渡辺裕也×木村直大 ポスト・ロック対談
ポスト・ロックなんて言葉は、そもそもジャンルを指し示すものではなかった。かつて、オルタナティヴがそうであったように、今までのカテゴライズが通用しない音楽達に向けられた便宜的な総称であり、無論その中身は千差万別。それが今、ポスト・ロックという音楽ジャンルは確実に存在するし、00年代より、ここ極東日本においてもその勢力を大きく伸ばして久しい。スタイル化したポスト・ロック。それはつまり、ポスト・ロック・シーンの「ポスト・ロック」としての終わりがもう始まっているということである。「ポスト」という言葉は、全貌の掴めぬ未知なるものへの期待であって、我々にとってポスト・ロックはもはや、大分既知のものになってしまったのだ。
そんな2010年の夏に、ある意味で、日本のポスト・ロックの一つの到達と言えるLITEが、そしてそのメンバーの弟が組むclean of coreが、同時に新譜をリリースするとのこと。ということで、この2バンドの新作を聴きながら、ライター渡辺裕也と対談。そこで見えて来たのは、まさにポスト・ポスト・ロック。日本のポスト・ロック・シーンの行方にあるのは、果たして未知なるものか、既知なるものか。ちなみにオリジナル・ポスト・ロック・フレイバーよろしく曖昧、印象の応酬なので、細かい事実誤認はサラッと流して下さい。(text by 木村直大)
音楽に取り組んでも、ハード・コアな部分は損なわれない
対談 : 渡辺裕也 / 木村直大
合いの手 : 滝沢時郎 / 小林美香子
渡辺 : 今回のテーマをざっくり言うと、「今、日本でポスト・ロックと呼ばれている音楽ってどんなものなの? 」ってことなんだけど、木村くん的にはどう捉えているの?
木村 : 大きく分けると、シカゴを中心としたUSインディーの多彩なフレーズと変拍子を多用したスタイルがひとつあって。Don CaballeroとかPeleみたいな感じだね。そのほとんどはハードコア・パンクがベースにあるんだけど。そこに影響受けた人達で、中には爽やかというか、清涼感があるバンドもいる感じですかね。
渡辺 : 90年代後半にハードコア的なメンタリティを持って出てきたバンドのサウンドが、現在はスタイリッシュな形に消化されたってことだよね? その通りだと思うし、僕はそれがとにかくエモいっていう印象を持ってるんだけど。
木村 : そう。本国と比べて、日本のポスト・ロックにはエモの要素が強く入ってきている。僕のイメージだと、アメリカではエモとポスト・ロックってあまり時差がないと思うんだけど、日本での伝わり方には若干時差があったと思うんだよね。ポスト・ロックが認知されるようになったのは、エモよりもかなり遅かったような気がします。それもあって、それまでエモをやっていた人が、ポスト・ロック的なサウンド・アプローチに流れていったっていうのもあると思う。東京のライヴ・ハウスでいうと、下北沢のERAなんかはそういう変遷を辿っていった印象がある。
渡辺 : なるほど。もともとエモをやっていた人が、後にシカゴ音響派辺りの音と出会ってそういったアプローチを取るようになったのが、今に至る日本のポスト・ロックの始まりだっていう認識なんだ?
木村 : 不良が丸くなるような感じって言えばいいかな? あんまり歪まさずに、もっと音楽的に取り組んでもハード・コア的なマインドは損なわれないっていうか。「大人になるってそういうことじゃん? 」っていう感じ(笑)?
渡辺 : 俺、この一年くらいでLITEのライヴに何度か足を運んでいるんだけど、毎回かなり集客があるんだよね。しかもそこに集まってくる人達って、そのハード・コア的ないかつい感じじゃなくて、自分の好きなスタイルの音楽を聴きにきてるカジュアルさがあるんだよね。LITEは井澤惇さんがParabolica Recordsっていうレーベルの共同オーナーも務めていて、そこから海外も含めた今のポスト・ロックの動きを様々な側面から提示したりもしていて、まさにシーンを牽引しているよね。自分達からそういう役割を引き受けているバンドでもあるし、ストイックさも感じるよね。
木村 : 例えば9dw(Nine Days Wonder)みたいな日本のエモの先駆けになったバンドが、今はフュージョンみたいな感じになってきていたりするんだけど、LITEの新譜を聴いてみても、フレーズには以前からそういう傾向は見られたんだけど、今回は音色にもフュージョン的な要素がより強くなってきていて、そこが日本ならではっていう感じがするし、こういうところが海外から評価される要因になっていると思う。
渡辺 : 今回はジョン・マッケンタイアがプロデュースしているっていうのも大きなトピックになってるし、これは彼らのバック・グラウンドを再提示するサインにもなっているよね。で、ここまでの話題だとシカゴ回りから出てきたサウンドが中心になってるけど、ポスト・ロックってもっと様々な地域に磁場があったでしょ? 例えばグラスゴー辺りだと、こういう変拍子を使ってリズミックに展開するものより、もっとノイジーなサウンドが主流だったよね。モグワイとか。そういえば、今日は木村くんが参考音源を持ってきてくれてるんだよね。このGROUPっていうバンドは俺知らないんだけど、どういうバンドなの?
木村 : KIRIHITOの竹久圏さんが中心になってやっている、所謂そのモグワイ的なサウンドからノイジーな部分を取り除いて管楽器を使いながらゆっくりとアンサンブルを紡いでいくバンドで、これはWEATHERからリリースされた1stアルバム。WEATHERは、今まで話していたエモ的なものとは別のポスト・ロックを00年代にたくさん出していたレーベルだと思ってるんだけど。で、このGROUPの『RECORD』っていうアルバムは2曲入りで、1曲目が約25分(笑)。かなりジャムに近い感じでゆったりと演奏が絡んでいく感じ。僕はこれを始めて聴いた時に、モグワイとかにはない日本的な抒情性があって、いいなと思ったんだ。
渡辺 : 確かにこれはアメリカより、もっと北欧辺りと呼応した感じだね。日本的な抒情性っていう意味では、monoもそうかもね。彼らが海外から評価されるのもそこと関わっているのかも。Spangle Call Lilli Lineもそういう抒情的なところがあるよね。でも、ちょっと話が前後しちゃうけど、国内で今一番認知されてて、若い層から支持を集めているサウンドって、やっぱりエモーショナルな方だよね。で、そこを推し進めたのが残響なんじゃないかな。
木村 : そうだね。
渡辺 : 展開が早いなーと思うの。だって、今ポスト・ロック的なサウンドに取り組んでいる人達って、その初期に出てきた人達から直系で影響を受けてきた世代でしょ? まだ1周回っただけなんだから、もっとロール・モデルを模倣したバンドばかりでもおかしくないと思うんだけど、すっかり日本の独自路線が出来上がってるんだからね。もうとっくに2周目に入ってるような感じだよね。
木村 : 日本は音がウェットだよね。だからこそ、ここまで広がったんだと思う。海外だと基本ドライなんだけど。
滝沢 : toeってどういう立ち位置になるの? 彼らは確かにそのウェットなインストゥルメンタルの先駆けな感じがするけど。
渡辺 : 彼らもメンバーの出自にハード・コアとかパンクがあるバンドだけど、その彼らが通ってきた当時の日本のパンク・シーンって、ファッションとかを含めたライフ・スタイルにも直結してたんだよね。だから音楽に取り組む姿勢にもすごく柔軟さがあったと思う。the band apartなんかもそうかな。彼らは歌が軸にあるけど。
木村 : でもそれはアメリカのバンドが辿った流れと同じだと思うんだ。Tortoiseだってジェフ・パーカー以外はみんなハード・コア出身だし。ダグ・マッカムはわかんないけど。だから変遷は一緒なんだよ。だけどそこから発するメロディにドライかウェットかの違いがある。ポスト・ロックが今の若い子達に受けているっていうのは、ある意味ではリスナーが成熟してきたととれるのかもしれないけどね。あくまで、ある意味。
渡辺 : (clean of coreを聴きながら)今の若いリスナーはこれをオルタナティヴな音楽として受け止めてるのかな? それとももっとカジュアルに楽しんでいるのかな?
木村 : ちょっとおしゃれ感はあると思うよ。それは歌がないっていうのが大きいと思う。
滝沢 : 例えばSPECIAL OTHERSとかもそうなんじゃないかな。ちょっとメイン・ストリームで流れているものとは違うんだけど、キラキラした感じはあって、踊れる音楽っていう捉えられ方。
木村 : でも、バンドに無邪気さはあるよね。そもそもバンドをやるってなって歌モノにいかない人達って、けっこうひねくれた感じもあったと思うんだけど、もう今の人達の中ではトレンドのひとつでもあるんだからね。
渡辺 : マス・アピールを考えるとインストゥルメンタルは不利だっていう感じは、以前ほどはなくなってるかもね。
木村 : うん。それはいい事だと思う。
渡辺 : こういうリズム・ワークに凝ったバンドがライヴで希求されてるってことは、現在の音楽が売れていないって言われている状況と無関係ではないと思う。
木村 : テクノが90年代に日本でも完全に浸透して、ダンス・ミュージックをジャンルとして皆が認識するようになったって事が、実は結構影響あるんじゃないかな。それまで、ライヴは歌を聴きに行ったり、一緒に歌うっていう楽しみ方が一般的だったと思うけど、そこに踊りに行くっていう楽しみ方が出てきた。ライヴ・ハウスに踊りに行くっていう。それは、フェスの出現も大きいと思うんだけど。フェスって基本踊りに行く場所であって。そういうものが一般的になったから、インストのロックでもすんなり入っていけるようになった気がする。音楽が聴くもの、歌うものから踊るものになった。
滝沢 : クラブ・カルチャーって言うよりフェス文化だね。
木村 : そうだね。僕がここで言うテクノもジェフ・ミルズ的なものではなくて、ケミカル・ブラザーズとかの方。
渡辺 : ビック・ビートだ(笑)
木村 : そうそう。そういう、なんか大きい感じ。
滝沢 : (clean of coreを聴きながら)さっきから出てくるフレーズも、リスニング向きって言うよりは、ライヴ・ハウスで盛り上がる感じだよね。
渡辺 : キメが多いよね。
木村 : (clean of coreの次の曲を聴いて)あ、この曲は僕ERAで聴きました。
渡辺 : 下北のERAね。あそこは今のポスト・ロック・シーンの起点になってたと思うんだけど、今もそうなのかな?
小林 : 今はどうだろう? 下の世代が出てきていないのかな。今は歌モノとかもよく出てる。私が高校生の頃は、ポスト・ロック聴くのがある意味スタイルというかファッションになってて、その流れで皆ERAとかに行って。
木村 : じゃあERAが、若いポスト・ロック好きの子達の聖地になってたんだ?
小林 : そうですね。
木村 : 結構、外タレもやってたしね。
渡辺 : やってたね。昨年末はMike Wattがカウント・ダウン・ライヴをやってて、それこそLITEやclean of coreも出演してた。
木村 : 僕はQ AND NOT Uを観たのがERAだった。ERA自体もこの辺のシーンを作るのに一役買った自負はあると思う。
渡辺 : 残響辺りが送り出している歌モノ込みのエモ的なバンドとか、LITEやclean of coreがしっかりと支持され続けている一方で、新陳代謝はあまり進んでいないのかな。
木村 : LITEは多分、日本のポスト・ロックのひとつの到達点なんだけど、考えたらあまり続いてる人がいない。残響も売り出し方がちょっと違うと思うし。で、今そのシーンを担ってるLITEとかclean of coreを聴くと、やっぱりAORとかフュージョン色が強くなってる。やっぱり日本人ってそういう音楽好きだし。
滝沢 : クラブ・ミュージックも80’sリヴァイバルだしね。
木村 : あと、やっぱり9DW(Nine Days Wonder)が、本当に今ド・フュージョンをやっていて、それがすごく象徴的。更に言えば、ZAZEN BOYSもフュージョン化してる。
渡辺 : そうだね。
木村 : これは多分裏話なんだけど、ZAZEN BOYSの今のベースの吉田一郎は、ZAZENに入る前に9DWのサポートをやっていて、吉田君の加入をきっかけに向井秀徳が既にフュージョン化していた9DWにすごく興味を抱いたらしい。それからZAZENのフュージョン化も進んだっていう話を小耳に挟んだことがある。
渡辺 : へぇー!!
木村 : だから、これからはポスト・ロック経由でフュージョン化じゃないかな。
滝沢 : ハード・コアが元でフュージョンに辿り着くっていう…。
木村 : そう! そしてBad Brainsは元々フュージョンをやっていたらしい。
渡辺 : なるほど。輪廻転生みたいだな(笑)。じゃあ、とりあえず全体的な流れとしてはフュージョンに向かってると。で、そこに続くアクションとして、何が来るか。Bad Brainsが誕生した時の様にハード・コアに戻るのか、あるいはシーンとしては徐々に拡散していくのか。なんにせよ過渡期が来ているかもしれないね。
木村 : そうだね。近い。
日本のポスト・ロックは都会的な香り
渡辺 : あと、フュージョン化したからこそスタイルとして受け入れやすくなったっていうのはあるかもね。だから、今ちょっと背伸びした若い子達が楽しんでるっていう状況になったんじゃないかな。
木村 : Bad Brainsがフュージョンをやっていた時期って、僕も聴いたことないから詳しくは知らないけど、エレクトリック・マイルスとかがあって、フュージョンが本当に新しい音楽として出て来た時期だから何とも言えないんだけど、エモ、ポスト・ロックからフュージョンに行くっていうのは、あくまで日本人的な流れなんじゃないかな。FUGAZIが今何をやっているかって言ったら、イアン・マッケイはThe Evensっていうフォーキーな二人組で、結局外人はフュージョンに行かない。
滝沢 : エモからポスト・ロックに行った海外のバンド、例えばtristezaとかalbum leafも全然フュージョン臭くはない。
渡辺 : そうだね。Battlesは?
木村 : Battlesもフュージョンはやってない。彼らは今どんな感じなの?
渡辺 : ちょっと前に聴いた新曲は、ヴォーカルがより前に出てたかな。ループも相変わらず多用している。
木村 : 曲調的には「Atlas」みたいな感じ?
渡辺 : そうだね。トライバルで、キメの少ない音楽。
木村 : うんうん。やっぱり彼らの歌って煽る感じだし、ループっていう手法からそうなんだけど、音楽自体にプリミティブな祝祭感がある。アフリカ的な。一方、日本のポスト・ロックのフュージョン化っていうのは、近未来的、都会的な方向に向かっているってことだよね。同じことやってたんだけど、逆の方向に進んで行ってる。
渡辺 : うん。ポスト・ロックってホワイトっぽいイメージがあるけど、確かにBattlesなんかを聴いてるとトライバルな方に行ってるね。
木村 : さっき言ったみたいにイアン・マッケイもフォーキーなことやってて、土臭い方に行ってる。日本は完全にアーバン。
渡辺 : そうだね。アーバンだね。
木村 : と言うより、東京的。日本のポスト・ロックって全部都会的な香りがすごくする。昔シカゴに行った時、街中に湖があって、友達がその景色を観て「Tortoiseがああいう音楽をやるのがすごくわかる」って言ったんだよね。僕も、確かにそうだなあって思った。シカゴも都会なんだけど、音を聴いて思い浮かべる風景はもっと自然のイメージ。
滝沢 : ああ、Mogwaiもグラスゴーで田舎だしね。
渡辺 : Lightning Boltとかも相当トライバルだよね。それを踏まえて日本のポスト・ロック・シーンは、どう進んでいくと思う?
木村 : シーン全体としては、やっぱり相対性理論の影響からは逃れられないと思う。彼らがやっぱり、特に新作で80年代的なポップネスを押し出していて、ポスト・ロック勢もそういう方向に流れて行くんじゃないかな。LITEもそうだし、ZAZENもそう。
渡辺 : 向井さんは元々、アーバンな志向性がある人だしね。
木村 : そうそう、プリンス好きだし。彼の場合は個人的な志向性が、トレンドと合致したというか、むしろ彼自身が影響を与えた側にも入る。
渡辺 : 日本はポスト・ロックを独自のスタイルに解釈して、確立したと。そして海外とも違う方向に進んで来ていると。そんな中で海外シーンとの接近も図ろうとしているLITEは、ある意味引き裂かれた状況にいるのかもしれないね。
木村 : LITEが歌い出した時にどういう時代になっているのか興味深い。
渡辺 : それ、今後の可能性としてあるのかな?
木村 : うーん、なくはないと思うんだよね。「ちょっと歌ってみるか」って話になるか、もしくはゲスト・ヴォーカルを入れるとか。
渡辺 : あ、そういう意味でもtoeはやっぱり面白いよ。彼らには都会的な洗練された部分もあるけど、昨年末に出した新作ではアフロとかネオ・ソウルに向かっていった。彼らがシンバルスの土岐麻子をゲスト・ヴォーカルに迎えたのも、彼女の声にある黒っぽいフィーリングを引き出したいっていう狙いがあったんだって。
木村 : うんうん。toeって海外への憧憬というか海外の諸先輩達を見習っている感が強い気がする。これは勿論いい意味で、コピー感覚で始まったというか。「俺らもこういうのやろうぜ」みたいな。だから、toeはアフロとかそっちに興味が行っているのかもしれない。完全な推測だけど。
渡辺 : うん、その時々の興味に従順にやっていると思う。だから新しいサウンドに果敢に挑みながらも、楽しんでやってる感じがすごく伝わってくるよね。
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