UEIの"ハイパーテキストタブレット端末"、enchantMOON取材に向けたアップを始めてみる
enchantMOONは、ユビキタスエンターテインメント(UEI)が開発を進めているハードウエア製品だ。2013年1月8日から開催された2013 International CESでデモ機を初公開した。それに先だって、2012年11月末頃から、“ある種の人々”の関心を引きつけずにはおかないようなティーザー(=じらし)情報が出回った。公式サイトのプロモーションビデオや、UEI代表取締役社長兼CEOである清水亮氏のBlogに頻繁に載る思わせぶりな記述や、そして商業メディアにぼつぼつと掲載される事前取材記事、等々──。
気になる。公開されている情報の中で、特に興味深いと(個人的に)思えた部分について、当Blogに記録することにした。実は、近日中にenchantMOONに関する取材をする予定なので、そのウォーミングアップのつもりである。
(追記:その後、取材に基づく記事が2013年2月15日に掲載された。
なぜ「enchantMOON」を、どうやって作ったのか? )
UEI清水氏が掲げるコンセプトは、1970年代初めにアラン・ケイが提唱したDynabookコンセプトの「先」を目指している──ようだ。小さな子どもの創造性を引き出すようなツールになる事が目標(の一つ)であるように読み取れる。そして、enchantMOON試作機を携えた清水氏はその後、アラン・ケイ氏との面会を果たしている(アラン・ケイ氏にenchantMOONを見せて来た)。
今、手に入るデジタル情報ツールといえば、PCと、スマートフォンと、タブレットだ。今売られているPCは、創造性を引き出すためのツールがデフォルトでは付属しない。情報を消費するツールのWebブラウザはプリインストールされているが、スケッチを描いたり、ノートを取ったり、知識を整理したり、プログラミングをするためのツールは、標準では付属しない。
iPadが登場したとき、私は「これはDynabookになりうるだろうか?」という期待を持った。ここでDynabookとは東芝のノートPCのブランド名のことではなく、アラン・ケイが提唱した「ノートサイズのパーソナル・ダイナミック・メディア」の名前である。Dynabookとは「これはだれでも所有でき、ユーザーの情報関係の要求を、事実上すべて満たす能力をもっている」「形も大きさもノートと同じポータブルな入れ物に収まる、独立式の情報操作機械」である(1992年アスキー刊、『アラン・ケイ』より、鶴岡雄二訳)。アラン・ケイのDynabookは、単に情報を格納して取り出せるだけでなく、プログラムによる動的なシミュレーションを重視したデバイスだ。
しかしながら、iPadは情報を消費することを主目的としたデバイスで、情報の創造にはあまり比重が置かれていなかった。それどころか、プログラミングに関して厳しい制約があった(当Blogの記事「App StoreからScratchが削除された後、開発チームは何をしたのか」で取り上げた事件もあった)。例えば、HyperCardのように、コンテンツ(テキスト、画像、音声・・)とプログラム(スクリプト)と連動する環境をサードベンダーが構築しようとしても、iPadでは無理だ。「スクリプトを内蔵したコンテンツ」は可能でも、そのコンテンツをクラウドからダウンロードして動作させるプラットフォームは、iOSの規約ではじかれてしまう。
enchantMOONは、高速な手書き文字描画機能にこだわりを見せている。さらに高速JavaScriptエンジンを搭載し、JavaScriptによる開発フレームワークenchant.jsを載せ、さらにenchant.js上でビジュアルプログラミング環境を提供する「前田ブロック」を発展させた「MOON Block」と呼ぶ開発環境を載せている、らしい。
つまり、手書きノートをなるべく快適に取る機能と、そしてマルチプラットフォームのプログラムを、このハードウエア上で手軽に作れるようにできている。
さらに、事前取材に基づく記事「UEIが仕掛ける「enchantMOON」の正体──目指すは「新しいコンピュータ」によれば、enchantMOONはWeb上の情報を切り取って整理する機能も備えている模様だ。同じ記事の筆者による「西田宗千佳のRandom Analysis 第021号[2013年1月9日発行] (MAGon) 」には、より踏み込んだ考察がある。
以上の情報を結びつけると、「子どもが、Web上に散らばる情報を拾って自分専用の学習ノートを作り、それを見たり書き込んだりしながら、プログラミングや、その他の興味がある内容を勉強する」といったユースケースが脳裏に浮かぶ。
うちの子ども(7歳男児)なら、「ポケモン」や「ワンピース」など彼が興味がある架空の作品世界の知識を整理したり、それにオリジナルの設定を付け加えるために使いそうだな、と思う。子どもがもう少し大きくなれば、そうした設定を拡張して、オリジナルのゲームを作るかもしれない。
子どもの創造性を、デジタル機器で拡張することができるなら、それはアラン・ケイのDynabookの後継といえるだろう。
製品名に「MOON(月)」、ソフトウエア・アーキテクチャの各レイヤーに「SATURN-V」「EAGLE」「COLUMBIA」という名前を付けている事に、作り手の思いを感じ取ることができる。1969年、人類を初めて月面に送り込んだアポロ11号で使われた3段式ロケットの型名がSATURN-V、司令船のコールサインがCOLUMBIA(2003年に空中分解事故を起こしたスペースシャトルもCOLUMBIAだったのだが、ここは月に行ったアポロ宇宙船を思い出すべきだろう)、そして月着陸船のコールサインがEAGLEだ。多くのレイヤー(層)を重ねて所望の機能を達成するソフトウエアを、多段ロケットで月まで到達したアポロ11号になぞらえているのだ。誰より遠くまで到達するために、既知の成果物を多段ロケットのように使うという気持ちを表している。余談ながら、ワシントンDCのスミソニアン航空宇宙博物館に展示されているSATURN-Vのエンジンの偉容は忘れられない眺めの一つだ。
関連情報
●公式サイト
enchantmoon.com
●UEIのプレスリリース
2012/11/26 UEI、映画監督の樋口真嗣氏、哲学者の東浩紀氏とともに enchant.jsをベースとした独自開発のハードウェア “enchant MOON”の開発を発表 〜2013年ラスベガスで開催されるInternational CESにて初披露〜
2012/12/03 UEI、enchant.jsの世界展開を目的として アメリカ合衆国カリフォルニア州にenchant.js, Inc.を設立
●UEI社長 清水氏のBlog
2012/12/01 [就活]小さい会社で未来のデバイスを一緒に作ろう! UEIが2014年新卒募集開始!
2012/12/03 UEI北米子会社、enchant.js,Inc.を設立しました
2012/12/06 清水亮vs川上量生vs東浩紀 怪獣大決戦
(※ 「enchantMOONのライバルは、iPadでもAndroidでもなく、Dynabookなのである」とある)
2012/12/-7 名前くらいは知っておきたい伝説のプログラマーたち
(※ enchant MOONへの言及はないが、「伝説のプログラマー」に反応する人々を狙い撃ちにし、UEIやenchant MOONへの関心を持ってもらう狙いがあると思われる)
2012/12/09 2023年のコンピュータとゲームはどうなっているのか
2012/12/11 僕が西暦1999年と2000年に予想した未来の姿
2012/12/15 突然、離島に来てしまった話
(※ enchantMOONへの言及はないが、enchantMOONのPV撮影に立ち会った経験を綴った文章と思われる)
2012/12/29 結局enchantMOONって何なのよ、という疑問に対する答えはいつ出るのか?
2012/1/9 CES一日目終了
2012/1/10 CES二日目終了 UIと脳のビミョーな関係
2013/1/11 CES三日目 enchantMOONの秘密 そして驚きの展開に
(※ enchantMOONの実装指針に関して言及あり。Alan Kay氏が関心を寄せたとの展開に)
2013/1/12 CES四日目(最終日)終了 まさかの最新HMDのプロトタイプがやってきた! そして延長戦へ
2013/1/16 アラン・ケイ氏にenchantMOONを見せて来た
2013/1/17 enchantMOONを持ってEvernote社に行って来た!
2013/1/18 enchantMOONをシリコンバレーでデモしてきた!
2013/1/22 アラン・ケイさん、enchantMOONをすこし語る
2013/1/25 オプティマイズとトレードオフ。または仕事に刺激を与える法
2013/1/26 MITのミッチェル・レズニック教授が来日! そして小学生ハッカーに会った
●togetter (※ UEI社長の清水氏(shi3z_bot)自らまとめている点に注目)
enchantMOON PV第一弾登場!の反響まとめ
enchantMOON PV第二弾登場!の反響まとめ
enchantMOON PV第三弾公開 の反響まとめ
enchantMOONとHypercardまとめ
●商業メディア掲載記事
◎『クイック・ジャパン 105 』
◎ITpro
2012/12/04 UEIが米国に現地法人、enchant.jsを世界展開
◎ASCII.jp / 週アスPLUS
2012/12/28 【スペシャル鼎談】清水亮×増井俊之×遠藤諭
世界をプログラミングせよ! でもってMOONってな〜に?
(※ 座談会中で「MOONはタブレットなんですよ」と形状を明かし、「小学生とかに使って欲しい」と想定ターゲットを、「ムービーの再生ができない」「常時接続を想定していない」とデバイスの特性を、ソフトウエアの要素技術としてAndroidとenchant.jsが使われること、ペン入力や「前田ブロック」の機能が含まれること、手書き文字認識はあるが「確定」操作をする訳ではないことを明かしている)
2012/12/28 『enchantMOON』のPV第一弾が公開、タブレット形状であることが判明
2013/01/04 enchantMOONのティザーPV第二弾が公開。ハードの外観写真も入手
2013/1/12 【実機レポ】enchantMOONは“ノーUI”なタブレットだった:CES2013
◎AV Watch
UEIが仕掛ける「enchantMOON」の正体──目指すは「新しいコンピュータ」, 西田宗千佳のRandomTracking
(※ コンセプト、外装デザイン、ソフトウエアのアーキテクチャ、搭載する手書きメモ機能、プログラミング機能などを含むレポート。「HyperCard」という重要なキーワードが出てくる)
◎ケータイWatch
UE、独自のタブレット型デバイス「enchantMOON」
今のところ、アスキー系、インプレス系のメディアでの露出が目立つように思える。その一方、日経BP社のITproおよびTech-On! サイトではenchantMOON関連の記事は発見できなかった。
◎『西田宗千佳のRandom Analysis 第021号[2013年1月9日発行] (MAGon) 』 (※ 開発者インタビューに基づく記事。UIコンポーネントを通常時に表示しない「No UI」コンセプトの誕生などが語られる。)
◎ITmedia
2013/1/15 UEIが開発中の新型タブレット「enchantMOON」とは
最後に、ほとんどの方々にとって興味はないだろうけれども、物書きにとって避けては通れない「表記」のお話を。実はenchantMOONの正式表記がまだ分からない。11月26日付けUEIプレスリリースでは「enchant MOON」とスペースを入れて表記している。公式Webサイトでは「enchantMOON」とスペースを入れずに表記している。どちらも公式な対外発表資料だ。清水氏のBlogを見ると、12月1日付けの記事では「enchant MOON」表記だが、12月29日の記事では「enchantMOON」に変わっている。今回の文章では、公式Webサイトの表記であり、かつ最近の清水氏の新しいBlog記事の表記に従って「enchantMOON」を採用することにした。
追記:
安藤幸央さん(安藤日記)から、次の情報にも触れた方が良いのでは、とのご指摘をいただいた。
アラン・ケイの論文 A Personal Computer for Children of All Ages (翻訳の試み)
手書きUIに見るApple Newton Message Padの影響
enchantMOONは一つの会社の一つのプロダクトだけれども、アラン・ケイの思想も、手書き入力の歴史も、それぞれ大きいテーマで、継続的に研究され続けるべきものだと思う。自分自身、常に関心を持っていたいテーマでもある。
追記:
UEI清水氏に取材して執筆した記事は、2013年2月15日に@ITに掲載された。
また、発表会の様子をレポートした記事が、2013年4月13日に@ITに掲載された。
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