならない。

もしも、彼らの就いていた職務が
「社会のためにならない」あるいは「社会を動かすことができない」
のであれば、そもそも優秀な人が官僚をやる必要はないので、
彼らが官庁を去ったことは社会的に大きな損失とは言えない。
結局、優秀な人材は必要なところに集まるものだ。

もちろん、現行の官公庁の仕事の仕組みに問題があるという面はあるだろうが、
人材流出はその大きな問題から派生した問題に過ぎない。


(2)企業からの人材流出

古くは80年代頃から現在に至るまでの日系金融機関から外資系金融機関への人材流出、
最近で言えば、コンピューターサイエンス(CS)を専攻する学生やエンジニア、
サイエンティストの米IT企業への人材流出などが挙げられる。
最近CSの分野では
「日本で博士課程に進むと色々と大変だけど、
米国に来たら学費も無料で就職したら給料は3倍だよ。」
などと言われている。実際、そんなところだろう。

ただ、日本企業がエンジニアやサイエンティストを
不当に安い値段で使い倒しているのかというと物事はそんなに単純ではない。
実際、日本の総合電機メーカーが暴利を貪っているかといえばそうではなく
潰れそうな会社もあるくらいなのはご存知の通りだ。
要は日本企業には優秀な人材を使って利益を出せるような経営体制がないという
ことが問題で、安い給料はその帰結でしかない。

面白いのは、日本企業が海外駐在員には高い給料を払っているということだ。
会計士から聞いた話によれば、大企業の米国駐在員は中堅社員でも
人件費ベースで15〜20万ドル位の報酬を得ているはずである。
これは、米国のIT企業で研究開発を行う社員の報酬と同じくらいだ。
つまり、日本企業は海外事業をフロンティアとして開拓することはできて
いるけれども、ITなどの新分野をフロンティアにすることはできていない
ということである。


(3)大学からの人材流出

今回の川口氏の移籍が特徴的なのは、企業部門の移籍ではないけれども
移籍の主な理由が報酬であるという点だ。
労働環境は悪くないし、仕事のアウトプットもどこにいても差はないが、
給料が安過ぎるという訳だ。
同じ仕事に香港の大学は大金払うが日本の大学は払わない。

もちろん、これが川口氏一人だけであれば問題にならない。
賃金水準はもう少し大きな規模での人材の需給で決まるだろうからだ。
それでは、同じようなケースが重なり優秀な方がどんどん流出したとしたら、
日本の大学、文科省、政府、世論はどう反応するのだろうか。
私は、その答えもおおむね明らかであるように思う。
それは「特に何もしない」ということだ。

一つの問題は大衆の嫉妬だろう。
「自分の何倍も給料もらうなんて許せない」というわけだ。
大衆が批判すれば政府はそれには敏感になる。
ただ、問題はもう少し根本的な価値観の問題も孕んでいる。

日本の大学から人材が流出すれば、大したことのない人がポストに就くようになり
研究水準も教育水準も下がる。世界でのランキングも下がるだろう。
その結果、何か困ることがあるだろうか。
経済学の研究が日本国内で進まなくても、
それが日本人の暮らしに十年、二十年のスパンで直接効いてくることはほぼない。
数学や物理学であっても基本的には同様だ。
基礎研究の結果は、論文として公表され世界に発表されるので誰でも利用可能だ。

要するに大学研究者の待遇の問題は、究極的には日本人が
「日本の学術研究のレベルなどどうなっても大した問題ではない」
と考えているいうことから生じる二次的な問題なのである。

そもそも日本の大学教授のレベルは昔から高かった訳ではない。
たった20年前に大学を卒業した私が学生の頃でも
有名大学に学部卒の教科書を黒板に写しているだけの教授がいたものである。
現在の充実した陣容は、日本が高度成長期で身につけた経済力を
ふんだんに投入してようやく高めたものだ。

川口氏が取り上げた大学研究者の報酬の問題は、
財政赤字を拡大させない方が良さそうだという雰囲気の中で
文化的なものの優先順位が低くなってしまったことに対する
大学人としての嘆きなのだと私は受け取っている。


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exit

退職(移籍)という形の人材流出は目に見えるのですけど、そもそも入社(移籍)してこなかったという形の人材流出は目に見えにくいので、そのあたりをどう評価するのかなと思います。

よくわからないのですけど、一般論としては、現職については給料面も含めて「合理的」な選択をされたはずで、入職後に不満が出てくれば黙ってexitするものなのかなと思います。

No title

zさん:

川口さんも述べられていますが、経済学の場合は国内の学士あるいは修士を取ってから海外PhDというのが標準になっていますから、そもそも日本の雇用市場に出て来ないというケースは非常に多いです。

後半に関しては、確かに理屈としてそう思います。したがって、川口さんには何かそれでも話題にしたかった理由があるのでしょうね。

なるほど、事情がわかりました。

若手研究者やスター研究者の給料を増やすには、研究をやめた(特に高齢の)研究者にご退職いただくことになるのかなと思います。国内の民間企業も似たような状況かもしれません。

No title

zさん:

年取った大学教員なり会社員なりがリソースを食いつぶしている側面はあると思いますが、それを辞めさせのは難しいように思います。他国でもできていませんしね。

No title

よく分からんけど、日本に居てはやる気が出ないと言う事。例えば発明して特許を取得しても、会社の装置を使っているとか、共同して取ったとかの理由で会社が100億利益を上げても1%も還元されないのなら転職考えて当然でしょう。
転職されたら、精神論では解決出来ないと思う。又、年齢は関係ないようにも思う。

裁定の機会があれば、それがなくなるまでしっかり使う(べき)ということなのかなと思います。

国内大学研究者を取り巻く制度や環境よりも、学生さんや親御さんの行動のほうが先に変わるのかなと思います。出身地の学校でも、海外大学進学者は目に付くようになっています。

No title

ヒョロの俺さん:

そういうことになりますね。エネルギッシュな人は海外や外資に行き、そうでない人は日本で頑張らずにまったり過ごすというのが合理的な選択になってしまいます。

zさん:

もし仮に海外大の方が良いとなると、それこそ経済力やノウハウの点で格差社会になりますね。

No title

高い給料がほしいなら私立大に行くべきでしょう
私大のポストと研究環境が両立できないならそれは教育政策や国立大学が悪いです
国民の嫉妬のせいにするのは筋違いというか人をバカにしていますね

No title

会社員さん:

金銭感覚鋭い人は企業や海外から絶妙なタイミングで私大に移ってますね。

国民の嫉妬という表現はやや直接的すぎたかも知れませんが、
世論のせいと書こうが教育政策が悪いと書こうが
教育政策は政府が決め国民が政権を選んでいるのですから大差ない気がします。

「何かそれでも話題にしたかった理由」があまり定かでないかなというところです。

また、給料面がやや強調されすぎているようにも感じました。ツイートからすると、給料、評価基準の緩さ、授業の負担、セミナーの質などの複数の要素が待遇の良し悪しを決めるようですが、それらの要素が門外漢にはやや比較しづらい印象を受けました。

川口先生のウェブサイトを見るかぎり、移籍先には日本人共著者の方がおられるようで、待遇についてその方の影響も無視できないのではなかろうかと思いますけど、そうしたことへの言及はあまりなされていないようで、(給料面を強調して比較することは)いかがなものかなと思いました。

ただ、大学に限らず、給料を含めた待遇が、一人でも多く、少しでも改善されたほうが望ましいとは思います。

No title

Glassdoorと教えて頂いて下記のサイトに行ったのですが
https://www.thebalance.com/glassdoor-com-salaries-reviews-and-jobs-2060040
使い方が分かりません。

北京大、精華大での高給のポジションの検索法を教えて頂けないでしょうか?
お手数をかけて申し訳ありません。

No title

No title

>zさん:

>「何かそれでも話題にしたかった理由」があまり定かでない

確かに私もそう感じた面があります。
とりあえず日本の大学の状況を憂えているという風に解釈していますが
もしかすると他にも理由があるのかも知れません。

香港は中国の一部で国の力が強い地域ですので、
米国の大学ほど自由に給料が決められるという話はあまり聞きません。
したがって、コネだとか彼個人への実績の評価が特別高いという
ことではないように思います。

実は私も香港科技大ビジネススクールでテニュアトラック助教の
就職面接を受けたことがありますので、事情はある程度分かります。
教育負担は一橋より少ないかも知れません。私の部門では
講義は年間3コースと言われましたが、一学期にまとめて
後の8ヶ月は研究だけという人もいました。
テニュア審査は日本より厳しいと思います。
米国の上位校に準拠といったところだと思います。

Willyさん、詳しくありがとうございます。

「残念」な採用や慰留の方針を有する職場から転職できた人が、当該の職場がもともとその人が望んだような採用や慰留の方針であったら、就職時点でどのような条件を引き出せていたか(あるいは、そもそも採用されていたか)が気になりました。やや現状追認になりますが、「残念」な採用や慰留の方針を有する職場からもいくらかの側面では便益を享受したのではなかろうかという気がします。

現状は、働く側にとって、就職に都合の良い方針と転職に都合の良い方針が部分的に矛盾しているということかもしれません。日本の大学の平均的待遇が少しでも上がれば、日本に戻るにもベター、日本に戻らなくても移籍先や再移籍候補先との交渉材料にもなり、いずれにしても損しないといったところでしょうか。

No title

zさん

人材の市場価値は刻一刻と変わり、その時に最高の条件をオファーした雇用主が人材を獲得するだけではないでしょうか。川口さんが一橋に着任した経緯は知りませんが、恐らく低めの報酬や良好な研究環境など全てセットで一橋が最も良いオファーをしたということでしょう。

ポスト開いていいわ

本当に一流の人材が大挙して流失したら、こりゃ国力の根源がそがれる一大事ですぜ。

でも今回のはそんな話ではないし、たかが経済学の助教一人消えても、いくらでも同等以上の替えがきくんじゃない?ポスト一つあくんで人助けだよ。だいたい自分の人事異動についてネットで騒いだりする奴なんか、周りもいて欲しいとは思わんのとちゃうの?

No title

>わんわんさん

むしろこれから活躍できる人を引き抜かれるのが一番まずい気がしますが。
海外に一人引き抜かれればその穴埋めは平均的にはそれ未満の人材になるでしょう。

後半部分に関しては、話題にしたかった理由がはっきり分からないので
なんとも言えないです。

優秀だった人材が...

私は、ある有名大学をいまから何十年も前に卒業しました。勉強しなかった負け組です。

そこの研究室の先輩には、とても優秀な人が何人かいました。修士の時点で世に知られる成果を出していました。みんな大学院に行き、有名大学のポストを得ました。

その人たちは、どんな研究業績を上げたでしょうか?いまはGoogle ScholarとかScopusで、だれでも業績が調べられます。20代前半であれだけ光り輝いていたわりには、残念な研究成果しか出せていない人がほとんどです(もちろん例外はあります)。

輝くばかりの才能が残念な研究成果しか上げられなかった理由は何でしょう?収入への不満はあったようですし、授業と雑用ばかりさせられることもあったようです。そういう意味で、日本の大学では飴が足りなかった(待遇が悪かったの)は理由の一つでしょう。

しかし、それだけではないだろうと私は思うのです。彼らの能力からすれば、その程度の逆境を跳ね返すことは簡単なはずです。推測ですが、20代前半で世に知られる成果を上げ、有名大学のポストを得た彼らはそこで足を止めてしまったように思います。つまり、日本の大学には鞭も足りなかったのではないでしょうか。

No title

匿名希望さん:

なかなか深いお話ですね。実は、私も数学科で天才・秀才をたくさん見てきましたが、全体として見ると思ったほど活躍していないという印象を受けることがあります。

私は、これは彼らが頑張らなかったというよりも、努力の方向が社会の動きにあっていなかったために、活躍できなかった、影響力を発揮できなかったのではないか、と感じます。例えば、日本からフィールズ賞が長らく出ていませんが、これは日本が伝統的に強い数論や代数幾何
などの分野の重要性が相対的に低下していることが大きいように思うのです。

英語圏では、フロンティアを掴んで経済的に成功することへの原動力がものすごいですよね。その変化に対するインセンティブとプレッシャーが、飴でもあり鞭でもあるのだと思います。
プロフィール

Willy

Author:Willy
日本の某大数学科で修士課程修了。金融機関勤務を経て、米国の統計学科博士課程にてPhD取得。現在、米国の某州立大准教授。

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1.ルベーグ積分30講
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