外国語で考えると倫理的基準が変わる:研究結果

1人を橋から突き落とせば5人の命が救われるとき、あなたはどう判断するだろうか。有名なこの「トロッコ問題」を外国語で考えると、母国語の場合と結論が異なることが明らかになった。

1人を殺せば5人の命が救われるというときに、あなたならどうするだろうか?

この残酷な問いでは、「汝、殺すなかれ」という倫理的な原則と、「5は1より大きい」という単純な計算が対立している。「トロッコ問題」として知られるこの思考実験を外国語で考えると、母国語で考えた場合と結果が異なる、という研究結果が発表された。

具体的には、「より多くの命を救う」選択をする確率が大幅に高まることが、一連の実験で明らかになったという。

言語が感情を左右する?

意思決定には、慎重な思考と計算だけでなく、それとは対照的な「本能的で感情に根差した心理メカニズム」も影響しており、ふたつの相互作用によって決定がなされるとする研究(PDFファイル)が蓄積されつつあるが、今回の実験結果もそうした説に合致するものだ。

シカゴ大学のボアズ・ケイサーが率いる研究チームは、2012年の研究において、第二言語でものを考えると、人間はリスクを伴う選択に関してよりバイアスの少ない判断を下す傾向があると明らかにした(日本語版記事)。流暢に考えられないことが慎重な思考を促し、「損失のおそれ」に対する感情的反応に流されなくなるのが理由だと考えられた。

倫理的な選択に焦点を当てた今回の研究では、古典的なトロッコ問題のヴァリエーションが用いられた。古典的なトロッコ問題では「トロッコの進路を決めるスイッチを切り替える」かどうかが問われるが、今回のヴァリエーションでは、そのトロッコを止めるために、橋の上に立っている1人を自分で線路の上に突き落とすかどうかが問われた。

ポイントを切り替えるだけのヴァージョンでは、より多くの命が助かる選択をする人でも、この設問では、橋の上で尻込みをすることが多い。感情の処理に言語が本当に影響を及ぼすのなら、この質問にどう答えるかも言語によって変化するはずだと、ケイサー氏のチームは考えた。

左/ポイントを切り替えるトロッコ問題、右/橋の上から突き落とす問題で、「より多くの命が助かる選択」をした人の割合。母国語(濃いグレー)と第二言語(薄いグレー)を用いた場合で割合が異なる。./PLoS ONEImage: Costa et al

左/ポイントを切り替えるトロッコ問題、右/橋の上から突き落とす問題で、「より多くの命が助かる選択」をした人の割合。母国語(濃いグレー)と第二言語(薄いグレー)を用いた場合で割合が異なる。./PLoS ONE

実験は、母国語と第二言語が「英語とスペイン語」「韓国語と英語」「英語とフランス語」「英語とヘブライ語」という学生男女317名を対象に行われた。

母国語で問題を読んだ被験者のうち、より多くの命が助かる選択をした人は20%だったのに対し、第二言語で読んだ場合、同じ選択をする人は33%にはね上がった。

「命を救うために誰かを道具として用いるという考えに、人間は本能的な反応を示す。しかし、同じ問題を外国語で考えると事情は異なり、本能的な反応が弱まる」とケイサー氏は述べる。

研究共著者で、スペインのポンペウ・ファブラ大学の認知科学者アルベルト・コスタは、ケイサー氏とは別に同様の実験を行っていたが、互いの研究を知って、共同で論文を発表することになった。コスタ氏は、英語とスペイン語を話す学生725名を対象に実験を行ったが、この実験ではさらに顕著な結果が示された。母国語で問われた場合に「他人を橋から突き落とす」選択をした被験者はわずか18%だったのに対し、外国語の場合は44%にものぼったのだ。

第二言語で考えることが、なんらかの理由で感情的反応を抑制したのか、あるいは、慣れない言語を使用することがより慎重な思考を促した可能性が考えられる。

研究で行われたもうひとつの実験の結果は、前者を裏付けているようだ。コスタ氏のチームが、誰かを突き落すのでなく、ポイントを切り替えるだけの古典的なトロッコ問題を出題したところ、使用言語が異なっても被験者の選択にほとんど差はなかった。外国語が慎重な思考を促すのであれば、計算に基づいた、より救われる数が多い選択をする被験者が多くなっていたはずだ。

ほかにも、「外国語での罵倒」は不快感をもよおす度合いが低いという研究結果や、感情的なフレーズが引き起こす生理的刺激は外国語のほうが弱いという研究結果がある。

また、ボストン大学の心理学者キャスリーン・コールドウェル=ハリスによると、セラピーを受ける人のなかには、相手と慎重な距離を保ちたいときには外国語を使用し、感情的なかかわりをもちたい場合は母国語に切り替えると話す人もいるいう。

母国語は、人間の感情が最初に形成されるときに用いられる言語であり、他者との初めての意思疎通や議論、愛情関係の構築も、通常は母国語を使ってなされる。

一方で、外国語の場合も、本当に堪能になってくれば、感情との結びつきが強まると、コールドウェル=ハリス氏は指摘する。今回の研究でも、第二言語に堪能な人は、それほど堪能でない人に比べて、誰かを橋から突き落として、より多くの命を助ける選択肢をとる割合が低かった。

TEXT BY BRANDON KEIM

TRANSLATION BY TOMOKO TAKAHASHI/GALILEO