『大正デモクラシー』
『大正デモクラシー』成田龍一、岩波書店
岩波新書のシリーズ日本近現代史も4巻まできました。
『大正デモクラシー』は日露戦争後の日比谷焼討ち事件から満州事変までの間の時代を吉野作造がどのような評論を行ってきたのかということを縦糸にa)民本主義b)マルクス主義・社会主義c)国粋主義ーという三つの主張が鼎立していた時代を描いています。成田さんは《三者は「近代」のさらなる追求(A)と、「近代」の克服や否定(B,C)という対立軸を持ち対抗すると同時に》p.238の図に詳しいのですが《A-B-Cが互いに支えあう局面を有し、重なり合う部分に位置する人物や団体もある》(p.237)というまとめが非常に分かりやすいですね。
意外だな、と思ったのが借地権の発生。これは「旦那衆」によるブルジョワ改革だったんですな。「旦那衆」である都市の中小商工業者は、江戸時代以来の借地に店舗を構え、長年の信用に基づく人間関係を築きあげた老舗として営業していたというのですが、日露戦争後に地価が高騰しため、《借地人である旦那衆は、弁護士たちの力を借りながら行動を起》し、借地権を獲得していったというんです(p.13)。
こうした旦那衆の改革の発端はガス会社の合併に伴うガス料金の値上げ問題。
わたしがシーズンチケットを持っているFC東京というチームは東京ガスを母体にしているのですが、安西家の問題を含めて、どうもいろいろ感じるところの多いんです。そして、この会社の体質というのは、こうしたところから来ているのか…と考えさせられたのが、ここで描かれているガス会社の合併問題。《東京のガス事業は東京ガスが独占的に行っていたが、千代田ガスが創立されると(1910年7月)、値下げ競争が始まり、それを収束させるために、両社の合併計画が持ち上がった。東京市議会の承認が必要な合併であるが、値上げを見越したこの合併に対し、反対運動が展開された》(p.12)のだそうです。なんとなく、ユーザーに対する基本的な態度は変わってないっつうか、同じDNAを有している組織だな、とここらあたりを読んで嘆息してしまいました。
大正デモクラシーの時代というのは、不十分ながらも台湾、朝鮮の植民地人に対する態度への反省が生まれてくるのですが、司馬史観ではちょっと甘々に書かれすぎている台湾の植民地経営に関して、1915年に起こった武力抵抗運動によって、866人が死刑にされるという西来庵事件が起こったことなどがキッチリと指摘されています。《武者小路実篤は『八百人の死刑』という一文で西来庵事件に言及し、「数百人の人間を死刑に処して平気でいられる人間の顔が見たい」と台湾総督府を批判した》(p.136)そうです。
また、満州はヨーロッパ文明の取り入れ口であり、コミュニズムと接する場でもあったという指摘は新鮮でした(p.137)。吉野作造の実弟である吉野信次次官とともに商工省を舞台に満州で暗躍した岸信介らの新官僚の政策には、個人的にコミュニズムの影響が色濃く反映されていると思っていますので、余計に。
また、細かなところですが、渡日に制限が行われていなかった済州島の島民も含めても1920年代には制限が行われるようになっていったというのですが、それまでは済州島の島民には制限がなかったというあたりは網野善彦さんの玄界灘を介しての日朝の漁民の交流というのが昔からあった、ということを反映しているんだろうな、と思いました(p.145)。
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