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2017年07月07日
『愚神礼讃ワイドショー/DEAD or ALIVE/中曽根康弘 憲法改正へ白寿の確信(『正論』2017年7月号)』―日本は冷戦の遺産と対峙できるか?
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北朝鮮に関しては、「金正恩体制の維持or打倒」、「核開発の容認or放棄」という2軸でマトリクスを作ると、大きく4つのシナリオが存在する。まず、「金正恩体制を維持し、核開発を容認する」というシナリオであるが、これはほぼ現状維持である。本号でも、シナリオの1つとして「金正恩政権が存続 時間稼ぎをしながら核、ICBM開発を続行」(島田洋一、久保田るり子「金正恩5つの運命 徹底シミュレーション」)というものが提示されている。また、「米国は最終的に北朝鮮を核保有国として認める。その際、長射程ICBMを保持しないことを前提とする。また、金正恩体制はこれを崩さない」(織田邦男「日本がなすべきはタブーなき核議論だ」)というシナリオも示されている。トランプ政権が以前ほど強気でない今、十分にあり得るパターンである。
次に、「金正恩体制は維持するが、核開発を放棄させる」というシナリオがある。トランプ大統領は「金正恩体制の打倒にはこだわらない」と発言をし、北朝鮮から核兵器がなくなれば十分と考えているようだが、実際には非常に実現が難しいと思われる。北朝鮮が核開発をするのは、金正恩体制をアメリカに認めさせたいからだとメディアは説明する。しかし、政権をアメリカに容認させるだけであれば、核兵器開発という危険な手段を取らなくとも、もっと平穏な外交的手段がいくらでもある。北朝鮮が核兵器を開発するのは、韓国を攻撃して朝鮮半島を社会主義国家として統一するためであるという見方がある。私は、これが北朝鮮の本音ではないかと考える。
島田:対中強硬派とされる、トランプ政権の国家安全保障会議(NSC)アジア上級部長のポッティンガーが、先日、重要な発言をしています。北朝鮮がアメリカに届く核ミサイルを開発しているのは、体制維持のため、主観的には自衛のためと言う人がいるが、それは間違いだと。北は、韓国に向けた高射砲を大量に持つことで、何十年も十分に戦争を抑止できていた、なのになぜICBMを持とうとしているのか。それは韓国に攻め込もうとしているからではないか。その際、アメリカから報復攻撃を受けないよう、アメリカ向けのICBMを開発している、つまりそこには攻撃的意図がある、という趣旨です。私は以前の記事「『天皇陛下「譲位の御意向」に思う/憲法改正の秋、他(『正論』2016年9月号)』―日本の安保法制は穴だらけ、他」、「『北朝鮮”炎上”/日本国憲法施行70年/憲法、このままなら、どうなる?(『正論』2017年6月号)』―日本はアメリカへの過度の依存を改める時期に来ている」で、アメリカは北朝鮮の核の能力が上がるのを敢えて待っているのではと書いた。北朝鮮の核の能力が中途半端なままでは、アメリカは北朝鮮に関する十分な情報を収集できない。この段階で、アメリカが北朝鮮を刺激した結果、北朝鮮が暴走するのが最も困る。北朝鮮の核の能力が相当程度上がれば、アメリカの元に精度の高い情報が集まり、対北朝鮮の戦略も練りやすくなる。また、北朝鮮も、核の能力が体制維持を困難にするほど大きくなれば、アメリカとの交渉のテーブルにつく可能性がある。ここで初めて軍縮に向けた対話が始まる。
(島田洋一、久保田るり子「金正恩5つの運命 徹底シミュレーション」)
軍拡しながら軍縮するというのは、冷戦時代にはよく見られたことである。1975年、ソ連はSS-20中距離弾道ミサイルを欧州東部に配備した。当時のSS-20の射程は4,400km前後であり、ヨーロッパ全域が含まれるが、アメリカ本土には届かない。このSS-20の配備によって、西ヨーロッパの安全保障状況は激変した。NATO諸国の間に疑心暗鬼が生じ、アメリカの拡大抑止に対する信頼性に疑義がかけられるようになった。結局、この問題は次のように処理された。
NATOは2つの方法でこれに対処した。1つはSS-20のような中距離核戦力の軍備制限をソ連に求めること。2つ目はSS-20と同等の中距離核戦力、つまり地上発射型の巡航ミサイル(GLCM)及びパーシングⅡミサイルをヨーロッパに配備することであった。軍備制限を求めつつ軍備増強を行う軍備管理戦略であり、「二重決定」(NATO Double-Track Decision)と呼ばれた。ただし、北朝鮮がアメリカとの交渉のテーブルについたとしても、北朝鮮の要求は非常にタフなものになることが予想される。前述の通り、北朝鮮の元々の狙いは韓国を攻撃することである。その先には、朝鮮半島を社会主義国として統一するという野望がある。北朝鮮は、未だに社会主義の教義を心の底から信じており、自由市場経済を導入した中国を裏切り者だと思っている。北朝鮮だけが、真の社会主義を実現できる国家だと自負する。よって、アメリカに対しては、核兵器を放棄してアメリカを攻撃するという道を断念する代わりに、米韓同盟の破棄を要求するに違いない。アメリカは、自国本土に届く核兵器の脅威と、韓国との長年の同盟関係を天秤にかける。アメリカが自国主義に傾けば、韓国を切り捨てる可能性はゼロではない。
NATOの配備先の国では大規模な抗議行動が起こったが、反対を押し切って予定通り配備した結果、米ソは交渉のテーブルにつくことになり、結果的には中距離核戦力全廃条約(Intermediate-Range Nuclear Forces Treaty)として実った。中距離核戦力(Intermediate-range Nuclear Forces、INF)と定義されたSS-20を含む中射程の弾道ミサイル、巡航ミサイルは全て廃棄されることになったのだ。
(織田邦男「日本がなすべきはタブーなき核議論だ」)
3つ目は「金正恩政権を打倒するが、核開発を維持する」というシナリオである。具体的には、「北朝鮮内で”宮廷革命”」が生じ、「クーデターで金正恩を追放・処刑」するというものである(島田洋一、久保田るり子「金正恩5つの運命 徹底シミュレーション」)。ただ、久保田氏は「理想といえば理想」であるが「夢のまた夢」と述べている。仮にクーデターが成功したとしても、
久保田:亡命した北朝鮮の元高官、黄長燁氏は「あの国は誰が後継者になろうが変わらない、統治システムとして出来上がっているんだから」と言っていました。また、統一戦線部出身で北朝鮮専門ニュースサイト「ニュースフォーカス」代表の張真晟氏も、「金正恩だけが死んでも、妹の金与正が後継者になって、政治体制は変わらないだろう」と分析していました。という結果になって、核兵器の開発は続行されることになる。
(島田洋一、久保田るり子「金正恩5つの運命 徹底シミュレーション」)
最後のシナリオは「金正恩政権を打倒し、核開発を放棄させる」というものである。これにはさらにいくつかのパターンがある。1つ目は、金正恩を斬首することである。私も以前の記事「『絶望の朝鮮半島・・・/言論の自由/世界を動かすスパイ戦(『正論』2017年5月号)』―緊迫する朝鮮半島で起こりそうなあれこれ、他」で少し触れたが、現実的には非常に難しいようだ。
リアルタイムで金正恩本人の所在を把握できることが作戦の前提だが、この情報は偵察衛星では得られない。2006年、アルカイダ系のザルカウイ容疑者を「斬首」した時のように、側近に裏切り者がいて、金正恩の行動が逐一把握できなければ、作戦の成功はおぼつかない。また、斬首作戦は1回のチャンスしかなく、失敗が許されない。失敗すれば北の独裁者に口実を与えることになり、金正恩は直ちに「火の海」「核攻撃」を命ずるし、金正恩は地下に潜り斬首作戦は更に困難となるからだ。2つ目は、「金正恩政権が崩壊!北朝鮮に親米親韓政権、民主化路線に」(島田洋一、久保田るり子「金正恩5つの運命 徹底シミュレーション」)というもので、アメリカが北朝鮮に全面攻撃を与えた場合に成立するケースである。アメリカが北朝鮮を攻撃する際には、北朝鮮が韓国、さらには日本を攻撃しないように、一気に畳みかける必要がある。ところが、
(織田邦男「日本がなすべきはタブーなき核議論だ」)
1個空母打撃部隊と在韓米軍、在日米軍の兵力で北朝鮮を攻撃するのは明らかに兵力不足である。北朝鮮攻撃はシリアとは状況が全く異なる。38度線に集中する数千の火砲(多連装ロケット砲や長射程火砲など)はソウルを向いている。ソウルを「火の海」にしないためには、開戦初頭でこれらを一挙に無力化しなければならない。同時に、核施設や核貯蔵施設も完全に破壊しなければならない。これには兵力不足なのだ。というのが現状であり、アメリカは容易には北朝鮮に手を出すことができない。
(織田邦男「日本がなすべきはタブーなき核議論だ」)
最後に残るのが、「金正恩政権が崩壊!親中政府が成立し、”改革開放”路線に」(島田洋一、久保田るり子「金正恩5つの運命 徹底シミュレーション」)というパターンである。これは、アメリカと中国の協力が功を奏して、金正恩の追放に成功するケースである。この場合、アメリカは北朝鮮に中国の傀儡政権が生まれることを容認する。ただし、中国の責任で核を完全放棄させることが大前提となる。それが確保されるならば、北朝鮮の域内に中国軍が基地を持つことを容認し、一方、在韓米軍は朝鮮半島から撤退することになるかもしれない。こうなると、喜ぶのは韓国の親北派・文在寅大統領である。核の脅威がなくなれば、最初は南北の連邦制という形をとりながら、徐々に南北統一へ進んでいくと予測される。
その際、統一国家は、中国軍と米国軍のどちらを取るのかという選択に迫られるが、親中政権の統一国家は迷うことなく米韓同盟を破棄し、中国軍を選択するのは間違いない。結局のところ、朝鮮半島とは、古田博司氏が度々指摘するように、地政学的には「行き止まりの廊下」であり、隣の大国・中国に付き従うしかない運命なのである。
統一され、北の国境線が開けば、隣の大国の経済圏に呑みこまれる。高麗時代や日韓合邦時代がこれであり、コリアンは名前も民族も溶け、モンゴル人や日本人になった。次にそうなれば、今度はきっとチャイナ人になるだろう。私は、最後に述べたシナリオ、つまり米中協力の下で北朝鮮に親中政権が成立し、その後、親中派の韓国によって朝鮮半島に親中の統一国家が成立するというシナリオが最も可能性が高いのではないかと見ている。すると、今までは朝鮮半島の中で、米中、米ソ対立の代理を行っていればよかったものが、朝鮮半島の親中統一国家VS日本という構図になる。
(古田博司「近代以降 憂鬱な朝鮮半島 No.37」)
思えば、太平洋戦争に日本が敗戦した後、ドイツのように日本もアメリカとソ連の間で分割統治される可能性があった。幸いにもその難を逃れ、1950年代に勃発した朝鮮戦争で、米ソ対立は朝鮮半島に持ち込まれることになった。その後、東アジアでは至るところで米ソ対立の代理戦争が発生したが、日本だけは地政学的に恵まれた位置にあることもあって、米ソ対立の代理戦争とは比較的無縁で、独自の路線を突き進むことができた。さらに、日米安保条約によりアメリカの核の傘に入り、アメリカに国防の大部分を依存することで、経済発展に集中していればよかった。その日本が今、初めて米ソ、米中対立の代理の舞台に引きずり出されようとしている。日本は、対岸の火事を眺めながらずっと先送りにしていた問題と戦わなければならない。
本ブログでも何度か書いたように、小国が大国同士の代理戦争で大きな被害を受けないようにするには、対立する大国の一方に過度に肩入れせず、対立する双方の大国のいいところどりをする「ちゃんぽん戦略」が有効であると考える(以前の記事「『トランプと日本/さようなら、三浦朱門先生(『正論』2017年4月号)』―米中とつかず離れずで「孤高の島国」を貫けるか?」を参照)。日本はこれまでもこのちゃんぽん戦略をある程度実行してきたが、今後はそれをさらに加速させる必要がある。同時に、対立する一方の大国に過度に肩入れしないということは、日本の場合、アメリカの軍事力に過度に依存しないことを意味する。ちゃんぽん戦略で独自のポジショニングを確保しつつ、それでもなお大国から攻撃されるリスクを想定して、日本は自国を十分に自衛するだけの力を持たねばならない。これが21世紀の日本の大きな課題である。