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ヴィタリック・ブテリンが考える、次の5年のブロックチェーンの大きな変化

イーサリアムのファウンダーは、ブロックチェーン・エコシステムが世界中の開発者たちだけに閉じることなく、より優れたスタンダードやツール、インフラをつくって社会に大きな影響力を与える未来を見据えている。『WIRED』単独ロングインタビュー。
ヴィタリック・ブテリンが考える、次の5年のブロックチェーンの大きな変化
PHOTOGRAPH: SHINTARO YOSHIMATSU

この夏、汎用型ブロックチェーンプラットフォーム「Ethereum(イーサリアム)」の年次開発者会議であるEDCON(Ethereum Development Conference)が初めて日本で開催された。そのEDCON 2024を皮切りに、東京ではFunding the Commons TokyoやDAO TOKYO 2024、WebX2024などが立て続けに開催され、ブロックチェーン界隈はいまや暗号資産の価格チャートから離れて確実にテイクオフの時期を迎えつつある。「Web3」や「NFT」といった言葉が先行したこの技術のハイプや幻滅期の大きな波をくぐり抜け、いま、イーサリアムはいかなる未来をつくりだそうとしているのか。来日したイーサリアムのファウンダー、ヴィタリック・ブテリンに、『WIRED』日本版では6年ぶりとなる単独インタビューを行なった。

PHOTOGRAPH: SHINTARO YOSHIMATSU

──今回、EDCON 2024はなぜ日本で開催されることになったのですか?

ヴィタリック・ブテリン:EDCONは、ハッカーたちの大規模カンファレンスであるDEF CONのようなものです。開催地を毎回変えているのは意図的で、さまざまな地域でイーサリアム・コミュニティのつながりを築こうとしているからでしょう。参加者たちは、世界のいろいろな地域に関心がありますからね。

参加者たちは今回のEDCONで、おもしろくて一緒に協力し合えるようなイーサリアム・コミュニティが日本にはたくさんあって、その力が以前よりもずっと強くなっていることに気づいたと思います。参加した人たちは、日本で何かを試したり、日本の人たちと協力したりする、いい機会だと感じたのではないでしょうか。

──東京で特に印象に残ったことは何でしょうか?

EDCONのいちばんいいところは、「楽しいカンファレンス」だということです。EDCON 2018ではステージ上で「アナグマダンス」を踊ったし、EDCON 2019ではラップもやりました。今回はステージに巨大なユニコーンがいたし、わたしは浴衣で登壇しました。K-POPのパフォーマンスもありました。いまふうですよね。みんなとにかく新しくて面白いことに挑戦して、イーサリアムを楽しいものにしたいと思っています。

EDCONの企画・運営メンバーには、本当に感謝しています。今日はこのあと日本企業のINTMAXが主催しているサイドイベントの「PlasmaCon」もあって、そちらにも参加します。Plasmaはイーサリアムを拡張するソリューションで、それがあれば秒間何千ものトランザクションが可能になる。すべてのトランザクションを直接イーサリアムに書き込まなくてもよくなるんです。

──革新的なものなんですね。

そう思いますよ。イーサリアムのコミュニティが10年前と大きく違う点のひとつは、このようなプロジェクトが数多く存在していることです。ゼロ知識証明(ZKP)の研究者や、とてもスマートな人々が大勢集まってイーサリアム・スタックのさまざまな部分を構築しています。素晴らしいと思います。

PHOTOGRAPH: SHINTARO YOSHIMATSU

──楽しくありたい、ということでしたが、日本の暗号資産(クリプト)界隈の人々はとてもまじめな印象があって、社会を変えたい、よくしたいと熱心に取り組んでいます。今回のEDCONの華やかなイメージに戸惑っている声も聞きました。

もし、あなたが本当に世界を変えようと考えているなら、「楽しく」やることが不可欠だと思います。世界のさまざまな政治的グループを見渡してみれば、もっとも恐ろしいのは、あらゆるモノを破壊し人々を支配するような人たちです。そういう連中は、楽しみ方を知りません。

わたしは「ユーモア」に大きな力を感じるし、そういう力が「平等」を形成していくのではないかと考えています。ユーモアは人々の意識を同じレベルにしてくれる。つまり、自分たちは「みんなの生活をよくするために、いまここに集っているんだ」と、思い出させてくれるんです。大きくて重要なことがしたいなら「楽しくあること」も重要です。そのことが、みんなを正常な状態に保ってくれるんじゃないかなと思います。

──一般的には、ヴィタリックといえば真面目に社会変革を目指す人物というイメージがあります。普段、どんなことを楽しみにしているんですか? 何をするときに最も楽しいと感じているんでしょうか?

とても個人的なことですね……。例えば読書です。ハイキングやランニングもします。東京に来る前は北海道のニセコのはずれで1週間の研究合宿をしていました。森の真ん中にいるような感じで、たくさん歩いたり走ったりできました。走るときは、よくポッドキャストやオーディオブックを聴いています。今回は、メタバースのビジョンについての本を聴いていましたよ。

PHOTOGRAPH: SHINTARO YOSHIMATSU

──自然とのつながりを大事にしているんですね。その点を、もう少し教えてもらえますか。

そうですね。幼少期の大半はカナダのトロントで過ごしました。いままでかなりの都市を訪れましたが、公園が充実しているという点で、トロントに勝てる都市は数少ないはずです。端から端まで25kmぐらいですが、たぶんそのうち15〜20kmは、公園づたいに移動できると思います。もっと小さいころはロシアの田舎にいて、やはり森のそばで暮らしていました。自然が身近にあることや、自然の中にいることをいつもありがたく思っています。考え事をするために散歩をすることもありますね。実は、イーサリアムの最初のアイデアも、サンフランシスコで散歩中に思いついたんです。

──そうなんですね! いま、イーサリアム2.0の開発で、最大の課題は何でしょう。スケーリングや効率性向上は実現できるのでしょうか?

この1年ほどの間に、開発ロードマップの「スケーリング」の部分は大きく前進しています。イーサリアムはここ数年、スケーリング問題を解決するために、レイヤー2(L2)ネットワークを充実させるアプローチを採ってきました。

イーサリアムに接続しているL2のネットワークは、イーサリアムが本来もっている堅牢さを利用しながら、ほとんどの計算やデータ保持をイーサリアムの外側(オフチェーン)で行なうことができます。つまり、L2を活用すれば、イーサリアム上での作業を大幅に減らし、効率を高めることができるのです。

2カ月ほど前には、L2を使うためのより大きなデータスペースを創出する目的でアップグレードを行ないました。その結果、ほとんどのL2の取引手数料は、10〜50セントから1セント未満にまで下がっています。また、L2のなかでも「Optimism」と「Arbitrum」のふたつは、セキュリティが大きく改善しました。EthereumL1にうまく接続することで、そのセキュリティを活用することで恩恵を受けているということです。

PHOTOGRAPH: SHINTARO YOSHIMATSU

苦労しているのは、それらの非常に成功しているL2ネットワーク同士の相互通信を、うまく実現させるのが難しいという点です。そうなっている理由のひとつには、それぞれのL2を手掛けているチームが別々で、それぞれに違う考え方をもっている点があります。グロースする方法、スケールする方法、UXについての考え方なども、チームごとにそれぞれ違いますよね。

ただ、これはユーザーにとっては面倒なことです。例えばユーザーがOptimismにコインを持っていて、Arbitrumにあるアプリケーションを使いたいとしましょう。そうすると、OptimismからArbitrumに、コインを移動させなければならない。そして、現状では、この部分のプロトコルの使い勝手があまりよくないんです。

つまりいまの課題は、イーサリアム・エコシステム全体にわたって、より優れたスタンダードや、より優れたツール、インフラをつくることですね。それぞれに異なるL2が、独立性を保ちながら、ひとつのエコシステムとして存在し、機能するために十分な状態にしていきたいです。

──いまはイーサリアムの競合と言われるような、ほかのブロックチェーンも出てきています。例えばPolkadotやCardanoなどが出てきたことで、イーサリアムの役割はどのように進化していくと考えていますか? ブロックチェーン間での競争が、より激しくなっているように見えます。

最近のブロックチェーンは、それぞれ異なる戦略をもっていることが多いと思います。 国際的なコミュニティをどのように成長させるか、どこにフォーカスするか、何を重視するか、といった点です。 例えば、ビットコインは米国で大きなカンファレンスを開催し、ドナルド・トランプが出席していましたよね。イーサリアムにはそれとは異なる、独自の戦略がありますし、Cardanoもそうでしょう。

人々のブロックチェーンに対する姿勢は変化しています。かつての日本には、暗号資産を売買する人たちはいましたが、ブロックチェーンの開発者は少なかった。それが、ここ3年で変化が起き、技術的な側面により深く関わる人たちが増えています。

PHOTOGRAPH: SHINTARO YOSHIMATSU

このような変化が起こっている理由のひとつは、新しいテクノロジーの波が到来しているからだと思います。特に、zk-SNARKの存在が大きいです。ゼロ知識証明ですね。

ゼロ知識証明は、途中の計算過程すべてを明らかにすることなく、計算結果が正しいことを証明できます。つまり、秘密にしたい情報を守りながら、その情報が正確かどうかを素早く検証できるのです。このためゼロ知識証明は、プライバシーとスケーラビリティというふたつの問題を解決する上で、非常に強力な手段となるのです。

こうした新しいテクノロジーの波が到来すると、これまで何年もかけて取り組んできた、より複雑な多くのことが機能しなくなり、意味をなさなくなってしまうことがあります。人工知能(AI)開発でも、似たようなことが起きましたよね。これまで長い時間をかけて開発されてきた、高度にカスタマイズされたAIが、GPTに性能面で負けてしまった。

こうした新しい技術の波は「リセット」として機能し、それは新しい世代にとってのチャンスともなる。新しいテクノロジーで10年の開発経験をもつ人は、誰もいないという状態になります。日本や韓国、台湾、ベトナムの多くの開発者は、これを大きなチャンスだと捉えているのだと思います。

イーサリアムファウンデーションには、ゼロ知識証明を用いたツールやアプリケーションの開発に専念するチームがありますが、その8割は東アジアと東南アジアの出身者です。先ほど言及したINTMAXもゼロ知識証明がなければ出てこなかったでしょう。イーサリアムとしても、新しい技術に取り組む開発者たちをサポートしていきたいと思っています。

PHOTOGRAPH: SHINTARO YOSHIMATSU

──クリプト関連のスタートアップに投資する世界最大手の投資家たち、つまりa16zなどは、クリプト業界が転換点に近づいており、インフラの進歩によって新しいタイプのソフトウェア製品を安価に試せるようになるだろうと語っています。 イーサリアムの文脈ではどうですか?

イーサリアムのアプリケーションという文脈でいえば、10年前との最大の違いは、「Web2レベルのアプリのように使いやすくなった」ということでしょう。10年前のアプリケーションやウォレットは非常に複雑でした。もし初めてのトランザクションで、確認に5分もかかったら、どう感じるでしょうか?

今年になってからは、決済向け以外のアプリケーションが普及しはじめ、成功を収めています。暗号資産が好きだからではなく、「アプリケーションそのものに価値がある」から使われるものが出てきているのです。

その一例としては、Forecasterがあるでしょう。これはイーサリアムをベースにした分散型のTwitterのようなものです。分散型のソーシャルメディアというアイデアは以前から存在していて、例えば2010年から11年にかけて、分散型のFacebookを目指したディアスポラというプロジェクトがありました。成功しませんでしたが、それは十分なリソースを確保できなかったからだと思います。

いまは、ブロックチェーンベースのソーシャルメディア開発が進められています。コンテンツ制作者に報酬を分配するなど、興味深いアイデアも出てきています。特にここ数年は、Twitterをめぐる状況の変化もあり、新しいものをつくりたいという動きが盛んになっています。

注目すべきなのは、Forecasterに参加している人々の多くが、イーサリアムのプロジェクトだから参加しているわけではないという点です。それよりも、自分たちが求めているコンテンツがそこにあるから参加しているのです。

そこでは、興味深い機能の実験もなされています。例えば、トピックごとに異なる「チャンネル」という概念が取り入れられています。アプリケーションやツイート内に挿入できる「フレーム」という概念もある。ブロックチェーンベースのソーシャルメディアが、独自機能を取り入れながら前進しているのを見るのはうれしいですね。

PHOTOGRAPH: SHINTARO YOSHIMATSU

それからもうひとつは、Polymarketです。これは選挙を含めたさまざまな予測を扱う「予測市場」で、暗号資産の専門家ではないメインストリームの知識人たちが、スクリーンショットを撮って政治的な議論をしています。例えば、この人物が大統領になる可能性は、Polymarket上で46%とされていたが、いまは58%となっている、といった具合です。

一昔前までは、みんなが関心をもっている暗号資産の使い道は、支払いぐらいでした。いまはさまざまな用途が出てきている。5年後には、もっとたくさん出てくるでしょう。

──そうやってソフトウェアの量が十分に増えていけば、社会の質やエコシステムの状況もそれに合わせて変わってくる……そういった「転換点」がやってくるのでしょうか?

エコシステムの「見え方」や、その使い心地は大きく変化してくるでしょう。従来のアプリケーション開発は暗号資産ユーザー向け、いわば内輪向けに焦点を当ててきました。しかし、いまはメインストリームのユーザー獲得を目指しています。そうなってくると必然的に、話題を呼ぶアプリケーションの種類は、ガラリと変わってくるでしょう。

そうなれば、アプリケーション開発者たちは、スケーラビリティの問題解決だけではなく、これまで手薄だった、実用的なUXの課題についても考えるようになります。

そして、クリプトとブロックチェーンのエコシステムが世界に与える影響は、間違いなく変化するでしょう。

クリプトそのものの価値は多くの場所で認められるようになりました。例えばアルゼンチンでは、多くの人が節約のために暗号資産を使っています。政治的に不安定な国々では、安定した暗号資産が金融システムに取って代わるという結果になっています。ただ、そこまでの影響をもつに至ったエリアは限られています。

PHOTOGRAPH: SHINTARO YOSHIMATSU

そうすると現実的に、クリプトがこれまでに与えた最大の影響というのは、それが生み出した「アイデア」にあるのではないでしょうか。例えば、最近RedditがIPOをしましたが、その一部として、Redditの従業員が非常に有利な価格で株式を購入できる機会が設けられました。わたしの理解では、これは暗号資産プロジェクトの多くが採用しているやり方に、直接的に影響されたものだと考えています。

暗号資産には、従業員の持株制度をさらに極端にしたような、プロジェクトのコインを誰もが少しずつ所有するという考え方があります。だから、これはとても素晴らしいアイデアだと思います。これから先10年を考えると、クリプトの影響はアイデアだけにとどまらないはずです。アプリケーションが浸透すれば、状況は大きく変わってくるでしょう。とても楽しみにしています。

──では、NFTの未来についてはどうでしょうか? デジタルアートやそれ以外の分野で、NFTが持続的な価値を生み出すにはどうすればいいでしょうか?

NFT分野に限らず、ゲームや暗号資産の分野でもそうなのですが、持続可能性について考えないことは大きな間違いだと思っています。1年程度の期間なら、多くのプロジェクトが動きを継続させられるし、それにともなってトークンの取引や価格変動もある。しかし、15年後にその価値が保たれ得るのかというストーリーは、ほとんど存在しません。15年後には多くのプロジェクトが忘れられているのではないでしょうか。

トークンのエアドロップもそうです。例えば非常に民主的であろうとするプロジェクトがあって、トークンの大部分をコミュニティに無料で提供したとします。プロジェクトが開始された時点では、みんなが幸せになれる、民主的で素晴らしい取り組みだと思えるかもしれません。でも5年後、クリプトの世界に足を踏み入れた若者の視点だとどうでしょうか。そのプロジェクトは「古参に牛耳られている」ものだと見られるかもしれません。そうなれば、新規に参入してくる人たちはいなくなってしまいます。

NFTが新しいブロックチェーンやプロジェクトを創り出そうと努力し続けるインセンティブになっている側面はあると思います。わたしはそのなかで、実際に長もちする何かをつくり出そうとする人たちが増えていってほしいと願っています。日本には1,000年以上前に建てられた寺があるそうですね。そこまではいかなくても、まずは20年間、継続できるものを考えてみるんです。そうすると、短期間で終わるものとはまったく異なる思考が必要になります。

PHOTOGRAPH: SHINTARO YOSHIMATSU

短期間で終わるものなら最初から最後まで、決めた設計通りに運用できるかもしれません。しかし、もし20年続くものをつくりたいのであれば、それはもっと複雑な「生き物」のようなものでなければならない。次々と新たな人々が参加し続けてくれるように、ガバナンスについてもっと考えなければならない。

わたしが尊敬するプロジェクトのひとつにOptimismがあります。Optimismの報酬分配は、エアドロップをして終わりとはなりません。レトロファンディングと呼ばれるプログラムがあり、毎年、計画的に一定数のコインをリリースし、Optimismやイーサリアム・エコシステムのために過去に価値あることをした人々にそれを与えていくことになっています。確かに、未来の出来事について合意するよりも、過去の実績について合意する方が簡単ですよね。その点でこれは、とても興味深い、新しい種類の社会メカニズム設計理論だと言えるでしょう。

公共財については、すでに行なわれたことについて、どれに報酬が支払われるかを決めることに注力しています。事前に資金が必要な案件については、違うアプローチが必要です。私的財については、市場メカニズムでいい。しかし、公共財はそうは行きません。理想主義的で、品質についての判断も得意ではありません。でも、どちらも必要ですよね。

この仕組みのもうひとついい点は、報酬分配が毎年あるので、いつOptimismに参加しても問題がないことです。NFTの世界でも、同じような状況があればいいと思っています。具体的なアイデアがあるわけではありませんが、トークンではなく、進行中のゲームに参加する権利を与えるような、何らかのNFTを付与するというやり方もあるかもしれません。

そうですね。例えば、こういう仕組みはどうでしょうか。あなたがアート作品や本、ゲームなど、何でもいいですが作品をリリースし、NFTをつくったとしましょう。もし、その作品に「もととなった作品」があるなら、 そのNFTによる収益の一部が、自動的にもと作品の作者のもとへ行く。それによって、作品同士のつながりが網の目のように見えてきて、それぞれの価値が可視化されていくというような仕組みです。これはひとつの手法にすぎないですが。

──それはおもしろいですね。関連して質問です。生成AIが、さまざまなアーティストの作品を学習することについて多くの批判を受けています。いまの仕組みはそれにどう対処できるでしょうか。

生成AIモデルが参照した元々の作品を解明できれば……ということですよね。非常に興味深い問題です。しかし、その点については、わたしよりもずっと深く掘り下げて考えている人たちがいますよね。

──システムによって解決できる問題だと思いますか?

そうですね。少なくとも、取り組むべき価値のある課題だと思います。ただ、多くのAIは独自のもので、多くの場合、モデルが公表されても、それを生み出したアルゴリズムは公表されません。だからそれを使って生成された作品の起源が何かということを、割り出すのは難しいですね。AIの興味深いところは、モデルさえあれば分析は可能だという点ですが、どの程度可能かについて語るのは、わたしには難しいと感じます。そうした問題解決に取り組んでいる人たちのことをわたしも支援したいと思っています。

PHOTOGRAPH: SHINTARO YOSHIMATSU

──取引が不可能なNFTであるソウルバウンド・トークン(SBT)についても教えて下さい。ブロックチェーン上で個人の業績やアイデンティティを表す方法として導入されましたが、例えば5年以内に実用化されそうな事例はありますか?

ソウルバウンド・トークンについては現在、個人のアイデンティティや評判、信用、注目度といったものを、イーサリアム・エコシステムのアプリケーションを通じて、活用したり認識したりできる仕組みづくりに取り組んでいます。非常に複雑な個人にまつわる情報を扱えるようにしようとしているのです。

SBTは他人に譲り渡せないところに特徴があります。例えば、エベレスト登頂者に対して、ネパール政府が贈るNFTがあったとして、それが取引可能だったらどうなるでしょうか? あなたがそれを保有していたとしても、必ずしもエベレストに登頂したかどうかは証明できなくなってしまいます。もしかしたら、あなたは単なる「NFTを買ったお金持ち」かもしれない。それだとつまらないですよね。

このように取引できないトークンは、特定のコミュニティ向け、あるいは共通の特性をもっている人たちなど、大勢の人たちに使ってもらえる可能性があるのです。

例えば、担保なしの貸付を受けようとした場合、何よりも「信用」が重要となってきます。誰かに信用してもらうためには、あなたが信頼できる人だという何らかの「証拠」を出す必要がありますよね。しかし、もしその「証拠」が売買可能だったら、それで信頼を得ることはできません。

以前、アフリカのUberドライバーが、評判の紐づいたUberアカウントを売買していたという記事を読んだことがありますが、取引できる評判には悪用リスクがあります。また、クアドラティック・ファンディングやブリッジング・アルゴリズムのように、参加者の身元が偽装されると成立しない仕組みもあります。SBTは、こうした問題の解決に役立ちます。

ほかにも、トークン設計の可能性は幅広く残されています。SBTだけでなく、コミュニティバウンド・トークンもつくれますし、そうしたものに限定されているわけでもありません。トークンを基軸とした本格的なアプリケーションが構築され始めれば、もっと多くの種類のトークンが登場してくるのではないでしょうか。

──Ethereum ETF(イーサリアムの価格に連動する投資信託)の米国での承認や、SEC(米国証券取引委員会)がEthereum 2.0への調査を終了したことは、イーサリアム・ネットワークの将来にどんな影響を与えますか?

そういった判断のおかげで、イーサリアム上にエコシステムを構築したり、エコシステム内で取引を行なったり、それに参加したり、さまざまなことをしたりする際に、より「安全だ」と感じられるようになっています。間違いなく、イーサリアムやETFにとっていいことですし、エコシステムに大きな実益をもたらした出来事だと言えるでしょう。

このおかげで、大多数のユーザーにとって「ETHを資産として保有する」ということが、より確かなものになりました。喜ばしいことです。

PHOTOGRAPH: SHINTARO YOSHIMATSU

一方でイーサリアムに懐疑的な人は存在します。ETHの価格には注意を払っていますが、ほかのブロックチェーンはどうだとか、最近このトークンの調子がいいだとか、ビットコインの価格がどうだとか、ドナルド・トランプがどうだとか……。ようは自分の持っているコインの価格をいちばんに気にしているのです。みんな「負ける」のは嫌いで、「勝つ」のが好きですからね。

長い間、大勢の人たちがイーサリアムのETFに期待を寄せていました。ETFの影響で、ETHが値上がりするだろうと考えていたのです。しかし、実際にはそうではありませんでした。これはビットコインETFでも同じで、皆が期待していたような値上がりは起きませんでした。ただ、ETF騒動が落ち着き、価格も安定してきたおかげもあって、いまは長期的な視野でイーサリアムの成功に、意識を集中させることができるようになりました。

イーサリアムの成功のために必要なことは、よいアプリケーションが登場することです。わたしたちは技術面でそうしたアプリケーションを支え、エコシステム内に実際に人々を引き付けられるアプリケーションをつくり出す必要があります。

この点についてイーサリアムは、2024年になってからも、数多くの成功を収めています。自信を喪失している人もいるようですが、そうした人は間違ってるとわたしは思います。

例えば、先にお話ししたとおり、以前は50セントだったレイヤー2のトランザクションフィーが1セント未満にまで下がりました。これによって、取引がとてもしやすくなっています。また、PolymarketやFarcasterのような、成功を収めたアプリケーションも出揃ってきています。このふたつの成功事例は大きいですが、それだけではありません。

ゲームのなかにも成功しているものが出てきていますが、現在はそこまでエキサイティングではないかもしれません。なぜなら、ブロックチェーン・ゲームには、持続可能性という未解決の大きな問題が残っているからです。ゲームは、たとえトークン価格が上昇しなくても、それ自体として楽しめるものでないといけないのです。問題解決までには、まだしばらく時間が必要かもしれませんが、この点さえクリアできれば、またゲームに熱中できる時期が来ると考えています。

さて、このように成功事例は次々と登場しています。技術的な確かさも、ユーザーアカウント周りをはじめ、さまざまな側面で増してきました。イーサリアムがこのようなかたちで進歩を続け、弱点を克服していければ、最高のエコシステムになっていけると考えています。

PHOTOGRAPH: SHINTARO YOSHIMATSU

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