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【本】食える数学(神永正博) -- このエントリーを含むはてなブックマーク

アメリカの数学界には次のようなジョークがある。

問題:次のうち他と異なるものはどれか?
1) 博士(応用数学)
2) 博士(純粋数学)
3) 博士(統計学)
4) 大きなピザ 

答:2)。他の3つは家族4人を食わせることができるから。

このジョークが、一般人にも理解されるのは、やはり数学が勉強する労力の割に役に立たないと思われているからだろう。

本書は、多くの人が考える「数学って何の役に立つの?」という素人の根本的な疑問に答えるために書かれており、一般的な高校生以上なら誰でも読める構成になっている。何よりも、この本は縦書きであり、数式はほとんど登場しない。



内容に入る前に、筆者の略歴を見てみよう。筆者は高校卒業後、数学科に進み、京大数学科の博士課程を中退。東京電機大情報科学科の助手を務め、その後、日立製作所に勤務ののち、現在は東北学院大電気情報工学科准教授(理学博士)となっている。やはり、数学が社会にどう役に立っているのかをきちんと書けるのは、数学を学び、実務家としても働いたことがある人だ、という事を改めて実感させられる。

私も、数学科で学んだ経験、そして実務家として働いた経験を持つ者の一人だが、筆者にしても私にしても、大雑把に言って強く感じていることは2つあると思う。1つは、「数学は、実社会に非常に役立つ」ということ。そして、もう一つは、「現在の数学教育は、数学を実社会でどう役立てるかが分かる仕組みになっていない」ということだと思う。

筆者は、石油探査の話とフーリエ解析、ソーシャルネットワークの話とグラフ理論、迷惑メールとベイズの原理といった様々な応用例を出して、数学の有用性を説いてゆく。条件の足りない方程式をソフトが無理矢理解いてしまい、それを元に謝った結果を学会で発表してしまった、というような例もだして、数学の基礎的理解の有用性も説く。

一方で、特に大学の数学科においては、理論の美しさに拘るあまり、現実問題への応用という目的意識が希薄であったという問題も提起している。数学の理論を実際の仕事に役立てたい大多数の人にとっては、教科書を1ページずつ進むよりも、実際に直面した問題から出発して、興味を持ったことだけを勉強して行った方が楽しいのでは、と提案し、筆者の経験と共に説明している。

様々な角度から数学を眺めてきた筆者の提案は、流石にバランスが取れており、少しでも仕事に数学を役立てようと考える人にとって示唆に富んだ内容となっている。

読者が本書に失望する点があるとすれば、例えば、2ヶ月後の期末試験までに数学の教科書をあと30ページ読まなければいけない中高生にとっては、もっと具体的な説明が欲しいと言うことだろう。初等幾何は何の役に立ち、因数分解は何の役に立つのか?三角関数や微積分の公式をたくさん暗記しなければいけないのはどうしてなのか?もちろん、250ページ程の本書には、そうした事を逐一説明するスペースはなかったと思われる。

この書評をきっかけに、次回以降のエントリーでそうしたことも説明してみたいという気にさせられた本であった。


過去の関連するエントリー
- 全ての学生に数学は必要か?
- 数学のできない大学生を見て思うこと
- 数学を勉強することは無益



テーマ : 算数・数学の学習
ジャンル : 学校・教育

【本】この国は議員にいくら使うのか(河村たかし) -- このエントリーを含むはてなブックマーク

2~3年前に出た本だが、
名古屋市長・河村たかし氏の「この国は議員にいくら使うのか」を読んだ。

本書は、国会議員や地方議会議員の厚遇ぶり、河村氏がそれに反対してきた経緯、
そして、党内の他の議員から受けた嫌がらせや処分などを紹介し、
欧米先進国と比べて異常に高い議員の報酬制度を糾弾する。

また著者は、「議員に十分な資金を与えれば貧しい人も議員になれて政治が良くなる」
という考えは間違いであると説く。
むしろ待遇が良い事で議員を職業として世襲のように続ける人が増えてしまうし、
自分の待遇を守るために官僚との馴れ合いを生み出したり、
議員になるのが目的で金をばらまくような人が生まれると説明する。

読み終えて感じた事は、河村氏の言うことは正論であるものの、
一方で国の政治のあり方の話としてはインパクトに欠けると言う事だった。

確かに、議会を維持するための費用が財政の大きな負担になっている地方自治体では、
議員の待遇を適正化することには大きな意味がある。
また、議論するべき法案の少ない地方議会の議員は常勤並みの高い給料を払う必要がない、
というのも正論であろう。この点に関してはかなりインパクトは大きいかもしれない。

しかし、国会のように議員にかかる経費よりもむしろ
議員の立法能力の方が問題となっているところでは、経費の削減は、
一般大衆向けのパフォーマンスという側面を除けば主要な問題ではなく、
あくまで待遇を適正化したときに、本当に政治が良くなるのかが肝心だ。
もちろん河村氏は、待遇が目的の人がいなくなり
しがらみがなくなれば民意が反映されて政治が良くなると主張しているが、
その裏づけはまだ十分とは言い難く、実際の効果は未知数である。

氏がその肝心な部分でこれから成功を収めることができれば
政治に与えるインパクトは相当大きくなるので頑張って欲しいところだ。
一方、現時点では「議員報酬を問題にする議員」という異色の少数派として
名前を売っているという面もあり、氏のような思想の持ち主が議会で多数派に
なるということはインセンティブの問題として難しいように思う。

いずれにしても、議員の待遇は庶民の野次馬的な好奇心を煽る話題だ。
こうした話題は、他人の待遇のことだけに下世話になりがちだが、
議員本人が書くことで品位を保つことができている。
お金が好きな人には、興味本位でも楽しく読める本である。

私も、ちょっと議員とかやってみたい、と思ってしまった本であった。

    


テーマ : 政治・経済・時事問題
ジャンル : 政治・経済

一つの夢を追うリスク ~「将棋の子」(大崎善生)~ -- このエントリーを含むはてなブックマーク

メール、mixi、twitter、facebook と
楽しいコミュニケーション・ツールの普及に従って、
人々が落ち着いて一つのことに集中するのはますます難しくなっている。
そんなわけで、
子供や若者が一つのことを一生懸命やると、たいがいの大人は感心するわけだが、
やっている本人は大変な肉体的・精神的負担に加えて大きなリスクを負っていることも多い。

「将棋の子」(大崎善生 著)は、
将棋の棋士を目指して北海道から母と二人で上京した
天才少年・成田英二の半生を追ったノンフィクション小説である。
将棋のプロになるためには、
奨励会と呼ばれるプロ棋士養成のための組織に入り、
26歳までに規定の成績を収めて四段に昇段しなければならない。
そのため、早い場合は小学生のうちから奨励会に入会し、
青春時代の大半を費やしてプロを目指す。
奨励会に入ること自体、非常に狭き門であり、
プロ棋士が才能を見出した少年・少女だけが入会を許されるのだが
その奨励会に入って長い修行を経ても、
規定の年齢までに四段になれるのはわずかに2割弱だ。
両親の期待を受けながらプロを目指す成田が24歳の時、
父は不幸にして急死し、母はガンで余命1年と宣告される。
年齢制限を間近にした成田は重圧に耐えられず、
ついに奨励会を退会する。
両親と将棋をいっぺんに失った成田の人生は厳しいものになる。

高い知能と強い意志を兼ね備えた成田の人生は、
どこでおかしくなったのだろうか?

チャンスを逃さないこと、
謙虚であること、
若い頃に視野を広げること、
計画性を身につけること、
良い金銭感覚を身につけること、
常識を身につけること、
人間関係を豊かにすること、
助言してくれる大人を探すこと、
といった
多くの人が程度の差こそあれ
大人になる過程で自然と身につけていく能力が
いかに大切であるかを痛感させられるドキュメンタリーだ。


新しい本ではないが、
これから進路を決める人たち、
子供がこれから人生を決める保護者の方たち
にお勧めしたい本である。


テーマ : 夢へ向かって
ジャンル : 就職・お仕事

【書評】3年で辞めた若者はどこへ行ったのか?(城繁幸) -- このエントリーを含むはてなブックマーク


―― 3年で辞めた若者はどこへ行ったのか?

国民生活白書によれば、95年以降、
大卒新入社員の3年以内の離職率は35%前後に達する。
この割合はバブル期前後に比べ、約10%も高い。
本書は、そうして会社を辞めていった若者たちの人生を追う。
彼・彼女らの人生は、多様性に富んだドラマでちりばめられており、
読み応えがある。

もちろん、新卒社員の離職率の上昇という社会全体での大きな変化は
単なる若者気質といった理由だけでは片付けられず、
日本経済の基礎的な状況が「昭和」の時代とは異なることが
原因と考えるべきだろう。
もはや日本は、これまでのような年功序列を基本とした雇用制度を
国全体で支える事はできなくなったのだ。
大きな理由は二つある。

一つは、人口構造の変化である。
年功序列制度は、従業員の年齢構成がピラミッド型に
なっていることを前提に維持可能なものであった。
つまり、この仕組みはねずみ講の規模が大きいものと考えることができる。
労働市場における人口構造の変化は、移民の流出入がない限り
かなり安定的に予測することができるため、
もはやこのねずみ講を本気で信じる人はいなくなったということだ。

二つ目は、経済構造の硬直化である。
冷戦で極めて安定した政治・経済体制下にあった日本は
官僚主導で非常に安定した流動性の低い年功序列・終身雇用の労働市場を作り上げ、
従業員のインセンティブを高めることによって、
製造業の生産性上昇という面では極めて優れた経済体制を作り上げた。
しかしポスト冷戦の失われた20年を通して分かったことは、
国民がそうした安定した環境の下で企業の歯車として頑張る
ということが、最早、たいした富を産まなくなったということだ。
変化と不確実性を受け入れ、新しいことに取り組むことこそが、
長期的に大きな富を産む。
そんな社会では、むしろ年功序列は積極的に破壊しなければならない。

著者は、弊害の多い年功序列という歪んだ利益配分システムを一刻も早く捨て、
労働法を改正して流動化を進めよと主張する。そして、新しい社会では、出世のような
共通の価値観ではなく、各人が多様化することによる豊かさを求めるべきだと説く。
一見奇異に見える会社を辞めた若者達のいくつものストーリーは、
そうした多様性の具体例である。


――― 「こちら側」と「あちら側」の温度差

城氏の主張は説得力があるし強く共感できる。
私も、低成長下で多くの人が豊かになるための唯一の道は価値観の多様化である
と思うし、それが究極的には社会のためにもなるのだと信じている。

一方で、本書を手にとった人の多くが私と同程度の共感を感じることができるか、
といえば、私は少し悲観的にならざるを得ない。

有名な大学を出た圧倒的に多くの人は、依然として厚く保護された伝統的企業の
正社員として勤務している。例え社内では「割を食う世代」であったとしても、
非正規の労働者として安定しない身分で働く人との既得権益の格差は極めて大きい。
そういう人たちも「究極的には」年功序列の崩壊や人材流動化が進むと考えている
だろうが、それはあくまでも「段階的に」進むもので、自分達の既得権益について
「多少の妥協」を強いられることはあっても、生活を脅かすほどではない、
と捉えているだろう。これは、中高年に限らず20代の若者でもそうだ。
そして実際、その認識はある程度正しい。

本書のような読み物やネット上で行われる言論では、
既得権益を壊して新しいものを創造しよう、という勢力のプレゼンスが非常に大きい。
しかし、リアルな社会で経済的影響力を持つ既得権益層との認識の乖離は
感覚レベルでは依然としてかなり大きいだろう。

本書に共感できる人には、なぜ社会の変化がこんなにも緩慢なのかを考えて欲しいし、
本書に共感できない人には、既得権益層とアウトサイダーの温度差を知って欲しい。

そんなわけで、本書はあらゆる年代と階層の人に読んで欲しい一冊である。


テーマ : キャリアを考える
ジャンル : 就職・お仕事

書評:ルポ 貧困大国アメリカⅡ(堤未果) -- このエントリーを含むはてなブックマーク



日本エッセイスト・クラブ賞を受賞した前作「ルポ・貧困大国アメリカ」の続編である。
筆者の堤未果氏は、昨日亡くなったジャーナリストのばばこういち氏を父に持ち、
薬害エイズ事件原告の川田龍平氏を夫に持つ。

前作同様、実地で行ったたくさんのインタビューを交えながら現代のアメリカの暗部を
見事に描き出し、読みやすい文章とインパクトのある数字を織り交ぜることで読者を引き込む。
本書で取り上げる問題は、教育制度、健康保険制度、刑務所の3つだ。

先日のエントリーでも取り上げたように、
20年以上にわたって続く高等教育の学費の暴騰
中流階級の多くの米国民にとって大きな懸念材料になっている。
本書には、学費の高騰と民営化された奨学金制度の組み合わせによって
いかに中流家庭の高等教育の機会平等が失われたかがはっきりと描かれている。
大学卒業後、多額の借り入れと高金利によって苦しむ米国民の
姿を描いたケーススタディーの数々はまた、
「ファイナンスの知識に長けたアメリカ人」
という日本での固定観念を打ち砕くのにも十分だ。
ほとんどのアメリカ人は金融機関が仕掛けた罠に簡単にはまってしまう
極めてナイーブな情報弱者だということがよく分かるだろう。


健康保険制度については、2つの章を割いて最も詳しく解説されている。
特にオバマ政権発足後に、どのようにして健康保険法案が骨抜きにされ
社会的弱者の希望を失わせたかが分かり易く書かれている。
そうした経緯を読むと、アメリカの大統領が巨大な利権を差し置いて
改革を行うことがいかに難しいか
ということがよく分かるだろう。
国による一律の公的保険制度や、公的保険と民間保険の選択制、
といった各制度について賛成派、反対派の意見を多面的に紹介して
いる点も良い。

最後の章は、前作にはない刑務所の問題に焦点を当てている。
刑務所ですらビジネスとして扱われているアメリカの現状は、
政治家と民間業者の癒着という典型的な問題のみならず
オフショアリングが進む米国経済では貧困が構造的な問題
であることを示唆するのに十分だ。

本書には物足りない点もいくつかある。

一つは、著者の堤氏は明確に左派のジャーナリストであり、
問題意識は社会主義的な視点に偏っている点だ。
アメリカを正しく理解するためには、
本書を読みながら、同時にアメリカが活力を維持している
理由も考えなければならないだろう。


現状の分析が単なる分配の問題として片付けられている点も物足りない。
建設的に将来のことを議論するためには、教育に関しても、医療に関しても、
サプライサイドの非効率を問題として扱っていく必要がある。

こうした点は本書ではなおざりにされ、
草の根レベルの啓蒙活動という方策しか示されていないのは
前作と同様少し残念である。

しかしながら、こうした点を差し引いたとしても
現代の米国の構造的な問題を丁寧に現場から取材したルポは
依然として日本語の文書としては大変貴重であり、
アメリカに住もうとする人はもちろん、
アメリカ社会を理解したい全ての日本人にお薦めの一冊である。


(前作はこちら↓)


テーマ : 貧困問題
ジャンル : 政治・経済

書評:Estimation in Conditionally Heteroscedastic Time Series Models -- このエントリーを含むはてなブックマーク

書評は、Amazon.co.jpにも同じペンネーム(Willy)で書いているが今後は当ブログにも載せていきたい。

Daniel Straumann 著
"Estimation in Conditionally Heteroscedastic Time Series Models (Lecture Notes in Statistics),"
Springer.

本書は、GARCHモデルの漸近理論についての2004年末までの結果の集大成と言って良い内容である。

GARCH(Generalized Autoregressive Conditional Heteroscedasticity)モデルとは、分散をモデル化するのに考案されたパラメトリックな時系列モデルである。統計的な観点から述べれば、時系列の1次モーメントの推定を行うARMAモデルを2次モーメントに拡張したと言っても良い。金融時系列に於いては資産価格そのものを予測するのは難しいため、リスクの大きさ=分散を推定することは特に重要である。その原形はARCH/GARCHモデルの原型はR. A. Engle (1982)によって考案され、1980年代から1990年代にかけて主に計量経済学者らによって多くのバリエーションが考えられた。しかしながらその漸近的性質は、Weiss(1986), Lee and Hansen (1994), Lumsdaine (1996)らの基本的な成果を除けばあまり明らかにされて来たとは言えず、21世紀に入ってから、Berkes, Horvath, Kokoszka, Francq, Zakoian, Giraitis, Robinson, Zaffaroni, Hall, Yao, Mikosch, Straumann と言った主に数学系の人々によって明らかにされてきた。

本書の構成は、初めの4章でGARCHモデルの基礎となる事柄を理論・応用の両面から俯瞰し、5章ではQMLE(擬似最尤推定量)の漸近的性質、6章では標準化後誤差項分布の推定と最尤推定量の性質、7章では裾の厚い誤差分布の時のQMLEの性質、8章ではFrequency Domain を用いた Whittle推定量の性質を明らかにしている。5章はBerkes, Horvath (2003, Bernoulli)の結果の一般化、7章は Hall and Yao (2003, Econometrica)の結果の別証、8章はGiraitis and Robinson (2001, ET)の結果のARCHからGARCH(1,1)への拡張になっている。本書はGARCHの漸近理論の結果を数学的に最も精緻かつ簡潔にまとめており、理論の全体を俯瞰するのに最適である。ただし、あくまで漸近理論に興味がある人向けの内容であり、実務家やモデラーの興味の対象を扱っているわけではない点に言及しておきたい。



テーマ : 数学
ジャンル : 学問・文化・芸術

プロフィール

Willy

Author:Willy
日本の某大数学科で修士課程修了。金融機関勤務を経て、米国の統計学科博士課程にてPhD取得。現在、米国の某州立大准教授。

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お勧めの本
1.ルベーグ積分30講
―― 統計学を学ぶために。
   小説のように読める本。
   学部向け。

2.Matematical Statistics and Data Analysis
―― WS大指定教科書。
   応用も充実。学部上級。

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