DARK SIDE OF THE DAO

DAOが過激派たちの新たな温床となる──特集「THE WORLD IN 2024」

ブロックチェーン技術によりオンライン上での“自治組織”の立ち上げを可能にするDAO(分散型自律組織)という仕組み。白人至上主義者やイスラム過激派の温床となり、テロや犯罪行為が起こるのを防ぐ策とは?
DAOが過激派たちの新たな温床となる──特集「THE WORLD IN 2024」
Illustration: Simon Bailly

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世界中のビジョナリーや起業家、ビッグシンカーがキーワードを掲げ、2024年の最重要パラダイムを網羅した恒例の総力特集「THE WORLD IN 2024」。英国のシンクタンク、戦略対話研究所(ISD)上席主任研究官のユリア・エブナーは、白人至上主義者やイスラム過激派のような組織がDAOを戦略的に使い始めるかもしれないと危惧する。


白人による白人のためだけの“自治国家”や、サイバー上のイスラム国とはどんなものか想像できるだろうか?わたしは、インターネット上で繰り広げられる過激派運動の内部を探ることにキャリアの大半を費やしてきたので、その姿をはっきりと思い描くことができる。2024年は、ネオナチ、イスラム過激派、陰謀論者たちが、自分たちのリアルな自治国家をつくるというユートピア的ビジョンをDAO(分散型自律組織)というかたちで実現する年になるかもしれない。

DAOとは、中心となる管理者なしに所属するメンバーによって共同で統治され、ブロックチェーン技術をベースに運営されるデジタル組織だ。言い換えれば、金銭的取引や運営のルールづくりに第三者が関与する必要がない独自の組織をインターネットユーザーが立ち上げることができるということになる。世界経済フォーラムはDAOについて、「人と人のつながり・協力・創造の方法を再構築しようと試みるプラットフォーム」だと評価している。

しかし、ほかの革新的テクノロジーと同様、DAOにもダークな側面がある。それは、分散化した過激派組織のメンバーからなる新たな脅威の温床になる可能性が高いという点だ。

すでに10,000を超えるDAOが存在し、総計で数十億ドルに上る金融資産を運営、数百万人のメンバーを抱えている。リバタリアンや活動家から、悪ノリで試す人や趣味で参加する人など、さまざまなタイプのユーザーがこのDAOの世界に足を踏み入れているのだ。わたしがリサーチの過程で出会ったDAOメンバーの大半は、社会に害を加えるためでなく、興味深いテーマを追究する人たちばかりだった。「スターバックスに取って代わる」ことを目指す(頑張ってほしいものです!)CaféDAOや、「脱毛を解決する分散型資産運用者」のHairDAOなどは、個人的にも好意をもった団体だ。

一方で、過激な思想を掲げるDAOもある。例えば、Redacted Club DAOは、秘密結社的ネットワークであることを自称し、オルタナ右翼が好む言葉や陰謀論を頻繁に引用している。

現状の社会体制への不信

24年は、白人至上主義者やイスラム過激派のような組織がDAOを戦略的に使い始める年になるかもしれない。従来は政府、裁判所、銀行が担ってきた政策立案、法的契約、金融取引を、それぞれスマートコントラクト、非代替性トークン(NFT)、暗号資産に置き換えることが現代では可能となっている。そんななか、銀行口座が凍結された過激派グループの間では、匿名のビットコイン・ウォレットやモネロ(XMR)のようなプライバシー性が高い暗号資産の利用がすでに広まっている。そして、こうした過激派グループが完全に非中央集権的な自己統治組織の実現へと移行するプロセスは、その完結まであと一歩のところまで迫っているのだ。

過激派が独自の自治組織をつくろうとするのには、政治的・宗教的イデオロギーのみならず現実的な動機も存在する。それは、現在ある体制に対する根本的な不信感だ。ディープステート(影の政府)や“グローバル・ユダヤ・エリート”が政府、大手ハイテク企業から国際的な銀行システムまですべてをコントロールしていると信じる者にとって、DAOは魅力的な代替手段になりえる。BitChuteやOdyseeのような極右として知られるプラットフォーム上でのユーザーたちの会話からも、代替となる分散型コラボレーション、コミュニケーション、クラウドファンディングに積極的な興味を示すユーザーが多いことは明らかだ。

では、差別主義者の集団が独自のデジタル世界を構築し、DAOを通じて独立した統治機構を立ち上げたとしたら何が起きるだろうか?同様の差別グループが手を結び、ターゲットとする選挙の妨害キャンペーンを展開する危険があるかもしれない。過激派DAOの活動は、法の支配を超越し、マイノリティグループに脅威を与え、現在の民主主義システムの基礎を混乱させる可能性もある。

もうひとつのリスクは、ユーザーが政府の規制や監視活動を回避できるようになることで、DAOが過激派運動の隠れ家として機能することだ。さらには、過激派が資金を調達して新メンバーのリクルートや、さらには攻撃さえも企てる新たなルートを見つける目的に悪用されるかもしれない。多くの政府が人工知能(AI)を規制する法的枠組みの整備に注力している一方、DAOの存在に対して真剣に取り組んでいる政府はほとんどない。DAOがもうすぐ過激派の活動や犯罪目的で利用されるという事実は、世界の政策立案者の監視の目をずっとくぐり抜けてきたのだ。

以前からDAOの悪用の可能性に警鐘を鳴らしてきたテクノロジー専門家でさえも、「DAOはいくら企業のように振る舞っても、法人として登録されない」と主張してきた。実際、いまのところ法人登録されたDAOは数えるほどしかない。しかし、米国ではいくつかの州が、DAOを法的に認める法律を可決している。テロや犯罪行為に対する責任をDAOに負わせる規制が存在しないことを踏まえると、2024年の最も重要な問いは次のようになるだろう。「メタバースが白人主義者のデジタル自治組織やサイバーイスラム国を生み出さないためにはどのような対策をとればいいのか?」

ユリア・エブナー|JULIA EBNER
戦略対話研究所(ISD)上席主任研究官。オンライン上で展開される過激主義、ヘイト&フェイク情報などを研究対象とする。著書に『Going Mainstream: How Extremists are Taking Over』などがある。

TRANSLATION BY OVAL INC./EDIT BY MICHIAKI MATSUSHIMA

※雑誌『WIRED』日本版 VOL.51 特集「THE WORLD IN 2024」より転載。


雑誌『WIRED』日本版VOL.51
「THE WORLD IN 2024」

アイデアとイノベーションの源泉であり、常に未来を実装するメディアである『WIRED』のエッセンスが詰まった年末恒例の「THE WORLD IN」シリーズ。加速し続けるAIの能力がわたしたちのカルチャーやビジネス、セキュリティから政治まで広範に及ぼすインパクトのゆくえを探るほか、環境危機に対峙するテクノロジーの現在地、サイエンスや医療でいよいよ訪れる注目のブレイクスルーなど、全10分野にわたり、2024年の最重要パラダイムを読み解く総力特集!詳細はこちら。


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