特集第10回:「バルダーズ・ゲート3」の背景にある“フォーゴトン・レルム”の歴史と物語について

2023年12月29日 15:10 by katakori
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「Baldur’s Gate III」

先日、待望の日本語PS5版ローンチを果たし、PC Steam向けの日本語ローカライズも実装され、改めて大きな盛り上がりを見せている「バルダーズ・ゲート3」ですが、10月下旬に始まった当サイトの特集も9回を終え、いよいよ最後となる第10回を迎えることになりました。

第5回以降の特集は、日本語版の発売に向けてゲームプレイの具体的なディテールを掘り下げてきましたが、最後の第10回は、冒頭の展開に関係する「バルダーズ・ゲート3」のストーリーと背景についてご紹介します。

特集第2回と第3回の“バルダーズ・ゲート”入門にて、初代“Baldur’s Gate”の始まりから、完結編“Baldur’s Gate II: Throne of Bhaal”までの流れと簡単な歴史をまとめてご紹介しましたが、最新作「バルダーズ・ゲート3」が始まる時代は、オリジナルの完結編“Throne of Bhaal”から120年以上の歳月が過ぎているため、フェイルーンの事情も少し様変わりしています。

序盤は眼前で次々とまき起こる出来事への対処とゲームプレイの圧倒的な情報量でてんてこ舞いだと思いますが、存外に馴染みのない固有名詞や人物、出来事がさらりと語られては流れていくことが少なくありません。今回は、これまで通り作中のネタバレは一切行わず、“ダンジョンズ&ドラゴンズ”と“フォーゴトン・レルム”の設定として予てから知られている既存の背景情報のみを簡単にご紹介して、作品のスケール感や全体像を補足できればと考えています。

ということで、まずは全ての始まりである本編のオープニング映像から見ていきましょう。

「バルダーズ・ゲート3」のオープニングは何を描いていたのか

参考:2020年に公開された本作のオープニング映像

「バルダーズ・ゲート3」は、早期アクセス版の発売を半年後に控えていた2020年2月の段階でオープニング映像が公開済みで、製品版でも同様の映像が使用されていますが、実際のゲームプレイにおいては、映像の途中で主人公の作成/選択をはさんだ後、次元間移動により地獄へと突入した場面が追加され、冒頭のチュートリアル的な船内パートへと遷移することになります。

このオープニングは、一切の台詞を用いず映像だけで魅せる、AAA感に満ちあふれた大迫力の掴みとしてパーフェクトですが、面白いのは(本編を含む「バルダーズ・ゲート3」の全体に共通して言えることですが)シリーズや“ダンジョンズ&ドラゴンズ”に明るくないゲーマーと、これらを愛好してきたファンの両方それぞれに少し違った視点を与えた上で、十分な見応えと期待感を抱かせる仕上がりになっていることでしょうか。

今回は、このオープニング映像を起点に幾つかのトピックを掘り下げていきますので、まずはこの映像が何を描いていたのか、順を追って振り返ってみましょう。

「Baldur’s Gate III」

これは、映像の前半でマインド・フレイヤーの幼生が植え付けられた後、突如として眼前に拡がる街のシーン。今回あれこれご紹介する情報とは直接関係ないのですが、この街については海外でもしばしば勘違いされているため一応言及しておくと、これはバルダーズ・ゲート市ではなく、バルダーズ・ゲートから1,300kmほど(だいたい本州よりちょっと短い程度)北上した“野蛮な辺境”と呼ばれる地域に存在する要塞都市“ヤーター”で、小さな川(サーブリン川)の両岸に拡がる街の構造や都市の旗、兵士の鎧に描かれた紋章などから、この都市がバルダーズ・ゲートではないことが分かります。

参考:“バルダーズ・ゲート3”のアナウンストレーラー

これについては、2019年6月に公開された本作のアナウンストレーラーが、一見して似たようなシチュエーションでバルダーズ・ゲートの崩壊とマインド・フレイヤーに変化する“燃える拳”団の兵士の姿を描いていたことから、確かに少々紛らわしいのですが、実のところ発表時から設定やプロットが変わったということはなく、この2つは全く“別”の状況を描いています。

その後、マインド・フレイヤーの宇宙船ノーチロイドがヤーターの街を破壊しながら、幼体の宿主となる住人を次々と捕らえていくなか、レッド・ドラゴンを駆るギスヤンキのドラゴンライダーが出現し、次元を越えてノーチロイドを追跡するど迫力のファンタジードッグファイトが始まります。

巨大な浮遊船とドラゴンが共に次元間移動を重ねながら繰り広げる前代未聞の空中異種格闘戦は、手に汗握るオープニングの白眉と言えますが、同時に熱心な“ダンジョンズ&ドラゴンズ”ファンにとって、このシーンは晴天の霹靂とも言える衝撃的なものでした。

ギスヤンキとマインド・フレイヤーの対立について

「Baldur’s Gate III」

特集の第5回にて、“ダンジョンズ&ドラゴンズ”世界における著名な対立構造の一つとして、ギスヤンキとマインド・フレイヤーの関係についてご紹介しました。

両者の対立には、1万年どころではない長大な歴史があるため詳細は控えますが、ギスヤンキというのは、元々マインド・フレイヤーが奴隷として使役していた名前すら定かではない知的種族を祖先にもつ種族で、戦闘用に肉体と精神が改造されたことでサイオニック能力を身につけたアストラル界(宇宙)生物でした。

この奴隷時代に生まれた“ギス”と呼ばれる女性がマインド・フレイヤーに反旗を翻したことによって、ギスたちは遂にイリシッドの帝国を崩壊させ、隷属的な支配を免れたのですが、自由を手にした生存者の一部は哲学的な思考を追求する種族“ギスゼライ”に、残る者たちはギスの子を名乗り、憎きマインド・フレイヤーの完全な殲滅と宇宙征服を掲げる戦闘種族“ギスヤンキ”となり、絶大な支配力と強大な力を持つ(かつてギスの忠実な助言者だった)女王ヴラーキスの下で、海賊的な略奪と戦いに明け暮れることになります。

マインド・フレイヤーは今も本当に恐ろしい脅威ですが、ギスたちを奴隷化していたころの帝国時代は全宇宙の支配が懸念されるほど強大だったことが知られており、ギスによる帝国の瓦解後は、集合意識の中心となるエルダー・ブレイン単位のコロニーが次元界や物理世界、多元宇宙を越えて散り散りとなり、特に物理世界のマインド・フレイヤーはギスヤンキの執拗な追跡によって絶滅寸前になるまで追い詰められています。(※ この大敗によって、アンダーダークに逃げ込んだマインド・フレイヤーは、再び長い歳月をかけてドワーフのプレイアブルな亜種族でもある“ドゥエルガル”や深きものども的な半漁人種族“クオトア”を奴隷化することに)

映像に登場したノーチロイドは、かつてマインド・フレイヤーがアストラル界や次元間を移動するために、宇宙商人種族アーケインの技術を取り入れ作り上げた汎用的な浮遊船でしたが、ことフォーゴトン・レルムにおけるノーチロイドは、うっかり地表を飛ぼうものなら、宇宙基地から常にトリルを監視しているギスヤンキによって直ちに発見され破壊されるため、数が激減しており、アーケインの技術供与も受けられないことから、船を新造することも適わず、この100年ほどは来る帝国の再興に向けた極めて希少な切り札としてその存在自体が地中深くに秘匿されています。

「Baldur’s Gate III」
影界シャドウフェルでノーチロイドを追跡する赤竜の騎手

余談ながら、映像に登場したギスヤンキのドラゴンライダーたちは、惑星トリルの月に追従する小惑星帯“セルーネイの涙”に建設された宇宙基地“クレシュ・クリール”から出撃してきた戦士で、オリジン・キャラクターの1人“レイゼル”は、マインド・フレイヤー狩りを成し遂げ一人前の兵士として身を立てたい“クレシュ・クリール”出身の若者という設定です。(※ このクレシュ・クリールは、元々マインド・フレイヤーの前哨基地だった小惑星で、放置されていた施設をギスヤンキが実効支配したもの)

話を戻すと、「バルダーズ・ゲート3」のオープニングに描かれた戦いは、一見して邪悪なマインド・フレイヤーが引き起こす大惨事と、これを追うドラゴンの戦士というシンプルな構図に見えるのですが、実際のところはノーチロイドが隠れもせず堂々と地表を飛行し、街を破壊しながら市民を捕らえているという状況そのものが極めて異常な事態で、ともすれば(スペルジャマーやマジック:ザ・ギャザリングを除いて)これがフォーゴトン・レルムのプレイヤーが初めて目撃する完全なノーチロイドである可能性さえあり、このマインド・フレイヤーがなぜここまで危険なリスクを犯して地上に姿を現したのか、貴重なノーチロイドを出撃させるほどのどんな事情があったのか、とにかく途方もない事態が起こっていることだけは容易に想像できるという、ひねりのある構成になっているわけです。

なお、ノーチロイドがヤーター上空からシャドウフェルへと次元間移動した後、危機一髪の状況で別の次元界へと移動したところでトレーラーは終了しますが、ゲーム本編ではこの後ノーチロイドが“地獄”へ突入したことで、現地のデヴィルであるインプやカンビオンの襲撃に遭い、いよいよ冒頭のチュートリアルパートが始まることになります。

この“地獄”というのが、カーラックの物語や、バルダーズ・ゲートを目指しているティーフリングの難民たちに深く関係しているのですが、この部分もさらりと台詞で流れていってしまうので、“地獄”がどういうところなのか、少しその概要をまとめておきましょう。

「九層地獄バートル」について

「Baldur’s Gate III」

本作のオープニングに登場した“地獄”は、第3回の特集にてご紹介した次元界の一つで、正式な名称は「九層地獄バートル」。秩序だった厳格なカースト社会を構築しているデヴィルたちの領域として知られています。

もう少し構造的に言うと、多元宇宙を含む物質界の周囲には、エーテル層や四元素の世界、前述したシャドウフェルや妖精界フェイワイルドを含む“内方次元界”という次元界が存在し、さらにその外周には神々が住まう思念や神話、神秘、夢の領域である16種の主要な“外方次元界”が存在しています。

さらに、“外方次元界”は善に属する8つの上方(天上)次元界と悪に属する8つの下方(冥府)次元界に分類されるのですが、件の「九層地獄バートル」は悪魔的な存在によって統治される下方次元界の一つとして位置づけられています。

“九層地獄”はその名が示す通り、上層から下層まで、9つの層によって分断され、それぞれに異なるアーチデヴィルが支配しており、オープニングでノーチロイドが突入したのは、“九層地獄”の最上層である“第1階層アヴェルヌス”でした。

ちなみに、プレイアブルな種族の一つ“ティーフリング”は、“九層地獄”のデヴィルの血筋を持つヒューマンの一種で、3種用意された亜種族(アスモデウス・ティーフリングとメフィストフェレス・ティーフリング、ザリエル・ティーフリング)は何れも“九層地獄”の層を支配する大公爵の名を指しています。

地獄の第1階層「アヴェルヌス」について

カーラックやティーフリングの難民たちが一時身を置いていた最上層“アヴェルヌス”は、9層のなかで唯一次元間ポータルが存在する文字通り地獄の玄関口で、中央を貫いて流れる血のように赤いスティクス河を挟んで、岩だらけの荒野が拡がる広大な戦場として知られています。

ここは、宇宙の創世以来ずっと終わることなく続いているデヴィルとデーモンの激しい戦争の最前線で、カーラックはこの戦場で10年に渡って戦ってきた高名な兵士でした。

この第1階層を支配しているのは、女大公爵ザリエル。彼女は元々天上の次元界“聖山セレスティア”の有力な天使でしたが、天界が干渉してこなかったデヴィルとデーモンの戦いを終わらせるべく介入を試み、天使の軍勢と当時宗教的な都市国家だったエルタレルで集めた戦士の一団“ヘルライダー”隊を率いて、地獄に乗り込んだものの、あえなく戦いに敗れ捕虜となり、“九層地獄”全体の支配者アスモデウスの甘言に屈服。数人の配下と共に堕天したザリエルは、前任の支配者ベルを従え、地獄の最前線“アヴェルヌス”の新たな支配者となり、終わることのないデーモンとの戦いに身を投じることになったのです。(※ ドルイドの森でティーフリングの難民を率いていたゼブローがまさにヘルライダーの指揮官でした)

「Baldur’s Gate III」
地獄でレイゼルが目にしているモンスターエナジー風の何かは、ザリエルの巨大な飛行要塞

ここで、エルタレルの話題が出たので、このまま地獄とエルタレル、「バルダーズ・ゲート3」の冒頭に登場する難民たちの話題をご紹介したいのですが、その前提として、もう少しだけ地獄の第1階層“アヴェルヌス”で繰り広げられている壮大なデヴィルとデーモンの戦争についてご紹介しておきましょう。

デヴィルとデーモンの果てしない対立と「流血戦争」

先ほど、宇宙の創世以来ずっと続いているとご紹介した、“九層地獄”〈秩序にして悪〉のデヴィルと、下方次元界の1つ“アビス”〈混沌にして悪〉のデーモンによる永劫の戦いは「流血戦争」と呼ばれており、奇妙な話に聞こえるかもしれませんが、秩序の悪であるデヴィルたちは、アスモデウスによって統治され、契約を重んじる悪の勢力として、全てを欲望のままに喰らい殺し蹂躙する混沌のデーモンたちから、善を含む全宇宙を防衛するために戦っています。(※ 純粋な悪が矢面に立ち、宇宙を守るために戦っているという構図は、“ダンジョンズ&ドラゴンズ”世界の勧善懲悪ではない奥深さと複雑さを象徴する設定ではないでしょうか)

なお、“九層地獄”の支配者であるアスモデウスは、同次元界における唯一の神格であり、前述したザリエルを含む支配層の大公爵/アーチデヴィルたちは、何れも非常に強力な悪魔に過ぎません。アスモデウスは自身の邪悪な行いや謀略が宇宙を守るために不可欠な“悪”だと表明しており、終わることのない永劫の戦いを継続することの役割を合法的かつ最大限に活かし、究極の悪たる最高権力者の座を確固たるものにしようとしています。(アスモデウスは陰謀の神でもあり、その背景にはさらなる野心と計画が存在するのですが、それはさておき、その他の主要な神々や有力者たちは、ザリエルのように善の行いとして悪を滅するのではなく、両者に一進一退の戦いを続けさせておけば一先ずは調和が取れて安心だと考えているわけです)

余談ながら、この永劫の戦いを一時休戦させた極めて希有な出来事が、侵略の手を外方次元界にまで伸ばしてきた(ギスを奴隷化していた頃の)マインド・フレイヤー帝国の脅威だったと言えば、イリシッドたちが如何に恐ろしい存在だったかがお分かりいただけるでしょうか。

また、第1階層“アヴェルヌス”が戦争の最前線となっていることについても理由があり、これには外方次元界の構造が深く影響しています。

先ほど、“アヴェルヌス”の地表を赤く染まったスティクス河が流れていることをご紹介しましたが、このスティクス河は(まさしくギリシャ神話の冥界を流れるスティクス河と同じく)下方次元界の端から端、パンデモニウムからアケロンまで、7つの次元界を越えて流れる巨大な川で、流れる水が血のように赤いことからこの戦いが“流血戦争”と呼ばれるようになったと考えられています。

アビスの混沌のデーモンたちは、このスティクス河を下り他の次元界を蝕もうとしているのですが、この侵略を下流でせき止めているのがまさに九層地獄の第1階層“アヴェルヌス”であり、河の支流がアスモデウスの居城が建つ九層地獄の最下層“ネッソス”まで流れ込んでいることもあって、幾つかの次元界の川沿いで一進一退の戦いが続く戦争において、“アヴェルヌス”がデーモンの脅威を食い止める最後の戦場として重要な役割を担っているわけです。

「Baldur’s Gate III」
オープニングでも、スティクス河から上陸してきたデーモンたちをザリエルの飛行要塞が爆撃している

定命の存在と「流血戦争」

“流血戦争”の長大な歴史のなかでは、何度か均衡が崩れるような戦況の変化や技術革新があり、(現実の人類史と同じく)戦いそのものが大きく様変わりしてきたのですが、そのうちの一つに、物理世界で暮らす定命の存在を戦力として導入するという出来事がありました。

デヴィルやデーモンたちは定命の存在を誘惑し、ときには強要することで戦争の駒として利用したのですが、人間の血が戦争にもたらされたことで悪魔との交配が進み、そこから様々な品種のデヴィルやデーモンが誕生。この状況から生まれたのが、冒頭の船内で登場する敵“カンビオン”やプレイアブル種族“ティーフリング”だったのです。

定命の存在の邪悪な魂の一部は、死後スティクス河を通ってアビスや九層地獄で悪魔に生まれ変わり、それぞれの戦力となるのですが、戦争の最前線である“アヴェルヌス”は、長らく慢性的な人員不足に苦しんでおり(※ デヴィルは九層地獄以外の次元界で死亡してもすぐに復活しますが、九層地獄の内部で死んだ場合は永遠の死を迎えます)、より狡猾な手段で一度に多くの定命の魂を得られるよう、都市や共同体の権力者・指導者と取引することで街そのものを地獄に引き込み、大量の魂をデヴィルに生まれ変わらせることで欠員を補充しはじめました。

通常、デヴィルは直接物質界へ侵入し、定命の存在を捕らえることが出来ないため、地獄の住人と接触する力を持つ邪悪な魔法使いやカルト教団を手先として利用し、平和な共同体に不和をもたらしたり、悪の勢力に資金や武器を提供することで、定命の存在が悪に手を染める機会を増やし、流入する魂の数を維持しようと試みるのですが、物質界から見れば、かくして邪悪な陰謀や計略、都市や国家の政治に悪魔が関与する仕組みができあがってしまったというわけです。

多くの難民を生んだ聖都「エルタレル」で何が起こったのか

「バルダーズ・ゲート3」本編の序盤、パーティ一行がドルイドの森で会うティーフリングたちは、故郷のエルタレルを追われ、バルダーズ・ゲートを目指してやってきた難民たちでした。

聖都エルタレルについては、第3回の特集にてバルダーズ・ゲート市との芳しくない関係や位置関係をご紹介しました。

「Baldur’s Gate III」

エルタレルは、バルダーズ・ゲートから東へ300kmほど離れたチオンター川沿いの都市で、トームやヘルム、ラサンダー、ティアといった善神を祀る神聖国家エルターガルドの聖都として知られています。

前述の通り、“アヴェルヌス”の支配者であるザリエルは、天使として地獄を襲撃した際、エルタレルの騎士たちと共に戦いましたが、堕天の原因となった敗北と一部のエルタレル兵が地獄に恐れを成して逃げ出した裏切りを決して忘れず、エルタレルに復讐する機会を常に狙っていました。

詳細は伏せますが、ザリエルはエルタレルのとある政治的陰謀と野心、さらにバルダーズ・ゲートとの軋轢を巧みに利用し、有力な神官と契約を結び、エルタレル上空にとある球状の物体を召喚。この球体が放つ聖なる光によって都市周辺のアンデッドは一掃され、エルタレルを邪悪から保護した神官は救い主として権力を得て、神の力によって守護され繁栄したエルタレルは、遂に神聖国家エルターガルドを建国するまでに至りました。

これは、当然ザリエルの遠大な計画の一部に過ぎず、これも詳細は伏せますが、ザリエルはとある機会を狙い、これまで都市を守護させていた球体の真の力を解放。巨大な都市一つを文字通り丸ごと地上から引きはがした上、土地と住人ごとアヴェルヌスへと転送することで、多くの魂を手に入れ、積年の恨みを晴らす復讐をも果たしたのでした。

本編では、エルタレルが地獄に引き込まれた件もさらりと語られますが、実際は恐ろしく大規模な事件で、チオンター川沿いの地表に巨大なクレーターを残して消失したエルタレルは、“アヴェルヌス”のスティクス河上空で地獄の鎖によってつなぎ止められ、下方では市民の魂を狙い殺到するデヴィルとデーモンの大軍が激突し、崩壊する市内ではグールやゾンビの大軍が徘徊する、まさに絶体絶命の状況に追い込まれました。

ミンスクたちの冒険と活躍を描いたコミックシリーズ「バルダーズゲートの伝説」の未訳巻“Infernal Tides”には、この出来事と事件の顛末が描かれているのですが、壮大な戦いと冒険が繰り広げられた末、色々とあって(はしょります)、遂に定命の冒険者たちはエルタレルを元の地表へと戻すことに成功するのですが、元々悪魔の末裔として各地で虐げられてきたティーフリングたちに対するエルタレル市民の差別感情は決定的なものとなり、これまで都市を守ってきたゼブローを含め、全てのティーフリングが追放される事態となったわけです。

ということで、ドルイドの森で出会うティーフリングたちは、アヴェルヌスで文字通り地獄絵図の状況を生き延びたものの、故郷を追放され、300km近くチオンター川沿いを下り、ようやくバルダーズ・ゲートが見えてきた!というところで足止めを食らっているわけです。

「九層地獄バートル」の階層とその支配者たち

アヴェルヌスとエルタレルの関係については以上ですが、“九層地獄”全体の概要や各階層を支配する大公爵たちのパワーバランスについても、少し触れておきましょう。

〈秩序にして悪〉の次元界である“九層地獄”は、アスモデウスの支配の下、厳格な法とルールに則った階級制度と指揮系統が敷かれた社会ですが、同時に強い者が権力を持つ弱肉強食の世界でもあり、デヴィルたちは常により高い地位を得るためだけに“流血戦争”への従軍を余儀なくされています。

これは、下級のデヴィルたちに限らず、支配層のアーチデヴィルも例外ではなく、ザリエルを含む大公爵たちもまた、アスモデウスの座、あるいは神格を狙い、常に様々な謀略を巡らせており、アスモデウスは配下の野心や狡猾さも承知した上で、“九層地獄”の秩序を維持しているのです。

こういった大公爵たちの謀は、定命の存在があちこちでまきこまれる事態にも関係している場合があるので、一先ず地獄の階層とその支配者の概要を簡単にご紹介しておきます。

余談ながら、スティクス河の存在や階層構想の地獄、アスモデウスや

  • 第1階層アヴェルヌス(大公爵ザリエル):流血戦争の主戦場で、見渡す限りの荒野が広がるバートル最大の層。ときおり空から隕石が降り、地表にクレーターが作られ、空には肉食のハエの群れが飛び交っている。
  • 第2階層ディス(ディスパテル):険しい山々の渓谷が作り出す迷宮が広がる階層で、中央には九層地獄最大の都市“鉄の都”が存在する。君主はアスモデウスに最も忠実で知謀に長ける“ディスパテル”
  • 第3階層ミナウロス(マモン):酸の雨が降り、地表には汚物が体積する悪臭の立ちこめる沼地。支配者は金貨を何よりも愛する強欲なアーチデヴィル“マモン”
  • 第4階層プレゲトス(ベリアルとフィアーナ):マグマの海と多くの火山からなる灼熱地獄。中央には黒いガラスで建設された城塞都市アブリモクがあり、優雅なデヴィル“ベリアル”とその娘“フィアーナ”によって支配されている
  • 第5階層スティギア(レヴィストス):流氷と氷山によって覆われた極寒の海が広がる絶望的な荒野。支配者の“レヴィストス”は、アスモデウスを裏切った罪によって氷の奥深くに幽閉されているが、テレパシーを用いて配下の悪魔と交信している
  • 第6階層マーレボルジェ(グラーシャ):巨大な山の山腹のようにきつい斜面が続く九層地獄の刑務所、法を犯し有罪となったデヴィルが収監され拷問を受けている。次々と君主が入れ替わる地獄で最も危険な階層で、現在はアスモデウスの娘“グラーシャ”が統治している
  • 第7階層マラドミニ(バールゼブル):廃墟となった都市が広がり、全ての自然が汚され、破壊される悪夢的な荒野。7層の支配者は、かつて上方次元界で最も美しい上級天使トリエルとして名を馳せたものの、地獄に魅せられて堕天した蠅の王“バールゼブル”。バールゼブルは、アスモデウスの玉座を奪おうとした罪で巨大なナメクジのような、惨めで醜悪な外観に変えられていたが、刑罰を終えたことで現在は元の姿に戻っている。事実上、九層地獄のナンバー2だが、直接的なライバルであるメフィストフェレスを打ち負かし、アスモデウスの地位を簒奪することをあきらめているわけではない
  • 第8階層カニア(メフィストフェレス):-50度近い猛吹雪が吹き荒れる氷の地獄。支配者は、王族のような高貴さと優れた知性、ウィットに富む魅力、礼儀正しさを兼ね備えた“メフィストフェレス”。この印象は本性を隠すための見せかけで、うちには燃え盛るような怒りや憎しみに満ちていて、最大の敵で味方でもあるアスモデウスを出し抜き、九層地獄の玉座を得て、諸次元界の征服を目論んでいる
  • 第9階層ネッソス(アスモデウス):暗い縦穴が無数に開き、そこにいくつもの要塞が築かれている地獄の最下層。支配者は九層地獄を統べる唯一の神格“アスモデウス”

現実世界の時代と共に進行する「フォーゴトン・レルム」の壮大な物語と「バルダーズ・ゲート3」

今回の特集では、“ダンジョンズ&ドラゴンズ”世界の壮大な歴史に焦点を当てて、幾つかのディテールをご紹介してきましたが、これらは冒頭でも明言した通り、「バルダーズ・ゲート3」本編の中で描かれるストーリーの情報ではなく、(ティーフリングの難民たちがドルイドの森で足止めされている件を除けば)全てが“ダンジョンズ&ドラゴンズ”と“フォーゴトン・レルム”世界の綿密に構築された歴史やアドベンチャーを通じて語られてきた過去の出来事です。

“ダンジョンズ&ドラゴンズ”に馴染みのない方でも、このテーブルトークRPGに長い歴史があり、版を重ねることでルールを拡張したり改定してきた流れはなんとなくご存じかと思います。一方で、「バルダーズ・ゲート3」の舞台である“フォーゴトン・レルム”の世界が、この版上げと共に作品世界の“現在の年”を10年から100年程度進めながら、現在進行形の壮大な物語を紡いできたことはご存じでしょうか。

“フォーゴトン・レルム”の世界では、それぞれの版で“現在”とされる年までの過去と歴史は緻密に構築されているのですが、その時点における未来のことは全く提示されておらず、時代が進むごとに新たな物語や天地を揺るがすような大事件が描かれてきました。

シリーズ最新作「バルダーズ・ゲート3」の物語は、“フォーゴトン・レルム”世界のデイル歴(以下:DR)1492年に始まりますが、現実世界の1985年にリリースされた最初の“フォーゴトン・レルム”世界には、DR 1357年までの歴史しか描かれていませんでした。(※ 余談ながら、映画“ダンジョンズ&ドラゴンズ/アウトローたちの誇り”の時代ははっきりと明言されていないものの、“バルダーズ・ゲート3”から数年後の1490年代後半の出来事と見られています)

“ダンジョンズ&ドラゴンズ”第2版の発売後、1996年にリリースされた“フォーゴトン・レルム”のキャンペーン設定は、10年が経過したDR 1367年までの歴史が新たに用意され、この10年のあいだに特集の第2回と第7回でもご紹介した弩級の神々大戦“災厄の時”が勃発。この出来事は初代「Baldur’s Gate」の事件が起こる全ての原因でもあるとんでもない事件で、この余波は当然「バルダーズ・ゲート3」にも大きな影響を与えています。

2000年の“ダンジョンズ&ドラゴンズ”第3版発売後には、DR 1372年までの歴史が語られ、同年には“魔法暴発”と呼ばれる事件が発生。その後幾つかのリリースを通じてDR 1376年までの出来事が描かれました。

2008年には“ダンジョンズ&ドラゴンズ”第4版がリリースされ、広範囲に及ぶシステム的な刷新が話題となりましたが、“フォーゴトン・レルム”世界については、“Baldur’s Gate”シリーズの成功を受け、(一部の事件や人物が正史に組み込まれるなど)バルダーズ・ゲートに関する設定が飛躍的に充実したほか、DR 1385年に起こった大異変“呪文荒廃”をベースに、DR 1479年からDE 1486年までの物語が描かれました。

そして、現行の“ダンジョンズ&ドラゴンズ”第5版では、“フォーゴトン・レルム”が主要なキャンペーンとなり、その前提となる事件としてDR 1482年から1487年に掛けて、“第二次大分割”と呼ばれる天変地異が発生。第5版の冒険は、その2年後となるDR 1489年からスタートしています。

今回ご紹介したエルタレルの事件と「バルダーズ・ゲート3」の冒険は、第5版の開幕から3年が経過したDR 1492年の出来事ですが、現時点で“フォーゴトン・レルム”に関するDR 1493年以降の公式な歴史というのはほとんど存在していません。

つまり、「バルダーズ・ゲート3」は人気CRPGシリーズの最新作であり、Larian Studiosが生んだ歴史的かつ集大成的な傑作であると同時に、今回の特集で(僅かな一部だけをかいつまんで)ご紹介してきた“ダンジョンズ&ドラゴンズ”と“フォーゴトン・レルム”の壮大な歴史を踏まえて語られる最も新しい物語でもあるわけです。

旧シリーズが“フォーゴトン・レルム”に与えた影響、そして「バルダーズ・ゲート3」の途方もない冒険と物語、その成功を鑑みるに、本作に描かれた出来事や事件、プレイスルーの一部が、何れ登場するであろうDR 1493年以降の“フォーゴトン・レルム”に影響を与える可能性はかなり高いと言えます。「バルダーズ・ゲート3」をプレイするということは、忘れがたい仲間たちとの愉快な珍道中や冒険が心ゆくまで楽しめるだけでなく、まだ見ぬ“フォーゴトン・レルム”史の貴重な目撃者となる機会まで得られる、文字通りミクロでも、マクロから見ても面白い、極めて希有なエンターテインメント体験だと言えるわけです。

(※ “バルダーズ・ゲート3”でダンジョンズ&ドラゴンズ世界の物語に興味を持った方は、是非“フォーゴトン・レルム”の沼にも手を出してみてください。如何に、当サイトの特集が単なるハイライトに過ぎない内容だったかがお分かりいただけると思います)

ということで、10回に渡ってお届けしてきた当サイトの「バルダーズ・ゲート3」はこれにて終了。年末年始は思う存分「バルダーズ・ゲート3」のプレイを満喫していただいて、もしエンディングを迎えたら、もう一度“バルダーズ・ゲート”入門前後編や魔法の解説、今回ご紹介した歴史の話題をお読みいただければ、別の新しい発見があるかもしれません。

なお、10回分の特集でもご紹介しきれなかったあれやこれが数多く残っているため、2024年1月から「バルダーズ・ゲート3」特集の番外編を始めますのでお楽しみに!

出典および参考資料

Forgotten Realms Campaign Set
Dungeons & Dragons: Infernal Tides
Dungeons & Dragons: Mindbreaker
The Grand History of the Realms
Mordenkainen’s Tome of Foes
Spelljammer: Adventures in Space
The Legend of Spelljammer
バルダーズ・ゲート:地獄の戦場アヴェルヌス
フォーゴトン・レルム・ワールドガイド
ソード・コースト冒険者ガイド
モルデンカイネンの敵対者大全
ダンジョン・マスターズ・ガイド
フォーゴトン・レルム年代記

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