よい医者、悪い医者(終わり)
(前回の続き)
このように治してもらえて、院長には感謝しかなかった。
本当に、日本一の医者だ。
院長は言った。
「手術してよかっただろう。
あんたの目を別のところから穴を開けて網膜を剥がし、もう一回貼りなおした。
熱海の医者はどう言ったか知らんが、
普通に剥がして重い液体を入れただけじゃ、網膜はびくとも動かん。
私の場合は、たまたま、ドイツで最近手に入れた特製の鉗子があったので、
それであんたの網膜をぎゅっと伸ばした。
こんな手術、おそらく日本のどこの病院もできんぞ。」
それなのに、熱海の医者は、
「横浜の病院の件数が多いのは、簡単な手術ばかりして件数を稼いでいるのだろう。」
と揶揄していた。
とんでもない。その逆である。
ましてや、最初の大学病院の医者の技量たるや・・・・
そもそも、不思議だった。
前に大学病院で手術をした後は、視界は血やごみでおおわれて、何も見えなかった。
ようやく視界が開けてきたのは、手術後1週間以上経ってからだった。
ところが今回の手術では、もう次の日からかなりクリアーに見えている。
しかも、網膜を剥がれないようレーザーで止めた跡などどこにもない。
こんなにも、技量に差があるのか・・・・
受験老人は、大学病院の医者に対する怒りがふつふつとわいてきた。
しかし、それを見越したように、院長は言った。
「うちの病院で目を治した患者で、元の手術をした病院を訴えるという者も何人もいた。
下手糞な医師が、下手糞な手術をするんだから、そりゃ失敗する。
そういう医者は、決して自分が失敗したと言わないから、たちが悪い。
そして、また失敗するんだ。
でも、決して相手を恨みなさんなよ。恨んだところで、一文の徳にもならん。
むしろ、あんたの手術をした大学の先生は手術は下手糞だったかもしれんが、
ちゃんと紹介状を書いてくれただけ、正直で、誠実だと思うよ。」
そしてその後、院長は、今でも一番受験老人の心に残る言葉を言った。
「患者は、手術をした医者が悪いという。
そりゃそうだ。世の中には下手糞な医者が多すぎる。少なくとも眼科医は。
だけれど、患者にも責任がある。それは、そういう下手糞な医師を選んだという責任だ。
下手糞な医師が多いからこそ、自分の力で、いい医者を探す努力をしなけりゃならん。
それこそ、患者の自己責任だから。」
自己責任・・・・その言葉は、受験老人の心に深くとどまった。
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なおその後、受験老人は2週間のうつぶせ寝をしたのち、職場に復帰した。
最初の頃、眼はまだ中心部分が見えず、
新聞を見ると、5文字分くらいがつぶれ、文章が読めなかった。
ところがその後、網膜がさらに伸びたのか、
週レベルで、見えなかった5文字が4文字になり、3文字になり、2文字になり・・・・
1月ほど経ったときには、中心部分もよく見えるようになった。
しかも、最初はその分、小さくしか見えなかったが、次第に大きく見えだした。
受験老人の反対側の目、黄斑に膜がかかり、しかも網膜剥離を起こしていた右目も、
このスーパードクターに手術をしてもらい、多焦点レンズを入れてもらうことで、
近くも遠くもよく見えるようになった。
現在の視力は、
左目は矯正視力が1.2 ちょっと右下がかけているが、気にならなくなった。
右目は裸眼で1.2である。1.5見えることもある。
左目は相変わらず近眼だが、右目が補っているため普段は眼鏡をかけずに生活できる。
新聞も、左目はもちろん、多焦点レンズを入れた右目でも難なく読める。
本当に、この目を治してくれた医者に感謝したい。
口は悪いが、本物の、受験老人が思うに、日本一の医者だ。
受験老人はこの体験を通じ、何がよい医者で、何が悪い医者かというのを知った。
やはり、医者は、患者の病気を治さねば意味がない。
いくら、患者の目を見て話すとか、患者に寄り添うとか言っても、
間違った診断、下手糞な手術をされたら、たまったもんではない。
もちろん、医療者として、患者のことを考える姿勢は、大前提であるが。
下手に安心させようと、大丈夫、大丈夫と言って患者を油断させて選択肢を奪い、
結局はどうしようもない状態に追い込んでいく、
そしてそのことの責任を取ろうとせずに、最後は突き放す医師は、最低である。
・・・・ちょっと言い過ぎたかもしれない。
だが、受験老人は、真に患者に安心感を与えたいならば、医師には完璧な治療を与えるか、
または、自分に自信がないなら、無理に治療しようとせず、他の医師に任せるべきだ。
そう思う。
そして、患者の自己責任。これは、とりわけ重要である・・・・・。
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長い間、「よい医者、悪い医者」というタイトルで自分の経験をつづってきた。
読者の方々は、すっかり飽き飽きされた方も多かったと思う。
ただ、どうしても自分としては、この経験を通じて読者にも考えてもらいたく、
これまで覚えている範囲内で事実を書いてきたつもりだ。
そして、この院長との出会いは、受験老人の医学部受験の動機にもなった。
院長は、パイロットを目指して航空学校を卒業した後、方向転換し、医学部に入った。
その同じ大学の医学部を、受験老人も受けてみたいという気になった。
このことが言いたいため、これまで、「経緯」として話してきたブログを中断して、
この「よい医者、悪い医者」の話を挿入した。
ただ、挿入にしては、あまりに長すぎた。
しばらくブログを休載し、また「経緯」の続きを始めることとしたい。
(12月9日)
・腕立て 40回
・腹筋 60回
・ヨガ
・筋トレ
腕立て40回・・・・ついにこの日が来た!!
青春は甦った!!
ここまで、約2か月かかった。
ただし、これからの道のりはもっと困難だろう。
10回伸ばすのも、数か月かかりそうだ。いや、永久にできんかもしれん。
例の「期限」までに、はたして間に合うか???
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